ネバー・ラフ24

 信じられない、というか、信じるも信じないも、目の前で繰り広げられる光景を前に、俺は諦めの境地で宙を舞う酒瓶やグラスを眺めていた。一応最初に断っておくが、俺は今回の騒ぎには何も関わっていないし、何も悪くない。しかし、この状況で、この面子で、というのは、本当にどうなっているんだろうかと思わずには居られない。

 今、俺の目の前で大乱闘を繰り広げているのは、ミキ・ナガサワ、スノゥレイヴン・スターキャプテン・カーラ、そして、ハナヱ・ボカチンスキーDCMS准尉殿という、普段滅多に見られない、というか、ありえない対戦カードだった。

 この状況に至る経緯をかいつまんで説明すると、我がクラスターで催された駐屯部隊の年末感謝祭における来賓を招いてのパーティーで、やはり、司令から招待されていたミキと、カーラのふたりが当然ながら鉢合わせし、普段からの双方に対する潜在的な感情を、潤沢なアルコール成分がブーストさせた結果、挨拶が皮肉に昂じた挙句、しまいには睨み合いが掴み合いに発展するまで、さほど時間はかからなかった。

 そして、それを制止しようとしたハナヱさんが、巻き添えと言うか、誤爆の直撃と理不尽な罵声を受け、喧嘩の仲裁というよりも、乱闘に参加する形の流れになった。

 しかし、彼女の弁護をするとすれば、眉間と後頭部に、中身の入ったグラスの連撃を受けた挙句、いわれの無い罵倒を浴びれば、大抵の人間は実力行使を選択すると言えばするだろう。

「オドレ、今日と言う今日はいわしたるさかいな!!」

「そらこっちの台詞ですわこのボケ!!」

「このっ!・・・・・・もうっ!・・・・・・いい加減にっっ・・・・・・!!」

 なんとも攻撃的な訛りで罵声を叩きつけ合いながら、礼服やセットが乱れるのも構わずつかみ合い振り回しあいの大乱闘を演じている。もうどうにもならない、周りの人間ももちろんそれを止めようと試みようとはするが、壮絶な剣幕の前に、タイミングを計りかねているというか、ファイアゾーンに踏み込めずにいる。

 投げ飛ばされた体がテーブルの上をなぎ払い、巻き添えで転げ落ちた皿からグラスから花瓶からボトルから、ありとあらゆるものが砕け、吹っ飛んだ背中の下敷きになった椅子が粉々になる。並の人間なら失神モノのダメージにもかかわらず、その強靭な身体能力を遺憾なく発揮し、すぐさま立ち上がると、獰猛な猟犬同士が激突するかのような三つ巴の乱闘が始まる。もうどうにもならないくらいのバトルロイヤルだ。

 ハナヱさんの参戦は想定外として、ミキとカーラの仲が悪い、というより、険悪に近いと言うのは以前から承知していたが、まさかこんな時までそれを持ち出すとは思わなんだ。しかし、酔っ払いの喧嘩とは言え、今度ばかりは状況が悪すぎる。なにしろ、他のクラスター司令や幹部、そして地元の名士等が来賓として訪れている、実にフォーマルなパーティーだったからだ。

 いつもの、クラスター主催の無礼講上等な宴会とは訳が違う、三人ともその辺りは重々承知しているはずと思いたいが『どうしてこうなった』としか言えない。なんというか、いくらなんでもこれ以上は司令の面子に関わる事態だ。こうなったら、入院沙汰は覚悟の上で、この鉄火場に飛び込んでいくしかない。

 さすがに、周囲もこの異常事態をこれ以上看過している余裕ははなくなったようだ。一体警備は何をしているんだと囁き声が漏れ始め、一刻の猶予も無くなったその時、内務班が誇る施設警備突入隊が会場内に現れた。

 そして、有無を言わさず彼女達を制圧・拘束すると、誰も手がつけられないほどヒートアップしていた3人を、まるで警官が酩酊親父を連行していくかように引きずりながら、会場を去っていった。



「私は、なるべく言葉で済ませられるものであれば、それで済ませたいと思っているのですけどね」

 イオ司令は、いつもの穏やかな表情と言葉で、執務室に出頭させた全員に言葉を向ける。しかし、当然と言うか、その目は少しも笑ってはいない。むしろ、その目の前に安物のガラス細工を置いたら、一瞬で粉々に吹っ飛ばしてしまいそうな危険なエネルギーが、重苦しい渦を巻いている。

「貴方達は、我々クラン・ノヴァキャットと、それぞれの要素でつながりがあり、私も最大限、それを大切にしようとしてきたつもりです」

 イオ司令の言葉に、その場にいた全員は声も無く押し黙る。というか、なんで俺まで呼び出されるのか若干納得いかない気分だったが、もはや、こういった状況に俺がいるということは、もはや約束動作みたいなものだから、言ってもせん無いことだ。

「しかしながら、残念なことに貴女達の回答は、私の、いえ、ノヴァキャットの期待とは大きくかけ離れたものでした。この点に関しては、もはや、語ろうとは思いません」

 昨日から覚悟はしていたが、やはり状況を目の当たりにすると、怖いものは怖い。

「貴女達には、今一度、私達ノヴァキャットの流儀を学んでいただく。ダイアモンドシャーク、スノウレイヴン、DCMS、それぞれの指揮権者にも、既に了解は取り付けてあります。ミキ・ナガサワ、スターコマンダー・カーラ、ハナヱ・ボカチンスキーの3名については、スターコーネル・イオの権限において、明日、24時間のスルカイを下命します」

 そらきた、やはりこうなったか。とはいえ、俺やいつもの面子がその対象外になったことは、素直に有り難いのだが、それはそれで、また何か裏がありそうな気がする。

「この一件のみをもってして、貴女方との交流を途絶えさせる意思は、私にはありません。そして、貴女達の指揮権者が、今回の不祥事に関する処分をこちらに一任したということもあります。貴女達が、こちらの提示するスルカイを果たし終えたら、この件についての責をこれ以上問うことはしないつもりです」

 一介のスターコーネルが、指揮権の及ばないダイアモンドシャーク、スノウレイヴン、DCMSにどうやって渡りをつけたのやら。なんというか、たまに発揮する司令の底知れない政治力については、恐ろしいを通り越して冗談じみ過ぎているから、却って疑問を感じることすら馬鹿馬鹿しくなってくる。

「貴女達3人は、我らの流儀を学ぶ以上に、精神力、特に忍耐力の鍛錬が必要です。その点を踏まえ、心してかかるように」



「まったく・・・・・・なんでこないアホなことになったんやろか、スノウレイヴンのウチが、ノヴァキャットのスルカイを受けるやなんて」

「まだ言いよるんかいな、このボケ。ええ加減腹くくったらどないやねん」

「ふたりとも、その辺でやめておいてください。きりがありませんから」

「しやかてハナヱはん、あんたも大概やったで」

「それは謝りますけど、人の顔にワイングラスを叩き付けるのもどうかと思いますよ」

 なにやらぶちぶちと文句をぶつけ合いながら、指定された集合場所に現れた女性3人。さて、俺はというと、イオ司令から

『クルツ君は、彼女達の案内兼ねて世話役をするように。この件で、これ以上我がクラスターの人員は割けませんから』

 とのことらしいが、多分、建前もいいところだろう。それなら俺が、こんなトンチキな格好をする必要が無いし、そもそも、このスルカイに関するルールとやら自体が、もう既に、様々な誘導工作が仕組まれているであろうこと請け合いだ。なんにしても、今回ばかりは、あの3人に心から同情せざるを得ない。というわけで。

「おーい!お〜〜い!!」

 ほら見ろ、白い目で見てるじゃねえか。だが、知ったことか。

「なんや、アレ」

「えろうテンション高ぅおますなあ」

「クルツさん・・・・・・ですか?あれ」

「おーい、よーきただぎゃー、おみゃーたちー」

「おはようございます、クルツさん・・・・・・」

「っていうか、なんやねんなそのヅラ」

「なんや、ずいぶんめかしこんではりますなぁ」

 そりゃそうだろう、なにしろ、イオ司令直々の監修の元、顔のメイクやら胸の詰め物やら、身長差以外は、可能な限り司令のイメージを再現させられたナリだから、これで人前に立つというのは、結構こっ恥ずかしい。

「おー、俺はなー、ここの駐屯地司令の代理だでよー。今日はなー、おみゃーさんらにノヴァキャットの何たるかを勉強してもらうだでねー。俺のゆーことはー、司令の言葉と同じだでー、しっかりやってもらうでよー」

「どえらい棒読みどすなぁ」

「なんや台本丸暗記っちゅう感じでんな」

 とってつけたようなノヴァキャット訛りは仕方ない、一応、これも打ち合わせのうちなんだよ。そんなことはともかく、俺が指差す先にある、ゲート前の検問所の横に設営された仮設テントをみるなり、当然ながら彼女達は怪訝な表情を浮かべている。

「そんなこたぁどーでもえーから、おみゃーさんら、あそこで着替えてくるだでよー」

「着替え・・・・・・ですか」

「あっこのテントで着替えたらええんでっか」

「覗いたらあきまへんどすえ、クルツはん」

「誰が覗くかこのたーけ、時間がもったいねーだで、とっとと着替えてくるだぎゃー」

「は、はい」

「なんや、ごっつ嫌な予感がするんやけど」

「ほんま、アホらしおすなあ」

 イオ司令の扮装をさせられた俺に、それぞれ怪訝な表情を向けながら、彼女達は仮設テントの中へ入っていく。どうでもいいが、慣れない喋り方をするのはしんどい。

「3人ともー、着替えたらとっととでてくるだぎゃー」

『は、はい』

『わかってまんがな、後もう少しやねん』

『・・・・・・・・・』

「それじゃー、順番に出てきてもらおーかー。ハナヱー」

「は、はい」

「おー、勇ましいがねー」

 官給品のジャンプスーツと、コンバットベスト、そしてブーツに身を固めた、まあ、オーソドックスなスタイルだ。元の素材がいいから、何を着てもまず似合う。

「そいじゃー次ー、ミキー」

「はいなー」

「さすがだがねー、よー似合っとるだぎゃー」

 こちらもまた、マイナスワン・システム、いわゆる予備役というだけあって、氏族戦士の装備がしっくり来ている。氏族式の三つ編みに結った髪のまとめ方も手馴れた感じだ。

「おっしゃー、ほいじゃーカーラー、おみゃーなにしとんだぎゃー」

「・・・・・・ちょっとこれ、一体なんなんどすか?」

 最後に、渋々といった感じで姿を現したカーラは、あちこち擦り切れて補修された、真っ赤に染め上げられたジャンプスーツを着て、憮然とした表情を浮かべている。

「なんでウチのだけ、こない真っ赤っかなんどすか?それにここ、膝んとこ、なんや猫のアップリケがありますやないの」

「何が不満だぎゃー?そいつぁーパラディン・サンダークロス仕様で、れっきとしたうちの装備だがねー。それに、ノヴァキャットのパッチがついとって、何の不満だぎゃー?」

「ノヴァキャットが三毛やったなんて、聞いたこともあらしまへんどすわ」

「いちいちうるさい奴っちゃのー、カラバリだぎゃカラバリー」

 そりゃまあ気持ちはわからんでもないが、これはスルカイだ。諦めて気持ちを切り替えたほうがいい。

「よっしゃー、そいじゃー、スルカイのルールを説明するだぎゃー。今回、おみゃーさんらは、この駐屯地で24時間研修勤務をしてもらうだぎゃー。つまりー、俺らノヴァキャットの精神を学んでもらうだぎゃー」

「研修なぁ・・・・・・」

「まあ、楽勝どすな」

「私、ここに住んでるんですけど・・・・・・」

 なにやらぶつくさ聞こえるが、構わず先を続ける。

「それと併せて、自分自身の感情をコントロールする精神力を身につけてもらうだぎゃー。どんなことがあっても冷静にー、自分の感情をコントロールしてもらうっちゅーことだぎゃー。つまりー、笑っちゃいけねーっちゅーことだでー」

「え・・・笑っちゃいけないって・・・・・・」

「なんやねんなそれ」

「けったいなルールどすなあ」

「それとー、こいつぁーあくまでスルカイであるからしてー、自分の感情をコントロールできんかった奴ー、つまりー、笑った奴には、どえりゃーきっついお仕置きが与えられるだでー、そんつもりでいるよーにー」

 最後の説明を言い終わったとき、当然ながら、3人の顔色が変わった。

「ちょっ!クルツさん!?」

「お仕置きってどういうことやの!?」

「スルカイ受けた上に、また罰もらうんどすか!?」

「あのよー、おみゃー達ー。今日はその覚悟があって、ここにきたんと違うかー?おみゃーさんらも戦士の端くれなら、こんくれーでガタガタ騒いでんじゃねーだぎゃー」

「う・・・それは・・・・・・」

「なんやねんな、もう」

「どうでもええどすけど、さっきからこの棒読み、えらい腹立ちますわ」

「そこの赤いのー、なんぞ言うただぎゃー?」

「なんでもあらしまへんどす」

「まあ、えーだぎゃー。そいじゃー、このゲートをくぐったら、スルカイ開始だでー。覚悟はえーだぎゃー?」

「ちょ・・・ちょっと待ってください」

「ま、やるしかないわな」

「アホらし、楽勝どすわ」

 とか言いながら、深呼吸や軽いストレッチをしている。まあ、いいさ。思う存分、心の準備をしてくれ。

「おーし、そいじゃーおみゃー達ー、そろそろ時間だで、行ってもらうだぎゃー」

「わ、わかりました」

「なんやねんな、もー」

「アホくさ、さっさと行きますえ」

 三者三様、それぞれの表情と態度を見せながら、彼女達は、タイミングを合わせ踏み出すように駐屯地のゲートをくぐった。そして、その一部始終をゲート前詰め所で見ていた内務班の隊員が、高らかにホーンを吹き鳴らす。

「おーし、いよいよだでー、楽しみだぎゃー?」

「クルツはん、さっきからごっつノリノリでんな」

「ほんまどすわ、女装までして、アホらし」

 ずいぶんな言われようだが、これから先、彼女達に降りかかる運命を思えば、この程度、サービスみたいなもんだ。ともあれ、みんな、明日の朝まで、是非とも頑張っておくれ。

「あれ?ありゃーちょっとマズいだぎゃー、ハナヱー、おみゃーよー」

「あ、はい。なんですか、クルツさん」

「あそこにある立て看がひっくり返っとるだで、おみゃー、行って直してくるだぎゃー」

「あ、は、はい」

 俺の指差す先にある、兵舎のそばに倒れている看板。ハナヱさんは、持ち前の素直さを遺憾なく発揮してくれた。

「ほれ、走って走ってー」

「あ、は、はいっ・・・・・・ぎゃぼっっ!?」

 俺のひと言で、駆け足で看板へ近づいたその瞬間、ハナヱさんの足元が突然爆発し、鼓膜を吹っ飛ばすような爆音の中、強烈な閃光に包まれながら尻餅をつくように転倒するハナヱさんの姿が、どうにか辛うじて確認できた。

 掴みからいきなり強烈な仕掛けがでてきたが、あれは多分、マスターが仕掛けたトラップだな。おおかた、スタングレネードかなんかを仕掛けたんだろう。それはそうと、ハナヱさん。予想すらしていなかったであろう突然の爆発に、尻餅をついたままのかっこうで、事態を把握し切れていないかのように呆然としている。

「プッ・・・・・・」

「フフッ・・・・・・」

 普段からは想像できない、その間の抜けた姿に、ミキとカーラは思わず笑いをこぼす。しかし、この駐屯地のいたるところに潜んでいる判定役の内務班隊員達は、それを見逃すことは決してなかった。

『ミキ、アウト!カーラ、アウト!』

 スピーカー越しに聞こえてきた声と同時に、突然物陰からCQB装備で完全武装した内務班の誇る施設警備突入隊員数名が、獲物に襲いかかる狼のような俊敏さで飛び出してくると、瞬時にふたりを制圧してしまう。

「ちょ!なんやねんな!?」

「なんなんどすか!?」

 不意を突かれたふたりは、驚愕の声を上げながらもあっさり組み伏せられてしまう。そして、手空きの突入隊員ふたりが警棒を引き抜いた。

「ンギャアァッッ!!」

「アギャアァッッ!!」

 内務班突入隊員達は、容赦なくミキとカーラの尻を警棒で思いっきり引っぱたくと、悲鳴を上げる二人を投げ捨てるように放り出し、あっという間に姿を消してしまった。

 見ているこっちまで痛くなりそうな音がしたが、さすが突入隊員、音は派手だが、体の芯に衝撃が行かないよう、上手く加減してひっぱたいている・・・・・・と思ったんだが。

「あぁいだだだあああぁぁっっ!!」

「くぅうううあああぁぁっっ!!」

 ふたりとも、文字通り悶絶して地面の上をのた打ち回っている。なんというか、思っていた以上に、このスルカイはハード極まりないものではないのかという不安が、今さらながらに鎌首を持ち上げてくる。

「ちょっ・・・・・・これ、ごっつきっついわぁ・・・・・・!」

「なんぼなんでも、シャレにならしまへんどすえ・・・・・・」

「どーだぎゃー、わかったかー?気合いれていかねーとー、しらねーだでよー」

「うう・・・・・・あんまりです・・・・・・」

 俺がそう言っている間にも、ところどころ焦げ目のついたハナヱさんが、涙目になりながら立ち上がると、律儀にも最初に言われたとおり、倒れていた立て看を元に直し、そして、そのまま動きが止まった。

『地雷注意、被害続発中。星団隊司令本部』

「・・・・・・え?」

「アカンやろ、それ」

「どういうことどすか」

 傍で見ていた俺でさえ、なんでこんなモンで。と、思ったものだが、ともあれ、今ので彼女達が吹き出してしまったのは、覆しようも無い。

『ハナヱ、アウト!ミキ、アウト!カーラ、アウト!』

「やっ!?ちょ、ちょっと!?」

「またかいな!?」

「ちょ、ウチはセーフやろ!?」

 またもや、疾風のように現れた突入隊員は、鮮やか過ぎるほどに彼女達を取り押さえ、容赦ない一撃を炸裂させていった。

「いったっあぁぁっ!!」

「っつあっっ!!」

「んがぁっっ!!」

 なんて言うか、見ている方が痛々しいにも程があるので、正直彼女達にはいい加減頑張って欲しい。

「あ痛たたたぁ・・・・・・」

「も〜・・・ホンマなんやねんな〜、アカンやろ、あんなん・・・・・・」

「なんなんどすか、この仕込み、反則どすわ・・・・・・」

「おみゃー達なー、そんだけぶったるんどるだで、こーいう目にあうんだぎゃー。気合いれてかんとだぎゃー」

「は、はい」

「わかってますえ、まったく・・・・・・」

「なんやねんな、もう」



「そんじゃーなー、これから、内務班の班長に挨拶にいくだぎゃー。このクラスターに一番詳しい人だでねー、おみゃーさんら、くれぐれも失礼のねーよーになー」

「どうせジャックはんのことでっしゃろ、そんなん知ってはりますえ」

「余計なこと言わんでええねん、アホ」

「だから、もうやめてくださいってば」

 相変わらずぶつくさ言っているが、とにもかくにも3人を内務班へと連れて行くことにする。

「失礼するだぎゃー、班長ー」

 彼女達を連れて入室すると、いきなりそこには重苦しい空気が流れていた。

「おみゃー達、今日の朝稽古に来よらんかったけどもが、どーいうことだぎゃ」

 普段見ることのないような厳しい表情で、ジャックは整列させた3人の内務班隊員の顔に鋭い眼力を浴びせかけている。そのただならない気配に、彼女達も思わず息を飲むように静かになる。

「黙ってねーで、何ぞ言ぅたらどーだぎゃ、おおん!?」

「寝過ごしたのであります!」

「よし!」

「当番明けだったので寝ていたであります!」

「よし!」

「事故欠員のシフト代員で配置についていたであります!」

「なめとんのかコノ!!」

 寝坊しただのサボっただの、傍で聞いていてロクでもない理由に続いて、ある意味まっとうな理由を述べた瞬間、突然激昂したジャックは、その隊員に掴みかかり、ベチベチと背中をひっぱたいたり襟首を引っつかんで振り回したり、はては自分も一緒になって床の上を転げ回って取っ組み合ったり、理不尽というか不可解もいいところな制裁が繰り広げられる。っていうか、猫のケンカだ、コレ。

「ちょっ・・・・・・」

「なんやねんな、ソレ」

「フフッ・・・・・・あ」

「カーラ、アウト!」

 そんな理解に苦しむ光景に、ハナヱさんとミキが呆気に取られている横で、カーラが微かに吹き出したのを審判員が見逃すはずもなく、どこかに潜んでいるスピーカーがアウト判定を宣告した。

「え・・・あ・・・ちょっ・・・・・・あ痛だっっ!?」

 いつの間にか現れた突入隊員に組み伏されるように拘束されたカーラは、次の瞬間、警棒の一撃を尻に喰らって悲鳴を上げた。

「なんちゅうか、あれやな、人が罰くらっとんのを笑う方が悪いわな」

「ですよね」

「うう・・・・・・あんなんありどすか」

 確かに仕込みもいいとこだが、なんというか、冷笑的な性格が災いしたな。まあ、ミキの言うとおり、人が殴られているのを笑うのは、いかがなものかと。



 とりあえず、内務班へ彼女達の顔見せも済ませたところで、事前の打ち合わせどおり、3人を別室へと案内する。彼女達にとって、スルカイの本番がここから始まると言っても過言ではない。

「それじゃー、おみゃーさん達ー。この部屋で待機しとくだぎゃー」

「はいな」

「席に名札があるからー、それぞれ自分の名前んとこに座るよーに」

「あの、訓練とか教練には参加しなくていいんですか?」

「せやね、うちら、まだなんにもしてへんし」

「心配せんでも、そのうち忙しくなるだぎゃー。えーから、大人しく座っとくだぎゃー」

「ま、それでええんなら、そうしはりますけど」

 3人とも、憮然とした表情で、それぞれの名札がある席につく。しかし、ミキだけ、なかなか座ろうとせず、居心地悪そうにうろうろしている。

「なにしとんだぎゃー、ミキー。おみゃー、さっさと座るでよー」

「まあ・・・・・・別にええねんけどな」

 ミキは、心底不満そうな表情で、渋々席につく。

「なんで、うちのんは車椅子やねん。ごっつ縁起悪いわぁ・・・・・・」

「これから必要になるんやおまへんか」

「アホ、スルカイでそこまでやるかい」

「でも、まさか警棒で叩かれるなんて思わなかったですよね・・・・・・」

「せやな、けどあれアカンやろ。下手すりゃおかしゅうなるで」

 この間、人のケツをヌンチャクでぶっ叩きまくってくれた人の言葉とも思えないが、まあ、そんなことはこの際どうでもよろしい。

「それじゃー、俺は報告モンがあるからいったん席はずすけどもが、ちゃんとしとくだでよー?」

「あ、はい」

「ちゃんとしとくて、なにをちゃんとすんねんな」

「訳わからんどすわ」

 相変わらずな反応だが、これからこの場に残った者の人間性と連帯感が試される。ともあれ頑張ってくれ、俺に言えるのは、それだけだ。



「・・・・・・なんでしょう、これ」

 あれからしばらく、手持ち無沙汰な様子で、机の引き出しを開け閉めしていたハナヱさんは、その中に置いてあったスイッチケースを見つけ、怪訝な表情を浮かべている。ちなみに、俺は今、打ち合わせの段取りどおり別室に引っ込んで、判定員役の内務班隊員と仮設モニターを見ているわけなんだが・・・・・・。

「誰かを呼び出すモンかいな」

「さあ、なんや知りまへんけど、あんまりむやみに弄くらん方がええのと違います?」

「え・・・でも、もう押しちゃった・・・・・・んですけど」

「はあ?」

「いえ、その、壊れてるみたいだったし、ガラクタかと思って・・・・・・」

 ハナヱさんにしては、随分と迂闊もいいところだが、用心深さを欠いたのは、まったくもって失敗だったとしか言いようがない。

『ハナヱ、カラテキック』

「えっ・・・・・・!?」

 毎度お馴染みの判定の声は、ハナヱさんに強制アウトを宣告する。そして、これ以上ないくらい狼狽するハナヱさんの前に、今度は突入隊員ではなく、道着に身を包んだディオーネが現れ、これ見よがしにアップを始めだした。

「ディ・・・ディオーネ・・・さん?」

 ディオーネは、手に持っていた30センチほどの角材の切れ端を放り投げると、空気を切り裂くような音と共にハイキックを放つ。そして、キックの直撃を受けた切れ端は、破裂するような音を立てて、空中で真っ二つになった。

「いやいやいや・・・・・・」

「どないな脚してはるんどすか・・・・・・」

 その驚異的なまでの鋭利な破壊力を目の当たりにして、彼女達は目を丸くして絶句する。特に、ハナヱさんは、あっという間に透き通るくらい真っ青になっていく。

「いや、あの、ええと、その・・・・・・」

 無言、無表情のまま迫り来るディオーネを前に、ハナヱさんの顔にはありとあらゆる表情が浮かんで消える。

「あのっ・・・ちょっ・・・・・・冗談、ですよね?」

 引き攣りまくった笑顔を浮かべるハナヱさん。しかし、ディオーネは無言のまま、委細構わず、流れるような足さばきで、一瞬でハナヱさんの背後に回りこんだ。

「え、やっ・・・・・・おぎゃあああ!!」

 ハナヱさんの尻に、ディオーネのミドルキックが炸裂し、咆哮じみた悲鳴と共に、ハナヱさんはその場に崩れ落ちた。

「いやいやいや、アカンやろあんなん。なんか、変な音したで・・・・・・?」

「ちょ、は、ハナヱはん?大丈夫どすか?ハナヱはん?」

 あのカーラですら、不安げな表情を浮かべながら、床の上で細かく痙攣しているハナヱさんに呼びかけている。

「うあぁ〜〜・・・・・・骨盤が飛び出たかと思いました・・・・・・」

 どうにか起き上がったハナヱさんだが、さすがにすぐには座ることが出来ないようで、机の上に手をつきながら顔をゆがめている。

「あぁ〜・・・痛い痛い痛い〜・・・・・・」

 手加減しているとは言え、本気で蹴っ飛ばされたら骨盤程度なら粉砕されかねない。そんなものを受けたわけだから、生半可なダメージじゃないだろう。予想以上に凄惨な光景を目の当たりにしたミキとカーラのふたりは、涙目になりながら呻いているハナヱさんに、やや同情的な視線を投げかけながら黙り込む。

 そしてしばらく、再び無音の空気が流れるが、無意味な退屈に勝てなかったミキが、自分の机の中をあさりだしはじめた。

「またスイッチや」

 自分の席の引き出しをあさっていたミキは、そこから出てきたスイッチケースを机の上に置く。

「いくつか隠しておるんやろか」

「そうかも知れまへんけど、さっきハナヱはんが蹴り入れられたばかりやおまへんか。せやから、無視しといた方がええどすえ」

「そないなもんやろか」

 ミキは、不発弾を扱うような慎重な様子で、自分の席から出てきたスイッチボックスを手にする。

「あ」

「どないしたんどす?」

「フタが取れよった、なんや中身からっぽや」

「ダミーってことでしょうか?」

「どないなんやろ」

 プラケースにスイッチ基部の部品だけが組みつけられた、見た目ハリボテのスイッチケースを手にしていたミキは、カチカチと部品だけのスイッチを押した。が、その瞬間、今度は、ミキの強制アウトを告げる判定の声が、待機室に響き渡った。

『ミキ、カラテキック』

「ちょ!?」

 機能しそうにないからといって、何も起こらないとは限らない。何かしら仕掛けがあるだろうという可能性を考慮しなかったのは迂闊だが、実際、ハリボテに見えるように作ったのは事実だからな。そして、そうこうしていうるちに、やはり無言・無表情だが、蹴る気満々のディオーネが現れた。

「いやいやいや、ちょっと待ってぇな、ディオーネはん。心の準備が・・・って、ちょっ・・・ギャアアアアアッッ!!」

 インパクトの瞬間、断末魔さながらの悲鳴を上げ、脊椎の可動範囲の限界に挑むかのように反り返ったミキは、次の瞬間には床の上に崩れ落ち、カリカリと床を引っかくように悶絶していた。

「アダダダダ・・・なんか・・・なんかこう、全身のなんかが・・・・・・アダダダダ・・・・・・」

 陸の上に放り投げられたエビか何かのように、キリキリと床の上で悶絶しているミキは、見ていて心配になるくらい顔中変な汗をかいている。どうにも、わざとやっているんじゃないかと思えるくらい、皆さん面白いように仕掛けに引っかかってくれている。

「わざとでこんなごっつ痛い思いしたがるかいな」

「でも、今のはちょっと迂闊でしたよ、ミキさん。わたしが言うのもなんですけど、もしかしたら、ガラクタに見せかけているのかもしれないですし」

「そうやね、せやから、あんま軽はずみなことはしないに限りますわ」

「・・・・・・アンタ、今、何隠しとんねや」

「別に、うちは何も隠してなんかしてへんどすえ」

「ウソこきや、確かに今、なんか戻したやろ」

 ミキは、カーラの席に詰め寄ると、今しがたカーラが閉めた引き出しを開ける。

「またスイッチかいな」

「まったく・・・・・・そやから、元に戻したんどす」

 この場合、カーラの判断は正しいだろう。彼女達にとって災いの元となるような代物を、なにもわざわざ目に付くような所に置いておく必要はどこにもない。

「別に、隠さんでも出しといたらええやん」

「せやかて、これ、1個目はハナヱはんで、2個目はミキはんでしたやろ?」

「なんていうかこう、ひとりずつ対応してるってことなんでしょうか」

「そんなら話は早いわ、アンタも1回蹴られたらええがな」

「ちょっ!?」

 なんていうかこう、連帯感が崩壊しかけているような気がするが、狼狽するカーラに構わず、ミキは有無を言わさずボタンを押した。というか、あれだ。何度も言うようだが、別にそいつの座っているデスクから出てきたからって、なにもそいつをアウト判定するわけじゃない。

 判定自体はいくつかパターンを用意してあり、まったくのランダムだが、コレばかりは誰が当たるかわからない。有体に言って、ロシアンルーレットと一緒だ。最悪、同じ人間が連チャンで強制アウトを喰らう可能性は十二分以上にある。今までは、引き出しから見つけた人間を、上手い具合に強制アウトにしてきた訳なんだが・・・・・・。

『ミキ、カラテキック』

「なんでやねん!!」

 と、言ったそばからこのザマだ。ミキにとっては予想外の結果に悲鳴を上げたその背後で、いつの間にか音も無くその背後に現れたディオーネは、再び、ミドルキックをミキの尻に炸裂させた。

「パアアアアアアアアッッ!!」

 なんというか、150センチも無いような小柄なミキが、多分手加減はしていると思われるが、ディオーネのキックを2発も喰らうのを見ていると、自業自得とは言え、いい加減心配になってくる。

「アカン・・・・・・なんか、屁がとまらへん」

「プフッッ・・・・・・!」

『カーラ、アウト!』

「あっ・・・!しもたっ・・・・・・!」

 油断したな、カーラ。

「アッハアッアアッッ!!」

 今度は、お馴染み内務班隊員が突入してきたが、どっちにしてもケツバットに変わりは無い。スイングを効かせた警棒の一撃に、カーラもまた、床の上を転げ回る破目になった。

「納得でけへん、他に隠しとらんかいな、スイッチ」

「そないなもん見つけてどないするんどすか」

「どないするもなにも、とにかく腹おさまらんわ」

「もうほっといた方がいいと思うんですけど」

「そんなにウチを蹴らしたいんどすか・・・・・・」

 とかなんとかいいながら、なんとなくミキに釣られるかのように、ハナヱさんとカーラも引き出しという引き出しを開けながら、ガサゴソと探し物を開始している。ハナヱさんの言うとおり、知らん顔しておけばそれで済む可能性が高い状況で、なんでわざわざ自分から災いの元を探そうとするのか意味がわからない。

「・・・・・・まだ、あったんですね」

「どうやら、これが最後の1個みたいやな」

 あれだけの目に会っておきながら、待機室のすみずみまで引っ掻き回し、隠されていたスイッチケースを探し出した彼女達は、最後のひとつを前に、互いの様子を探るような表情を浮かべている。

 というか、ハナヱさんとカーラの場合、スイッチ使用を阻止するための行動だったんだろうが、結局、最後のスイッチを見つけたのはミキだった。なんというか、その執念深さには、素直に感心する。

「普通に考えたら、確率的にコレがカーラのもんや思うんやけど・・・・・・」

「けど、わかりませんよね。もしかしたら、ミキさんが連チャンで来るかもしれないですし、わたしに当たるかもしれませんし」

「そうどすな、そやから、スイッチ押そうなんてアホなこと考えんと、大人しくしといた方がええどすわ」

「せやね、しやけど・・・・・・このままで収まるかいな!」

「あっ!!」

「ちょ!?」

「もうどうにでもなぁ〜れ、や!!」

 まさに自暴自棄を絵に描いたような表情で、ミキはスイッチボックスのボタンを押した。

『カーラ、バリスタ』

 そして、今度の奴はとうとうカーラを指名してきた、そして、その耳慣れない単語にもかかわらず、カーラの顔色が一瞬で変わった。

「げっ!やっぱり!!」

 3人組の内務班隊員が突入してきたが、そのうちの子供並に背が低いひとりが持っている、木製の飛び道具を見て、カーラは首を絞められるような声を上げた。っていうか、ありゃ本当に子供だろ。まさか、あいつがこんなところで出てくるとはね。

「あきまへん!ちょ、待って!待って!!そんなんあきまへんて!!」

 以前、身を持ってその威力を体験しているからだろうが、ふたりの突入隊員に取り押さえられながらもなお、カーラは往生際悪く悲鳴を上げている。しかし、この小型サイズの突入隊員の中の人は、ちょこちょことカーラの背後に位置取り、ニーリングポジションでバリスタを構えると、その尻めがけて遠慮なくゴム弾を発射した。

「いぎいいぃぃいいいっっっ!!」

 ゴム弾と言っても、金属球に硬質ラバーをコーティングした弾頭だ。一応、アンリーサルウェポンとは言え、至近距離で直撃したら、まずただでは済まない代物でもある。そんなものの直撃を尻っぺたに喰らったカーラは、当然ながら、怪鳥じみた悲鳴を上げて悶絶し、床の上を転げ回っている。

『ミキ、アウト!』

「ちょっ!ウチ、笑ぅてへんで!?」

 今笑ってなくても、カーラがアウト判定された時、無意識だろうが笑ったのは見逃されなんだよ。ともあれ、因果応報気味にアウト判定を宣告されたミキは、その場にいた突入隊員に拘束された。

「ギャアアアアア!!」

 そして、思いっきり振りかぶった警棒の一撃を受けたミキは、こっちが顔をしかめたくなるような断末魔じみた悲鳴を上げて床に転がる。そして、ふたり揃って床の上で悶絶する彼女らに目もくれず、3人の突入隊員達は待機室から撤収していった。

「アカン、ここ、地獄やわ・・・・・・」

 それからしばらくして、力なく机に突っ伏すミキがポツリとつぶやき、ハナヱさんとカーラのふたりも、憔悴しきった表情を浮かべながら、無言の賛意を示すように沈黙していた。



「おみゃーさん達ー、そろそろ腹減った頃だぎゃー」

「ええ、まあ・・・・・・」

「晩飯の支度が出来とるだで、隊員食堂にいくだぎゃー」

「そら助かるわ、もうごっつ疲れたわ」

「ほんまどすわ、アホらし」

 まだ憎まれ口叩く元気はあるみたいだな、まあ、いいけど。

「・・・・・・なんで、うちのだけお子様ランチなん?」

 食堂において、それぞれ出されたランチメニュー。そして、ドラコが誇る超特急鉄道を丸まっちくデフォルメした食器に盛られた料理を前に、ミキは憮然とした表情を浮かべる。

 きれいな半球形に盛られたピラフの上に立てられた、ノヴァキャット氏族の小旗と、ご丁寧に添えられたおまけの駄玩具が笑いを誘うというか涙を誘うというか。ともあれ、ケイシーもいい仕事をしてくれる。

「・・・・・・ま、まあ、ともあれいただきませんか?」

「・・・・・・せやね」

「ま、ミキはんにはお似合いどすわ」

 ともあれ、空腹には抗えないようで、不毛なやり取りもそれ以上悪化することなく、3人は、黙々と食事を取り始めた。

「・・・・・・・・・?」

 キシヌードルを手繰っていたカーラが、なにやら怪訝な表情を浮かべ始める。そして、ドンブリ・ボウルの底に沈んでいた紙切れを、チョップスティックで器用につまみ上げ、さらに微妙な表情になる。

「どないしたん」

「なんやしらへんけど、ウチのドンブリの中に、紙ッ切れが入ってるんどすわ」

「ウチのにはあらへんがな」

「私もですよ」

 ミキとハナヱさんは、自分の食事の中身を確認して、不審そうな表情を向ける。

「なんや『お代わりは遠慮するな』とか書いてありますえ」

「・・・・・・なら、したらよろしいやん」

「ですよね」

「別に、これで十分どすわ」

「まぁ、アンタがそれでええんなら、ええんとちゃう」

 なんと言うか、淡々とした会話が続くが、3人とも、相当警戒している様子だ。だが、均衡と言うものは、意識すればするほど容易く崩壊するものだ。

「あ」

 ハナヱさんがチョップスティックでつまんだテバサキフライが滑り落ち、ドンブリ・ボウルのふちに弾かれると、トレイの上をリズミカルに転がった。

「プ」

「フフッ」

 今のどこが笑いどころなのかさっぱりなんだが、ハシが転がってもと言うか、テバサキフライが転がっても可笑しい年頃なんだろうか。

「ミキ、アウト!カーラ、アウト!」

「ああもう!なにしてんねやハナヱはん!!」

「別に何もしてないじゃないですか!」

「なんでこうなるんどすか!!」

 そうこうしている間にも、いつの間にか突入してきた突入隊員達は、居並ぶ長テーブルや椅子をものともせず、一瞬でふたりの背後に駆け寄り制圧する。もう見慣れた光景ではあるが、何度見ても、突入から制圧までの流れはなかなかのものだ。

「だあ!?」

「あはあ!?」

 ふたりの尻を警棒で引っぱたき終わると、突入隊員達は椅子ひとつ蹴散らすことなく、食堂から消え去り、ミキとカーラは苦悶の表情を浮かべながら席に戻る。

「ごっつ痛いわ・・・・・・」

「食事くらいゆっくり食べられへんのやろか」

 まあ、気持ちはわかるが仕方ない。そういうルールなんだから。



 さて、そろそろ彼女達の肉体的・精神的疲労もピークに達しようとしている頃だろう。とりあえず、スルカイとは言え24時間勤務と言う建前上、休憩にあたる仮眠時間は用意されている。と、いう訳だからして。

「おみゃーさんたちー、お疲れさんだぎゃー。休憩の時間だで、休むとえーだぎゃー」

 休憩交代の時間と言うことで、俺は3人を仮眠室に案内する。そして、予想通りというか、彼女達は、仮眠室の2段ベッドを毛布や枕、はしごに至るまで隅々まで点検している。どこかに仕掛けが無いか、相当警戒しているようだ。

「交代時間にならんでも、なんかあったら起こされてまうだでー、寝れる時に寝とくでよー?ほいじゃーなー」

「は、はい」

「ごっつ疲れたわ」

「まったく、アホらし」

 本当に相変わらずな反応だが、まあ、休める時に休めというのは、俺個人としちゃ嘘偽らざる見解だ。と言うわけで、前言を翻すようでちとアレだが、まだ30分もたっていないが、3人を起こしに行こう。素直に仮眠の時間をもらえるほど、このスルカイ、ぬるくは無い。

「おーい、おみゃーさんたち、今すぐ起きるでよー」

 真っ暗な仮眠室の中に向かって声をかけると、すぐにもそもそと起き出す気配が伝わってくる。さすが、この辺は一般人とは作りが違う。

「寝てるとこすまんけどよー、これから、預言者が神託の儀を始めるとこだで、見学させてもらいにいくだぎゃー」

「こんな時間にでっか?」

「こんな時間だからだぎゃー、ほれ、はよ来るだぎゃー」

 寝入りばなを起こされて、ぶつくさ言いながら歩く3人を連れて、俺は祈祷の間へと彼女らを案内する。

「預言者っちゅーモンはなー、こういった深夜の静かな時がいっちゃん集中できるんだぎゃー」

「へー、そうなんでっか」

「そりゃ、ご苦労さんなことどすなあ」

 気持ちはわからんでもないが、不満が結構露骨になってきたな。それはともかく、祈祷の間に着くと、果たして、その入り口を部外者から守るかのように、扉の前に立つひとりの戦士の姿があった。

「アストラ、ご苦労さんだぎゃー。預言者の神託の儀、こいつら3人に見学させたいんだけどもが、えーかね?」

「今、エンディングだ、静かにしてくれ」

 アストラは、携帯ゲーム機の画面を真剣な表情で見据えながら、こちらも見ずに答える。

「入りたければ入るがいい、戦士ディオーネは、中にいる」

「すまんの、そんなら、おみゃーさん達、中に入るでよー」

「は、はい」

 ゲームに夢中になっているアストラに、怪訝な表情を浮かべている3人を促し、いよいよ祈祷の間へ足を踏み入れる。

「なんや、あの人、携帯ゲームしとったけど」

「どうなってますのん」

 耐え切った、というよりも、かえって突き抜け過ぎて笑えなかったようだ。ともあれ、行く先々で必ずブッ叩かれることを目的としているわけじゃないから、これはこれで、その旨をよしとする。と言った具合だ。それはともかく。

「おみゃーさんたちー、祈祷の間では静かにするでよー?本当ならー、瞑想の最中に中に入るのは許されてねーだでなー」

「わ、わかりました」

「そんなら、無理して入らんでもよろしいやん」

「ほんまどすわ」

「たーけ、おみゃー達、何しにここに来とるかわかっとんのきゃー?視法の見学はノヴァキャットの精神を学ぶ上で、ぜってーに外せないんだでよー。だからが、特別に許可してもらったんだぎゃー」

「さいでっか」

「なんでもええどすわ」

 気持ち不貞腐れた反応だが、まあ、別にいいさな。

「失礼します、戦士ディオーネ。見学を希望する3人をお連れしました」

「ん、ご苦労さん」

「なんでここだけ敬語やねんな・・・・・・ブフッ!」

「ちょっ・・・・・・!」

「フフハッ!」

 果たして、祈祷の間に据えられた護摩壇。その赤々と燃える火の前に座る、うちのクラスター的には、ある意味由緒正しい装束に身を包んだ預言者の姿に、3人は思わず吹き出してしまっていた。

『ミキ、アウト!ハナヱ、アウト!カーラ、アウト!』

「なんであんなフリフリやねんな!?おかしいやろあんなん!!」

「あれ絶対笑かそしてはりますやろ!なんで耳と尻尾なんどすか!?」

「でも、意外と似合って・・・・・・」

 残念だが、アレは先代預言者が着用していた、由緒正しい装束だ。決して、笑わそうとしてるとかそんな目的で存在している衣装なんかじゃない、多分。ともあれ、瞬時に突入してきた隊員達によって、3人は、口々に抗議の声を上げながら表へ引きずり出されていく。

「あ痛っっ!!」

「アダァッタタタッッ!!」

「ツァ!!」

 先代預言者の装束は、やはり威力満点だったな。しかしまあ、よく借りられたもんだ。っていうか、このクラスターが遷都戦役を経験しているのに、いちいち現存していたこと自体が驚きだ。

「それじゃー、見学さしてもらうだでー、静かになー」

「わかっとりますわ、何べんいいはるんどすか」

「あ〜・・・痛い痛い痛い〜・・・・・・」

「なんか、右の太ももがぴりぴりするんですけど・・・・・・」

 口々にぶつくさこぼしながらも、3人は、瞑想するディオーネの背中を見る位置で座る。しかし、猫の耳を模したヘッドドレスにぶら下がっている大きな鈴が、時折カランコロンと呑気な音を立てるのを、3人は神妙、というか、どうにも形容できない微妙な表情で見守っている。ハナヱさんに至っては、今にも泣き出しそうな顔をしているが、多分、必死に笑いをこらえているんじゃないかと思われる。

「預言者はな、自分のポーチにしまってあるヴィナーな、つまり戦利品を炊いて、供物にするんだぎゃ」

 俺がそう説明するそばで、ディオーネは、ポーチの中からでかいスルメを取り出すと、それを護摩壇の火にくべた。

「ちょっとあれ、なんなんどすか」

「・・・・・・あれが戦利品・・・なんですか?」

「スルメ焼いてるようにしか見ぃひんがな」

 そうこう言っているうちに、辺りはスルメの芳ばしい香りに包まれ、そして、ディオーネは、程よく丸まったスルメを火から取り出した。

「おっちっち・・・・・・!」

 余熱も冷め切らないスルメを、ディオーネは四苦八苦しながら、それを両手の上で器用に転がし始める。そして、御神酒の瓶を一口あおりながらスルメを裂き、もちもちと噛み始めた。

「瞑想っちゅうか、晩酌どすな」

「プッ・・・・・・」

「ちょっと・・・・・・」

 さも当然のように祈祷を続けているディオーネに、ミキの肩が震え、ハナヱさんが呆れた表情を見せた。

『ミキ、アウト!ハナヱ、アウト!』

「もー!しやからアカンてああいうの!!」

「ええー!?ええー!!わたし、我慢したじゃないですかー!?あっ、ちょっ、ちょっと!?」

 憤慨と狼狽の声もそこそこに、ミキとハナヱさんのふたりは、突入隊員に取り押さえられ祈祷の間から引きずり出されていく。

「ッツアッッ!!」

「ギャボッッ!!」

 扉の向こうから、尻を叩かれる音と悲鳴が聞こえ、ややああって、顔をゆがめたふたりが戻ってくる。

「なにしてはるんどすか、あんたら」

「やかましいわ、ボケ」

「いたたたた・・・・・・」

 涼しい顔でカーラが皮肉を飛ばしたその時、静まり返った祈祷の間の中に、不意を突くかのように放屁の音が響く。そして、3人が怪訝な表情でお互いの顔を見合せたその瞬間、もう1発、今度は、ご丁寧に尻を傾けて軽快な音を鳴らした。

「プフッッ・・・・・・!」

「ククッッ・・・・・・」

「あきまへんやろ、それ・・・・・・」

『ハナヱ、アウト!ミキ、アウト!カーラ、アウト!』

「もー!ディオーネさんっっ!!」

「汚いやろそんなん!ありえへんやろ!!」

「なんでうちなんどすか!うち、笑ってまへんえ!?」

 当然と言えば当然だが、口々に抗議と不満の声を上げる彼女達。だが、やはり現れた突入隊員に有無を言わさず拘束され、引きずり出されるように連行されていく。

「あ痛たっ!!」

「ヒギィッッ!!」

「アッ――!!」

 そして響く3人分の打撃音と悲鳴、なんというか、3人とも、そろそろ体力的なものはともかく、精神的に厳しくなっているはずだ。どうにも、笑いの沸点が低くなっているような気がする。

 ともあれがんばれ、夜が明けたら終わりも近い。まだ6時間以上あるけど。



「なあ」

「なんどすか」

「うちら、なんでこないなことになってんねんやろな」

「それは、イオ司令のパーティーで暴れたからじゃないですか」

「やっぱ、そうやろか?」

「やっぱ、じゃなくて、そうなんですよ」

「そういや、もう朝どすなぁ」

「なんや、だべっとったらもうそんな時間かいな」

「疲れましたね」

「疲れたとか、そないなもん突き抜けとるがな」

「あ〜・・・もうイヤや〜・・・帰りたい〜・・・・・・」

 白み始めた空が次第に明るくなり、朝の光が3人のいる待機室に差し込む。しかし、彼女達の表情は、爽やかな朝の時間に不釣合いなくらい、重く曇りきっている。

「おはようさん、おみゃーたちー」

「あ、おはようございます、クルツさん」

「なんやこう、ぐっすり寝ましたみたいな顔してまんな」

「朝っぱらから、今度はなんどすか」

「おみゃー達ー、24時間の研修勤務、よーがんばったのー。これで、おみゃーさんらも、ノヴァキャットのなんたるかっちゅーもんを、よーわかっただぎゃー?」

「は、はい・・・・・・」

「よぅわかったちゅうか、無茶苦茶やがな」

「これから、朝の点呼があるだで、それが終わったら、このスルカイも終わりだぎゃー。どーだで、嬉しいだぎゃー?」

「ええ、まあ・・・・・・」

「そんなら、とっとと支度して、隊庭に集まるだぎゃー。遅れたら、笑ぅてなくても、ケツバットだでねー」

「なにはともあれ、コレをしのいだら終わりっちゅうことやね」

「そうなんでしょうけど、気をつけていかないと・・・・・・」

「そやね、ハナヱはんの言うとおり、気ぃ引き締めて行きますえ」



 朝の点呼のため、隊庭に整列する隊員達の最前列にして列外に並ぶ3人組は、傍から見ていてもなんとも言えない表情をしぼり出している。

 ハナヱさんは例の今にも泣きそうな顔をしているし、ミキは苦虫を口いっぱいほおばってなおかつ全力で噛み潰したような顔をしている。カーラにいたっては、視線が泳いでいるとかそれ以前に、目が死んでいる。

 なんていうか、何が目の前で起こっても、笑いをこらえる気満々といった具合だ。まあ、気持ちはわからなくもないがちと頑張り過ぎだ。ともあれ、そうこうしている間にも、指揮台に上がったイオ司令の訓辞が始まり、彼女の言葉を聞き漏らすまいとするかのように、隊庭は水をうつように静まりかえる。

「・・・・・・人間である以上、不完全であるのは当然のことである。しかし、肉体的な不足も、精神的な不足も、補う為に与えられたもの。だからこそ、我々は自らを鍛え、律し、その心身をよりよきものへと磨くのである」

 とつとつと続くイオ司令の言葉は、訓示というよりもむしろ、今回、ある意味容赦のないスルカイを受けることになった3人に向けた言葉のように聞こえる。

「しかし、なぜ我々は、己の肉体を、技を、精神を鍛えるのか。日々の鍛錬の前にまず、その意味を考えなければならない」

 イオ司令は、今一度言葉を区切ると、隊庭に整列する全員を見渡すように視線を巡らせた。

「我々戦士は、ただ強くあればいいのではない、敵を打ち負かす力があればいいのではない。我々の力と技と精神は、数多の人々の規範とならなければならない。なぜならば、我々は、恐怖を与えるためだけの存在ではない。かつて、恐怖のみを与え続けてきた同胞が存在した。しかし、彼らの末路は、諸君らの知るとおりである」

 イオ司令が敢えて口にした禁忌に、その場の空気が瞬時に張り詰めたものに変わる。

「なればこそ、我々は、力と技以上に、己を制し得る精神力を備えなければならない。揺ぎ無い力は、それを律する高潔な精神があってこそ、初めて、敵にも、そうでない者達にも、畏怖と畏敬を持って迎えられるのである。

 私は、ここにいる全員に、心技体欠けることなく、不足することなく、鍛え、練磨し続けることを、心より希求するものである。以上」

 イオ司令の訓示が終わり、最後の締めというか、段取りと言うか、正味な話、空気をブチ壊しにしちまうようであまり気がすすまないではあるのだが、当初の打ち合わせにおいての決定事項である以上、やらないわけには行かない。とは言っても、そんな大したことじゃないんだけどな。それじゃ、ちと行ってくるわ。

「ちょ・・・・・・」

「クルツさん・・・・・・」

「まだあのカッコしてはったんどすか」

 ふはは、怖かろう。まあ、それはともかく。

「えーと、それじゃー、今回、スルカイの一環として、研修入隊したハナヱ・ボカチンスキー、ミキ、カーラの3名、クラン・ノヴァキャットの精神、しっかり学んだかみゃー?」

 大勢の人間の前で話をするのは慣れてるはずなんだが、どうにもイオ司令のコスプレをしたまんまで、クラスター全員の前に立ち、あまつさえ本人の隣で話をするのは、どうにも居心地が悪い。

「おみゃーさん達、この24時間、よー頑張っただでー、研修任務はこれをもって終了するだぎゃー。けどもが、ゲートをきゅぎゅ・・・くぐるまではスルカイ解除にはならねーだで、最後まで気を抜かんよーに」

 いけねえ、噛んじまった。

「プッ・・・・・・」

「フフッ・・・・・・」

「なんでそこで噛むんどすか・・・・・・」

『ミキ、アウト!ハナヱ、アウト!カーラ、アウト!』

「ああもう!ああもう!何しとんねやクルツはん!!」

 だが、私は謝らない。突入隊員に瞬時に制圧&拘束されるという、もはや当たり前のようになった光景を目の当たりにしつつ、どうにか平静を装いながら、俺は休めの姿勢に戻る。

「痛ったあ!!」

「あがあっ!!」

「いだっっ!!」

 さすが、最後でも内務班突入隊員の皆様方は容赦ない。つむじ風のように撤収していったその後には、激痛に悶絶している3人が残されていた。



 さて、ようやく全課程を修了し、俺は3人をゲートまで送る。今回のスルカイは、割かし長い俺の氏族生活の中でも、1・2を争うほどハードなものだったが、どうにか無事に終わってくれたことに、正直ほっとしている。彼女達も、感情に任せた行動のリスクというものを十分認識してくれただろう。

「それじゃー、おみゃー達ー。イオ司令が話してくれたことを忘れんで、いきなり今から仲良くせえとは言わんけどもが、これからは、瞬間湯沸かし器みてーなマネは慎んで、大人の対応をするよー心がけてなー」

「は、はい・・・・・・」

「まあ、そりゃそうですわな」

「もう十分思い知りましたわ」

「よっしゃ、それじゃー、ゲートくぐりゃスルカイ解除だぎゃー、お疲れさんだでよー」

 そして、俺がその背中を見送るその先で、3人は来たときと同じように、同じタイミングで踏み出すようにゲートをくぐる。なんとも、彼女達もそうだろうが、俺も、やっと肩の荷が下りた気がするよ。それにしてもまあ、3人の顔の晴れ晴れとしていること。

「やっと終わったんやな」

「ホンマ、えらい目に合わされましたわ・・・・・・」

「なんていうか、クラスター総当りでスルカイでしたからね」

「なんていうか、ノヴァキャットというより、司令はんの恐ろしさっちゅうんを身に染みて味あわされた感じやわ」

「ホンマどすな・・・・・・」

「ともあれ、もう心置きなく笑ってええっちゅうことなんやな」

「そうですよね」

「ま、これはこれで、悪くないどすな」

 お互いの肩を並べ合いながら、思いっきり笑っている彼女達の背中を見送りながら、できれば、この時の気持ちをいつまでも忘れずにいてくれたら。なんて、青臭いことを考えてしまう。協調の精神とか、お題目で百回聞かされるよりも、同じ苦労を共に乗り切った経験に勝るものは無いはずだ。

 性格も主義主張も、まったくかみ合うことの無い3人だが、心から共に笑い合える事ができるという、その意味に気付いてくれれば、司令にとっても、嬉しいことに違いないだろう。




ネバー・ラフ24

(終)

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