花の帝都を猫が行く(後)



 まさか、こんな所でもう一度、彼女に会えるとは思わなかった。

 俺は、思いがけない再会に、つい頬が緩んでしまうのを止められない。いやもう、これはトーテム(以下省略)様に信仰と敬意の極みをささげないとね。

 え?ああ、悪い悪い。なんていうか、少し舞い上がってたみたいだな。ほら、あの時話しただろ?ノヴァキャットのドラコ入りに合わせて、基礎知識講習に来ていたドラコ政府の外交官の一人で、俺を食事に招待してくれたあの彼女さ。

 その彼女が、実はドラコ屈指の精鋭軍団『ゲンヨーシャ』の軍曹で、彼女の直属の上司である、サードフリート、シティクリークの両大尉から、俺達を外に運び出す下命を受けて行動しているってことらしい。

 いやはや、まったく、なんてどこまで魅力的なんだか。

 物静かで知的、しかも聡明で勇敢。おまけに料理もできる実力家庭派。文句のつけようなんてどこにもない、完全無欠の女性さね。あの時、原因不明の急病と言う怪現象で、お誘いがかなわなかったのが痛恨だったが、これでまた敗者復活戦に望めるって訳だ。

 は?浮かれすぎ?まあ、そう硬いこと言わないでくれ。お前さんにだって、似たような覚えはあるだろ?

・・・まあいいや、話を戻そうか。彼女は、上層部の勅令による送致手続きとやらで、俺達を軍警の拘置所から連れ出し、待機していた護送車で脱出したって訳だ。

 そうだな、確かにお前さんの言うとおりだ。厄介なのはこれからだ、何が理由で、サードフリート大尉達が、偽の上位下命までかたって俺達を脱出させたのか。肝心なことは、まだ何一つわかっていない。そして、彼女も、自分の所属や官姓名以外の必要最低限の情報以外は、何一つ口にしてはいない。

 シャーマンは、なぜかあれからずっと、妙に不機嫌そうな表情を浮かべ、時折俺に向かって底光りのする目を向けている。

「おみゃーさん、どえりゃー楽しそーだがね?なんぞえーことでもあっただぎゃあ〜?」

「い、いえ、そんなことはないですよ?」

「ふ〜ん、まー、えーけどもがね」

シャーマンは、そう言うと不機嫌そうな眼を、形ばかりの警戒の様子を取っている、差し向かいに座る彼女、ボカチンスキー軍曹に向けた。

「ボカチン、ちっとばかし聞きてーことがあるだぎゃ」

「ボカチンじゃありません、私はハナヱ・ボカチンスキーです」

 その瞬間、あろうことかシャーマンは腹を抱えてゲラゲラと笑い出した。

「・・・なにが、おかしいんですか?」

「ふへっ、そりゃそーだぎゃ。ボカチンちゅーたら、ドラコ・ジャパニーズじゃ『魚雷がボカンで沈没』っちゅー意味だぎゃ。それにくらべて、うちの名前は、そりゃーもー素敵なもんだぎゃ」

 いったい何がしたいのか、彼女は突然見当違いの話題を持ち出し、得意そうに小鼻をぴすぴすふくらませている。・・・頼むから、助けにきてくれた人に、そういう言い方はやめてくれないかな。ほら、弟なんか、緊張で顔が強張りかけてるぞ。

「・・・っ!・・・そ、それはそうと、何か御用じゃなかったんですか?」

 ・・・気のせいか、ボカチンスキー軍曹の手が一瞬、ショットガンではなく、腰に提げたサムライ・ソードの柄に伸びかかったような気がする・・・。

「あー、なんかひと笑いしたら、けろりと忘れてもーただぎゃ。思い出したら、もっぺん聞くだぎゃ」

 ・・・今、彼女の手が確かに剣に・・・・・・。

 護送車の緊張は頂点に達し、俺を含め男性陣はどうにも居たたまれない様子で、互いに肩を寄せ合いながら目をそらしている。まったく、自分の状況と立場ってもんを理解しているのか、この人は?

 と、その時、護送車が停止し、外からハッチが開けられた。

「着きました、皆さん、降りてください」

 さあ、これから何が起こることやら。俺達3人は、無意識のうちに顔を見合わせていた。けれども、シャーマンはまるで旅館の送迎車から降りるような調子で、ホイホイと外へ出て行ってしまった。

 しかたない、どの道、ここでじっとしているわけにもいかないんだ。俺達3人も、覚悟を決めて彼女の後に続いた。




 そこは、ほとんど廃棄されかけた工業団地帯だった。そして、そこに展開しているDCMSの戦闘員達。そして、バトルメックの姿が、その姿を誇示するように巨体をそびえさせている。

 おい、まさか、ここで俺達を処分しちまう気じゃないだろうな。

「クルツ、心配することはない。俺達を消す気なら、アサルトメックなど準備する必要はない。本当にそのつもりなら、護送車の中にいた、あの女の技量だけで十分それはできる」

 俺の顔色を察してか、そう耳打ちする彼は、鋭い視線をボカチンスキー軍曹と、そして、覆いかぶさってくるような威容の重量級メックに向ける。

「それより、気になる。メックの射線が、向こうの廃工場に向いている。なにかある」

 確かに、彼の言うとおり、ダークグリーンに塗装されたグランドドラゴンのPPCの砲身は、まっすぐに廃工場に狙いを定めている。

「その通り、あそこには、ノヴァキャットの残党を名乗るテロリストとそのメック、そして、人質がいる」

 その声に、俺は自分でもわかるくらい、表情を緊張させた。昨日、俺達を誘拐容疑と言う、まったく身に覚えのないことで逮捕した、サードフリート大尉達がいたからだ。

「されど、捕われているのは、ボカチンスキー将軍閣下の御息女ではござらん。捕われているのは、かような時に備えた、影武者でござる」

 その言葉を聞いた時の俺達の顔は、傍から見てずいぶん間抜けたものだったろう。しかし、続いた言葉を聞いた時、そんな間抜け面をいつまでも貼り付けておくわけにはいかなくなった。

「我々は、これから10分後、あの施設を砲撃し、テロリスト共を殲滅する。そして、将軍閣下の御息女は、無事救出されるものとなる」

 ・・・ちょっとまってくれ、その話し方だと、もうその将軍の娘とやらは救出して・・・・・・、あ?ボカチンスキーって、もしかして・・・?

「察しの通りでござる、彼女、ハナヱ・ボカチンスキー軍曹は、シュガポフ・ボカチンスキー将軍閣下の御息女でござる

 はあ、なるほど。そういうことか・・・って、おい、ちょっと待ってくれ。

「サードフリート大尉、少し聞きたいことがある」

「テロリストとの交渉は、議論の余地もない愚かなものでござる。今さら、貴殿らノヴァキャットとの対話を、無頼の輩による恫喝によって取り下げることは、我がドラコの威信にかかわりしこと。あの方らが我々の降伏勧告を無視した以上、速やかに排除するものでござる」

「ちょっと待ってくれ、それじゃ、人質ごと吹っ飛ばすってことか?」

「その通り、死人に口はない。ノヴァキャットの名を騙る者と民に報せれば、どちらの腹も痛むものではない」

 なんてこった、どう言う事情があるかは知らないが、そのために無関係の人間まで始末するってのか?もしそうなれば、疑いは一応なかったことになっても、ノヴァキャットの立場は全く無くなってしまうじゃないか。

 こうなってくると、俄然洒落にならない空気が周囲をじりじりと押し潰していく。他の連中はと見ると、みな一様に口を硬く結んで一言も発しないでいる。特に、ボカチンスキー軍曹の表情は、苦痛に耐えるように痛々しく硬直し、すっかり血の気を失っている。

 それはそうだろう、今からメックの砲撃でテロリストもろとも吹っ飛ばされようとしている人間が、自分の代わりに誘拐されてしまった人間なのだから。もし、それを当たり前として、なんとも思わないようなら、それはもう人間なんかじゃない。

「サードフリート大尉、そしてシティクリーク大尉、この状況は、我々にとって、非常に好ましからぬものである。我々の疑いは、我々の手で、全ての真実を明るみに出した上で、その潔白を証明する」

 そのとき、重い沈黙を破って発せられた言葉に、俺は心底仰天した。ルシエンに来てからこっち、まったく元気のなかったマスターが、今までとは別人のような表情で、あの2人に視線を投げつけている。

「スターキャプテン・ローク、スターコマンダー・アストラ、メックウォーリアー・ディオーネ。我ら3人の誇りと名誉にかけて、名誉を回復するための全ての行為。囚われ人の奪還と、無頼の輩に対して、我が拳によって制裁を与える権利を要求する」

 見ると、ディオーネ・アストラ姉弟も、マスターと同じ表情でうなずいている。だけど、このまとわりつくような嫌な予感はなんなんだ。

「心意気は汲もう、だが、敵の持つメックに対して、どう立ち向かうつもりでござるか?特に、人間の殺傷に長けた軽量級なれば、たとえ貴殿らが誉れ高き戦士といえど、赤子も同然のはず」

 確かに、かなり痛いところを突いてきた。聞けば、テロリストが持ち出してきたのは、旧型のローカスト1機ということだが、それがこの場合、かなりヤバいことになる。

 ローカストといえば、対メック戦では全くお話にもならないが、歩兵相手には『自走挽き肉製造器』とまで言われる奴だ。無茶だ、幾らマスターがエレメンタルすら殴り倒せる戦闘力を持つ戦士でも、メック相手にどうこうできるものなんかじゃない。

 マスターは、ディオーネ、アストラの2人を振り向き、彼らの意思を確認するかのように、無言でうなずきあう。・・・まさか、まさか、だよな。そんな馬鹿なこと、言わないよな?

「我々が出向き、30分。それまでに何もなければ、貴官らは、指揮するメックによって、予定通りの行動をしてかまわない」

「・・・その言葉、真と受け取ってよろしいか?」

「是(アフ)、ただし、一つだけ願いがある。これは、我ら3人が心より望むものである」

「承知した、なんなりと」

「そこにいる、トマスン・クルツ。彼の者の保護を切に願う」

「承知した、我らの名誉にかけて」

「感謝の極みを」

 ちょっと待て、冗談じゃないぞ!あんた達、もしかしてマスター達がそう言うと踏んで、わざわざここまで連れて来たんじゃないだろうな!?

「クルツ、気にする必要はない。ひとたび名誉を傷つけられた以上、これ以外に俺達が恥をすすぐ方法はない」

 アストラ!お前までいったい何言ってんだ!

「クルツよ、おみゃーは今まで文句一つたれず、よーがんばってくれただぎゃ。後のことは、にゃーんも気にするこたーねーだで、おみゃーの自由にしてかまわねーでよ。実家に帰ってもかまわねーし、そのボンズコードも、おみゃーさんの勝手で取っ払ってかまわねーだぎゃ。

 おみゃーには、にゃーんもしてやれんかったけどもが、長げーあいだ、どえりゃー世話になっただぎゃ。腹壊したり、カゼとかひかんよー、達者でやるでよ」

 マスターは、普段と何も変わらない笑顔で俺に声をかけると、俺の軽く肩を叩いてアストラ達と廃工場に向かって歩き出した

 ・・・・・・なに言ってるんだ、あんたは。・・・畜生、何でこうなるんだ!

「・・・マスター!私、ボンズマン・トマスン・クルツは、スターキャプテン・ロークに対し、不服の神判を申し立てるものであります」

 俺の言うことは、たった一つだ。俺は、マスターの背中に向かって言葉を投げつけた。そして、マスターだけでなく、アストラやディオーネも、電流に撃たれたような表情で俺を振り返った。

「ふざけるんじゃねーだぎゃ!おみゃーみてーな人っ腹生まれに、何ができるだぎゃ!」

「名誉を賭けた戦いにおいて、情けをかけられ、デズグラとしての生を負わされることに対し、私、トマスン・クルツは、スターキャプテン・ロークに不服の神判を申し立てる。場所は廃工場、勝負は生き残り」

 こっちから勝負内容を提示するのは、本当は儀礼に反するが、場合が場合だけに、そんなのは敢えて無視する。そして、俺の言い放った言葉に、今度は、サードフリート大尉達や、ボカチンスキー軍曹までもが顔色を変える番だった。

「私も、元は中心領域における戦士階級です。同じ条件なら、同じように戦えることを証明します」

「こ・・・この!人の気も知らんと・・・・・・!」

 俺の宣言に対し、マスターは今にも泡を吹かんばかりに感情を昂ぶらせた顔になる。けれども、ほんの一瞬だけ、彼の目が嬉しそうに笑ったように見えたのは、俺のうぬぼれだろうか。

 それに、マスター。言っちゃ悪いが、それはお互い様さ。




「やっぱりおみゃーさんは、てーした男だでよ。うちの目に、狂いはなかったっちゅーことだぎゃ」

 さっきまでの、意味不明のひねくれさ加減は跡形もなく消えうせ、めっぽう上機嫌な様子で・・・そう、ディオーネだ、ディオーネが話しかけてくる。・・・え?何で今まで名前を出さなかったのかって?

 ・・・悪い、前に一度聞いたことは聞いたって覚えはあるんだが、マスターの言葉で思い出すまで、ケロリと忘れていた。まあ、細かいことは気にしないでおこう、お互い。

 それはともかく、俺達は成り行き上、二手に分かれることになった。組み合わせについては、さっきマスターに対してあれだけ大見得を切った以上、一緒に組むわけにもいかず、

『うちが責任持って面倒みるだぎゃ』

 と言う、ディオーネの言葉に、アストラも、それならば。と、マスターと組む方を選んだって訳だ。・・・なに?なんだよ、お前さんもいちいちこだわるな。だってお前、アストラとは、一応お互いをトロスキン(盟友)と呼び合える仲なんだぞ?今までは、たまたまアストラの名前を呼ぶ場面がなかっただけの話だよ。

 しかし、ドキドキする。いや、違うよ。別にディオーネと一緒だからドキドキしてるわけじゃない。はあ?おいおいおい、この際だから言っとくけどな。氏族の女は女にあらず、だ。下手に恋愛感情を持ったり、中心領域のノリで『愛してる』なんて言ってみろ、それは氏族人にとって、

『このメスブタ』

 と言い放つのと同義になる。そうなったら、今度は最大級の卑猥な表現で侮辱したとか言って、下手を打てば不服の神判ものだ。

 そうじゃなくて、いつローカストに出くわすか。ってことだよ。なにせ、俺達が持っている飛び道具と言えば、ボカチンスキー軍曹から借りたショットガンだけ。ディオーネにいたっては、『銃は性にあわねーだぎゃ』とパチンコ一本持っていない。

 ただ、さっきから自信ありげに持っている、ポーチの中身が気にかかる。当然、何が入っているかは教えてくれないが、それなりに使えるものが入っているのかもしれない。なにしろ、ノヴァキャットでは、相手に浴びせる罵声で、

『どーせ、おみゃーのポーチにゃー、ロクなもんが入ってねーだぎゃ!』

 とまで言うくらいだ。それだけ、ポーチの中身と言うのは、切り札じみた要素がつまっていると見ていい。

「クルツ、うちにえー考えがあるだぎゃ。耳を貸すだぎゃ」

その時、かなり自信ありげな声とともに、ディオーネが俺に耳打ちをしてきた。




 で?これがあんたの言う、『えー考え』なのか?

 俺は、ガラクタの散乱する、工場跡の敷地を全力疾走しながら、思わず心の中で悪態をついた。そして、俺の20メートルほど後ろからは、ローカストがつかず離れずの距離で追っかけてくる。

 スペリーブローニングの銃声が哄笑のように響き渡り、俺の周りで火花と跳弾が飛び回る。調子に乗りやがって、このサド野郎。しかし、今は調子に乗っていてくれた方が都合がいい。向こうが追いかけっこに飽きて、

『じゃあ、そろそろ』

 なんて考えでもした日には、俺はその場でジ・エンドになっちまう。

 ガラクタをかき分けかき分け走るのは、かなり消耗する行動だが、ローカストにしてもそれは同じなはずだ。スクラップの散乱した、足場の悪い場所を走るのは、ローカストの足を気休め程度には鈍らせることもできる。

 しかし、底意地の悪い先任軍曹が、さらに泥酔状態でセッティングしたような、錯乱しまくったコンフィデンス・コースのようなスクラップの森は、行けども行けども途切れることがない。いや、途切れてもらっては困る。開けた場所に出た途端、次の瞬間には『ミートソース、トマスン・クルツ風味』の一丁出来上がりだ。

 一応、こう見えたって、コムガード時代は、コンフィデンス・コースは得意中の得意だったんだ。挽き肉製造機なんかに負けてたまるか!

 その瞬間、俺は宙を走っていた。いや、走る格好で落下していた。

 選手のみなさま、こちらが、コンフィデンス・コースのゴール地点です。ご完走、おめでとうございます。

 なんて言ってる場合じゃない。

 ヤバい、あんまりローカストを引っ張るのに夢中になりすぎていて、前をよく見てなかった。そして、俺は、スクラップの山から、枯れ運河に続く段差へと真っ逆様に転げ落ちていった。




 右足の間接が、一つ増えてる。

 俺は、土埃の降り積もった枯れ運河のコンクリートにひっくり返りながら、かなり洒落にならないことになっている自分の足を見た。

 ・・・どこかで見たことあるような気がするな。そうだ、こりゃ、メック・ノヴァキャットの足の形だ。

 なんて言ってる場合じゃない、俺がつまらないことで感心している間に、俺を追っかけてきていたローカストも、身軽な動作で運河の底に飛び降りてきた。・・・っ!?か、勘弁してくれ、傷に響く。

 うわっ!危ねぇっ!?

 対人マシンガンの銃弾が、俺の左右を挟み込むように炸裂する。爆発しない、ってことは、キャリバー50の銃弾だな。なるほど、それなら炸薬弾みたいに、一発で吹っ飛んでなくなるって事もないわな。挽き肉を作るにはうってつけだ、このサド野郎。

 さて、どうやら不服の神判は、俺の負けってことらしい。マスター達はどうするんだろう。それが少し気がかりだ。それから、母さん。少し早いですが、そちらに逝くことになりそうです。不出来な息子と笑ってください。

 せめて楽な姿勢を、と思い、折れた右足をかばうように横向きになると、昼寝する猫のように体を丸めた。さて、こっちは準備OK。いつでもやっとくれ。




 ・・・おい、いつまで待たせるんだよ。こっちはいい加減足が痛くてしかたないんだ。もったいつけるのはやめてくれ。

 いつまでも降りかかってこない銃弾に、俺は少し腹を立てながら、ローカストの方を見た。すると、ローカストは、なぜか苦しそうに機体をよじらせている。

 その姿は、まるで悪いものでも食べたダチョウが、腹痛に耐えかねて身悶えているように見える。いったい何やってんだ?

 依然でたらめな動きを続けるローカストに、俺は少し引いた気持ちになりながらも、その様子を眺めていた。と、そういえば、なんか音が聞こえるな。何かをハンマーで叩くような音が聞こえる。こんな所で、いったい誰が大工仕事なんかしてるんだ?

 ・・・お?音がやんだぞ。

「うははははは!!まぁたせただぎゃあ!クルツぅ!」

 ・・・ディオーネ?来たのか!?

「ふはははは!奴らの顔を見覚えるのに、ちーとばっかし手間取ったけどもが、うちにかかりゃー、そんくれーぞーさもねーことだぎゃ!」

 スクラップの山の上に仁王立ちし、颯爽と現れたディオーネは、蝋燭を巻きつけた鉢巻、右手にハンマー、そして、左手には、どこから拾ってきたのか、1メートルほどの長さの鉄パイプを握り締め、完全に飛ばしまくったハイテンションな表情で高笑いしていた。

「とりゃっ!!」

 ディオーネが跳んだ。軽やかに、まるで、しなやかな山猫のように。

「ぷぎゃっ!?」

 びたん。と言う、聞くからに痛そうな音を立てて、彼女はローカストの上面装甲に、叩きつけられるように落下した。・・・どうしてあの人は、最後まで格好よく出来ないんだ?

「ふへへへ、な〜かなかやるだぎゃ。でも、もうここまでだぎゃ!」

 鼻血を垂らしながら、不敵な笑いとともに起き上がったディオーネは、手にしていた鉄パイプの先端を、キャノピーハッチの隙間に突き刺すようにねじ込んだ。

「だはははは!逝ってよし!だぎゃあ!」

 ドラ声じみた声で、呵々大笑すると、ディオーネは右手のハンマーを高々と振りかざし、それを鉄パイプの柄元に力いっぱい叩きつけた。

 その瞬間、ローカストに走行の隙間にねじ込んだ鉄パイプの先から、破裂音とともに爆炎が吹き上がった。そして、鉄パイプの柄元から、彼女の手にしていたハンマーを弾き飛ばしながら、金色の空薬莢が吹き飛ぶように吐き出されていくのが、はっきりと見えた。

「おわっ!?熱っちゃっちゃっ!」

 完全に沈黙したローカストの上で、ディオーネは、一瞬慌てた様子で鉄パイプを放り投げた。そして、爆圧で引き裂かれ、ハルバードのようにささくれた鉄パイプは、くるくると回転しながら落下してくると、俺の顔の真横で鋭い音を立てて突き刺さった。




 そのニュースは、結局大きく報道されることはなかった。誘拐された将軍の御息女は、幻妖舎特務隊の働きによって、無事救出された。と言うことだけにとどまった。いや、ひとつだけ、事実と違って報道されたものがある。

 ノヴァキャットのエンブレムを描いたメック、あれは、保守的な反セオドア勢力による、ドラコ連合管領、セオドア・クリタの権威失墜を狙ったテロだと報道された。そして、これを機に、反セオドア勢力の一斉摘発が開始されたと言う話だ。

 結局、俺達ノヴァキャットは、最後の最後までいいように利用された。ってことになる。いやはや、さすがに噂以上の御仁だよ。

 ああ、それと。

 一応、言っとかなきゃならないことがある。あの廃工場での一件、サードフリート大尉達が、俺達が自ら疑惑を晴らすために動く。と言うところまでは、確信はしていたらしい。だから、部下であるボカチンスキー軍曹を使って、わざわざ連れて来させたって訳だ。

 そして、俺達に手助けをするために、彼ら2人の愛機、旗本・地と旗本・火の2機を貸し与えるために用意していたんだが、こともあろうに氏族のメック戦士達は、彼らが思っていた以上に疑いをかけられたことを恥としていて、生身で戦うとまで言い出した。

 そして、その予想以上の決意の固さと、あまつさえ俺までもが一緒に行くとか言い出したもんだから、さらに言い出すタイミングを失ってしまったらしい。

 ボカチンスキー軍曹が教えてくれたが、あのあと、結局30分をオーバーしても、2人は砲撃の許可を出さなかったそうだ。それどころか、彼ら2人、旗本に乗り込み、バトルアーマー隊の中から偵察要員を送り出し、突入の機会をうかがっていたらしい。

 しかし、ローカストはディオーネの肉迫攻撃で撃破され、重武装のテロリスト達も、1人残らず、マスターとアストラに顔の形が変わるまでボコられて、廃工場に転がされていた。それらは、斥候を志願したボカチンスキー軍曹彼女自身が目撃し、報告したと教えてくれた。

 一応、彼らが悪者と思われたままじゃなんだから、蛇足までに。って奴だ。

 そして、俺はそのあとすぐ、病院に担ぎ込まれ入院沙汰となった。マスターとアストラは、サードフリート大尉達と意気投合し、帝都の街へと繰り出して観光三昧だったって話だ。まったく、最後の最後でついてない。今度はいつ、中心領域の都会の風に吹かれるかもわからないってのに。

 俺?俺は入院中、ずっと、その、なんだ。ディオーネとボカチンスキー軍曹の付き添いがあったから、まあ、とりたてて不自由はなかったよ。うん。

 ディオーネは、ローカスト戦に入る前の宣言どおり、責任持って面倒見る。の言葉を通し、ずっと病院に張り付いていた。ボカチンスキー軍曹は、あの影武者となって捕まっていた女性とは、ほとんど姉妹同然に育った乳姉妹みたいなものだったそうだ。

 だから、結果的に彼女の親友を助ける形となった俺に、なにか恩返しをしたい。と言うことで、同様に病院に泊り込んでいたんだ。

 なに?うらやましい?贅沢言うな?・・・おいおいおいおいおい、そう簡単に言わないでくれ。ことあるたんびに、枕もとで嫌味と皮肉の応酬をされてみろ?ただでさえこっちは大怪我してまいってるって言うのに、気の休まる暇も、状況を楽しむ余裕もなかったんだ。

本当に、勘弁してくれ




 俺の退院を待ったため、予定の滞在期間より若干オーバーしてしまったが、ルシエンでの役目を全て果たし、かの地を離れる日がやってきた。結果から言えば、非公式とは言え、今回の親善訪問は、予想以上の成果を双方にもたらしたと言っていいだろう。

 氏族の面々も、中心領域と言う場所に、それぞれの興味と好印象を持ったようだ。何はともあれ、ノヴァキャットとドラコがお互いに手を取る日は、そう遠くはないだろう。

 あ痛てっ

 ファーストシートでくつろいでいた俺の横っ面に、プラスチックの粒が当たった。マスター、頼むから、こんな所でプラモデルなんか作るのはやめてください。

 ・・・え?ウルバリーン?はあ、初めて乗ったメック?なるほど、思い出の機体って訳ですか。・・・でもそれ、ブロック〇ッドって書いてありますけど。

 アストラは、さっきからずいぶん静かだな・・・。へえ?携帯ゲーム?え?今エンディングだから静かにしてくれ?・・・伝説の樹?・・・・・・なんのこっちゃ。

 ディオーネは・・・、機内食をさんざんお代わりしただけでは飽き足らず、手荷物の中に詰め込んで持ち込んだ、マンジュー・ケーキを頬張っている。

 ・・・それにしてもよく食うな・・・・・。美味い、美味過ぎるって・・・・・・。ははは、『風が語りかける』って奴ですか。まあ、食べ過ぎて腹壊さないように気をつけてくださいよ・・・・・・。

 ・・・何はともあれ、みんなそれなりに得るものはあったらしい。

 俺?ああ、俺も、一応興味を引くものはあったかな。でもまあ、一応しばらくは連中も大人しくしてるだろう。それにしても、まったく迷惑な連中だ。たぶん本人はもう望んではいないだろうに。どうして、静かに眠らせてやれないのやら。

 ああ、ハハハ。なんでもない、気にしないでくれ。それじゃ、到着までまだしばらくあるから、俺も少し寝るとするよ。じゃ、またハンガーでな。




花の帝都を猫が行く(後)  終



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