中の人
今日は、待ちに待ったお休みです。いいですね、内勤勤務は。部隊にいたときは、それこそ月月火水木金金でしたから。 あ・・・・・・でも、それを言ったら、不規則な勤務で毎日頑張っている方もいらっしゃいますから、これはちょっと不謹慎でした。 ともあれ、明日をも知れぬ我が身よ・・・・・・というのは、いささか大げさですが、満更言い過ぎでもありません。というわけで、今のこの待遇は、命のお洗濯代として、ありがたく使わせていただく次第です。 さて、今日は、何をして過ごそうかな・・・・・・・・・。 と、早速お客さんのようですね。フフ、この遠慮がちなノックの音。これは、リオちゃんですね。 「待っててね、リオちゃん。今開けてあげるからね」 『ハ・・・ハナヱ姉ちゃ〜ん・・・・・・・・・』 また、クルツさんに急なお仕事が入ったみたいですね。今日の予定は、リオちゃんとお買い物で決まり、ですね。 「・・・・・・クルツが、起きないんじゃ〜」 「え゛!?」 ちょちょ、ちょっと!それはいったい、どういうことなんですか!? まったく予想外のリオちゃんの言葉に、私は、カフェオレを淹れる手が、思わず硬直してしまいました。・・・た、確かに、言われて見れば、いつもとちょっと様子が違いますし・・・・・・。ま、まさか、クルツさんの身に何か・・・・・・!? 「昨日、ローク様達とお酒飲み過ぎて、気持ち悪い言ぅとるんじゃ・・・・・・」 あ・・・あ〜、二日酔い、ですか・・・・・・・・・。 「そっか・・・・・・そうだ、それならリオちゃん、クルツさんのお見舞いをしたあと、私とお買い物に行かない?」 「えっ・・・・・・で、でも、ええの・・・・・・?」 「うん、私も、今日はなにしようかなぁって、思ってたんだ。リオちゃんがOKなら、私も大丈夫だよ」 「う・・・うん!わかった、ハナヱ姉ちゃん、おおきに!」 さて、そうと決まったら、さっそく準備して、お出かけとしましょうか。そのまえに、クルツさんのお見舞いにいかなくちゃですね。 ともあれ、支度を済ませて宿舎に行くと、果たして、毛布にくるまったクルツさんが、砂浜に打ち上げられたアザラシのように、力なく横たわっていました。 「面目ない・・・ハナヱさん・・・・・・」 「いいんですよ、お付き合いも大事なお仕事ですし、本当にお疲れ様です。はい、お薬とお水です」 「あ・・・すみません・・・・・・」 これは、本当に辛そうですね。まったく、せっかくお休みが重なったのに、ちょっと残念です。・・・・・・でも、こうやってクルツさんのお見舞いができたんですから、ちょっと得した気分ですね。 「それじゃ、今日はリオちゃんをお借りしますね。あと、お土産買ってきますから、なにか欲しいもの、あります?」 「う〜・・・あ〜・・・おまかせします・・・・・・・・・」 「はい、わかりました。それじゃ、ゆっくり休んでくださいね」 「重ね重ね、有り難うございます・・・・・・」 「そんな、お安い御用ですよ。それじゃ、いってきますね、クルツさん」 「ええ・・・いってらっしゃい・・・・・・・・・・・・」 あ・・・力尽きちゃいましたね・・・・・・。 イレースの繁華街、氏族の皆さんの言葉で言えば、バザールなんでしょうけど、ノヴァキャット氏族は、商人階級の待遇が良好であることということで、その盛況振りはなかなかなものです。 聞けば、リオちゃんは、お休みの日は、クルツさんにバザールに連れて行ってもらうのを、楽しみにしているとのことです。だから、今も隣を歩いているリオちゃんは、とても楽しそうで、私まで嬉しくなってきます。 「あ、あの、ハナヱ姉ちゃん」 「なに?リオちゃん」 「あ、あの、うち、そろそろお腹すいてきたけん」 「えっ、もうそんな時間?」 そういえば、もうお昼近いですね。となれば、どこかでお昼ご飯としましょうか。 「ハナヱ姉ちゃん、あのお店、ぶちええ匂いがするけん!」 「え?」 リオちゃんが元気良く指差した先には、一軒のラーメン屋さんがありました。ふむふむ、『本場ドラコの味、猿人殺法』・・・ですか。しかし、これまた前衛的な屋号ですね。普通、ラーメン屋といえば、来々軒とか昇竜軒とか言いそうなものですが・・・・・・。 まあ、それはともかくとして、お店の中は、いい感じに人が集まっているようです。漂っている匂いも、しっかりとした鶏ガラを炊く匂いです。確かに、これは期待しても良いかもしれません。 運良く、ひとつだけ空いていたテーブルに陣取ると、店員さんが持ってきてくれたお品書きとお冷を受け取り、早速注文を決めることにします。 「あの・・・お客様」 「はい?」 店員さんの声に振り返ると、なんとも申し訳なさそうな様子で話しかけられました。 「恐れ入ります、大変申し訳ありませんが、お席が混み合っておりますので、別のお客様と、相席させていただいてもよろしいでしょうか・・・?」 「ええ、私はかまいませんが・・・・・・リオちゃん、いいかな?」 「うん!うちも大丈夫じゃけん!」 「恐れ入ります、では、お客様、こちらへどうぞ」 「え゛」 店員さんが案内してきた、その『お客様』の姿を見た瞬間、私は、自分の言葉を激しく後悔しました。 『母子水入らずの所、大変申し訳ない』 ボイスチェンジャーを通したような、不自然な声ですが、丁寧な言葉と共に、私達の対面の席に腰掛けたのは、全身隙なく着込まれた、緑色のアーマード・コンバットスーツでした。 あまりにも予想外の事態発生に、誤解を訂正するタイミングを完全に見失い、ただ、愛想笑いと共に会釈するのが精一杯でした。 戦場では極当然の風景も、こんな平和そのもののな一般の飲食店の中で見ると、さすがに、一際異常に感じられます。もちろん、周りのお客さんもドン引きで、皆さん、見てみぬ振りをしつつ、食事をしています。 いったい何なんですか、この人は・・・・・・・・・? ・・・いえ、ちょっと待ってください。緑のコンバットスーツを、常に身にまとった戦士。どこかで聞いたことがあります。ある時は正義の必殺仕事人、ある時は金に魂を売った守銭奴。そして、ある時は、たった一人で氏族に立ち向かった英雄。 ・・・でも、まさか、ですね。そんな人が、なにが悲しくて、大衆ラーメン屋でお昼ご飯をする道理があるんですか。他人の空似・・・・・・いえ、コンバットスーツの空似、ですね。きっと。 ただ・・・この、なんとも言えない、微妙な空気は何とかならないでしょうか。 「なあ、おっちゃん」 『・・・・・・おっちゃん?』 不意打ちじみたリオちゃんの声が、その場の空気に亀裂を入れたのが、はっきりとわかります。物怖じせず、相席のよしみでコミュニケーションをとろうとするのは、大変結構なことですが、もうちょっと空気を読んでくれれば、と・・・・・・。 ともあれ、万が一の事を想定して、この緑のバトルスーツに関するあらましを、ざっと説明することにしました。まさか、いくらなんでも、子供相手に手荒な対応はしないでしょうが、楽観視も禁物です。とにかく、こちら側から迂闊に刺激しないための予防策でもあります。 「そうなんか・・・凄い人なんじゃのぅ」 「うん、まあ・・・ね」 「でも、100年も頑張っとるなんて、中の人はどうなっとるんかのぅ?」 『私は私だ、中の人などいない』 いきなり作戦失敗です、これには、私も頭を抱えるしかありません。きょとんとした表情のリオちゃんをよそに、緑のコンバットアーマーは、そのままむっつりと黙り込んでしまい、ただでさえ重い空気が、余計に重くなってしまいました。 私が迂闊なのか、リオちゃんが無邪気すぎるのか。とにかく、事態は完全に裏目に出てしまいました・・・。ああ、どうしよう。このままじゃ、間が持ちませんよ・・・・・・。 「おまたせしました、チャーシューメンに五目ラーメン、こちらのお客様の、味噌ラーメンにチャーハンです」 ナイス店員さん、極上のタイミングです。ともあれ、さきほどから、いささかも動じることなく給仕を続ける店員さんは、できている、と思いました。 「やった、来たけん来たけん!」 リオちゃん、初めて見るラーメンを前に、エメラルドみたいな瞳をキラキラと輝かせています。 「いただきます」 リオちゃん、合掌するように手を合わせて、食前の挨拶をしたあと、お箸の扱いも手馴れた様子でラーメンをたぐり始めました。ドラコの子供でも、ここまで折り目正しい子は、そうそういません。本当に、クルツさんのしつけがいいんですね。 さて、なにはともあれ、私も、さっそく頂くことにしましょうか。 「おいしいのう!こんなおいしいもの、初めてじゃ!!」 「そうだね、あ、リオちゃん、エビ好きだったよね。はい、あげる」 「うん!おおきに!!」 確かに、『本場ドラコの味』と看板に謳っているだけあって、本当に美味しくできていますね。昔、ゲンヨーシャに配属されたばかりの頃、サードフリート大尉やシティクリーク大尉に、よくラーメンをご馳走になった時の事を思い出します。 ・・・で?この人、ひょっとして、ヘルメットをかぶったまま、お食事するつもりなんですか? 「ず・・・ずいぶん、器用な人じゃのぅ・・・・・・」 「・・・・・・そうだね」 なんと、この緑のバトルスーツの人、ヘルメットをわずかにずらして、そこからラーメンやチャーハンを口に運んでいます。本当に、なんとも器用な人が、世の中にはいればいたものです。 『ブッ!?』 あっ。 『ゴホッ!ゴホッ!ゴホッ!?』 あらあら・・・・・・どうやら、湯気でむせたみたいですね。無理もありませんよ、あれじゃ、ヘルメットの隙間から流れ込んだ湯気が、まともに顔面直撃ですからね・・・・・・。 「だっ、大丈夫か、おっちゃん!?」 「あっ、リオちゃん!?」 リオちゃんは、全身を揺らして咳き込んでいるバトルスーツに駆け寄ると、おしぼりを渡しながら、その背中を叩いて介抱を始めていました。バトルスーツの装甲越しに、リオちゃんの小さな手がどれだけ効果があるかはわかりませんけど、その気持ちは、彼(彼女?)にも、確かに伝わったようでした。 『・・・・・・お嬢さん、驚かせてすまなかった』 「ううん、ええんじゃ。でも・・・ホンマにそれ、食べにくくないんか?」 『大丈夫だ、心配には及ばない』 「そ・・・そうなんか」 『ああ、本当に、有り難う』 「うん」 緑のバトルスーツと、一生懸命背伸びしながら、その背中を叩いている少女と言う組み合わせは、なんともミスマッチというか奇妙というか、これまた随分と、えもいわれぬ光景ですが、それでも、決して見てみぬ振りをしないリオちゃんの心意気には、感じ入ること多々でした。 そして、バトルスーツの人が落ち着きを取り戻し、再び食事を始めたのを見て安心したのか、リオちゃんは、私の隣に帰ってきました。 「驚いたけん、でも、あの人、ええ人じゃ」 「うん、そうだね。でも、リオちゃんも、良い子だよ」 「う・・・うちは、別にたいしたこと、しとらんけん」 私の言葉に、耳まで真っ赤になりながら、残りのスープを飲み始めたリオちゃんに、私は、頬が緩むのを止められませんでした。 『先に失礼する』 その時、先に食事を終えたコンバットアーマーが、律儀に会釈しつつ席を立ちました。これで、やっと、この重苦しい空気から解放されますよ・・・・・・。さて、気持ちも新たにお箸を持ち直した時、店員さんが私達の席にやってきました。 「お客様、オレンジジュースと、アイスティーです」 「・・・え?あの・・・私、それは頼んでいませんけど?」 「はい、あちらのお客様からです」 「え?」 ふたり分の飲み物を持ってきた店員が振り向いた先には、あのコンバットスーツが、お勘定を済ませて店を出て行くところでした。 「おおきに!おっちゃん!」 リオちゃんの声に、彼は軽くうなずきながら、そのまま往来へと消えていきました。・・・なんとも、奇妙な身なりのわりに、粋な方じゃありませんか。 「それって、もしかして・・・・・・」 帰宅して、リオちゃんから今日一日の話を聞いていたクルツさんは、なんともいえない表情で絶句していました。 「いや・・・まさか、そんな、ありえないんだが・・・でも・・・・・・」 そうですね、気持ちは良くわかります。 「どうしたんじゃ?クルツ」 「む・・・まあ、いいさな。困っている人を助けるのは、戦士として当たり前の行動だ。良くやったな、リオ」 「うん!」 「それと、ハナヱさん。今日は、本当に有り難うございました。いつも、リオの面倒を見ていただいて・・・・・・」 「いいんですよ、クルツさん。私も、楽しかったですから」 「そうですか・・・重ね重ね、有り難うございます」 何度もお礼の言葉を口にするクルツさんに、なんとも複雑な気分にさせられます。それが、彼の性分ではあると言え、そろそろ、こんな他人行儀は、無しにしてくださっても良いような気がするんですけどね・・・・・・。 まあ、言っても詮無いことですし、急いては事を仕損じる、とも言いますしね。なんにせよ、今日は、本当に色々と楽しい休日でした。 八紘為宇弥栄、天道遍く地を照らし日々之凪の如くなれ、ですね。 |
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