花の帝都を猫が行く(中)



 やっとホテルに帰ってこれた、これほどまでに一日の終了が嬉しかったのは、本当に久しぶりだ。俺は、礼服の上着をハンガーに引っ掛けると、タタミ・カーペットの上で、めいめいにくつろいでいるそれぞれのメンバーの様子を観察する。

 今回のルシエン入りの引率責任者でもあるマスターは、すっかり気疲れた表情で、話すのもおっくう、といった様子でタタミに寝転がっている。まあ、無理もないな。会食を兼ねた会談の席で、マスターはその肩書き上当然の流れで、席上に現れた、なんとあのドラコ連合最高統治者と相対した時、マスターの緊張は頂点に達したらしい。

 まあ、無理もないわな。そういったクラスの人間の対応に、もっとも適切と思える階級は、将官相当であるギャラクシーコマンダーだと思うが、たとえブラッドネーム保持者だとしても、全体から見れば一介の士官に過ぎないスターキャプテン、つまり大尉相当の階級しかないマスターが、五大王家の一角と謁見し、しかも直々に会談することになったから、彼にとっては、色々な意味でたまらない時間だっただろう。

 いくら豪胆と無神経が売りの氏族人でも、さすがに絶対的な格の違いというものは感じ取れるらしい。そして、不用意な言動等、自分が下手を打てば、それは氏族の名誉とドラコ連合とのこれからの関係に、致命的な断裂をもたらすであろう、ということも本能的に嗅ぎ取っていたらしい。

 可哀相に、すっかり消耗しきって

 一方、女シャーマンといえば、会食の席で、気を利かせてくれたクリタ王家お抱えの料理長が、デザートにと出してくれた惑星ナゴヤ産の銘菓『ウィロー』を、無理やり土産にと包んできた。そして、それをちびちびとかじりながら、悔し涙を流しているという、なんとも異様な光景を演出している。

 実家が商人階級であったという彼女の店は、俺も幾度か口にした事のある、『ウイロー・プディング』を商いしているそうである。そして、彼女は、両親直伝の味に、それこそ絶対的な自信と、誇りを持っていたらしいのだが、それも、この帝都において、粉々に打ち砕かれてしまったらしい。

「そんなたーけた話があるわけねーだぎゃ、うちが一番美味くウイローを作れるんだぎゃ・・・」

 涙声でぶつぶつとつぶやきながらも、捕獲したメックを慎重に解体分析調査する技術者のように、本場ウィローの味を盗もうと、ちびちびと、しかしじっくりと味わっている彼女の姿は、ある意味涙を誘う。

 その背中には、会食の時、明らかに親善大使として身分が低すぎることに、不審と疑惑の目を向けていた側近や閣僚達に対し、

『ノヴァキャットは、浅はかな常識や思惑では動かない!我々は、常に真実と共に進むものなり!そして、我らを率いるは、血銘を冠する戦士の中の戦士である!汝ら、これ以上何を望むか!?』

 と、居並ぶ壮々たる顔ぶれに対し、威勢良く一喝した人物と同じ女性とは、とても思えないほど、哀愁に満ち溢れていた。

 そして、彼女の弟はといえば、特に変わった様子もない。彼は、目に映る新しいものを、すべてありのままに受け止め、そして自分の中に吸収しているように見える。フレキシビリティに富んでいるというか、精神的な耐性が強いとでも言うのか、とにかく、こういった状況では、本当にありがたい。

 で、彼がなにをしているかとみれば、部屋に備え付けられたトライビットの前で、なにやら放送されている番組に見入っている。氏族の支配宙域における番組といえば、スパニエル氏族の冒険を筆頭に、トレーニング番組や料理番組、そして戦場レポートぐらいしかないから、多種多様なテーマ性をもったドラマあり、ニュースあり、ドキュメンタリーありの中心領域におけるバラエティ豊かな放送番組は、かなり興味をひきつけられたらしい。

 とにかく、程度の差こそあれど、それぞれめいめいに帝都の夜を過ごしている。とりあえず、最初の会見を無事済ますことができて、明日と明後日はインターバルという形で、帝都の視察見学ということになっている。

 まあ、視察とかいっても、早い話が単なる観光だ。しかし、今度は俺が貧乏くじを引く番になりそうだ。そして、一番警戒しないといけないのは、例のシャーマンだ。彼女の弟は、なにがあっても、努めて冷静に状況を判断しようとするし、血銘を冠する戦士の中の戦士ことマスターは、驚くことがあると、そのまま硬直して呆然としているだけだ。

 だが、彼女だけは、どんな行動に出るか、まったく予想がつかない。それは、初日の空港での一件を思い出すまでもない。ふとみると、持ってきたウィローはすべて食い尽くしてしまったのか、包み紙をぐしゃぐしゃと丸めると、部屋の隅にあるくずかごに器用に放り込んでいた。

 それからしばらくの間、部屋の中に聞こえているのは、番組の音声とマスターの寝息、そして、座卓に向かって、持ち込んだ携帯端末に何か書き綴っている、彼女のキータッチの音だけだった。

 なんか、ずいぶんまったりした雰囲気になっている。今までのせわしなさが嘘のように、穏やかな空間が室内を満たしていた。俺は、座卓の上に置かれている急須に、電子ポットの湯を注ぐと、茶を入れて一息入れる。氏族の世界にも茶はあるが、やっぱりドラコの茶にはかなわない。茶は、クズウの緑茶に限る。

 まあ、先のことを今から気にしても仕方ないし、その時のことはその時考えよう。

「これでばっちしだぎゃ」

 先ほどとは打って変わり、ずいぶんと満足そうな彼女の声に、俺は湯飲みを置いて彼女のほうを振り向いてみると、彼女は、今しがた記録し終えたばかりのテキストを読み直しながら、一仕事終えたような表情でうなずいている。

「米粉の量、質、砂糖と塩の配分、水の量と練りこみ具合。大体飲み込めただぎゃ。うちにかかれば、これくらい調べ上げることなんか朝飯前だぎゃ」

 どうやら、彼女がちびちびとウィローを食べていたのは、本場物の正体を、自らの舌で解析するためのようで、その試みは、おおむねうまく行ったらしい。

「どうですか、首尾のほうは?」

「お?ああ、もーこれで勝ったもどーぜんだでよ。あとは、明日の観光でいろんな店に行って、もっとほかの奴も食い比べして、あわよくばレシピも聞き出してやるだぎゃ。だから、クルツ、明日はおみゃーさんも一緒に行こみゃあ」

「ええ、それはかまいませんけど」

「よっしゃ!そう決まりゃー、今日のとこはこの辺ということにするだぎゃ」

「そうですね、それじゃ、一服しますか?」

 俺は、彼女の分の湯飲みとお茶請けを用意して、彼女のささやかな努力をねぎらうことにしてみる。

「そりゃーありがてーだぎゃ、でも、その前にクソしてくるだぎゃ。どーも、ちーとばっかし食いすぎたみてーで、腹が張ってしかたねーだぎゃ」

 ・・・普通、化粧直しとか花を摘みに行くとか、もう少し言いようというものがあると思うんだが。まあ、彼女もれっきとした氏族人ということを忘れちゃいけない。しかし、いくらなんでも、女性がクソミソどうこう言うのは、正直言っていたたまれないね。それも、美人が言うからなおさらだ。

 ・・・まあ、いいけどさ

 俺は、気を取り直して、彼女が戻ってきたときに備え、パックを新しいものと取り替え、湯飲みに軽く湯を注いで温めておく。

『クルツー!紙がねーんだぎゃ!持ってきてくれんかみゃあ!』

 また、なにを素っ頓狂なことを

 氏族人の世界ならまだしも、この中心領域の高級ホテルで、今時そんなものがあるわけない。トイレットペーパーなんてものを使っているのは、一般家庭か野戦部隊の兵士くらいなもんだ。とにかく、ないものはないんだ、これから1週間もある。冷たいようだが、慣れてもらわないと困る。

「それは紙を使わない奴なんですよ、横にボタンがあるでしょう、その『洗浄』と書いてある奴を押してください。それで大丈夫ですよ」

『そ、そうかみゃあ?ほいじゃ・・・』

 心底不安そうな彼女の声が聞こえてくる。そして、次の瞬間、俺は自分の考えが心底甘かったことを思い知らされた。

『っぎぃえぇえええええええええええええええええっっ!?』

 まるで、熱湯をいきなり浴びせかけられたかのような、凄まじい悲鳴が部屋の障子を振動させ、俺は、その予想外の絶叫に思わず尻を浮かせて驚いた。続いて、こともあろうに下半身を丸出しにした彼女が、猛犬に追われる猫のような勢いで部屋に転がり込んできた。

「おわっ!な、何なんですかっ!?」

「な、何だも何もねーだぎゃ!いきなりケツメドに水がひっかかってきたんだぎゃあ!」

「と、とにかく何かはいて!・・・い、いや!早くバスルームに行ってくださいっ!」

 ひどい

 いくらなんでもひどすぎる

 これが本当に女性のすることか?

 今の悲鳴で、マスターは弾かれたように跳ね起き、何が起こったのかという表情で部屋を見回し、弟さんは、あられもない姿を晒している姉に、悲しそうな表情でため息をついている。

「ううう・・・・・・く、屈辱だぎゃ・・・・・・」

 心底ショックを受けた様子で、ベソをかきながらバスルームにすごすごと引っ込んでいく彼女を見送ったあと、俺は2人を呼んで、『ウォシュレット』なるものの使い方をレクチャーし、用はなくても、実際に彼らに実技練習をしてもらうことにした。

 初めてメックのシートに座る新兵に、操縦をレクチャーするかのような緊張感の中、説明を終えた俺は、順番に彼らをトイレの中に押し込んだ。

 ・・・まったく、なんでトイレひとつでこんな騒ぎになるんだよ

『はうっ!・・・くっ!お、俺は負けんっ!!』

 こちらの方もこちらの方で、事前に詳細な説明をしておいたため、彼女の時のようなパニックはなかったが、それでも、前代未聞の感覚に揃って苦悶の声を上げながら、必死に耐えている様子がドア越しに感じられ、少々いたたまれない気分になったのは事実だ。

 しかし、これから中心領域に戻ろうという気が少しでもあるのなら、この程度のことは乗り越えてもらわないといけない。そのためなら、俺はいくらでも心を鬼にするさね。

 まあ、したからといって、どうこうなるような素直な連中じゃないんだが



 ドラコ式の床に直接敷く布団に潜り込むなり、遠足から帰った子供のようにぐっすりと三人組が寝静まってしまったあと、俺は、待ち合わせの時刻を確認すると、そっと部屋を抜け出した。

「クルツ殿、とりあえず調達してきたが、これでよろしいか?」

 ホテルのラウンジに行くと、すでに待ち合わせの時間前からここにいたらしいサードフリート、シティクリークの両大尉2人が、傍らにおいてあったカートンを俺に差し出した。

「なにぶん、軍用であるゆえ、見かけは異なるものなれど、用途に供する分には、まったく問題はござらん」

「ありがとう、本当に助かる」

「礼には及ばぬ、それがしはただ、自らのお役目を果たしただけのこと。それは、貴殿も同じであろう?」

 氏族の人間も、いい加減実直な人間がそろっているが、ドラコのサムライ2人は、さらにそれ以上だ。もしこれと同じ事を、ライラやダヴィオンの将校に頼もうものなら、『騎士の誇り』がどうとかこうとか、『紳士の作法』がどうとかこうとか、平たい話、

『何で俺がお前なんかにパシられにゃいかんのよ』

 と、グダグダ理屈と不平をこねまくって拒否するだろう。それはともかく、俺は、文字通りパシリ同然の頼みごとを快諾してくれた2人に心から感謝しつつ、頼んでおいたものを受け取った。

「すまない、本当に感謝する」

「うむ、では、明日は存分に楽しまれよ」

 そういうと、サードフリート大尉は、軽く頭を下げ、そのままラウンジを立ち去っていった。え?何を受け取ったんだって?なに、たいしたもんじゃない。ドラコ連合軍で使ってる、野戦用個人携帯トイレットペーパー、ワンカートンさ。

 ・・・なに?心を鬼にするんじゃなかったのかって?まあ、それもそうかもしれないけどな。まあ、ボンズマン根性と笑ってくれてかまわないよ。



 翌日、身支度を整えた俺達は、さっそくマップ片手に帝都散策としゃれ込むことになった。昨晩、少々ひと悶着はあったものの、一晩眠ればそんなこともケロリと忘れてしまえるのが、良くも悪くも彼らの得意技だ。

 もっとも、その根に持たない心持の良さが、彼ら氏族人最大の美点であることは間違いないだろうな。

 俺は、まず、彼女の意見をくみ、大手デパートに向かうことにした。まず、行き先の希望が明確であったのが彼女だけ、と言った理由も大きかったんだけどな。こういう時、一番困る要望は、『どこでもいい』ってやつだ。

 帝都で一・二を争う、大型デパート『タカスマヤ』にやってきた俺達は、まず食料品売り場に行ってみることにした。だが、ここで、俺は重大なミスを犯していたことに、その時まで気づかなかった。そして、気づいたときには、もうそれは後の祭りだった。

 道中、少しもよおしていた俺は、店内に入ってから、彼らに戻ってくるまで動かないよう、あくまで『お願い』する形で厳命してトイレに駆け込んだ。そして、用を済ませて戻ってきた時、彼ら3人の姿は煙か霞のように、それこそ、影も形もなくなっちまっていた。

 通貨という概念を理解させるには、実際に自分で判断し使ったほうが一番理解しやすいだろうと、彼らに若干の現金を渡しておいたことが完全に裏目に出た。

 物々交換ではない、貨幣と言う存在による取引。それが、ことのほか、彼ら3人の好奇心を刺激してしまったようだ。けど、彼女やマスターならともかく、まさか彼までもがいなくなるとは、正直予想外だった。

 そして、さらに悪いことに、俺自身、その時点ではまだ状況を楽観視していた。あれだけ悪目立ちする連中だから、少し探せば見つかるだろう。と。

 しかし、現実は少し歩き回るどころか、館内中走り回っても、その姿はどこにも見つからない。冗談じゃないぞ、まさか、外に何か珍しいものでも見つけて、デパートから抜け出し、ノコノコついて行っちまったんじゃないだろうな。

 まさか、子供じゃあるまいし、そんなことは・・・・・・・・・ありうる。おおいに、ありうる。頭の中に浮かび上がった、最悪のシナリオのオンパレードに、俺の背筋や脇腹に、冷たい汗が何本も滑り落ちていた。

 ちくしょう、なんてこった。俺は、最後の望みをかけて、呼び出しアナウンスを依頼するためサービスカウンターに駆け込んだ時だった。

 すると、そこには、サードフリート大尉とシティクリーク大尉の2人がいた。そして、俺があれだけ駆けずり回って探していた、あの三人組も一緒だった。そして、俺が安堵の声を漏らすよりも早く、サードフリート大尉は、エンドウ・スチールよりも硬い声で、ひとこと俺にこう告げた。

「貴殿らを、誘拐容疑で逮捕する」



 そんな馬鹿な

 何度繰り返しても、同じ言葉しか思い浮かばない自分に、いい加減疲れてくる。だが、いくら考えてみたところで、この状況が良くなるわけでもない。俺達4人は、そのまま連行され、拘置所にブチ込まれた。

 もちろん、取調べらしい取調べがあるわけでもない、ただでさえ、使節団にしては身分や階級が低すぎる連中が来たことに、ドラコの連中は不信感を隠そうとしなかったんだ。それが、こんな騒ぎになって、それ見たことか。と、即行逮捕につながったんだろうな。

 え?いったい何があったんだって?・・・それにしてもまあ、こんなとこまで話を聞きに来るなんて、お前さんもよっぽど暇してるんだな。まあ、それはいいけどな。

 俺も詳しいことはよく知らないけどな、一度だけ面会に来てくれたサードフリート大尉とシティクリーク大尉の話だと、どうやら、要人を狙ったテロがあったらしい。そして、軽量級メックまで持ち出した襲撃で、DCMS将軍の娘さんが、まんまとさらわれてしまったらしいのだ。

 ここまで聞けば、多分お前さんならピンと来るだろうが、そのメックには、ノヴァキャットのエンブレムがでかでかと描かれていたって話だ。いまさら言うことじゃないとは思うが、中心領域に住む人間にとって、俺らノヴァキャットを含む、氏族人に対する感情は最悪だ。

 きっかけは、あのバトル・オブ・ツカイードにさかのぼるわけだが、それらの動乱で、氏族人の恐ろしさを刷り込まれちまった中心領域は、氏族に対して半端じゃない恐怖と憎悪を抱くことになった。

 まあ、なんていうか、これには各種メディアの扇動もあったかもしれないが、一番厄介なのは、事実をありのままに伝えた、この手の報道の中では一番純粋に報道魂を発揮したものが、さらにこれらの感情に加速をつけたもんだといっていい。

 しかも、さらに間が悪いことに、ノヴァキャットは過去において、あの最凶最悪と言われたスモークジャガーと組んで、このルシエンに攻撃を仕掛けたこともある。そして、今はもう本格的な戦闘は沈静化しているとは言え、はっきり言って、ドラコ連合の、特にルシエンに住む人々の、氏族に対する感情は最悪といってもいい。

 そんな状況であるから、いきなりノヴァキャットの紋章を掲げたメックが暴れだせば、ルシエンの人々は、少しの疑いもなくノヴァキャットに怒りの声を向けるだろう。

 最悪もいいところだ

 しかし、不思議なもんだ。こんな状況なのに、少しも腹も立たないし、焦る気持ちもわいてこない。むしろ、こうなるのが遅すぎたとさえ思えるようになった。考えてもみてくれ、こんな連中と一緒に旅をしようってんだ。むしろ、何も起こらないほうが却って気味悪いね。

 そかし、そうも呑気なことも言っていられない。このままでは、ドラコ連合との同盟どころか、下手を打てば、ノヴァキャットがスモークジャガーの二の舞になってしまう。

 それだけは、絶対に避けなければならない。

 え?ああ、そうだな。確かに俺は、ノヴァキャットをはじめとする、氏族の侵攻から中心領域を防衛するため、彼らと戦ったことは確かさ。でもな、時間ってのは、いろんな意味でそれを薄めちまうもんさね。

 いろいろあったさ、7年の間に、いろいろとね・・・

 おっと、まあ、俺のどうでもいい感傷はさておいて、と。・・・まったく、何をやってるんだろうね、この人達は。

 マスターは、牢屋に放り込まれるなり、すぐさま固いカーペットの上に寝転んで、すうすうと寝息を立て始めちまったし、彼女は、壁に向かって瞑想を始めた。弟さんは、身にしみこんだ習慣からか、彼女のそばに控え、微動だにしない。

 こんな時でも、自分のペースを崩さないのは、さすが氏族人といった所だ。さてさて、彼女は必死にヴィジョンの行方を追っているようだ。まあ、お手並み拝見といこうかね。

「ふへっ」

 不意に、彼女の奇妙な笑い声が牢の中に流れる。おいおいおい、まさか、ショックのあまり、本当に電波を受信するようになっちまったんじゃないだろうな。

「見えただぎゃ」

 彼女は、勝ち誇った表情と共に、瞑想の姿勢を崩す。

「道は示し啓かれただぎゃ、『邪なる剣、ノヴァキャットの行く手を阻む。なれど、ノヴァキャットの瞳は、常に前を向き前進する。火の竜、地の竜が、ノヴァキャットにその力を貸し与える。ノヴァキャットは、かの力によって、行く手をふさぐ剣を打ち砕き、さらなる光に向けて前進する』だぎゃ」

「え、それはどういう・・・」

 俺が、思わず息を呑んだときだった。牢の外に人の気配を感じて振り向くと、そこには思いもしなかった人物が立っていた。




花の帝都を猫が行く(中) 終



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