『柱ぁのきぃずぅはおととしの〜、ごぉがぁつぅいつかぁの背ぇくぅらぁべ〜♪』

 よう、久しぶりだな。元気だったか、こっちも相変わらずだよ。ん?何してるんだって?ああ、最近妙に仕事が暇なんでな。空いた時間を使って、お茶がてらリオ介の背をはかってたんだよ。

 ははは、それにしてもこいつ、面白いくらいほとんど背が伸びてないな。・・・なに?そりゃお前がロクなもん食わせてないからじゃないかって?そんなわけあるか、俺の給料の半分は、日曜市でリオの腹に収まってるよ。

「のう、クルツ」

「ん、どうした」

「それ、ドラコの歌なんか?」

「そうだよ」

「銀河の妖精もびっくりじゃけん」

「そうかい」

 ハンガーの壁に刻まれた、そのわずか1、2センチしか上がっていない傷を、憮然とした表情で眺めながら、リオはどうにも納得いかない表情で首をかしげている。

「うち・・・ぜんぜんおっきくなっとらんのぅ・・・・・・」

「ドンマイ、まだまだこれからさ」

 とはいうものの、あれだけ胃に詰め込んだ食いモンは、いったいどこに行ってるのやら。

「・・・おかしいのう」

「まあ、焦らずいこうぜ」

 確かに、リオならずとも不思議ではあるな。普通、こいつくらいの年頃なら、いわゆる育ち盛りって奴で、それなりに大きくなりそうなもんなんだがな。

「よー、クルツー。待たせただぎゃ〜〜」

「どうですか、リオちゃん、どれくらい背が伸びました?」

「まあ、現状維持ってとこです」

「むははは、おみゃー、ひょっとして一生そのままかもみゃあ」

 なにやら湯気を立てている食べ物が盛られた大皿を、テーブル代わりの作業台の上に置きながら、ディオーネが相変わらず無責任な事を言ってくれる。

「そんなことないわい!うち、ディオーネ姉ちゃんに負けないくらい大きゅうなるわい!!」

「ふへっ、まー、せいぜい頑張るだぎゃ」

「ゆうたな!!」

 こらこら、そこ。食べ物のそばで取っ組み合いなんかしないように。

「クルツさん、ディオーネさんとちまきを作ってみたんですよ。お口に合うかわかりませんが、いかがですか?」

「ちまきですか、そりゃ懐かしい」

「え?」

「ああ、いや、なんでもないですよ。それにしても本当に美味しそうだ、それじゃ、お言葉に甘えておひとつ」

「はい、どうぞっ」

 ハナヱさんとディオーネがふたりで作ったと言うちまきは、程よい柔らかさと歯ごたえと共に、笹の葉の香りが口の中にふんわりと広がっていく。

「どーだぎゃ?うめーかみゃあ」

「え?ああ、美味しいですよ」

「うちも作ったんだでよ」

 リオにヘッドロックをかけたまま、ディオーネが得意満面の笑顔で話しかけてくる。 なるほど、さすが実家がお菓子屋さんなだけのことはある。

『放せ!放さんかい!!』

 ディオーネに締め上げられたリオは、どうにかして振りほどこうともがきながら必死の形相で叫んでいるが、ディオーネの腕はリオの頭をがっちりロックして放さない。いやいや、それにしても、こうして見ると本当の姉妹のようで、微笑ましい限りでありますわな。



「あたたたた・・・・・・」

 取っ組み合いもひと段落着いて、ようやくディオーネから開放されたリオは、顎をさすりながら、もくもくとちまきをかじっている。

「顎が割れるかと思ったわい・・・」

「なに言ぅとるだぎゃ、おみゃーだってうちの乳をぐりぐりひっぱりよるがね。垂れたりしたら、どーしてくれるだぎゃ」

「心配しなくても、そのうち垂れますよ」

「垂れる心配のねー奴ぁ、気楽そーでうらやましーだぎゃ」

「それはどうも」

 ハナヱさんも、最近ではすっかり慣れてしまったのか、顔色ひとつ変えやしない。ついこの間まで、こういうやりとりがあると、始末におえないくらい物凄く反応していたのにな。ともあれ、ハナヱさんが定期的に取り寄せてくれるドラコの緑茶をすすりながら、一同はまったりとした時間を満喫している。

 しかし、こうして面子を眺めてみると、リオの小柄さは一際目立つ。子供だからとか、もともと長身ぞろいの面子だとかそういうことを差っぴいても、リオは痩せ過ぎだし小柄過ぎだ。

 もしかしてコイツ、フェノタイプ・ウォーリアーとして生み出された奴だったりするんじゃなかろうかね。もっとも、あのギョロ目で頭でっかちな一度見たら夢に出てきそうなくらい、エキセントリックかつインパクト十分な特徴は、このチビ介のどこを見ても見当たらないから、多分恐らく違うとは思うんだがね。

「うちも、姉ちゃん達みたいにおっきくなりたいのぅ・・・・・・」

「乳がきゃ?」

「そんなもんいらんわい、うちは背がおっきくなりたいんじゃ」

 なんか今、ハナヱさんが微妙な表情を見せたんだが、気のせいかね。

「ふへっ、よーゆぅだぎゃ」

「リオ、気にすることはない。これから背が伸びるチャンスはいくらでもある」

「アストラの言ぅとーりだでよ、焦ってもロクなことにならねーだで、どっしり構えとくとえーだぎゃ」

 再燃しかけたリオとディオーネの火花をもみ消すように、アストラとマスターが絶妙のタイミングで話の中に割って入る。

「それなら心配ありませんよ、ドラコには、児童の成長を祈願する儀式があるのでしょう」

 司令?これまた相変わらずいつの間に。

「ところで、おいしそうなお菓子ですね。私にもひとつ、いただけますか?」

「ど、どうぞ!是非お召し上がりくださいっ!!」

 毎度の事ながら、突然何の前触れも無しにハンガーに現れたイオ司令に、ハナヱさんとリオは弾かれたように立ち上がると、音が鳴りそうなくらい切れ味鋭い敬礼を司令に向けた。俺もすることはするんだが、未だにふたりのような、ロイヤルガード級の敬礼は会得していない。

「まあまあ、お茶の時間に仕事を持ち込むほど、野暮じゃないつもりですよ。どうぞ楽にしてください」

 そう言うと、司令はニコニコと笑みを浮かべながら、テーブルの一角に席を確保する。

「それでですね、先ほどのお話ですが」

 司令は、リオが淹れた緑茶をひと口含むと、やや真剣な表情で一同の顔を見渡した。

「ドラコには、『タンゴノセック』という年中行事があるそうなのですが、これは児童の健やかな成長と躍進を祈願するものだ、と聞いています。そうですね、ボカチンスキー准尉?」

「は、はいっ!そのとおりであります」

「結構、その概要として、バトルアーマーに身を包んだ戦士が、巨大な魚を模したフラッグを5月5日の日に奉納し、より強く、より逞しくなるための祈願する祭事であると認識しています。それについては間違いありませんね、准尉?」

「そのとおりであります」

「別に、尋問をしているわけではないのですから、そう硬くならなくても結構ですよ」

「し、失礼しました・・・・・・」

 まあ、その辺は仕方ない。性格的なものもあるんだろうが、階級がもたらす絶対的な上意下達の関係と、鋼鉄の規律を叩き込まれてきたハナヱさんにとって、部隊の最高司令官と面と向かって会話するというのは、当の司令には申し訳ないが、相当のストレスになるんだろうな。

「よろしい、実はですね、今回の件にあわせ、ちょうどいいお話があるのですよ」

 司令は、相変わらずニコニコと微笑を浮かべたまま、どうやら本題らしきものを切り出してきた。

「実は先日、ダイアモンドシャークのミキ女史から、試作メックのモニター協力の打診がありましてね」

 また、ミキかよ。

「試作メック?どんなもんかみゃあ」

 よせばいいのに、マスターはさっそく興味を示し始めている。みると、アストラも同じ表情で司令の次の言葉を待っている様子だった。

「ええ、海軍や海兵隊向けに発案した、水陸両用バトルメックだとお話を聞いています」

 ああ、なんかもうものすごく聞かなかったことにしたい。

「水陸・・・両用?」

 当然ながら、一同、いまいちピンと来ない表情をしている。当たり前だ、一応、バトルメックは戦う場所を選ばないのが売りだ。出来ないことと言えば、空中戦くらいだ。LAM?あれはノーカンな。それにしてもまあ、相変わらず無駄なものを・・・・・・。

「ミキ女史から、私達のクラスターを指名してきたのですよ。それに、モニター評価試験用に試作機を提供してくれるという申し出までありました。なるほど興味深い提案です、ですから、お受けしてみよう、そう私は考えているんですよ」

 ・・・・・・なるほど、バトルメックを丸々一機プレゼントか。まあ、それはそれで確かに魅力的な話ではある。しかし、わざわざクラスターの指名までしてくるとは・・・。

「けどもが、司令。その話とリオ坊とどう関係するんだがや?」

 マスターのもっともな質問に、司令は得たり、と言った表情を浮かべてうなずいた。

「ミキ女史のお話では、遠慮なく実戦レベルの稼動試験を行ってほしいと申し出がありましてね。そう言うことなら、と遠征を計画しているんですよ」

「遠征?海賊でも退治しにいくんかね?」

「退治・・・・・・まあ、そう言えなくもなし、ですね。イレースの南方海域には、未確認ですが巨大水棲生物が生息しているという報告があります。ですから、実態調査もかねて、捕獲作戦を行ってみようかと、まあ、そういった感じですね」

「お、怪物狩りかね?そいつぁー面白そーだで」

 巨大生物と聞いて、マスターの表情と瞳が俄然輝きだした。まだノヴァキャット氏族がイレースに遷都する以前の話なんだが、マスターの趣味のひとつに狩りがあった。まあ、ここまでの流れで大体察しがついているとは思うが、狩りと言っても、普通の狩りなんかじゃなく、巨大爬虫類、平たく言えば恐竜狩りだ。

 人類が、元祖の故郷であるテラを離れ、宇宙のいたるところに移住するようになってから10世紀近く立つ訳だが、当然、移住先の惑星には、その星固有の生物がいる。その生物の中に、常軌を逸したバケモノがいても不思議でもなんでもない。

 有名どころで言えば、ゴーストベアーとかアイスへリオンとか。氏族における祖霊とされるものの中には、普通に危険極まりないバケモノが品数豊富に取り揃えられている。かくいう俺も、昔ノヴァキャットに殺されかけたことがある。まあ、それはともかく。

 テラにだって、はるか大昔には、恐竜と呼ばれるバカでかいトカゲが当たり前のようにいた世界だった訳だしな。センスオブワンダー、世界は驚きに満ちている。

 ・・・・・・しかし、巨大生物の捕獲って、それとリオの背丈と何の関係があるんだ?

「し、司令!お、お言葉ですが、端午の節句で使われる鯉幟は布製のフラッグであって、必ずしも本物の魚を使う必要はないのでありますが・・・・・・!」

 お、ハナヱさん。さすがにこの間の節分騒ぎで懲りたらしい。勇気を振り絞って訂正を意見してきたな。

「そうかもしれませんが、それでは重みがありませんし、第一、祈りを捧げるには、いささか弱すぎるとは思いませんか?なにがしら願いを申し立てるのであれば、自らもそれ相当の労を費やすべきなのです。勇敢なる戦士が自らの命を賭して捕獲した巨大魚、その尊い命を捧げ、リオさんが偉大な戦士に成長できるよう祈願する訳ですから、それくらいはして然るべきでしょう」

「そ、それは・・・・・・」

 まあ、こんなもんかな。



 かくして、スターコーネル直々の御引率の元、俺達はイレース駐在の氏族軍南方方面軍の管轄へと遠征することとなった。そして、そこで俺達は、先に現地入りしているミキ達のスタッフと合流し、現地のコーストガードから、目標が生息していると見られる海域や、今回の調査・捕獲目標である巨大水棲生物について、丸一日かけて事細かなレクチャーを受けることになった。

 ともあれ、司令の裁量で、仕事は明日からということで、遠路はるばるの移動を労いましょうとの有り難いお言葉のもと、本日残りの時間はまるまる自由行動と相成った。そして、よしときゃいいのに、満場一致でビーチに繰り出すことになった。

 それにしても、さすが南国だ。俺達のいたところでは、やっとこ初夏の気配。と言った塩梅だったのに、ここはもう真夏もいいところだ。

 突き抜けるような蒼い空、巨大な一枚のエメラルドのような海、そして、太陽の光を反射して真っ白に輝く砂浜。現実を忘れさせてしまうような、心洗われる鮮烈な風景を眺めていると、仕事ではなく観光にでも来たかのような錯覚を覚えてしまう。

 それにしても、巨大水棲生物などとフレーズ自体からして本当に話が穏やかじゃない。まあ、どこの惑星でも、海は調べ尽くしてもまだ足りないほど、未知の存在が潜んでいる場所だから、別に不思議でも何でもないけどな。

「クルツー!クルツー!!凄いけん凄いけん!!大きいのう!きれいじゃのう!!」

 おうおう、おおはしゃぎしてからに。クーラーボックスやらバーベキューセット一式やら、クソ重たい荷物からやっとこ開放され、ぼちぼち支度する俺の見ている向こうで、リオは初めて目の当たりにする海を前に、すっかり興奮している。いやはや、白い砂浜を所狭しと駆けずり回る姿は、まるで猫の子だ。

「うべぇっっ!なんじゃこりゃ!?しょっぱっ!!」

 このバカチン、海水を飲もうとしやがったな。

「なあなあ!泳いでもええかのう!?」

 バケモンがその辺にいるかもしれないのに、なに言ってんだこいつは。

「そいつはマスターか司令に許可をもらわんと、俺の判断じゃわからんよ」

「うぅ〜〜、こんなにきれいな海を見たんは初めてじゃけん、泳ぎたいのう。なあ、クルツ〜、なあなあ〜〜?」

「だからちょっと待てというのに」

 頼むから、そんな目で見るなよ、俺の立場でどうこう判断なんぞ出来ん・・・・・・え?

「こんなところにいたんですか?早く支度をしてきたらいかがです?自由行動には限りがあるのですから、時間がもったいありませんよ?」

「し、司令・・・。それはいったい・・・・・・?」

 何で皆さん水着?っていうか、いつの間にどこで調達したんで?

「状況開始は明日からですし、今日はせっかくだからみんなでビーチを楽しむとしましょう。ディオーネさんやアストラ君も、海は初めてだと言っていましたからね。まず、海に慣れるという意味合いもあります」

「りょ、了解しました・・・・・・」

 ビーチに来たからには、当然の流れと言えば言えるのだろうが、本当に水遊びをするつもりでいたようだ。てっきり、バーベキュー程度で収めるものかと思っていたのだが、これは本当にどうなのだろうかとしか言えない。

 だいたい、海に住むという未確認生物を調査&捕獲に来たというのに、なんでわざわざそんな危険な所で遊ぼうとするのか。君達氏族人はいつだってそうだ、訳がわからないよ。



「こんなんでどうじゃ、ローク様」

「おー、えー感じにひんやりしとるがね」

 さすがにマスターらしいと言うか、あらかたバーベキューを食べ終わった後は、リオのお遊びに付き合って砂布団にくるまると、すうすうと寝息を立て始めた。こんなリゾート級のビーチに来てまで昼寝とは、もったいない気もするが、これが大物の余裕ってやつだろうか。

「あんまり沖の方に行ったらあきまへんで、先週もアンドレが目撃されたばっかやさかいね」

「アンドレ?なんだそりゃ」

「この辺を縄張りにしとる巨大生物のことでんがな、コードネーム、アンドレ・ザ・ジャイアント。全長約40m級のバケモンですわ」

「いやいやいや、40mってお前。って言うか、こんな近いとこまで出てくんのか?」

「なに言ぅてはるんでっか、クルツはん。あんま偉そなこと言いたないけど、そない他人事みたく考えてると、危のうおまっせ?でなけりゃ、わざわざメックまで持ち出したりして作戦立てるわけあらしまへんがな」

「す、すまん」

 じゃあ、なんでそんな危ないところに、みんなで遊びに来たりすんだよ。まあ、それはともかく、コーストガードから詳細な講習を受ける予定になっているから、それなりに大事なのだろうとは思っていたものの、それでもやはり、いまいちピンとこなかった。だがしかし、あのミキが珍しく苦言を呈するくらいだ。確かに、彼女の言うとおり、認識を改めなくてはなりますまい。

「ク、クルツ!あれ!!」

「なんだよ・・・・・・ゲ」

 リオの大声と指差す方向を見た瞬間、俺は自分の目を疑った。なんというか、沖合いにありながら、そのディティールがはっきりとわかる存在感。波間を押しのけて、ゆっくりと回遊するその姿は、生き物というより潜水艦か何かのように見える。しかし、太陽の光を反射してぬめぬめと光る体表や、筋肉のうねりを感じさせる緩慢だが重厚な動きは、やはりどう見ても水棲生物のそれだった。

「クルツはん、あれや。あれが、アンドレや」

 当然と言うか、その場にいた一同が唖然とした表情を浮かべる中、ミキはまるでサファリパークのガイドのような調子でアンドレなにがしとやらを指差した。

「嘘だろ、あれが魚なのか」

「魚かどうかは知りまへんけど、アレのおかげで、お客はん達がみんな怖がってしもてんよ。しやから、この辺のリゾートは商売上がったりや。まだ人間に害は出とらんけど、いつまでもほっとくわけにもいかんさかいね」

 大丈夫なのか、マジで。

「最近は、人間なめとんのか、結構近いとこまで出てきよるんですわ」

「そーなのかー・・・・・・」

 もうなんていうかアレだ、いっそ、素直に海軍を出動させて、駆逐艦か対潜哨戒機にでも退治させたほうがいいような気がするよ



 さて、ビーチでたっぷり遊んだその翌日、俺達は当初の予定どおり、コーストガードで巨大水棲生物についてのレクチャーを受け、作戦要綱をしつこいくらい確認することになった。しかし、肝心の化け物については、目撃事例はともかく、接近して観察したという事例がほとんどないとかで、目標についてはわかっていないことが多過ぎるという、何のためのレクチャーなんだかよくわからないものだった。

 まあ、その辺は、コーストガードの方も重々承知している様子で、だからこそ、俺達の作戦計画を了解して共同作戦を張るわけだから、ぜひとも自慢の新型バトルメックで活躍して欲しいとのことだった。

 それについちゃ、こちらとしてもそうするつもりな訳だから、機体構造、オペレーションシステムその他諸々、機体に関する概要を把握し、今回の作戦で運用されるコーストガードの巡視船との協調等、ちょっとした演習も兼ねてシェイクダウンを繰り返した。

 上陸作戦や渡河作戦はそれなりにこなしてきた経験はあるにしても、本格的な洋上作戦は俺達のクラスターにとって始めての試みだったわけだが、そこは曲がりなりにも戦士階級、演習段階とはいえしっかりこなしてくれていたと思う。

『まー、当然といやー当然なんだろーけどもが、陸の上じゃ話になんねーだでな』

 マスターの通信と同時に、ドックからヤードに這い上がり、えっちらおっちらとハンガーに移動するデビルレイクの姿を見て、多分その場にいた全員がさもありなん、と思ったことだろう。いかんせん、水中機動に特化しかけた機体構造のせいか、余計に陸上での移動が辛そうに見える。

 水陸両用メック『デビルレイク』、装備重量65t、クラスとしちゃ重量級になるんだろうか。ベースはハオトコだというが、全身の装甲は、整流・耐圧効果を狙ったと思われる鱗だか甲羅だかのような形状に変更され、映画に出てくるような半魚人を想像させる大きな頭と、やや蟹股気味の駆動部、全身のそこかしこに配置されたヒレ状の整流兼放熱板のおかげで、そのシルエットにはハオトコの面影はどこにもない。むしろ、どうしてこうなった、といった空気全開だ。

 なんというか、水陸両用というコピーライトもあいまって、なんとも微妙な印象を受ける。しかしまた、なんだってわざわざこんなものをこしらえようなんて考えたんだろうか。

「ま、掘り出し物かもしれへん、っちゅうやつですわ」

「掘り出しもの、ねぇ・・・・・・」

 なんていうか、ミキはどっからともなく、科学者連中がボツを喰らった開発案を買い取ってくることがよくある。最初は、ワルキューレの地味な成功で、二匹目のどじょうでも狙っているのかと思っていたが、なんというか、こういう日の目を見なかったプランを掘っくり返し、形にしてみるのが好きなんじゃないかと思えてくる。

 まあ、テントを背負った気ままな露天の行商人から、今や関連会社も含めて何万という従業員の生活と将来を背負うという、些細なミスも許されざる立場になってしまったわけだ。責任と重圧のなかで日々手腕を振るう毎日を送っているだけに、まあ、時間と資金が許す範囲でなら、そういった楽しみがあってもいいんじゃないか、と思ってみたり見なかったり。

「けど、なんでいつも俺らなんだ?ダイアモンドシャークにだって、モニターを引き受けてくれる上級幹部や部隊はいるだろうに」

「そりゃそうでっけどね」

 ミキは、コーヒーを一口飲んでから、悪戯っぽいにも程がある笑顔で応えた。

「ノヴァキャットはんの方が、色々騒ぎになっておもろいんですわ。うちんとこは結構真面目にこなしてしまいまっさかい、見ててあんまおもんないんですわ」

おいぃ!?

「いやいやいや、俺らだって真面目に評価試験はやってるぞ」

「それはわかってまんよ、まあ、うっとこでお願いしよしてた部隊の戦士はんとその上司が、今度ゴーストベアーのエレメンタルと神判する言ぅててね、その支度で暇がない言われたんよ。そんなら仕方ないちゅうことで、ま、そういうことですわ」

「そういうことって、どういうことなの・・・・・・」

「ま、それはともかく、どうでっか、クルツはん。このデビルレイクの感想としては」

「感想・・・・・・ねえ・・・・・・」

 機体性能については、今まで見てきた程度の時間では流石になんともいえない。機体の構造については、整備点検で一通り触らせてもらった分には、可もなく不可もなく、といった塩梅だ。もちろん、ベースがハオトコなだけに、極端に革新的な技術が盛り込まれているわけでもない。

 特徴らしきものをあげるとすれば、アンダーウォーター・マニューバリングユニット、略してUMUくらいだ。とはいえ、UMUの増設でボディの形状がかなり変わり、鎧兜で武装したサムライウォーリアのようだったシルエットが、ずんぐりとした猫背気味の姿になってしまっている。

 武装としては、魚雷とミサイルの選択で換装可能なウェポンベイと中口径パルスレーザーポッドを、ペイロードの許す範囲内で積み込んでいる。

 良く言えば手数重視、悪く言えば、打撃力不足な感じがするが、運用実証機のレベルだと言うし、売り込みたい先が海軍陸戦隊とか海兵隊とかあのあたりらしいから、まあ今の所はそんなものなのかとも思う。

 なにより、あのフェニックスキングの時と同様、ハンドメイドに近い試作機だから、まだ今の時点で良いとか悪いとかはいえない。とは言え、売り上げ人気ではマッドキャットMk−IIに押され気味とは言え、ハオトコ自体、別にそんなに悪いメックというわけじゃない。とりあえず、ベースの素性がきちんとしているから、余程おかしないじり方をしない限り、悪いようにはならないだろう。といった塩梅だろうか。

 もっとも、そのおかしないじり方をされかねない可能性が大いにあるから、困ったものなんだが。

「しかし、アンドレだったか?あんなの相手に、コイツだけで大丈夫なのか」

「一応、ウンディーネも用意してありまっさかい、支援とか必要なら使ぅてもろてええですよ」

「俺は着ないからな」

 真っ白なベースカラーに、それぞれ青、赤、オレンジのラインマーキングが施されたウンディーネ・バトルアーマーが拘束台にハングアップされているのが気にはなっていたが、やはり今回の作戦で使うつもりだったらしい。

「俺は着ないからな」

「はあ、さよでっか」

「大事なことなので、二回言いました」

「まあ、クルツはんはメカニックでっさかい。やってもらわなアカン仕事がありまっさかい、心配あらへんよ」

「ならいいんだけど」

 本当に心配要らないんだろうな、割と本気で頼むぞ、マジで。



 さて、あれから現地において一週間ほどかけて作戦に関するリハや下準備を終わらせ、満を持して作戦決行の運びとなった。そして、作戦要員のマスター達だけでなく、俺やミキ、そしてリオも、コーストガードの巡視船『アズサ・セカンド』に同乗させてもらい、現場へ赴くことになった。

 巡視船といっても、排水量、装備共に、巡洋艦並みのクオリティーだ。そして、艦尾に増設されたアンカーユニットで、今回の作戦の目玉商品であるデビルレイクを牽引している。

 海の上を走る船に乗るのも、かれこれ久しぶりなわけだし、なによりも、これだけでかい船に乗って出航ともなると、威風堂々、年甲斐もなく気分が高まってくる。

 今回、デビルレイクに搭乗することになったのはマスターだ。当然の流れというべきか、メックウォーリアーとしてのキャリア、実力に加え、大型生物に対する知識や経験も考慮すると、今回、アンドレ・ザ・ジャイアントを仕留められるのは、マスターしかいないという結論に全員が一致した結果だ。

「どーれ、アンドレはどこだ」

 俺も双眼鏡片手に見張り要員の手伝いなんぞをやっている。いやいや、テックの仕事はちゃんとやったよ。っていうか、デビルレイクが水に浸かった時点で、俺の仕事は当分ない。モニターはミキんとこの社員っていうか技術開発部の人間の仕事だし、ぶっちゃけ俺は部外者の人間だから、余計な手出し口出しは邪魔臭い以外の何モンでもないから、俺自重、ってやつだ。

『どうですか、クルツ君、状況は?』

「はい、今のところ、目標の姿は確認されていませ・・・・・・ぬあっっ!?」

 振り向けば、君がいる。じゃなくて、まあ、司令の声に振り向いたら、そこに真っ白なバトルアーマーが文字通り鼻先を覗き込んでいたわけで、正直ガチでビビッた。

「申し訳ありません、取り乱しました」

『気にしなくて結構、そのつもりでした』

 いや、まあ・・・・・・そうですか。

「ところで、もしかして司令も海に?」

『ええ、ディオーネさんとボカチンスキー准尉も同行します』

 見ると、司令の後ろ向こう側で、2機のウンディーネ・バトルアーマーが拘束台から降りるのが見える。

「准尉も?彼女は観戦武官ではなかったのですか?」

『もちろん、観戦して頂きますよ。特等席でね』

「特等席・・・・・・ですか」

 特等席?バトルアーマーの中で?それじゃ観戦というより、参戦じゃないか。

『なにしろ、彼女はバトルアーマーのプロフェッショナルですからね。スカウトとしてはこれ以上ないくらい適任ですし、なにより、自ら志願してくれました。大丈夫です、問題ありません』

「スカウト・・・・・・ですか」

『ええ、目標を補足しても、いきなりメックや艦艇で接近すれば、警戒させるだけでなく、逃げられてしまいますからね。観測及びメックの誘導を兼ねて、バトルアーマーを先行させるわけですよ』

「なるほど、手堅いですね」

 結局、追加オプションは採用されることになったようだが、俺がウンディーネの搭乗要員にされなかったのは幸いだ。なにしろ、うちのクラスターの教育方針は現場実践至上主義だけに、毎回こういった状況においては、気が休まる暇が無い。

 と、まあ、それはともかく。

「ハナヱさん」

 ともあれ、激励みたいなことでもしてみようかな。イオ司令が青ラインのウンディーネということは、ディオーネの性格的には赤ラインだろう。というわけで、オレンジラインのウンディーネに声を欠けてみた。

「ハナヱさん?」

 返事が無い、ただのバトルアーマーのようだ。じゃなくて。

『わかってるんです』

「はい?」

『いつも私はこうなんです』

 またなんか様子が変だ。

『あの時、私がもっとしっかりしていたら』

「いや、いつでも十分しっかりしてますよ?」

『私のせいでいつもみんなを巻き込んでこんな大騒ぎに』

「いやいや、みんな海に来れて喜んでますよ。特に、リオとか」

『こうなった以上、私が責任を持って、リオちゃんのためにアンドレ・ザ・ジャイアントをしとめて見せます』

「ひとりで何もかも抱え込むのはやめましょうよ、そのための仲間じゃないですか」

 いやいやいや、しとめるのはマスターの仕事。っていうか、何故にそこまで自分を追い詰めますか、この子は。しかし、それはそうと、さっきからディオーネが静かだな。

『うー・・・・・・』

 おいおい、なんか調子悪そうだぞ。もしかして、船酔いか。

『・・・・・・とっとと終わらして、早よ帰りてー・・・・・・』

 始める前から何言ってくれてんのこの人。

「やっぱカレー5杯はクるだぎゃ・・・・・・」

 何かと思えば、昼飯の食い過ぎか。駄目だコイツ、早く何とかしないと。つうか、なんだよこのテンションのばらけっぷりは。アレだよ、ホントにコレ、こんなんで本当に大丈夫なのか。

「司令はん、どうやら、アンドレの反応があったみたいなんや。ダイブの用意始めてもろてもええでっしゃろか」

「わかりました」

「一応確認しまっせ、母艦のコールサインはポントス、機体のコールサインは司令はんがスキュラ、ディオーネはんがクラーケン、ハナヱはんがサイレンですによって」

 随分凄ぇコードネームだな、これじゃ、水の三大妖怪だ。

「了解しました、バックアップはよろしくお願いしますよ、ミキさん」

「任しといてくださいな、司令はん」

 おお、ミキのおかげで、なんとなく緩い空気が引き締まり始めたぞ。一時はどうなることやらと思ったが、何だかんだいってミキもしっかりしているし、なにより、イオ司令の存在が心強い。

 で、それはそうと、リオの奴はどこいった。昼飯時に、ディオーネとカレーの食い比べをしていたのを最後に、さっきから姿が見えないんだが。

「凄いのう!この船、ウルトラAC2がつんであるけん!あ!こっちにはMGがある!凄いのう!」

「ハハハ、いざとなったら、LRMポッドやアルテミスも積めるし、ウルトラAC5に換装することだってできるんだよ」

 見ると、コーストガードの隊員に案内されて、船上見学真っ最中のリオがいた。

「凄いのう!パワーアップするんか!?」

「そうだよ、この船はこうやって海の安全を守っているんだよ」

「ぶちカッコええのう!」

 なんていうか、社会見学ですか。Tシャツやらキャップやら、いろいろ頂いてからに。ホントに、アイツはどこにいっても可愛がられるな。後でお礼を言いにいかないといけないね。



 さて、水の三大妖怪達がアンドレを追ってダイブを開始し、俺達はその様子を船上から見守る。とはいうものの、なにぶん水中の話だけに、当然こちらからその様子がわかるわけもなく、定時報告とバトルアーマーに搭載した水中カメラでのモニター追跡で状況を知るしかない。

『サイレンよりポントス、目標を視認!』

 さすがバトルアーマー兵だっただけあって、スカウトのスキルは高い。と感心する暇もなく、いきなりハナヱさんの悲鳴が通信機のスピーカーを震わせた。

『あっ!駄目です!ディオーネさんっっ!?』

 案の定なんかやらかしやがったな、と思う暇もなく、数キロくらい向こうの海上で、砲撃の着弾のような水柱が轟音を上げて噴き上がるのが、甲板の上からも良く見えた。とっさに双眼鏡を向けると、白い人の形をしたものが、キリキリと回転しながら宙を舞っていた。

「赤のラインじゃ」

 やっぱディオーネか、調子こいて近づきすぎたな。しかし、相変わらずの目の良さだな、こいつの目は一体どんな造りをしてんだ。

『デビルレイク曳航アンカー、切り離せ!』

 デビルレイクを曳航していたアンカーが切り離され、水面すれすれに見えていたデビルレイクの巨体が滑り落ちるように海中に消えた。しかし、すぐに水面に浮かび上がると、UMUのハイドロジェットがうなりをあげて海水を真後ろに吹き飛ばしていく。そして、豪快な見た目にたがわぬ大推力で、デビルレイクは海上を物凄い勢いで突進し、あっという間に巡視船を追い抜いていく。

 なんというか、陸上でのもっさりさ加減が嘘のような、勇壮にも程があるバッファロー泳法っぷりだ。あれ?なんだか盛り上がってきたぞ。それはともかく、さあ、戦いだ!

『バトルアーマーは引き続き、目標の牽制とデビルレイクの援護。クラーケン、機体状況を報告』

『クラーケンからスキュラ、装甲の損傷は軽微、駆動系、出力系に異常なし。FCS及び情報系も正常作動、作戦行動に問題なし!』

『よろしい、サイレンは先行して状況を観測、推移を報告』

『了解、サイレン、先行します!』

 見た目は派手だったが、どうやらディオーネの損害はたいしたことなかったようだ。司令達のウンディーネは体勢を整え直すと、こちらの様子をうかがうように泳ぐアンドレを牽制するように動き回っている。

『効果はないだろうが、パルスレーザーで威嚇して出方を見る』

 モニターに映し出された水中カメラの映像は、逃げるアンドレを猛スピードで追跡するデビルレイクの機体を映し出している。時折パルスレーザーを打ち込んでいるが、水中では出力の減衰が激しく、マスターの言うとおり大した効果は期待できない。

 しかし、海中の不純物を拾い、大気中以上に怪しく光るレーザーの光は、普段薄暗い海中に住む生物にとっては相当な脅威らしく、マスターの目論見どおり動揺を誘い、アンドレは大きく身を翻している。

『でかい図体をしてるくせに、すばしこい奴だ。ウンディーネ隊は、奴の牽制を頼む』

 なんだか、さっきからマスターの口調がおかしい。今回、評価試験も兼ねているから、記録されることを意識して仕事モードなのか?

『なんとか浅瀬に引きずり込まんと、深海に逃げられたら詰みだな』

『了解、回り込んで阻止行動を取ります。クラーケン、サイレンは私に続け!』

 モニターが切り替わり、真っ青な水の中を一糸乱れぬ隊伍を組みながら、猟犬のように疾駆するウンディーネの姿が映る。それにしても、アンドレと併走するウンディーネとの対比は、その大きさを相当際立たせる。これじゃまるで、潜水艦を相手にしているような感じだ。それにしても、マスターはもとより、ウンディーネの3人も水中戦闘はほとんど経験が無いにも拘らず、本職の海軍にも負けない動きっぷりだ。

『魚雷発射塔、1番から2番まで注水!ウンディーネ隊は射線上より退避!』

 モニター記録も兼ねたマスターの通信と同時に、アンドレの周りをまとわりつくように泳いでいたウンディーネ達は、機敏な動作で散開すると、安全な距離を開けた。

『信管、近接起動、1番から2番、発射!』

 デビルレイクに取り付けられた魚雷発射管から、一瞬白い泡が吹き出たと同時に、魚雷の束がアンドレめがけて突進していく。そして、近接信管を装備された魚雷は、アンドレの巨体を掠めると同時に、轟音を上げて次々と炸裂した。

 直撃でこそないが、アンドレの全身には物凄い衝撃と圧力が叩きつけられているはずだ。しかし、アンドレは、一瞬怯んだ様子を見せはしたものの、特にダメージを受けた様子も見せず、悠然と水中を突き進んでいく。しかし、今の一撃で、アンドレはデビルレイクを敵と認識したのだろう。ゆっくりと向きを変えて、デビルレイクを牽制するように周回し始めると、突然物凄い勢いでデビルレイクに突っ込んできた。

「ごっついのぅ、ギロチンみたいな歯しとるけん!」

 モニターに映るアンドレの威容に、リオが驚きの声を上げる。確かに、いくらバトルメックの装甲でも、あれでまともに齧られたらただで済みそうな気がしない。いわんやバトルアーマーなど、噛み砕かれてしまいかねない。

『奴の突進を利用して近接する、信管は直接起動、1番から4番、注水!』

 デビルレイクは突進してきたアンドレに、バレルロール機動でその巨体をすり抜けながら次々と魚雷を直撃させ、すれ違ったアンドレが振り向くよりも早くスプリットSで機体をひねりこみ、暴れるアンドレの反撃を警戒しつつ、その死角につこうと旋回を繰り返している。。

「ごっついなぁ、ロークはん、気圏戦闘機に乗ってもやってけるんちゃうの」

 メックウォーリアーにとって、陸上とはまったく勝手が違うはずの水中で、お互いの相対速度を利用するほんの僅かなタイミングを逃さず、あれだけの三次元機動をしてのけたことに、ミキやモニター班の間からも感嘆の声が漏れる。

『どうやら、その気になってきたみたいだな』

 マスターの楽しそうな声が聞こえてくるが、デビルレイクの倍近くもある図体の怪物を前に、これだけの余裕を見せていられるのは、やはり対物ライフル一丁で様々な恐竜をやっつけてきたマスターならではだ。

 しかし、今回ばかりは、完全にアンドレの方に分がある。何しろ、奴についてはわかっていないことが多過ぎるし、なによりも水の中を住処にしている奴だ。いくらUMU装備のバトルメックでも、相当用心してかからなければ、それこそエライことになるのは目に見えている。

 ウンディーネ達も、果敢にアンドレに突撃しながら、魚雷を命中させたり、アームユニットに装着されたブレードですれ違いざまに斬りつけたりしているが、いかんせん、サイズ的に見て効いている感じがしない。

 しかし、アンドレの注意を分散させて、デビルレイクに攻撃のチャンスを与え、水中で暴れまわるアンドレに次々と直撃や有効弾を与えている。そして、自分の鼻先を掠めるように横切っていったウンディーネに気をとられたその瞬間、アンドレの巨大な頭に次々と魚雷が直撃した。

「やったけん!」

 ウンディーネ達とデビルレイクの連携攻撃に、リオが喝采を上げるが、アンドレの様子に異変が起こった。なんか、今までとは様子が違う。そう思った瞬間、アンドレの腹が倍以上に膨らんだ。

「まさか!?」

 いきなり顎が外れたのかと思うくらい、アンドレの口がばっくり開いた瞬間、周囲の海水が急激に歪んでいるのがわかるほどの、強烈な圧力と初速を持った巨大な塊が撃ち出されるのが見えた。

『ぬあっっ!?』

 直撃こそしなかったものの、アンドレの吐き出した水圧は、デビルレイクの至近距離を掠めただけで、その機体を軽々と弾き飛ばした。

『機体各部異常なし、UMU推力異常なし、まだまだいける!』

 機体状況を告げるマスターの声に安堵したのもつかの間、巡視船のすぐそばで、いきなり水柱が吹き上がった。そして、そのまま海中から飛び出した巨大な海水の塊は、榴弾のように空中で爆散し、降り注いだ大量の水が巡視船の頭上に叩きつけられた。

「なんてヤロウだ、あんなの喰らったら轟沈モンだぞ!?」

「ホンマごっついなぁ、あんな隠しダマもあったんやねぇ」

「呑気なこと言ってる場合か!飛び道具ありなんてマジでやばいぞ!!」

「しやから、重量級のバトルメックを用意したんやないの」

「おまっ・・・・・・!」

 どっしりかまえているにも程があるミキに、さらに言葉をぶつけようとしたその瞬間、再び海面から何かが飛び出してきた。今度は、さっきみたいな塊なんかじゃなく、レーザービームのような高速の水流に見えた。そして、それが間違ってないことは、その薙射を喰らったマストの先端が切断され、けたたましい音を上げながら海に転がり落ちていくことでよくわかった。

『総員、戦闘配備。繰り返す、総員、戦闘配備。これは訓練ではない、繰り返す、これは訓練ではない』

「当たり前だ!」

 今さらのように慌て出した警報に思わず突っ込んでしまったが、もう社会見学気分でいられるような状況じゃない。俺達はコーストガード隊員の誘導を受けて、スタッフ共々、慌てて資機材を抱えて船内に退避することになった。

 さきほどの試合観戦じみた雰囲気と打って変わって、海中からの攻撃に備えるように、巡視船は速度を上げつつ旋回を繰り返している。これはもう、正真正銘の実戦だ。もうなんていうか、油断したら普通に床を転げまわるレベルだ。

 そして、海中からは次々と海水の砲弾や高圧水流が飛び出してくる。幸いなのは、これら全部海中のデビルレイクやウンディーネを狙ったものであって、この船を直接狙ったものじゃないってことだ。

 だが、これらがことごとくあさっての方向に炸裂しているとはいえ、あの強烈な威力を目の当たりにしたら、とてもじゃないが平気でいられる気分じゃない。なによりも、奴がこの船も敵だと認識したら、まず間違いなく、俺達は終わる。

『こいつ、いい加減しぶといにも程がある!』

 不意に聞こえてきたマスターの怒号に、思わずモニターに目を向けると、今まさにアンドレの顔面に魚雷の多段ヒットが決まる瞬間だった。さすがのアンドレもこれは効いたのだろう。怯むようにその巨体をうねらせると、海底めがけて潜行を始めた。

『逃がすか!』

 逃げるアンドレを追って、デビルレイクもUMUの推力を上げて潜行する。そのおかげかどうか知らないが、さっきまで艦砲戦の真っ只中だったような海上は、いきなり元の静けさを取り戻していた。しかし、送信されてくるはずのモニター映像の調子がおかしい。どうやら、一連の大立ち回りで不調を起こしたのだろう。

 こうなってしまっては、海中の状況確認よりも洋上監視に切り替えたほうがいい。もしかしたら、不具合を起こしたデビルレイクなりウンディーネなりが浮上してくる可能性もある。

「どうだ、アストラ。何か見えるか?」

「いや、まだ浮かんでくるものはないな」

 双眼鏡片手に、コーストガード隊員達と共に海上を監視していると、いつの間に表に出てきたのかリオが話しかけてくる。

「のう、クルツ」

「おい、まだ外に出たら危ないぞ。ミキのところに戻ってろ」

 まったく、まだその辺にアンドレが潜んでいるかもしれないのに、怖いもの知らずな奴だ。ともあれ、ここにいたら危ないし、なによりコーストガードに迷惑がかかる。引っ張ってってでも船内に戻そうとしたが、リオの視線は、何かに気付いたように遠くを凝視している。

「なんか、船が近づいてくるけん。コーストガードのとは違うようじゃけど」

「何?」

 リオの指差す方向に双眼鏡を向けてみると、確かに、一隻の船影らしきものが見える。漁船か何かかと思ったが、何か様子がおかしい。そして、それはまっすぐこっちに向かって来る。

「なんだありゃ、一体何のつもりだ?」

 巡視船の方でもすでに捕捉済みらしく、再び船上が慌ただしくなってきた。

「アカン!クルツはん、リオちゃん、アストラはんも!そこに居ったら危のぅおまっせ。はよ船の中に避難してや!」

「なんだ、一体何がどうなってるんだ?」

「そないなことええから!はよう!!」

 珍しく語気を強めるミキの様子に、俺達は急いで甲板を離れ、船内に戻ろうとするが、そうこうしているうちに、物凄い勢いで突っ込んできた所属不明の船は、すれ違いざまになにやら撃ち込んできた。

「うわっ!くさっ!!なんじゃこりゃ!?」

 甲板や壁に当たって砕けたカプセルから、とんでもない臭気を放つ液体が飛び散った。これはどう見たって劇薬の類なのは、素人だってすぐに見当がつく。

「うおっち!?」

 思わず変な悲鳴を上げてしまったが、俺の鼻っ面を掠めて飛んで行ったのは、間違いなくボウガンかなんかの矢だ。チクショウ、殺す気か!

「なんなんだアイツら!?」

「シーライオンゆうて、ぶっちゃけ環境テロリストってやつですわ。本人らは自然保護団体とか言ぅとるようやけどね」

「環境テロリスト?今時そんな暇人がいるのか!?」

「おんねんから、現に今、こうしていろいろ喰らっとるんやないの」

 バケモノの次は環境テロリストか、一体どうなってんだ、ここいら辺の海は。そして、ミキの方を振り返ると、果たして、そこには矢の突き刺さったヘルメットをかぶった彼女がいた。

「ミキ!?お前!頭!頭!」

「ああこれ、ヘルメットがなけりゃ即死でしたわ」

「当たり前だ!っていうかお前大丈夫なのか!?」

「しやね、今までは調査船とか漁船しか狙ってこんかったのに、まさかコーストガードにまでケンカ売りに来よるなんて。なんや、最近ごっつ調子づいとる感じやね」

「いやそんなこと聞いてないから!洒落になってないだろこんなの!どうするんだ!?」

「どうもこうも、やり過ごすしかあらしまへんわ」

「おいぃ!?」

 ヘルメット越しとはいえ、頭にボウガンの直撃を受けて、どうしてこんなに落ち着き払えるのか。CEOなんだろ?何万人って関連企業の従業員を食わせてるんだろ?一歩間違えりゃ、とんでもないことになっていたぞ、こんなの絶対おかしいよ。

 ともあれ、俺達がそうこういっている間にも、海からいろんなものが飛んでくる。リオはと見ると、コーストガード隊員達が掲げ持った盾に守られながら、どうにか無事船内へ退避できたようだ。

「所詮テロリストだ、別に、あれを沈めてしまってもかまわんのだろう?」

 表情こそいつもどおりだが、アストラの手には、愛用のアーマーマグナムが握られている。

「しやからあきまへんて、落ち着いてぇな、アストラはん」

 まあ、そりゃそうだろう。距離と角度さえ適切なら、装甲車を真正面からぶち射抜くことだって出来る代物だ。そんなので撃たれた日には、あの程度の船、喫水線に大穴開けられて浸水パーティーだ。

『所属不明の船舶に告ぐ、本船は現在、作戦行動中である。繰り返す、本船は現在、作戦行動中である。危険行為の停止と当該海域からの速やかな離脱を勧告する。繰り返す、危険行為の停止と当該海域からの速やかな離脱を勧告する』

 これだけバカスカ物を投げ込まれているにもかかわらず、なんだか、コーストガードは相手にするつもりがないのか何なのか。警告を繰り返すばかりで、せっかくのMGやAC2の砲塔はビタイチ動く気配は無い。

「だいたい、ノヴァキャットの船が民間船沈めたなんて話になったら、それこそ大問題になりまっせ。ただでさえ、ドラコ海軍のご機嫌伺いながらの航海任務なんやしね。しやから、叱り付けて追い払うんが精一杯なんですわ」

「あいつら、ドラコの連中なのか」

「ドラコのお人もいるにはいるようでっけどね、ほとんどはダビオンとかシュタイナーとか、あのあたりから来た連中ですわ」

「なんだよチクショウ、余計話がややこしくなるな」

「せやろ?」

 確かに、下手すりゃ他国にドラコを攻撃する口実を与えかねない。氏族戦争が一段落しているとは言え、国家間紛争の火種は未だくすぶり続けている御時世だからなおさらだ。理屈はわかっちゃいるが、業腹というかどうにも歯がゆいことこの上ない。

「やつら、海にワイヤーを流し始めたぞ。スクリューを破損させるつもりだ」

「なんだって!?」

 コーストガードから借りた盾越しに、シーライオンの挙動を観察していたアストラがとんでもないことを口にする。俺も、盾を構えながら船べりに移動して海を見ると、果たして連中、本当に海の中に頑丈そうにも程があるワイヤーを放り投げている。

「ありゃ不法投棄だろ!何考えてんだ!?」

「何も考えてないから、ああいう真似が出来るのだろう」

「っていうか、海ん中でいろんなモンが暴れまわってるとこで、なにバカなことやってやが・・・・・・!」

 その瞬間、いきなり海面が爆発するように盛り上がり、巡視船の船体が大きく傾きながら上昇した。そして、強烈な揺さぶりと共に下降すると、轟音と同時に激しい衝撃と滝のような海水が叩きつけられた。当然といえば当然だが、甲板にいた人間はほぼ例外なく右へ左へ転がりまくった。

「おちちち・・・・・・あぁ〜痛てぇ・・・・・・みんな、大丈夫か・・・・・・?」

「大丈夫だ、問題ない。それより、シーライオンの船が消えた」

「なんだって?」

 アストラの言葉に、まだ揺れの残る船上から海を見ると、確かに、あれだけウザいことこの上なかった抗議船が、跡形も無く消え去っていた。

「どうなってるんだ?」

「わからん、とにかく、一瞬で沈んだ」

「何だそりゃ・・・・・・」

 まさかというか、アンドレの吐き出した水圧砲弾の直撃を受けたんじゃないだろうな。だが、状況的にそれしか考えられない。そら見たことか、だから言ったじゃねえか。いや、言ったのは俺じゃなくてコーストガードなんだけど。と、そんな益体もないことを考えるが、その時、ほとんど忘れかけていた監視用モニターのインカムから、マスターからの通信が聞こえてきた。

『面目ねー、アンドレの奴、物凄げー勢いで逃げよる。こりゃ追いつけねーでよ』

「マスター!?」

『おみゃーさんらは無事きゃ?こっちはしたたかやられちまったでよ。UMUに相当ガタがきちまったで、半分も推力が出てねーでよ』

 どうやら、本気で怒り狂ったアンドレの前では、重量級メック1機では手に負えなかったようだ。しかし、聞いた限りじゃ損害がひどい。

「そんな、大丈夫なんですか」

『自力で帰投はできるでよ、それと、3人も無事だで。それより野郎、海底に潜っちまったでよ。デビルレイクの耐潜深度じゃ、これ以上の追跡は無理だで』

「そうでしたか、けど、無事で何よりです」

 みんなが無事だったということもそうだが、ノヴァキャット訛りが戻ったマスターの話し言葉を聞くと、なんか妙に安心する。

「ともあれ、ホンマ無事で何よりですわ。それより、デビルレイクを思いっきり動かしてもろうて、ホンマおおきにや、ロークはん」

『いやまあなんちゅーか、ホントに面目ねー。リオ坊にも悪いことしちまったでよ』

「せやね、残念でっけど、しゃあないですわ。それとロークはん、申し訳ないんやけど、巻き添え喰らって沈んだ船がいてはるんよ。機体の調子と相談しながらでええんで、可能な範囲で生存者の捜索と救助、お願いできまっか?」

『わかった、一応、探してみるだで』

 ヘルメット越しに致命的な一発を喰らっておきながらもなお、実に人間味あふれることこの上ないミキの言葉に胸熱になる。それにひきかえあの連中ときたら。

 勝手に現れて、勝手に沈んだ挙句、残骸だか積載物だかわからない、早い話がゴミとしか言いようのないものを、これでもかと言うくらい海の上にバラ撒いていった。しかし、あんなバカ共でも一応人間だ。見殺しにするのも人道上マズい。

 連中は一体どこまで各方面に迷惑をかけりゃ気が済むのか。一体どんな育ち方をすりゃ、あんなストライクフリーダムな人間になるんだろう。親の顔どころか、奴らの人生をダイジェストムービーで見てみたい気分だ。

 なんていうかもう、グダグダにも程がある感じで終わってしまったが、要救助者の捜索で俄然騒がしくなっている船上から、アンドレの消えた海を見渡す。だが、気持ちが落ち着いてくると、これはこれで良かったんじゃないかという気がしてくる。なにせ、砲撃のような水圧をぶっ放してきたかと思えば、金属の柱さえも切断するような高圧水流を撃ち出してくる、文字通り化け物だ。

 もし、あのアンドレがこの船を敵と認識し、本気で殺すつもりで向かってきていたら、それこそ最悪の事態は覚悟しなければならなかっただろう。

「やっぱあれだ、UMA相手に短気な真似は良くないよな」

「まあ、捕獲でけへんかったんは残念やけど、デビルレイクの戦闘機動をモニターでけただけでも良しとしますわ。それに、アンドレの水中映像もそれなりに撮れてそうやしね」

「前向きだな」

「でもま、リオちゃんには、ちゃんと埋め合わせはせんとね」

 確かに、このバカ騒ぎの趣旨は、リオのために生贄、もとい鯉のぼりの材料にする巨大魚の捕獲と言う話だった。まあ、けっきょくボウズだったわけだが・・・・・・。



「なんていうか、結構様になるもんだな」

「しやね、普通に鯉のぼりしてますやん」

 隊庭のポールにはためいているのは、かなり野趣あふれる金色の鯉のぼり・・・・・・といっていいのかどうかわからんが、かなり強烈な印象を周囲に撒き散らしながら、初夏の風にその身を翻らせている。

 そして、その足元には、武装した内務班のライデン・バトルアーマーが、儀杖用のポールウェポンを手に、衛兵のように直立不動の姿勢で立番をしている。ハナヱさんから聞いたのとは、なにか違っているような気もするが、全体的なビジュアルからは外れていない。というか、ある意味贅沢過ぎるセレクトメニューだといってもいいだろう。

「アンドレの鱗と鰭だけであれだけ作れるんだもんな」

 あの時、アンドレの捕獲自体には失敗したものの、マスターや司令達は、手ぶらで帰ってはこなかった。帰投してきたマスター達は、剥ぎ取ってきたのか拾ってきたのか知らないが、それなりの量の鱗やらヒレやらを持ち帰ってきた。

 メックやバトルアーマーの損傷もかなりのものだったが、さすがに、あれだけの大立ち回りを演じた手前、アンドレの方も無傷とは行かなかったようだ。

 一部を研究機関に譲渡した後、残りの部位はドラコの職人に預け、ダメ元で鯉のぼりの製作を依頼した。そして、職人さんから届けられた鯉のぼりというかアンドレのぼりは、本日堂々、我が駐屯地の隊庭に翻ることになった。

 そして、この一風変わったモニュメントフラッグを一目見ようと、入れ替わり立ち代り隊員たちが訪れては、感嘆の声を上げたり指差たりしながら、お互いなにやら話したりしている。

「それにしても見事です、本体を奉納できなかったことは残念ですが、これはこれで、なかなか趣があってよいものです」

「だでね、にしても、ドラコの職人っちゅうんは、どえりゃー器用なもんだで」

「まったくです」

 どうやら、実際に矛を交えてきた当人達も満足のいく出来のようだ。納期もそうだが、こんなので鯉のぼりを作れと言う、無茶振りもいいところな発注を受けたドラコの職人達にとって、これ以上ないくらいの賛辞だろう。

 ところで、今回、アンドレの素材確保で奮戦した水陸両用重量級メック、デビルレイクだが、うちのクラスターではさすがに使い所がないということで、レンドリースの話は司令の方で丁重に断りを入れることになったらしい。

 そのかわりというのかなんなのか、あの活躍に興味を持ったらしいコーストガードから問い合わせがあったそうだ。

「うまく行けば、海軍にも興味もってもらえるかもしれへんしね。いろいろサービスするつもりですわ」

「そうか、売れるといいな、あのキワモノ」

「相変わらずきっついなぁ」

「事実だろ」

「む・・・・・・まあ、あれやね。おかげで改修ポイントもはっきりしたし、ロークはんからもいろいろアドバイスをもろうたしね。陸に上がったときの足回りもそうやけど」

「いっそ、水ん中じゃ必要ないマニュピレーターなんぞ取っ払って、クローでもつけたらどうだ」

「それや、あと、頭部も胴体と一体化して、機体強度をアップとかもええね」

「ま、ほどほどに頑張れよ」

 本当にこいつ、こういうのが好きなのな。それはそうと、リオはどこ行ったんだ。

「クルツ!」

 言ったそばから出てきたな、長生きするぞ、コイツ。それはそうと、この紙で出来た被り物はどうしたんだ。

「ハナヱ姉ちゃんが作ってくれたんじゃ、クルツのもあるけん!」

「お?おお、ありがとな」

「はい、これ、うちが作ったんじゃ」

「そうか、上手だな。ありがとうな、リオ」

 紙で作った兜か、まさか、この年になって被るとは思っても見なかったが、折角リオが作ってくれたんだ、ありがたく頂戴するよ。

「それにしても、何度見てもごっついのぅ!キラキラしてて、ぶちきれいじゃ!」

「お前がそう言ってくれるんなら、みんな喜ぶよ」

「うん!みんなおおきに!!」

 リオの言葉に、その場に居合わせた皆が笑顔になる。できれば、コーストガードの隊員達にも見せてやりたかった光景だ。

「なあ、リオちゃん、せっかくやから、協力してくれはったコーストガードにビデオレター送ろ思てんよ。これでみんなに挨拶してもろてええかな?」

「え!?・・・・・・うん、わかった!」

 リオは、ミキの持つハンディカムに向かって、笑顔で手を振っている。さて、さっきから姿の見えないお姉さん方はどこでなにをしてるのかね?

「のう、ボカチン、これ、ホンマにうちんとこで売りモンにしてえーんきゃ?」

「だからいいってさっきから言ってるじゃないですか、ドラコじゃ当たり前のお菓子なんですから。現に、教えたらすぐ作れたでしょう?そんなのでマージンなんていただいたら、バチがあたっちゃいますよ」

「そ、そーかみゃあ。へへへ、おみゃーときたら、どえりゃーええ奴だで」

「いい奴かどうかは知りませんけど、友達のためになるなら、それくらいやぶさかじゃありませんよ」

「なんだぎゃ、おみゃー惚れてまうでよ。あ、テーブルはそこに置いといてくれみゃあ」

「わかった」

 なんか知らんが、ずいぶん大荷物を運んできたもんだな、アストラが。

「ほ〜れ、リオ、カシワモチが出来とるでよ、こっち来て食うとええだぎゃ」

「やった!すごい!!」

「たくさんありますので、みなさんもどうぞ」

 アストラが手際よく準備したブースに、大量の柏餅やちまきが詰まった箱を並べると、ディオーネとハナヱさんは、集まってきた隊員達にお茶菓子を振舞いだした。

「これまた、ずいぶん作ったもんだな。しかしまあ、いつの間に・・・・・・」

「あのふたり、朝も早いうちから、材料持参で厨房を使わせてくれときたんでな」

「ケイシー」

「まあ、たまのお祭りだ。こういうのも、悪くはない」

 そういうと、ケイシーは実に渋みがかった表情で笑いながら、持っていた柏餅をひと口かじる。俺もいつか、こんな表情の似合う男になれるだろうか。

「うますぎる!」

 ケイシーの絶賛を聞きながら、俺は隊庭を見渡す。まったく、リオもそうだが、周りの大人も楽しそうだ。ハナヱさんは、端午の節句とは、子供の健やかなる成長を願うものだと言っていた。

 育て、そして見守ることの手間と時間、そして何よりも愛情。それを与えているか、与えられているか。年に一度、目に見える形でそれらを確認するための日。

 だが、そんなことを改めて気にする必要などないのだろう。ひとりの子供のために、これだけの大人が動いてくれた。それはなによりも、リオの笑顔が全てを証明している。

「お前さんが一番いい迷惑だったろうけど、勘弁してくれ」

 雲ひとつない青空を、悠々と泳ぐ黄金ののぼり。それは、今この時も、あの青い大海原を泳ぎ続けているであろう巨大魚の姿に重なって見えた。

 あの子はきっと大きくなる。身長とかそんな物理的なものじゃない。人として生きていく上で、一番大事なもの。それをしっかりと身に着けて、成長してくれることだろう。その姿を最後まで見届けられるかどうかはわからない。けれども、俺にはそれが確かなこととして感じられずにはいられなかった。



ネプチューン・アドベンチャー(終)

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