ハナヱでございます




 はじめまして、わたくし、生まれも育ちもルシエン帝都。インドラの閣(たかどの)で産湯を使い、姓はボカチンスキー、名はハナヱと申します。

 不思議な縁をもちまして、我がドラコ連合と同盟を結び、新生星間連盟の一員となった、ノヴァキャット氏族との交流を密にするため、領事館支所にて駐在官の職務に粉骨砕身励んでおります。

 以後、お見苦しき面体、お見知りおかれまして、恐惶万端、お引き立てのほど、よろしくお願い申し上げる次第です。

 さて、ご挨拶も申し上げたところで、先ほども申し上げましたが、私、若輩ながら、精強の誉れも高きゲンヨーシャにおいて、その末席を汚す身ではありますが、念願かない、ノヴァキャット氏族の本拠地イレースで、駐在官の任務をいただけることとなりました。

 最初のころは、その習俗、文化の違いに、大変戸惑ったこともありましたが、今では、だいぶ彼らに対する理解も深まってきた、と自負しています。なんと言いましょうか、故あって、ノヴァキャット氏族のクラスター・・・私達で言えば、大隊に相当するのですが、そこの駐屯地内の宿舎に住むこともあって、より一層、彼らの生活を、同じ視点で見ることが出来るようになりました。

 もっとも、セカンドラインという性質上、生粋の精鋭部隊、というわけではありませんが、それでも、装備、練度、士気においては、私達DCMSの部隊とも、決して引けをとるものではなく、却って、その実力は上を行っている。と見ても、言い過ぎではないかと思われます。

 あ・・・・・・そうですね、まあ、横道は程々にしておきましょう。ともあれ、このノヴァキャット氏族、という方達は、それはそれは、色々な意味で印象深い方達です。

 私がご厄介になっているのは、先ほどもお話しましたが、ノヴァキャット氏族のクラスター居住区にある、幹部宿舎です。

 クラスターの総責任者である、スターコーネル・イオ司令のはからいで、兵員宿舎、とは言っても、元は幹部級の方々用の施設をお貸ししていただき、なにぶん不自由はありませんが、気を使っていただいているようで、本当に申し訳ない限りです。

 ・・・・・・ですが、ひとつだけ、どうにかして欲しい問題があることも、また事実です。実を言うと、私は、朝ご飯は自炊しているのですが、ここ最近、その貴重な糧を狙う不届き者が、毎朝のように現れるのです。

 そう、今、私がこうして七輪の炭に火を入れているこの瞬間にも、奴は虎視眈々と、私の朝食を狙っているのです。

 確かに、それほど高い食材ではありませんが、お金の問題ではないのです。これは、私の誇りと名誉を賭けた戦いなのです。




 金網の上で、鯵の開きが、脂のはぜる音と共に、こうばしい香りを漂わせ始めています。今日もまた、彼女が来ることは間違いないのですが、私の体を流れる血の半分が、その豊かにしてふくいくたる香りに呼び覚まされ、否応無しに心が満たされていくのを感じます。やはり、朝はお魚、ですよねぇ・・・・・・・・・。

「いよ〜〜、ボカチン。相変わらず、えー匂いだぎゃ〜〜?」

 ・・・・・・きましたね、このドラ猫・・・・・・・・・。

「何か御用ですか?私は、これから朝食なんですが」

「ニヘヘ、まーそー怖ぇー顔すんじゃねーだぎゃ。こないだ、ショーギでもろーた、おみゃーのシマパンな、うちにゃーデカ過ぎだで、返しにきたんだぎゃ」

「別に、差し上げた覚えはないんですが・・・・・・まあ、いいでしょう」

「フヘヘ、おみゃー、乳はちっこいクセに、ケツはでっけーっちゅー難儀な体形しとるみゃあ、ケケケ」

「ぐぬっ・・・・・・・・・!!」

 このホルスタイン女・・・・・・胸は大きさじゃなくて形なんですよ、形。まったく、わかっていませんね・・・・・・ええ、ええ、わかっていませんとも・・・・・・!

 と、ともあれ、油断は出来ません。こうして、人に揺さぶりをかけ、その隙に獲物をさらっていくのは、彼女の常套手段です。特に、今日は、ようやく手に入れた鯵の開きなんです。絶対に、渡すわけにはまいりません。

 なぜかこみ上げてくる怒りと屈辱が、私の手を細かく震えさせますが、どうにかこらえて、うちわを扇ぎ続けつつ、平静を保つことが出来ました。

「でよー、おみゃーのシマパンな。ドアんとこに引っかけといただぎゃ、後で取っとくとえーだぎゃ」

「なっっっ!?」

 あまりといえばあんまりなことを口走る彼女に、裏手であるここからは見えないとわかっているのに、私は思わず玄関の方を振り返ってしまいました。

「隙ありっっ!!」

「あっっっっ!?」

 ディオーネさんの勝ち誇った声を聞いた時には、もうすでに、七輪の上で黄金色に輝いていた鯵は、もう姿も形も無くなっていた後でした。

「待ちなさい!ディオーネさんっっ!!」

「モハハハハッッ・・・ハフハフ・・・・・・そいじゃーなー!ボカチーンっっ!!」

 余熱も十分な焼き魚を咥えたまま、よくもまあ、ああも器用にしゃべれるものだ。などと感心している場合じゃありません。

 下着を晒されるというのは、女として不名誉ですが、同じ相手に何度もしてやられるというのは、さらに不名誉です!

 私は、この不届き千万なドラ猫を成敗すべく追撃を開始しました。それにしても、いったい何ですかあの速さは!?今履いている木製サンダルでは、到底追いつけません。これなら、いっそ裸足で走った方がまだマシですっ・・・・・・!

 ・・・・・・ですけど、伊達や酔狂で、こんな動きにくいものを履いているわけじゃないんですよ?あの帝都警察名物警官も愛用のアルテマ・ウェポンの威力、とくと御覧あれ!

「タァァイガァァァショォォォッ――――トッッ!!」

 渾身の力を込めて振り抜いた脚で加速されたサンダルは、ディオーネさんの後頭部めがけて一直線に飛んで行き、その破壊力を存分に炸裂させる・・・・・・はずでした。

 後頭部直撃コースまっしぐらだったサンダルは、紙一重で回避され、そのまま真っ直ぐ飛んでいくと、街灯に直撃し、木っ端微塵に砕け散ってしまいました。

「かわした!?あれを!?」

「ニハハッ!当たんなけりゃー、どーってこたぁねーだぎゃ!!」

 まるで、背中に目がついているような回避運動をみせたディオーネさんは、まるで何事もなかったかのように走り続けます。・・・・・・フッ、甘いですね、これでおしまいだと思っているんですか!

「ドォライブ・シュ―――トッッ!!」

 今度も、上手くかわしたつもりでしょうが、そうは問屋がおろしません。私が蹴り放ったサンダルは、ディオーネさんの頭上で、弧を描くように軌道を変えると、見事その脳天に直撃しました。

「ギャッッ!?」

 さしもの彼女も、頭への一撃に、一瞬ですが足をもつれさせると、その速度を鈍らせました。好機到来、その隙を突いて、一気に距離を詰め、彼女の背中に迫撃します。

「今日と言う今日はっっ!!」

 そう何度も、朝ご飯の強奪が上手くいくと思われるわけにはいきません。鰯さん、秋刀魚さん、鯖さん、塩鮭さん、貴方達の無念、今ここに晴らして見せます!

 そして、今までの借りをお返しすべく、その襟首を掴もうとした瞬間でした。

「あっっっ!?」

 突然、彼女は、今までの走りが三味線を弾いていたとしか思えない加速を始めると、私の手をすり抜け、再び、ぐんぐん引き離し始めたのです。

「待ちなさいっ、ディオーネさんっ!返しなさいっ・・・・・・返してっっ!!」

「ニャハハハハッッ!おみゃーにはゴハンとミソシルがあるだぎゃーっ!諦めて、ネコマンマでも食ぅとくだぎゃ―――っっ!!」

 なんとも憎たらしいことを言ってくれたかと思いきや、あれよという間に、私の視界から消え去ってしまいました。

 なんなんですか、あの人は。奥歯に、加速装置でも仕込んでるって言うんですか・・・・・・。

 あれだけ意気込んでおきながら、後一歩の所でおめおめと取り逃がしてしまったことに、敗北感に打ちひしがれつつ、宿舎に戻った私を出迎えたのは、ただむなしく金網をあぶり続けている七輪と、言葉どおり、無造作にドアノブに引っかけられた、私の下着でした。

 ・・・・・・あれ?なんででしょうね・・・・・・目から、汗が・・・・・・・・・・・・・・・・・・。




 翌朝、私はいつもより一時間早く起きました。いいえ、朝食の時間を早めるためではありません。それでは、私が負けを認めたことになってしまいます。なにがあろうと、そんな姑息な真似は、絶対にしてはならないのです。

 それはさておき、ディオーネさんは、ああ見えても、曲がりなりにも戦士階級なわけです。とりもなおさず、朝ご飯だって、そのお献立は優遇されているんです。

 にもかかわらず、なおも私の朝ご飯を狙うとは、不届き千万以外の何者でもありません。これを許したら、クルツさんやリオちゃん達ボンズマンが、毎日素のきし麺で我慢していることを考えれば、これは、お二人をはじめとする、ボンズマンとしての立場に甘んじなければならないの方々への冒涜です。

 私だって、ディオーネさんに食べさせるために、お魚の通信販売をしているわけじゃないんです。こうなったら、彼女が食事をしている所に乗り込んで、とっちめてやるしか他に方法はありません。

 積極的自衛権弥栄、攻撃こそ最大の防御。もはや、この期に及んで専守防衛などくそくらえです。

 ・・・・・・あ、申し訳ありません。ちょっと、はしたなかったですね。

 それはさておき、食堂に向かう道すがら、窓ガラスに映る自分の姿に、我ながら完璧な変装にほくそえんでみたりします。

 ちょうど、私と背格好が近い女性戦士の方に成りすまさせていただきました。久しぶりに使うシリコンメイクですが、出来栄えはバッチリです。ときおり、本人と思って挨拶をしてこられる方もいますが、これまた、声帯模写で返事をすれば、誰も気付くことなくやり過ごせました。

 うふふ、私だって、伊達にゲンヨーシャにいるわけじゃないんですよ・・・・・・・・・。

 さて、わざと行列の最後尾に並び、順番待ちをするふりをして、ディオーネさんの様子をそれとなく伺ってみることにします。

 一緒にいるのは、ローク隊長とアストラさん、それに、ジャックさんですね。それにしても、相変わらず騒がしい人です。黙っていれば、本当に美人なのに・・・・・・ま、まあ、それはともかく、今日の朝ご飯は・・・・・・エビフライ定食ですか?なんとも、朝っぱらから、胸焼けのしそうなお献立ですね・・・・・・・・・。

 ・・・・・・で、問題のディオーネ先生ですが・・・・・・黒パンとスープだけ頂いて、後は丸々残して席を立ってしまいました・・・・・・なんて、贅沢な真似を・・・・・・・・・。

「よー、リオ介、おはようさん」

「あっ、ディオーネ姉ちゃん、おはよう!」

「ニハハ、おみゃーは、いつでも元気っ子だぎゃ。あ、そーそー、またいつものことだけどもが、うちは、これから朝のお勤めがあるだぎゃ。これな、片しといてくれみゃあ」

「う・・・うん・・・・・・・・・」

 ・・・・・・・・・・・・・・・え?

「ディオーネ、いつも気を遣ってくれるのはありがたいんですが、朝食だけはちゃんと食べた方が・・・・・・」

「そ、そうじゃ、ディオーネ姉ちゃん。これじゃ、教練の時、お腹すいてまうけん」

「フヘッ、このたーけ。チビっ子がいらん心配せんでえーだぎゃ、じゃーな、頼んだだぎゃ〜〜〜」

 ディオーネさんは、丸々おかずの残ったトレイを、リオちゃんの前に置いて、そのまま食堂を出て行ってしまいました。

 ディオーネさん・・・・・・貴女って人は・・・・・・・・・。




 大急ぎで宿舎に戻った私は、また、いつものように七輪を前にして、朝ご飯のおかずを作りながら、彼女が現れるのを待ち構えます。そして、香ばしい香りとともに、鯵が黄金色に光りだすころ、果たして、朝の来訪者が姿を見せました。

「おはようございます、ドラ猫さん」

 本能的に、いつもと様子が違うことを察したのでしょう。ディオーネさんは、怪訝そうな表情を浮かべつつも、例の、自然体の中にも隙のない身のこなしで近づいてきます。

「・・・・・・なんか、今日はとっておきの切り札を用意しとるよーだみゃあ?」

「切り札ですか?そうとも言えますし、違うとも言えますし。まあ、いろいろですね」

「む〜〜・・・・・・・・・」

 うふふ、警戒してます警戒してます。まるで、本物の野良猫みたいですねぇ。

「朝ご飯、ご一緒しませんか?」

「む・・・・・・・・・」

 私は、七輪を扇ぎながら、二枚の開きが乗った金網を指差してみます。

「どーいう風の吹き回しだぎゃ、いや、おみゃー、なんぞたくらんどるだぎゃ?」

「なにもありませんよ、せっかく用意したんですから、遠慮するような柄でもないでしょう?」

「フフ〜ン、うちに勝てねーと知って、降参するんかみゃあ」

「ま、そう言うことにしておきましょうか」

 なんか、子供のころ、野良猫におやつをあげて、餌付けしようとした時のことを思い出しますね。

「お箸は使えますか?それとも、猫まんまにして、スプーンで食べます?」

「たーけにしとんじゃねーだぎゃ、箸くれーばっちし使えるだぎゃ」

「はいはい」

 部屋に戻って、ディオーネさんに席を勧めてから、焼き終わった開きを皿に盛って、ご飯とお味噌汁をよそいながら聞くと、ディオーネさん、思ったとおりの反応ですね。まあ、握り箸なんですけど。

「・・・・・・な〜んか、おみゃー。今日は、どえりゃー余裕たっぷりだぎゃ」

「フフフ、そうですか?」

 余裕・・・とは、違いますよ。ちょっと、嬉しいだけです。ちょっと・・・・・・悔しいけど。

「さあ、いただきましょうか」

「おー、そいじゃー、遠慮なくごちそーになるだぎゃ〜」

 私は、まだまだ氏族というものの、ほんの欠片しか見てないようですね。ただ、粗野なだけでは決してない。人として、私達と少しも変わりのない心。今までのお魚のことは、ちょっと許せないけど。握り箸は・・・・・・まあ、今日のところは、ですね。

 ともあれ、子猫ちゃんのお世話、お疲れ様です、ドラ猫さん。