特捜ワイルドパワー




「ウハハハハ、おみゃーも、たいがいこりねー奴だぎゃ」

「うぬぅ・・・・・・」

 これ以上無く詰めまくられた碁盤を前にして、ただ唸り声しか出てきません。

『うち、イゴとかよーわからんだぎゃー』

 とかなんとか言っていたクセに、なんなんですか、この上達っぷりは。まるで、どこか囲碁好きの幽霊がとり憑いているのとしか思えません。

「おみゃーの手は読みやしーんだて、もちっと工夫したほーがえーかもみゃあ」

「ぬぅ・・・・・・!」

 何たる理不尽、何たる屈辱、負うた子に浅瀬を習うなんて生易しいものじゃありません。かつては、帝都囲碁連盟主催の大会でブイブイ言わせていたこの私が、去年かそこらで手を付け出した相手に駄目出しされる。

 間違ってます、こんなの、間違ってますよ・・・・・・・・・。

「てなわけで、約束のブツ、もらおーかね」

「・・・・・・わかってますよ」

「んな顔すんじゃねーだぎゃ、おみゃーの打ちは、王道過ぎてヴィジョンに映りやしーんだでよ。もちっと型を崩して、おみゃーしか打てねーよーなモンを探しちゃどーかと思うけどもがね」

「んなっ!?」

 どうもおかしいと思ったらこの人、やっぱりあの超能力を使いましたね!?

「人聞きの悪ぃー、うちがイカサマやらかしたみてーに言ぅーんじゃねーだぎゃ。これだって、れっきとした、うちの実力だでよ」

「う・・・・・・うぅ・・・・・・・・・」

 言い返せません・・・・・・く、悔しい・・・・・・・・・。




 度重なる敗戦に終止符を打つべく、明鏡止水の境地を極め、いざや雪辱戦を挑んだはずが、あの厄介至極なる能力『視法』によって結局返り討ちにあったばかりか、買ったばかりのサマースーツ一式をふんだくられてしまいました。

 しかし、そもそも視法とは、『悟り』のように他人の思考を読むのではなく、起こるであろう予定調和を垣間見るわけです。さすがにそうなると、まだ未熟者である身の上としては、もはや対処の仕様がありません。

 あんな便利極まりない、もはや妖術じみた能力に抗うには、まだまだ修行が足りないのは明白。世の不条理を感じつつ、宿舎に帰ってきた私は、どうにもやるせない傷心を、お夜食を食べて癒すことにしました。

 湯煎したレトルトカレーを、お皿のご飯にかければ、お手軽にスパイシー大作戦開始です。楽しい時はより楽しく、悲しい時はそれを半分にしてくれます。

 ・・・・・・ああ、カレーはいいですねぇ、人類の生み出した食文化の極みですよ。

『ボカチン!うらぁ!開けるだぎゃ!ボカチン!!』

 遠慮のない銅鑼声がドアを乱打する音とともに、表でなにやらわめき散らしています。おかげで、せっかくの気分がブチ壊しですよ・・・・・・。

『ボーカチン!ボーカチン!さっさと開けるだぎゃーシバくぞー!!』

 だからいったいなんなんですか、本当にやかましいですね・・・・・・サイズが合わないとかなんとか、そんなクレームは一切受け付けませからね。

 どうにも気は進まないのですが、とにかくこのままでは御近所迷惑です。私は、スプーンを置き、まだやかましくわめき声が響く玄関に出て鍵を開けると、果たしてそこには、完全武装のディオーネさんがいました。

 ・・・・・・サイズのクレームにしては、随分気合の入ったことですね。

「なんなんですか、こんな時間にいったい」

「ナニもカニもねーだぎゃ、ほれ、さっさとこれに着替えて、うちと一緒にくるだぎゃ」

 一方的にまくし立てると、ディオーネさん、引っぱってきたリヤカーから、戦闘服と装備資機材一式を玄関先に積み上げ始めました。

「・・・・・・なんですか、これは?」

「なんですかって、戦闘服と自動小銃だぎゃ。おみゃー、戦士のクセに、んなことも知らねーんか?」

「そんなこと言ってるんじゃありませんよ!なんで私が、こんな時間にこれを着なきゃいけないかと聞いてるんです!・・・・・・って、ちょっと!なに勝手に冷蔵庫を開けてるんですか!?」

 あああ・・・よくも買い置きの牛乳を・・・・・・。

「ンギュ・・・ンギュ・・・ンギュ・・・・・・プーイ・・・・・・まぁ、かてーこと言わんと・・・って、おみゃー、まーたこんなエゲつねーモン食ぅとるんかみゃあ」

「カレーのどこがえげつないんですか!」

「だっておみゃー、こりゃまるで、ウ・・・・・・」

「叩っ斬られたいんですか」

「いくらでも謝るから、その光りモンをしまうだぎゃ」

 まったく、なんて人ですか・・・・・・本当に、自分で自分を台無しにしているような人ですよ。その気になれば、ミス・インナースフィアだって夢じゃないのに。

「・・・・・・で、どうして私が、これを?」

「おー、今うちんとこじゃ対テロ強化月間があっての、うちらも出張ることになったんだぎゃ。での、相方がいねーだで、一緒に行こみゃあ」

 テロ・・・ですか、まあ、ここじゃそんなに珍しくもないですけど。ただ、やはりと言うか、定期的に取締りを強化しているようですね。けど、担当は軍警察が中心で、セカンドラインの部隊が火消しと言うことだったはずでしたけど・・・・・・。

「・・・・・・アストラさんやジャックさん達はどうしたんです?」

「だから、シフト割であぶれちまっただぎゃ。ほいだで、あぶれモン同士、警戒検索にいこみゃあ、の?」

「別に、私はあぶれてなんかいませんよ」

 よくわかりませんけど、要するに、今日は当番じゃないってことですよね。だったら、おとなしくお家で寝てればいいんです。休養も立派な任務ですよ、まったく。

「とにかく、はよせんと手柄を横取りされるだぎゃ・・・・・・って、なにやってんだぎゃ、ボカチン!」

「え・・・・・・?でも、まだカレーが」

「ボカチン!そんなん帰ってから食やえーだぎゃ!!」

「そんな、熱いうちが美味しいんですよ」

「ボカチン!えーから行くだぎゃ!ボカチン!!」

「ちょっと待ってくださいよ・・・うん、おいしい」

「あぁもぅ!!ほれ、手伝ってやるだで、とっとと着替えるだぎゃ!」

「あっ!ちょ、ちょっと!引っ張らないでくださいジャージが伸びます!って、なんで下着まで下ろしてるんですか!ちょっとやめてください!アッ、ア―――――ッッ!?」




 ・・・・・・まったく、またいつものパターンですか。どうにも納得いかない気分で、何度目かのため息をついてみます。

「ところで、ディオーネさん。テロと言ってますけど、どう言う状況なんです?」

「おもしれーこと聞くみゃあ、こないだ、リオとジャックが黒焦げにされかけたばっかしだぎゃ?」

「そうじゃなくて、全体的な状況ですよ」

「おー、うちらの近所に工業団地があるだぎゃ?での、そこで爆弾テロがあったんだでよ」

「それは知ってますけど・・・・・・」

「まーな、でもって、うちの司令が、近場ということもあるけどもが、治安出動の応援をすることになったんだぎゃ」

「で、私が出る意味は?」

「どーせ暇だぎゃ?」

・・・・・・もういいです、夜のお散歩と思えば。

「ボカチン」

「・・・・・・なんですか」

「ちょっと、走ろーかみゃあ」

「何言ってるんですか、嫌ですよ」

 突然何を言い出すかと思えば・・・・・・こんな深夜に無理やり引っ張り出された挙句に、20キロ以上もあるようなフル装備でマラソンは御免です。いえ、走れないことはありませんが、もう何と言われようと、これ以上譲歩する気はありませんからね。

「でも、これじゃ間に合わねーだぎゃ」

「何にですか」

 だったら、最初から乗り物の手配でもしておけばいいんです。人様に遠慮するようなガラでもないでしょうに、まったく・・・・・・。

「うおっち!?危ねえっ!!」

 その時、後ろから走ってきた軍警の装輪装甲車が、もの凄い勢いで脇を通り過ぎ、ディオーネさんが大声をあげてます・・・・・・って、止まりましたね。

「お前達!こんな所で何をしている!?」

 降りてくるなり、随分と御挨拶ですね。まあ、帝都警察も、似たようなものですけど。

「おみゃーらこそなんちゅー運転しとるだぎゃ!・・・・・・って、おみゃー、誰かと思ぅたらあん時のポリだぎゃ?ウハハハ、やっとかめだでよ」

「あっっ!?こ、これは、メックウォーリアー・ディオーネ様!し、失礼しました!!」

「おー、くたばりもせんと、まーだしぶとく頑張っとったんか。ご苦労ーさん」

「お知り合いですか?」

「おー、前にクルツをパクったポリだぎゃ」

「え!?」

 ク、クルツさんが逮捕!?な、なんで・・・・・・?

「フヘヘ、どーあってもクルツを起訴する言ぅてきかねーもんだから、不服の神判で黙らせたんだぎゃ」

「ク・・・クルツさんが逮捕って・・・・・・いったい、どういうことなんですか」

「おー、ローカストでの、街ん中珍走したんだぎゃ」

「ロ・・・・・・!な・・・なんで・・・・・・?」

「リオ介が、アンタロスに行こうとすんのを、連れ戻しに行ったんだでよ」

「あ・・・・・・」

 そんなことが、あったんですね・・・・・・今は、とっても仲のいい親子みたいな二人なのに・・・・・・。不意に記憶によみがえった、あのダークの戦士。彼女のことを思い出した余韻は、次の瞬間、あっけなくブチ壊しになってしまいました。

「ま、ちょーどえーだぎゃ。よー、おみゃー達にも手柄分けてやるから、ちょいと乗してってくれみゃあ」

「は・・・・・・?」

 唐突なディオーネさんの言葉に、軍警の方達は、困惑の表情を浮かべていましたが、彼女は、それをまったく意に介せず、装甲車の屋根によじ登ると、重機関銃を据え付けた銃座に、満足げな表情で陣取ってしまいました。

「さて、そいじゃー、レッツらゴーだぎゃ!」

 もはや、確定事項と化してしまった状況に、軍警の方達は、諦めたように装甲車に戻っていきます。私としても、ここまで来て置いてけぼりを食らうのも業腹です。なにより、こんな危険物をこのまま放っとくわけにも行きません。

「お手数おかけします」

 軍警の方に申し訳なく思いながら、後部ハッチからお邪魔することにしました。他所の方達まで巻き込んで、まったく、無茶苦茶もいいところです。本当に、クルツさんの苦労が偲ばれますよ・・・・・・。

 ともあれ、ディオーネさんの指示で走る装甲車は、どんどん人気のない場所へと向かい、しばらくしたころには、もはや、山奥とも言える場所に来てしまっていました。まさか、彼らが通りかからなかったら、徒歩でここまで来るつもりだったんじゃないでしょうね・・・・・・?

「ディオーネさん、こんな所まで来てしまって、本当に大丈夫なんですか?」

「おー、まぁ、うちに任しとくだぎゃ。それより、もうぼちぼちだで、装備の確認、忘れるんじゃねーだぎゃ」

「は・・・はあ・・・・・・」

 でも、テロがあったのは、工業団地だったはずです。それが、まったく正反対の方向にある、こんな山奥に来るなんて・・・・・・。軍警の方達も、明らかに担当配置から大きく外れた区域に来たことに、口には出しませんが、心底困惑している様子です。

「よっしゃ、ここらで停めてくれみゃあ」

 ディオーネさんが停車を指示したのは、工業地区からたっぷり外れた山奥にある、森林管理区域の入り口にあたる場所でした。そこには、一軒の家屋らしき建物があります。こんなへんぴな所にも人が住んでいるんですね。まあ、場所的な状況から言えば、おそらく森林管理局の施設なのかもしれません。たぶん、職員の家族ごと住み込みで常駐している、駐在所のようなものでしょう。

「さて・・・・・・見た目、にゃーんも異常なし、と・・・・・・」

 銃座の上のディオーネさんは、その家屋を値踏みするように眺めた後、とんでもないことを口走りました。

「じゃーよー、うちら、これから言ってひと仕事してくるだで、その前に、こいつであの家を蜂の巣にしてやってくれみゃあ」

「えっ・・・・・・・!?し、しかし、何の根拠もなくそれは・・・・・・!」

「別に難しくねーだぎゃ?そも、おみゃー達がいつもやらかしとることだがね」

「ですが、それは・・・・・・!」

 なんとも、理不尽極まりないディオーネさんの指示に、軍警の方は心底動揺した表情で彼女を見上げています。それはそうでしょう、あからさまに怪しいならともかく、特に何の異常も確認できない家屋を、重機で掃射しろだのと、まともな神経では思いつきません。

「ディオーネさん、それはいくらなんでも乱暴過ぎますよ!通告も何もなしに、いきなり攻撃だなんて、下手をすれば懲罰ものですよ!」

「まったくどいつもこいつも・・・・・・もーえーだぎゃ、そいじゃ、こいつをちっとばっかし借りるだぎゃ。ニヘヘヘ、しっかし、えーもん使ぅとるみゃあ」

 私達の言葉もどこ吹く風、ディオーネさんは、手馴れた様子で装弾操作をすると、銃座を旋回させ、50口径重機関銃の銃身を家屋に向けたのです。

「ちょっと待ってください!本気ですか!?」

 思わずそう叫んだ私に、ディオーネさんは、いつもの彼女に似つかわしくない、冷え切った瞳を向けると、吐き捨てるようにつぶやいたのです。

「もう、『あの家』の人間はいない」

「なんですって・・・・・・ギャボッッッ!?」

 その瞬間、なんのためらいもなく発砲された重機関銃は、雷鳴のような銃声を轟かせて私の鼓膜を叩き、至近距離で炸裂するマズルブラストが容赦なく顔面を直撃しました。まさに不意のこととは言え、一瞬意識が飛びかけ、変な色の星が見えました。

「ぬあぁぁ・・・・・・うぇっ!?」

 吹き付けるガスが鼻や喉の粘膜を荒らし、呼吸が詰まり涙の塊が視界をぼやけさせるなか、頭上で鳴り響く轟音に耳を塞ぎながら、どうにか視線を動かした瞬間、血の気が轟音を立てて引いて行く感覚が走りました。

「うわ・・・・・・うわわわ・・・・・・・・・」

 流れ星のような曳光弾の尾を引きながら、人ひとり普通に粉砕してしまう破壊力を持つ12.7ミリ弾が、何の防御構造も持たない家屋に向かって嵐のように降り注ぎ、壁や屋根がビスケットのように砕け散り、次々と吹っ飛んでいくのが、月明かりの下で、嫌になるくらいはっきりと見えました。

 けれども、それでもなお、彼女は銃撃をやめようともせず、むしろ、徹底的に破壊し尽くそうとでもいわんばかりに、執拗な弾幕を浴びせ続けていました。

「ディオーネさん!ディオーネさんっ!やめてください!やめてくださいっっ!!」

 もう遅いと知りつつも、装甲車に取り付くように無我夢中で叫んだ瞬間、不意に銃声がやみ、銃座の上の彼女は、完全に破壊された家屋を睨みつけていました。

「心配するな、撃ちたくても、もう弾がない」

「え・・・・・・・・・・・・?」

「行くぞ、油断するな」

 銃座から身軽に飛び降りた彼女は、警戒しつつ自動小銃を構えながら、私に『ついてこい』と合図をして、倒壊しかけた家屋に向かって駆け出していきました。

 もう、滅茶苦茶です。本当に、どうなっても知りませんからね・・・・・・・・・。

「撃つな・・・投降するっ・・・・・・!」

 えっ・・・・・・・・・・・・?

 その時、叫び声と共に、瓦礫の下から数人の男達が、必死の形相で両手を上げて這い出してきました。誰も皆一様に重傷を負い、明らかに抵抗できる状態でないのは、すぐに見て取れました。

「この・・・・・・下衆共が!!」

「あっ!?」

 彼女は、突然火薬が炸裂するように怒号を上げると、逆手に持った自動小銃のストックで、次々と容赦なく男達を殴り倒し、うめき声を上げて地面をのたうち回る彼らに、これ以上無いほどの憎悪が燃え上がる目を向けていました。

「貴様らのような人間の屑も腹が立つ、だが、これをもっと早く視れなかった私も、いい加減腹が立って仕方がない・・・・・・!」

「ぐっ・・・あ・・・・・・」

「なんだ、その目は?今すぐ殺してやろうか!?」

「やめてくださいディオーネさん!もう十分でしょう!!」

 このまま放っておけば、処刑すらしてしまいかねない剣幕のディオーネさんの肩を抑えた時、抵抗されるかと思っていました。が、彼女は、あっさりと振り上げた銃を降ろしていました。

「十分・・・・・・?フ、十分と言うか」

「え・・・・・・・・・?」

「ま・・・えーだぎゃ、ここはおみゃーに免じて、この辺にしといてやるだぎゃ。さ、クラスターに連絡入れるとするでよ」

 不意に、いつもの口調に戻った彼女は、そう言うと、なぜか寂しそうに笑いながら、私に背中を向けて、装甲車へと歩き始めていました。我ながら情けないとは分かっていても、その時の私に出来ることは、何も無かったのも事実でした。




 あれから数日、実況見分を終えた現場を訪れた私は、あの家の裏庭に掘り返された穴の前に花を供えると、犠牲者の方々を悼みつつ手を合わせました。

 イレースでの一時的な拠点にするためだけに家を乗っ取った無法者達は、先日の工業団地を初めとして、さらなる破壊工作の計画を進めていたということでした。

 今にして思えば、無辜の市民を手にかけた無法者が、破壊活動を行うこと。それは、彼女が、何かの拍子に見てしまったヴィジョンだったのでしょう。けれども、それはすでに遅かったのです。

 彼女自身、多くを語らなかったとはいえ、あの時、その気持ちを察して上げられなかったこと。それは、いまさら言っても詮無いことであるとわかっていても、棘のように刺さる後悔が心から消えません。

「っきゃあぁっっ!?」

 だ!誰ですか!?い、今、お尻を撫で上げたのは!!

「いよ〜、ボカチン〜。相変わらず、えーケツしとるだぎゃ〜?」

「ディ・・・ディオーネ・・・・・・さん?」

 まったく何の気配も感じさせず、私の背後に忍び寄ったディオーネさん。確かに驚きましたが、これが彼女だから良かったようなもの、これがもし、無法者の残党だったとしたら・・・・・・いえ、どちらにせよ、容易に背中を取られたことは、紛れもない失態に他なりません。

 それが無意識のブレーキとなり、婦女子としてあるまじき行為を受けたことを非難しようにも、喉まで出かけた言葉を言うことができませんでした。代わりに、目いっぱい睨みつけてはみたのですが、やはり、その程度では一切こたえた様子もなく、彼女は、手にしていた花束を私の置いた花の隣に置くと、静かに黙祷を捧げ始めました。

「うちが鈍臭かったばっかりに、本当に申し訳ねーことをしただぎゃ。けど、連中は間違いなくタダじゃすまねーだぎゃ。うちにできるのはこの程度だで、本当にすまねーけどもが、これで勘弁してくれみゃあ・・・・・・」

 私からは、ディオーネさんの顔は見えません。けれども、私にはどうしても、彼女が泣いているように見えてなりませんでした。

 視法によって『視える』こと、それはなにも便利なものばかりとは限らないはず。『視えて』しまったばっかりに、悩まなければならないことも、後悔しなければならないこともある。きっと、彼女はいつも、その重さを背負い、耐え続けていたのかもしれません。

 思えば、あの夜、偶然それを見てしまった彼女は、居ても立ってもいられなくなったのでしょう。行動を起こさずにはいられなかったのでしょう。

 たとえ余人がどう思おうと、彼女はそういう人です。そして、しばらくの間、二人で黙祷を捧げていましたが、頃合いを見計らい、隣の彼女に声をかけることにしました。

「ディオーネさん」

「ん、なんだぎゃ」

「ここで言うのも不謹慎かもしれませんけど、このあと、予定はありますか?」

「んにゃ、別に」

「それなら、帰りに付き合ってもらえませんか?私がおごりますから」

「おみゃーよー・・・・・・確かに、こんな所で不謹慎な話だぎゃ」

 ディオーネさんは、あきれたような表情を浮かべながら、私の方を振り向きました。

「・・・・・・ま、せっかくだで」

「はい、よろしくお願いします」

「にしても、どーいう風の吹き回しだぎゃ?」

「まあ、いいじゃないですか。たまには」

 そんな顔をしている貴女を、独りで帰せると思いますか?

「あー、それとよー。こないだおみゃーからいただいたあの服な。うちにゃーサイズがあわねーだで、後で返しとくでよ」

 また、いきなり何を言うかと思えば・・・・・・どうせ、胸がキツキツだとか、腰がブカブカだとか言うつもりなんでしょう?

「チチはギチギチだわ、ケツはガバガバだわで、どーにもなりゃせんだで」

 ほら、やっぱり。けど、その割には、次の日さっそく着込んで、クルツさんやリオちゃんに自慢しに行ってましたよね?結構気に入ってたんじゃないですか・・・・・・まあ、それはそれで、別にいいんですけど。

「いいえ、あれはとっておいてください」

「はあ?」

「あのサマースーツは、実力で取り返しますから。このままでいると思ったら、大間違いですよ?」

「・・・・・・・・・ふへっ」

 私の徹底抗戦宣言に、まるで猫のような表情をすると、彼女はとてもいい笑顔を返してきました。そう、それでこそ貴女ですよ。

「まったく、おみゃーはおもしれーやつだぎゃ」

 まあ、貴女ほどじゃありませんけどね。ですけど、貴女のような方と輩(ともがら)になれたこと、私にとって、身に過ぎた僥倖。なんでしょうね、きっと。