探し物はなんですか



 外界から閉ざされた狭隘な空間。平滑で何の飾り気もない壁に、四方を囲まれた祈祷の間。その突き当たりにあたる壁面に据えられた、殺風景な空間の中でただひとつ浮いた存在感を放つ護摩壇。

 煌々と燃え上がる炎を前に、漆黒に染め抜かれた絹糸のような、しなやかな長髪が乱れ散るのも構わず、その艶やかな前髪が焦げんばかりに炎に相対し、ただひたすらに精神を集中する。

 白磁のようにきめ細かく、そして、曇りひとつ、しわひとつない瑞々しいその顔に、幾筋もの汗の粒を走らせながらも、紅蓮の炎に炙られ、染め上げられるだけの彫像のように微動だにしなかった女性は、その印を結んでいた手の片方を、極めて慎重に、かつ滑らかに懐へと差し入れる。

 そして、懐中から引き出したその手には、一発の弾丸が握られていた。ただの弾丸ではない、メックや装甲車両に搭載されるへヴィマシンガンの20ミリ徹甲弾。

 その、もはや砲弾と言うべきものであろう弾丸を握り締め、彼女は文字通り、祈りを込めるように差し頂いたあと、それをゆっくりと火中に投じた。



「駄ァ目だぎゃあぁぁ―――――――――っっ!!」

 血を吐くような、慟哭とも断末魔とも聞こえる絶叫に、祈祷の間の外で待機していたメック戦士は、全てを理解したかのように、極めて迅速に祈祷の間へと滑り込んだ。

「見えん!見えん見えん見えん見えん!にゃーんも見えんだぎゃ――――――っっ!!」

 彼は、祈祷の間の中を所狭しと転げ回り、悶絶するようにのた打ち回っている姉の姿を見て、半ば覚悟していた事態とは言え、その恥も外聞も、そして、およそ人間として備わっているはずの、ありとあらゆるものをかなぐり捨てたかのような奇態を繰り広げている光景に、思わず肩の力を落としてしまった。

「うちはもう駄目だぎゃあ!もう、にゃーんも見えんようなってもうただぎゃあ!」

「落ち着け!落ち着くんだ!」

「これでもうなにもかもおしまいだぎゃあ!うちはあのババアどもに、人っ腹うまれの戦士崩れとか言い叩かれるんだぎゃあ!おしまいだぎゃあ、なにもかもおしまいだぎゃあああっっ!!」

「落ち着くんだ!」

 弟は、熱湯を浴びせかけられた猫のごとく取り乱しまくる姉のみぞおちに、容赦のない鉄拳をめり込ませる。少々荒っぽいのだが、メック戦士としても鍛えた彼女に、生半可な制止は通用しないのだから仕方ない。

 とにもかくにも、心を鬼に変えた弟の試みは功を奏し、彼女は糸の切れた人形のように、くてりと崩れ落ちると、弟の腕に支えられながら、うわごとのように、ぶつぶつと聞き取れない声で何かをうめき続けていた。



「そう言われてもな・・・」

「そこを曲げて頼みたい、クルツ。俺のように、戦う事しか知らない人間では、もはやどう対処していいのかわからない」

「うむぅ・・・・・・」

 俺は、目の前で真剣な表情を浮かべている男を前に、どうにも困った状況になったのを悟る。彼は、俺のマスターが指揮しているバイナリー・・・、ああ、バイナリーってのは一個中隊にあたるもんだが、そこの所属のメック戦士で、確か彼の姉が、この間急病で倒れた予言者の後釜に推されたと聞いている。

 ・・・っていうか、あのオバハン、やっぱりイッちまったか。まあ、薄々は感じていたが・・・。クラスターを勝利に導いたピンクの予言、あれが、燃え尽きる蝋燭の最後の炎だった、ってわけだな。まあ、それはともかくとして、だ。

 なんでも、彼の姉は、予言者の資格として必要不可欠である能力であるところの、いわゆる『ヴィジョン』が見えるのだそうだ。であるから、これはまたとない逸材の予感。ということで、試しに審査をしてみたところ、資格十分という結果が出たらしい。

 他の連中は、フリーボーンだからどうとか、崇高な精神がどうとか、あれこれ不満を口にするものもいたようだが、氏族の世界では結果がすべてだ。よって、結果を出した彼女に対して、これ以上の不平不満や陰口は、それこそ不服の神判とかいう、早い話が決闘騒ぎに直結する。

 俺にはよく理解できないが、ここの社会じゃ命よりも、名誉のほうが重いらしい。いや、確かに、中心領域でも個人の名誉を貶めるのはタブーであるし、場合によっては犯罪行為とみなされる場合もある。しかし、相手の命をどうこうとまでいった、流血騒ぎに発展するのはめったにない。そんな真似をしたら、今度は名誉毀損されたほうが犯罪者になる。

 それはともかく、彼の姉は、そのヴィジョンが見えるという能力を遺憾なく発揮することができた。まあ、中心領域でヴィジョンが見えるとか何とか言っていたら、それは単に危ない奴だが、ここでは、それらの能力は格別の意味を持つ。ということは、ここ最近の生活で十分理解するに至っている。

 もっとも、そのせいで振り回されたり、途方にくれたことは一度や二度では済まないのだが、まあ、それはこの際どうでもいいことだ。

 とは言え、今ここで俺に相談を持ちかけてきたこの男、氏族の人間にしてはずいぶん珍しい種類だと思う。俺の知っている限り、氏族の連中というのは、家族のつながりというのを、まったくといっていいほど重視しない。

 なんて言うのか、お互い同士を一個の人間、というふうにしか捉えていないふしがある。いや、個人の尊重なんてお綺麗なもんじゃ決してない。自分の腹を痛めて生んだ子供ですら、『養育の義務がある存在』でしかないんじゃないかとさえ思える。

 なに?お前の偏見じゃないかって?まあ、それも一概に否定はしない。けれども、子供番組でさえ、仲間同士の連帯と団結をうたいつつも、友情とかそういったものを話に織り込んでいるものを、一本たりとて見たことがない。っていうか、そもそも番組のレパートリー自体、そんなに多いって訳じゃないんだが・・・。

 たとえば、氏族社会での子供番組。小さな子供と、一部の大きなお友達に大人気である『スパニエル氏族の冒険』なる番組を、たまたま目にする機会があったのだが、申し訳ないが、中心領域育ちの俺の感覚では、思わず首をひねりたくなるような代物だった。

 確かに子供向けの番組ではあるのに、そこはかとなく感じる殺伐とした雰囲気と、見終わったあとのなんともいえない後味の悪さは、こんなものが中心領域で放送されたら、まあ、そんなに長くは続かないだろう。

 早い話が、

『よい子は、お父さんお母さんの事を気にしません』

『知らない人には親切にしません』

『約束を破ったお友達は許しません』

 などといった、確かにこう生きられたら、葛藤も悩みも少なくて生きやすそうではあるわな。と、思ってしまう、ある意味見事なできばえの作品ではある。こういうものを見て育ったら、どんな大人になるかは、ローカストでアトラスに正面切って立ち向かうぐらい、結果は歴然としている。要するに、中心領域の言い方で言えば、

『ロクな大人にならない』

 ということだ。

「どうした、クルツ」

「ん?ああ、いや、なんでもない。考えをまとめていた」

「そうか、手間をかけさせて済まない」

 俺の誤魔化しに、彼は小さく頭を下げた。それはそうとこのメック戦士、あの特徴的なノヴァキャ訛りがない。もっとも、あのミャーミャーギャーギャー猫が鳴いているような訛り丸出しでしゃべるのは、戦士階級以外の人間に多い。

 彼のように、まるで何かを宣言するかのような、はっきりと区切った通る声で話すのは、氏族のメック戦士である連中の矜持のようなものだ。戦士階級以外の人間は、まあ、はっきりしゃべることはしゃべるが、訛りを無理して押し込めることは、あまりないようだ。

 もっとも、本人達は、しっかりした言葉で話しているつもりらしいが、いかんせん200年近く中心領域を離れ、独自の文化を形成していた過程で、ある程度の訛りが生じてしまったことに気付いていないのはご愛嬌だ。まあ、連中らしいと言や連中らしいが・・・。

 ともあれ、戦士階級の連中の話し口は、時と場合によってはかなり高圧的に聞こえることもしばしばだが、彼の場合、状況も状況なので、むしろ、却って誠実な印象を受ける。まあ、それこそどうでもいいことだが。

 ついでに、俺もいい加減、ボンズマンの分際でメック戦士とタメで口をきいているが、彼自身が、あまり些細なことにこだわらないという性格をしているから、俺も普通にしゃべらせてもらっている。そうでもなければ、卑しくもメック戦士様々にこんな口の利き方をした瞬間、頭蓋骨をカチ割られても文句は言えない。

 とりあえず、それはそれとして、ずいぶん厄介な話になったようだ。話を聞けば、彼の姉は、今回も予言を受けることを任されたのだが、なぜか肝心のヴィジョンがさっぱり見えなくなったそうなのだ。

 見えないなら見えないで、荷が重いという旨をオースマスターに伝えればいいのだろうが、事はそんなに単純なものでもない。

『やっぱりできません』

『はいそうですか』

 で物事が片付けば、この世の中のストレスは半分に減る。

 しかも、彼女の任された仕事にかかわる事態というのが、これまた重大な代物であるという。ノヴァキャット氏族は、イレースとか言う星系の領有権を争い、現在もドラコ連合の急進的な一部勢力と小競り合いを繰り返している真っ最中なのだが、今回、ドラコの艦隊が、ノヴァキャットの支配宙域の第一次警戒ラインの周辺をうろついているらしい。

 それで、この部隊にどう対処するかであるが、外交や貿易なら話も違ってくるだろうが、どこをどう見ても明らかな示威行為である以上、まあ、間違ってもこの艦隊の侵入を許すわけにはいかないだろう。

 それで、例のごとく戦の前の景気付けにひと予言、ということなのだが、それを任された本人が、スランプかなんかでえらいことになっている。というのが、今回の話のキモってわけさね。

「知ってのとおり、俺達姉弟はフリーボーンだ。お前も知っているとは思うが、戦士階級、いや、氏族という世界の中で、連中が言う『人っ腹うまれ』がどんな扱いを受けているかは知っているだろう」

「ああ」

「だから、俺も姉も、連中に負けないため、できる以上の修練をした。そして、その甲斐あって、俺はメック戦士に、そして、姉は予言者としての地位を得た」

「ああ」

「だが、姉は予言者でもあり、メック戦士でもある。そして、キャニスターうまれの連中から受けた屈辱も忘れていない。姉はいつでも完璧であろうとしていた」

「ああ」

 彼は、そこで言葉を切ると、しばらく迷うように口を閉じたが、ややあって、思い切るように言葉を吐き出した。

「・・・俺は、姉を、ただ俺より先に生まれた人間と割り切ることはできない」

 俺は、初めて聞いた彼の意外な言葉に、一瞬思考が停止した。まさか、氏族の人間から、こういった人並みの言葉を聞くとは思っていなかったからだ。

 なんだか、話がずいぶん重くなったようだが、自分以外の人間はすべて他人。と思っているような氏族の人間から、血族を思う言葉を聞くのは、かなりの非常事態だ。はぁ?馬鹿にしている?なに言ってるんだ、俺は何一つ大げさに言ってない。

 考えても見てくれ、子供のころから、友情と団結の代わりに、闘争と勝利をすりこまれて大きくなったような連中だ。自分以外の人間なんて、自分が生き残るか、あるいは成功するために必要な存在としか見ていない。だから、必要な時には協力もするが、逆に平気で見殺しにしたりもする。

 まあ、それはそれとして、その言葉は本心から出たものと判断して、俺もそろそろ真剣に考えてみることにする。今回の問題は、予言者である彼女の姉が、ヴィジョンを見れなくなった事すなわち、予言ができなくなったということだ。

 それは、料理人が味覚を失うことと同義であり、自分自身の存在意義を完全に喪失することを意味する。力を失った絶望と、期待に応えられない重圧。それらの感情は、こんな俺でも察して余りあるものがある。

「わかった、だがその前に、俺のマスターに許可を申請させてくれ。俺の身分では、勝手に動くのは何かとまずいし、示しというものもあるはずだから」

「了解した」

 さてさて、そうは言ったものの、どうしましょうかね。



 あの後、マスターは俺の申し出にあっさりと了承をあたえた。承諾を取り付け、とにもかくにも行動することとなった。そして、まず手始めに取り掛かったのは、自暴自棄になった彼の姉が、資材廃棄場に放り捨ててしまったという、ポーチとヴィナーの捜索という、のっけから絶望的な仕事だった。

 言いだしっぺの立場で言うのもなんだが、氏族連中が諦めて捨てるというのは、正真正銘使い物にならないガラクタだ。であるからして、氏族が言うところの廃棄場と言うのは、中心領域のそれみたいに、

『あっ、もしかしたらつかえるかも♪』

 なんてものは何一つ落ちちゃいない。原型を留めるどころか、やもすれば異次元から飛来したとさえ思える異様な物体が、捨てられた怨念とも呪詛ともつかない威圧感を放ちまくっている。正直、用がなければ半径10キロ以内には近づきたくない。

 しかし、事態が事態だけにそうも言っていられない。何かと紙一重な前衛芸術家が泥酔状態で作り上げたような、どうにも形容できない異形のジャングルの中へ、俺達二人はマグライト片手に踏み込んだ。

 もっとも、これは思っていたより簡単に片付いた。2人で手分けして探した所、俺の目の前に、廃材の角に引っかかっているポーチを発見した。一応、彼にも確認してもらったが、間違いなく彼の姉のものだと断定できた。

 そして、ヴィナーの方だが、彼女が集めているのは、へヴィマシンガンの弾丸ということだった。もっとも、それはすでに砲弾といったほうがいいレベルの大きさだったが、それらも、ポーチの引っかかっていた場所の周辺に、いくつか転がっているのを見つけ、2人で探し出せるだけのものを拾い集め、元通りポーチの中にしまっておいた。

 最初はかなり無謀に思えたもんだが、トーテムであるノヴァキャットの御加護だかなんだか、ことのほかすんなりと話が進んだのは祝着至極だ。もっとも、その直後、どこから紛れ込んできたのか、本物のノヴァキャットが現れ、相当腹を空かせていたらしいトーテム様に、夜通し追い駆け回される羽目になった。

 なんとかノヴァキャットの追撃から逃れた俺達は、全身傷だらけのままで、彼の姉の元に赴き説得を始めることと相成った。

 あえて必要最低限の手当てをしたままで、彼女の前に出ようというのは、一応俺のアイデアだ。満身創痍になりつつも、それでも真摯に説得する姿を見せれば、どんなに頑なな心も揺らぐだろうという、まあ、言ってみれば、

『俺達はこれほどまでに、貴女を応援したい』

 と言う、まあ、多少姑息な手段ではあるが、たとえ精神状態が普通でないもしれないとはいえ、人の言葉を解するなら、多少は情に響くかもしれない、といった助平心があったのは否定しない。そして、それは功を奏したらしく、彼女は、もう一度頑張ってみると約束してくれた。

 なに?それは卑怯だって?おいおい、軽々しく言って下さんな。そのあと、俺達2人がどうなったか知ってて言ってるのか?一応、中和剤を飲んだとはいっても、それでもかなり強烈なノヴァキャットの毒毛にやられたダメージのせいで、すぐさま病院に担ぎ込まれたんだ。こちとら、曲がりなりにも体を張ってやってるんだぜ?

 まったく、人助けも楽じゃない。



 再び祈祷の間に戻ることを決意した彼女は、以前とは別人のような、穏やかな表情で護摩壇に焚かれた炎の前に座る。その顔には、もはや迷いも焦りもない。

 先日、弟とその友人が、全身に傷を負いながら現れたときは、さすがに何事かと心底驚いた。そして、さらに驚いたことには、自分が投げ捨てたはずのポーチと、その中身を持っていたことだった。

 そして、彼らは、自分にポーチを差し出すと、しばらく何かを訴えかけるような様子を見せていたが、まるで陸に放り出された魚のように、ただ必死に口をパクパクさせているだけで、言葉らしい言葉など聞き取ることはできなかった。

 そして、数分後、彼らは突然表情を青褪めさせて、全身を細かく痙攣させると、その場に崩れ落ちたまま泡を吹き始めた。その症状から、即座にノヴァキャットの毒毛にやられたものと理解し、すぐさま病院に搬送して事なきを得た。

 なぜあの2人がノヴァキャットに襲われたのかはさっぱりだったが、それでも、かなりの危険をおかしてまでも、ポーチを探しに出たことは紛れもない事実だ。

 ならば応えよう、その勇敢なる心に対して。

 彼女の心は、もはや迷いや雑念のすべてを振り払い、磨き上げられた鏡のように、厳冬の森林にたゆたう湖のように澄み切っていく。そして、ヴィナーである、一発の弾丸を取り出し、それを静かに炎の中にくべる。

 さあ、わが魂を導き給え。

 彼女の全身全霊の祈りに応えるかのように、燃え盛る炎の中の弾丸は、真紅に染まり、輝きを増していく。

 われに、光を!

 祈りが頂点に達した瞬間だった、炎の中で輝きを放っていた弾丸は、雷鳴のごとき轟音と共に、閃光を放って炸裂した。



 凄まじい破裂音と同時に、祈祷の間に続くドアが、爆煙とともに物凄い勢いで紙のように吹き飛ぶ。体ひとつ分前に出ていれば、間違いなく爆風に巻き込まれていただろう彼は、予想外の衝撃映像に一瞬呆然としながらも、すぐさま、その中にいたはずの姉を思い出し、黒煙が渦巻く中に駆け込もうとした時だった。

「見ぃえたぁだぎゃあああああっっ!!」

 突然、煙の中から、弾丸のように飛び出してきた彼女は、全身煤焦げたボロボロの姿で出現すると、炯炯と輝く瞳に狂喜の色をみなぎらせながら、弟の胸倉に掴みかかるように突進してきた。

「・・・け、怪我は!?一体なにが・・・!?」

 さすがに狼狽の色を浮かべている弟には委細かまわず、彼女は派手に手鼻をかんで、鼻腔に詰まった鼻血を豪快に吹き飛ばすと、すぐさまバルカン砲のように口火を切り始めた。

「そんなことはどーでもええだぎゃ!見えただぎゃ!すぐにオースマスターに伝えるだぎゃあ!!」

 この世にまたと無いと言って良いほどの白皙の美貌が、煤と流血にまみれながらも、彼女はなにかに取り憑かれたかのように、額から流れる血と鼻血を撒き散らし、奇声じみた歓喜の声を上げながら、これ以上ないくらいの喜びようで飛び跳ねまわっていた。



「皆の衆!ご神託を伝えるだぎゃ!」

 衣服はズタズタに引き裂かれ、流血がその焼け焦げた姿を染め上げている。その、まるでラグナロクを戦い抜いたヴァルキリーの如く、満身創痍となって現れた彼女の姿とその言葉に、祭禮の広場は、いつもと違ったどよめきがあふれかえる。

 無理もない、俺も含めて、みんながあの爆発を見ているのだ。普通に考えれば、まず助からないと思うだろう。俺自身、まさか、彼女が自決を選ぶまでに追い込んでしまったかと、一瞬腹の底まで凍りついたくらいだった。

「未来は導き啓かれただぎゃあ!『精悍なるノヴァキャットは、あらゆる光をさえぎる煙の中も、その歩みを止めることはなし。研ぎ澄まされた感覚、巧みなる身のこなしにより、ノヴァキャットは、煙に潜む龍をその毒毛で打ち抜くであろう』と!大いなる意思に、畏敬と信仰の極みを!」

『大いなる意思に、畏敬と信仰の極みを!』

 前後のハプニングはともあれ、待ちに待っていた神託が告げられたことに、今日ここに集まっていた連中は、沸き起こるような歓声をあげて、神託をたたえる言葉を合唱する。俺?俺は・・・そうだな、少し不安だよ。は?彼女のことか?違う違う、まともな内容だけに、裏がありそうで余計に心配なんだよ。

 それにしても、まさかあの中に榴弾が混じっていたとは・・・。もしかして、俺が、あの時、不発弾かなんかを間違えて混ぜてしまったんじゃないだろうな・・・・・・?



 その日、早速行われた整備隊のミーティングは、いきなり壁にぶつかった。なにしろ、あんなまともな予言が降りることなど、実に久方ぶりであるため、逆にどう対処していいかわからない。まだ、この間のときのように、非常識な色で塗りたくれと具体的に言われたほうが、まだ方策もとりやすい。

 結局、俺達整備班は、あの予言の内容を、ノヴァキャットの搭載センサーの強化。という形に解釈した。そうと決まれば、さっそく作業に取り掛かる。なにしろ事態は一刻を争う。神託が遅れたために、それだけ残された時間も少ない。

 集音センサーやパッシブセンサーは、元から搭載されてはいたが、さらにその機能を強化するため、外部拡張端末を増設してみた。センサー類はこれでいいとして、予言の中にあった、『毒毛』というワードだが、これは、もしかしてミサイルか何かのことを言っているのだろうか。

 しかし、全員が同じ連想をしたらしく、両腕のER−PPCとラージレーザーを取り外し、代わりに、LRMランチャーに換装した。そして、ペイロードに余裕があったから、SRMランチャーも搭載することにした。

 センサーの感度、出力とも良好。コクピットブロックがある頭部に直接増設したから、伝達速度も十分な出来合いだし、火器管制システムとのリンクも誤差の発生率はコンマ以下だ。

 火器の換装も問題なく行えたが、若干トップヘビーになったため、急遽、腰部にバランススタビライザーを取り付けた。これで、重量バランスも解消され、実弾兵器のみで固めたとはいえ、十分な活躍が期待できる機体に仕上げることができた。

 毎度こういうことがあるたびに思うが、もしかしたら、中心領域、そして氏族を含めて、フォーミュラーレーサーのピットクルー並みに整備できる技術屋は、俺達くらいなものではないか。という、根拠のない自信がわいてくる。まあ、実際のところ、オムニメックだからできる芸当なんだが。

 指揮官やエース専用機のノヴァキャットは当然としても、実質上クラスターの主戦機であるシャドウホークやライフルマンは特に改装はしていない。しかし、強力なATM6を装備しているシャドウホークはノヴァキャットと随走しアシストも十分にこなしてくれるはずだし、ライフルマンにしても、敵の射程距離外から余裕をもって支援が出来る力がある。だから、俺達はかかる手間の大部分をノヴァキャットに振り分けることにした。

 かなり思い切った割り切り方で作業を進めたわけだが、光学兵器類がないとしても、これだけハリネズミのようにミサイルを搭載していれば、たとえ相手が重量級や強襲型を持ち出してこようと、連続多段ヒットの弾幕を持ってすれば、決して戦場で引けを取ることはないはずだ。

 むしろ、熱暴走でオーバーハングし、その場にうずくまってしまうという、俺達ボンズマン仲間がひそかに言うところの、『おなか痛いニャー』現象が起こらないだけ上等というものだ。それに、今回は前の時と違い、損害が出たとしても、それはパイロットの技量にある。それだけでも、十分に気が楽というものだ。

 今回ばかりは、俺達だけでなく、氏族出身の整備隊員達も、機体調整が済んだことを素直に喜び合った。はずだった。

 その場にいた全員が、ハンガーに立ち並ぶノヴァキャットを見て、微妙な表情を浮かべている。もちろん、俺もすぐその理由に気づいた。

 なんてこった。

 作業中は、時間との勝負に必死でまったく気づかなかったが、こうして改めてその全貌を眺めてみると、何か自分達がとんでもない間違いをしでかしたような気がしてきた。

 頭部ユニットの左右に増設したブレード状の集音センサー、これまた前方に増設した小型ボックスを基部に、左右3本ずつ展開しているロッドアンテナ状のパッシブセンサー。そして、腰部ターレットに干渉しない位置に増設した、フレキシブルスウィングタイプの、バランススタビライザー。

 これらの外部増設ハード類のおかげで、ノヴァキャット達は、機体に施されたベージュイエロー、レッドブラウン、シャーシブラックの三色荒原迷彩のおかげで、どれも三毛猫にみえる。しかし、いまさらどうしようもないし、そもそもわざとやったわけでもない。

 前々から、ずいぶん猫くさい形をしていると思っていたが、どうやら、今回俺達がとどめを刺したようなものらしい。でもいいじゃないか、性能は折り紙つきだ。そもそも、冗談で仕事をするほど、俺達は命知らずじゃない。



 最近、俺は物質文明と精神文明のあり方について考える機会が多くなった。

 いや、なに、別に哲学者とかそんなもんになろうと考えてるわけじゃない。だが、こうも予言の的中する事態を目の当たりにすれば、いい加減、なにか俺の知らない世界というものが、確かに存在しているとしか思えなくなる。

 あ?戦闘の結果?ああ、あれか、勝ったよ。いわゆる、『敵の卑怯な作戦』を打ち破って、逆に返り討ちにしたって話だ。

 俺のマスターから聞いた話だと、ドラコ連合の部隊は、氏族ご自慢の強烈極まりない光学兵器を封じ込めるため、アンチビーム・スモークを撒き散らして攻撃力を削ごうとしたらしい。

 確か、通常のスモークディスチャージャーとは違い、セラミックだかの超微細粒子が混ぜこめられてる奴で、通常の煙幕よりも光学兵器の減衰率を高める効果がある奴だったと記憶している。確かに、光学兵器主体の装備が多い氏族メック対策としては、狙いはいいとこをついていると思う。

 しかし、今回に限って、主力のノヴァキャットはいつものエネルギーウェポンではなく、すべてミサイルという実弾兵器で勝負に出てきたわけだ。

 そして、視界がほとんどゼロという中で、センサーとバランサーを強化したノヴァキャットは、縦横無尽に戦場を駆け回り、しかも、熱ダレによる稼動障害もなく、圧倒的な継戦能力でドラコ連合の先鋒部隊を蹴散らし、その勢いのままオムニメック中心の強力な打撃部隊が敵戦線に穴を開け、駄目押しの如くIICメック部隊がなだれ込んで敵戦線を崩壊させ、ついには撤退させることに成功したらしい。

 なるほど、すべての光をさえぎる煙とは、こういうことだったのか。俺は、上機嫌で自分の武勇談をしゃべり続けるマスターを前に、予言の妙について、つくづく感慨深いものを感じていた。

 そういえば、スランプからの脱出をはたした彼女が、律儀なことに直接俺の所に礼を言いに来ていた。危うく爆殺されかかったのにもかかわらず、なんとも義理堅いこととは思う。額に三日月のような向こう傷が刻まれてしまい、これがまた文句のない美人であるだけに、なんとも痛々しいことになっていたが、勝利を導き出した傷だといって、逆に誇らしげであった。

 氏族と中心領域の、それぞれに住まう人間の間には、どうしても異なる世界が存在するのは確かだ。けれども、彼女が自らこしらえたのだという、自家製ウイロープディングの入った包みを見ると、それでも変わらない何かがあるように思う。

 とりあえず、彼女には申し訳ないが、これは明日にでも食べよう。きょうは、俺のマスターが振舞ってくれた、テバサキ・フライとキシ・ヌードルで腹がふくれてしまった。

 明日も早いことだし、今日はもう休むとしよう。




探し物はなんですか  終



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