銀の翼に希望をのせて



「すまん、クルツ。もう、俺の権限では、どうすることもできなかった」

 沈痛な表情で詫びる、スターコーネル・ジョージを前に、俺は、失望よりも、来るべき時が来たということに、諦めとも安堵ともつかない気持ちになった。

 あの日、ジークが空に消えてから、消息の手がかりさえ掴めず、ただ時間だけが過ぎ去っていった。ただひとつ、時間が解決してくれたのは、彼女の愛機、ワルキューレの修復が終わったことだけだ。

「ワルキューレと・・・ジークの私物は、どうなりますか」

「スターコマンダー・ジークルーネはMIAとして、正式に処理がなされた。彼女の私物は、その処遇に基づいた処置がなされる。

 ワルキューレに関しては、本来ギャラクシーの機材として、次の搭乗員を選定するところなのだが、誰もあれを乗りこなせる奴がおらん。いや、乗りこなす以前に、誰も乗りたがろうとせん。

 無理もない、LAM、あれは我々氏族には相容れないものだ。たとえ、使いこなせれば戦局を変えられる力をもつとは言え、だ」

 スターコーネル・ジョージの率直な言葉に、俺はただそれを黙って聞くしかなかった。彼の言うことは間違ってはいない、理屈ではわかっていても、感情は別物であるだけに、辛い。

「ワルキューレは、ギャラクシー直属の戦技研ラボにおいて、モスボール処理を施されることになった。現在、その手続きが進んでいる。ラボへは、貴様の功績も報告した。後日、しかるべき褒賞が検討される。すまないが、我々ができることは、これだけだ」

「いえ、スターコーネル・ジョージ。身に余る御配慮、感謝いたします」

「すまんな、そう言ってくれると、楽になる」

 微かに表情を和らげるスターコーネル・ジョージに、俺は、ただうなずくしかできない。彼には彼の立場がある、ジークのことは、もう、割り切るしかないのだろう。

「ジーク・・・・・・」

 俺の横で、心底落胆するようにうつむくリオ。そのポーチの中には、いつものように、『おそなえ』の菓子を目一杯詰め込んでいた。いつか必ず還ってくることを信じて、そして、その時は、精一杯の気持ちで迎えるために。しかし、それも、今この瞬間、無意味なものになってしまった。

「仕方ない、スターコーネルも精一杯やってくれたんだ。さあ、邪魔にならないうちに帰ろう。街に寄って何か食べていこう、な」

「うん・・・・・・」

 肩を落としながらうなずくリオに、俺はなんともいえない気分になる。頭のどこかでは覚悟していても、やはり、現実を突きつけられるのは辛い。しかし、俺達に出来る事はもう何も無い。それも厳然とした事実と言う事に、少しの違いも無い。

「あ、ジョージはん、こないところにおったんですか。いや〜、探しましたで〜」

 その時不意に、何の前触れもなく響いた朗らかな声。それが誰かと確かめるまでも無い。神出鬼没の宇宙商人、ミキ・ナガサワ女史だ。

「いやいや、取引が思った以上にてこずりまして、遅ぅなってしまいましたわ。いやはや、間に合ぅて、ほんま良かったですわ」

「お前は・・・確か、ダイヤモンドシャークの・・・・・・」

「はいな、ワルキューレ御買い上げの時は、ごっつお世話になりました」

「今日はどのような用向きだ?あいにくだが、今日は商談の時間は無い」

「そないなことおっしゃらんで、お話だけでも聞いてもらえまへん?」

「話が聞こえなかったか?ミキ・ナガサワ」

「ランドエアメック・ワルキューレ、うちらが引き取らせてもらいましょ。代わりに、ヤガタイ二機と交換させていただきますわ。もちろん、ピカピカの新品でっせ。どないでっしゃろ?」

「なに・・・・・・!?」

「どうせ使いもせんで物置の番をさせとくんなら、即戦力と交換した方がお得や思いますねん。ギャラクシーの方には、もうお話は通してありますによって。後は、司令はんのサインをもらえたら、あのヤガタイ、司令はん達のもんですわ」

 得意満面な表情で、空を見上げたミキの視線の先で、青空に滲み出るように二つの機影が浮かび上がったかと思うや、かすかなエンジン音は次第に轟音となり、ロービジ塗装も精悍な二機のヤガタイ重気圏戦闘機が、戦技研アグレッサーも顔負けなペア・アプローチをきめ、見事なランディングを披露した。

「いや〜、さすがうちの社員、ええ仕事してまんな〜。・・・・・・ま、それはそうと、どないでっしゃろ、悪い話やないと思いまっせ?」

「う・・・む・・・・・・」

 さすがミキ、魅力的な条件を現実に提示して、相手に反撃の隙を与えない、あざとい演出は右に出るものがいないな。しかも、あらかじめ外堀まで埋めてあるときた。

「どないです、司令はん?」

「・・・・・・わかった、断る理由はない」

「毎度おおきに!今後ともよろしゅうに〜」

 スターコーネル・ジョージの承諾の言葉に、ミキはまるでドラコの商人のような腰の低さで揉み手しつつ、満面の笑みで書類を手渡している。なんとも、商談が成立した後も、相手の自尊心をくすぐるというワンポイントも忘れなていない。

「あ、それと、スターコマンダー・ジークルーネの私物は、うちが身元引き受けっちゅうことで、全部引き取りまっさかい、手続きの方、よろしく頼んますわ」

「了解した、すぐに書類をまわそう」

「重ね重ねおおきに、司令はん」

 ワルキューレとジークの私物を引き取ることになったミキは、どこか安堵にも似た微笑を浮かべていた。こうして、モスボール寸前だったワルキューレは、ミキが言うところの『アフターサービス』によって、再び彼女の所に引き取られることになった。そして、ヤガタイを空輸してきたパイロット達によって、ハンガーから搬出の準備をされているワルキューレは、束の間の居場所だった航空団を去ろうとしている。

「・・・・・・なあ、クルツ。もう、帰ろう」

 唇を噛みながら、うつむいたままのリオは、俺の袖を引っ張りながら声を絞り出す。

「いいのか、ワルキューレの飛ぶ所、見ていかなくて」

「ええけん、別に」

「そうか」

 気持ちはわからなくもない。俺自身、ジーク以外の手によって飛ぶワルキューレの姿を見るのが、なぜか辛かった。他の人間の手で飛ぶ姿を見てしまったら、アイツの死を認めるように思えた。多分、リオも同じ気持ちなのかもしれない。だから、リオは、敢えて現実を直視することを拒否したんだろう。

 確かに、俺の考え過ぎと言われればそれまでだろう。それに、ひとりの機械屋として、ワルキューレが再び空を舞う姿を見たくない、と言ったら嘘になる。だが、ワルキューレのレストアは、俺だけじゃなく、リオも手伝ってくれた。

 当然、雑用だったわけだが、それとて立派な仕事だ。いつかワルキューレが空を舞う日を信じた気持ちに何の違いも無い。ワルキューレが再び飛ぶ時、それは、その主が帰ってくる。そう言うことのはずだった。

 子供じゃあるまいし、薄っぺらい感傷かもしれない。けど、リオも俺も、どこかでそれを願っていた。だから、ワルキューレを直した。それが無駄なことだったとは思いたくない。

「それじゃ、帰るか」

「・・・・・・・・・・・・うん」

 もう、これ以上ここに居ても仕方ない。ワルキューレが離陸する前に、ここを離れよう。そう思い、その場を立ち去ろうとしたとき、ミキが声をかけてきた。

「なぁ、クルツはん、リオちゃん。これからどないするのん?」

「いや・・・どうするっていうか、もう帰るんだが・・・・・・」

「なら、帰り、ご一緒しまへん?久しぶりなんやし。あ、せや、お昼御飯、まだでっしゃろ?」

「ああ、そうだが・・・・・・」

「なら、ウチがおごりまっさかい。さ、いきまひょ、リオちゃん、クルツはん」

 なんて言うか、俺達が返事をする前に、なんか立派な車に押し込められた。にしてもまあ、会うごとにお金持ちになっていきますな。まあ、商売繁盛しているみたいで、なによりなことで。




「いただきます!」

「はいな、お腹一杯食べるんやで、リオちゃん」

「うん!おおきに、ミキ姉ちゃん!!」

「・・・・・・しかし、まさかLAMを引き取りに来るとは思わなかったぞ。それにしても、ヤガタイ二機なんて、随分思い切ったな」

「アフターケアもご安心してお任せください、が、うちらのモットーですねん。それに、ワルキューレは貴重なデータの塊なんですわ。せやけど、氏族じゃどうせロクな扱いもされへんですし、埃かぶらして眠らしとくくらいなら、いっそうちが引き取った方がマシってもんですわ」

「そうか・・・・・・」

「それに、ワルキューレには、あの子の思いがようさんつまっとるんや。それと、それを元通りに直して見せたクルツはんの思いもな。まったく、妬ける話やないの、クルツはん?」

「い・・・いや、俺は何もそんなつもりで・・・・・・」

「冗談や、クルツはん。半分だけ、な」

 子供のように大きな目を転がせて、いたずらっぽく笑っていたミキだったが、ふと、その瞳に翳りがさす。

「そんなら、ヤガタイ2機ばっかり、安いもんや。それに、あのソリッドモデル達にしたって、みんなあの子の思いが詰まっとる。それを、あっさりゴミ捨て場行きなんて、あんまりやろ?」

「そうだな」

 やはり、同じ気圏戦闘気乗りとして、感じるところがあるのだろう。ジークは、ミキに対して、マイナスワン以降の身分であっても、『バビロンの紅狐』と呼び、慕い敬っていた。そして、ミキも、そんなジークに対して、良き先達として接していた。

「状況的にしゃあないとは言ぅても、ウチも、あの子を、そう簡単にお陀仏扱いして欲しゅうないんや」

「そうか・・・・・・」

「ま、ウチもいい加減あの子呼ばわりしとるけど、スターコマンダー・ジークルーネ・タスタス、誰にも恥じることの無い戦士や。せやから、うちもそれに応えさせてもろうた。ま、そんなとこですねん。なんや、ガラでもないこと言ぅてますけどな」

「そんなことないだろ、お前は立派だよ。戦士としても、商人としても」

「なんか、クルツはんにそう言われると、嬉しいわぁ。で、嬉しいついでに、お話、聞いてもらえまへん?」

 ふむ、やっぱりそう言う流れになるか。

「また何か、新しい分野でも開拓したのか?」

「あらま、随分冷静やね?」

「さすがに、この辺まで来るとな」

「なんや、前までは『男の純情を〜』とか言ぅて悔しがってた頃の方が、ウチ的にはおもろかったけどなぁ」

「言ってないだろ、そんなこと」

「顔にバッチシ書いてありましたがな」

「あのな」

「ま、ええですわ。これからは、もちっと切り口を工夫してみまっさかい」

 ・・・・・・なんかコイツ、本当に俺をおちょくるのが好きだな。まあ、いいけど。

「クルツはん、ビンテージもんの乗り物とか、興味あります?」

「ビンテージ・・・・・・まあ、ないこともないが、モノにもよるわな」

「さいでっか、でな、カタログとか持ってきたんやけど、見てもらえへん?」

 そう言うと、ミキはテーブルの上に、いくつかの冊子を並べ始めた。しかし、カタログというより、それそのものが一冊分の雑誌並はある。何事かと思って一冊手に取ってみると、なにやら大昔の兵器。銃火器とか軍装品、はてまた飛行機なんて大層なものもある。

「でな、うち、『復刻堂』っちゅうブランドで、昔の乗り物とかを売り出してますねん」

「復刻堂って・・・・・・しかし、こんな大昔の奴、復現するにしても、よく資料があったな」

「ま、蛇の道は蛇、資料なら、あるとこにはあるもんでっさかい、それらをちょちょいと分けてもろたんですわ」

「あるとこにはって・・・・・・まさか、お前・・・・・・」

「ま、言わぬが花。世の中、そう言うこともありまっさかい。な、クルツはん」

「あ・・・ああ・・・・・・」

 言わぬが花・・・・・・ねえ、それにしてもまあ、なんでもかんでも商売にしちまうな、このお姉さんは。ちとばかし笑顔が怪しかったがな。

「なんでもかんでもいいまっけど、ドラコじゃ結構売れてまんよ?特に、レシプロ機とかは、レプリカやっちゅうても、琴線にふれるもんがあるみたいでっせ」

「なるほどな・・・・・・とは言ったって、確か一千年も前のクラシックプレーンだろ?知名度とか大丈夫なのか」

「それは、プロモの仕方次第ですわ。企画もそうやけど、マーケティングやリサーチ繰り返して、足場固めた上でのスタートやしね」

 アイスティーのストローを含みながら、ミキは眼鏡の奥の大きな目に、楽しそうな笑みをうかべている。

「まあ、復刻っちゅうても、何から何まで当時のまんまっちゅうわけやおまへんけどな。うっとこは、お客さんの安全第一。まあ、よくでけたレプリカっちゅう塩梅にわりきっとりまっさかい」

「なるほど」

「でな、クルツはん。せっかくやから、一機買うてくれまへん?」

「はぁ!?」

 いきなりなんてこと言い出しますか、この人は。

「冗談じゃない、無理だ」

「そないいけずなこと言わへんと、うちとクルツはんの仲やないの」

「ミーの身分を忘れてないザマスかぁ、ミキさぁん?ボンズマンが自家用飛行機を持つなぁんて、そんな真似できるわけなぁいザマしょ、OK?」

「なんや、ドえらいイヤミ効いた言い方やね」

「それはともかくだな、こればっかりはさすがに無理だ。第一、置き場所も無い」

「そないなこと言わへんと」

「言っても言わなくてもね、無理なもんは無理なんだ」

 まったく、家電製品や日用雑貨じゃあるまいし、飛行機買えとか言われて、はいそうですかとご購入できるわけが無い。ヨドブリッジやヒュージカメラで買い物してるんじゃないんだ。あまり面白いこと言って下さんな。

「む〜ん・・・・・・そんなら、見るだけでもええでっさかい、ほら、せっかくカタログももってきたんやし」

「あのな・・・・・・」

「クルツ、ご飯もおごってもろうたけん、見るくらい、ええんじゃないかのう」

 またコイツは・・・・・・狙ってるのか天然なのか知らんが、どうしてこうも的確なタイミングで援護射撃などしやがりますか。

「リオ、お前、飛行機とか興味あるのか?」

「それはようわからんけど、ミキ姉ちゃんだって、きっとクルツが喜ぶ思ぅたから持って来たんじゃろ?じゃったら、見てあげるくらい、してもええと思うけん」

 こいつめ・・・・・・・・・。

 見ると、ミキはしてやったりと言った様子で、眼鏡の向こうの大きな目を輝かせているし、リオは自分の顔ほどもあるデカいハンバーグを頬張りながら、とことん純粋な表情で見上げている。

 ・・・・・・わかった、俺の負けだよ。

「それじゃ、そいつを見せてくれ」

「はいな!おおきに」

 流れに盛大に押し流される形で、ミキから図鑑みたいなカタログを受け取ると、パラパラとページをめくってみる。当然ながら、知っている機体はどれひとつとしてない。・・・・・・いや、あった。

 我ながらよく覚えていたと思うところだが、見覚えのある機体の写真に、ページをめくる指が止まった。そう、これは確か、ジークの部屋で見た、あいつが一番お気に入りだと言っていた大昔の戦闘機だ。

「それ、ゼロ戦やね」

「ゼロセン?」

 ミツビシA6M5−Aって言うんじゃじゃなかったのか?これは。

「せやから、TYPE−0やからゼロ戦呼ばれてたんよ。そない制式名称で覚えとる方がマニアックでっせ?」

「むう・・・・・・」

 いや・・・・・・ネームプレートにそう書いてあったから、そう覚えていたんだけどな。

「まあいいや、それじゃ、こいつのカタログブック見してくれ」

「はいな」




 そんなこんなで、ゼロ戦とやらのカタログを拝見することになったわけなんだが、これがどうして、これも一冊がヒストリーブックみたいな有様になっている。平たく言えば、エラい読み応えだ。

「かなり手堅く考証固めしてあるみたいだな、これは、歴史的な技術資料としても価値があるかもな」

「はいな、それも狙いですによって」

「なるほどな、しかし、お前。このままの仕様で、本当に売り出してんのか・・・・・・?」

 その辺りは、ミキ自身想定内の質問だったようで、すぐさま答えが返ってきた。

「さっきも言ぅたけけど、さすがにそれはあらへんよ。質感とかは極力再現してまっけど、今時、ジェラルミンもあらしまへんやろ?それに、オリジナルのコードやガスケットまで馬鹿正直に再現しはったら、それこそ、命がいくつあっても足らへん代物になってしまいまっさかいな」

 確かに、改めて解説書に目を通してみると、こいつのコード類は、ビニール被覆ではなく、なんと、紙を巻いた上に塗料を塗り重ねて固めただけ。おまけに、ガスケットまで紙で出来ていると言う、冗談のような代物だ。

 当時のニホンと言う国が、資源も設備も満足になかったと言う背景を知らなければ、よほどの素人か、あるいは悪意をこめて作ったとしか思えない逸品だ。

「あまり逸脱はでけへんけど、そこはそれ。さっきも言ぅたけど、馬鹿正直にオリジナルまんまにして、お客はんにもしものことがあったら、それこそ顔向けでけへんことになりまっさかい。構造は忠実でも、材料とかは今時のモンを使わせてもろうとりますわ」

「なるほどな・・・チタン合金系やカーボン材か・・・・・・まあ、確かにこれなら、オリジナルでよくあったフラッターとかは、まず起こらないだろうな。なにしろ、強度が別モンだ」

「だっしょ?これは、言うてみれば高級なオモチャやさかい。オモチャで怪我したり、ましてや死んだりなんて、誰もご免でっしゃろ。しやから、こういう仕様になったんですわ」

「まあ、妥当な判断だな」

 しかし、見れば見るほど、物凄い設計としか言いようが無い。正面装備たる主力戦闘機のはずなのに、ダメージコントロールシステムや防御装甲はすがすがしいまでに皆無。徹底的に軽量化を施され、機動性能を追及した機体、と言えば聞こえはいい。しかし、フレーム材は肉抜き穴だらけのスカスカ、外板は手を切りそうなくらいペラペラ。

 こんなありさまじゃ、敵の弾が当たる前に、少しでも気合入れて飛んだが最後、バラバラに吹っ飛んでしまいかねない。平たく言えば、自滅だ。

 確かに、千馬力も無い非力なエンジンを積んだ状態で、ネット値は稼げるかもしれないが、これでは、速度を出せば出すほど危険な状態になる。ましてや、急降下なんてもっての他だ。たちまち翼の外板に皺がより、文字通りはばたき始めたが最後、空中分解はほぼ確実だ。

「・・・・・・しかし、よくもまあ、こんな紙飛行機みたいな戦闘機で戦争しようなんて考えたもんだよなぁ・・・・・・」

「そうはいいまっけど、知恵と工夫の限りを尽くしたんとも言えるんちゃいます?」

「まあ、それは認めるけどな」

 でも、俺だったら、こんな飛行機、絶対乗りたくない。ましてや、殺るか殺られるかでの戦場で、命のやりとりなど全力で見逃して欲しい。作らざるを得なかった、乗らざるを得なかった時代があった、というのは理解できる。でも、こんなのは、いくらなんでもあんまりだ。

 だが、これが当時の到達点、とまでは言わずとも、やれることをやり尽くした結果なのだろう。ミキが持ってきたカタログに載っていた、たとえば、当時の他国の飛行機と見比べれば、冗談としか思えないくらいの差が存在している。けれども、これがあの時の精一杯だった。がんじがらめの制約をかいくぐり、限界まで知恵を振り絞った結果だった。同じ機械屋として、見ればそれくらいはわかる。

「しやからね、中には、この子捕まえて、どうしようもない三流品や言ぅてコキおろすのもおるんよ。チャッターウェブとかでネガティブキャンペーンやらかしたり、ホンマ、ごっつウザい連中ですわ」

「だろうな」

 人気があればあるほど、それと同じくらい、いや、それ以上に根性の悪いアンチも存在するであろうことは事実だ。スペックに対する冷静かつ合理的な解釈かもしれない、単純に人気があるものに一言物申さないと気が済まないという、難儀な思考回路の持ち主なのかもしれない。

 後の世の人間が、三流品だの欠陥品だのと言い捨てたりするのは簡単だ。しかし、持てるもの、持たざるもの、当時の体制、思想、精神。それらの事情を一切合財ひっくるめて、こいつは生まれた、作られた。それだけは、動かしようの無い事実だ。

 機械屋なんて仕事をしていたら、その時その時の限界ってやつは嫌でもわかる。そして、軍用・民生の区別なく、機械というのは、その時、その時点で存在し、そして与えられた力を示す。それ以上でもそれ以下でもない。それが機械というものだ。だからこそ、なおさらだ。

 どちらにしろ、彼等が『生きた』時代をともにしたことも無い、ましてや、乗ったことも触れたことも無いようなものを、他人が書き残した資料をかき集め、さも自分の足と目を使って分析したかのようにこき下ろす、まるで後出しジャンケンのようなマネをして、得意になっている奴らは、もはや理解の埒外だ。

 

 それはなにも、そういった連中だけに限らない。一方で『悲運の名機』とかいう、耳ざわりのいい言葉で現実に背を向けるような往生際の悪い考え方もどうかと思う。

 ファンだろうがアンチだろうが、己の気分のいいように解釈するなんてことは、機械に対する無礼の最たるものだ。俺は、そう思っている。だが、ほんの数十年前まで、チョンマゲを結い、鎧兜で武装していた軍隊が、当時の技術大国の向こうをはり、これだけのものを作り上げた。それだけは、確かに賞賛に値することだろう

「気に入ってくれましてん?クルツはん」

「ん?ああ、まあな・・・・・・」

 あらやだ、読みふけっていたと思われたかしら。

「実はな、ウチ、クルツはんに乗って欲しくて、この子を紹介したんや」

「む・・・・・・?」

 さて、それはどういうことか。

「今日のこと、間が悪かったんか良かったんかわからへんけど、結果的には、クルツはんからワルキューレやいろんなモンを取り上げてしまったようなもんや」

「いや、そんなことはないぞ」

 ミキはそう言うが、あの時、ミキが自腹で換えの戦闘機を用意して引き取りに来てくれなければ、ワルキューレは樹脂コーティングされ、いつ目覚めるとも知れない戦技研ラボの倉庫送り。そして、ジークの私物は全て廃棄処分されていただろう。俺達が感謝することはあっても、不満を向けるなんてどう転んだってあり得ない。

「せやから、クルツはんには、モニター登録、ちゅうことでお分けしてもええ思ぅてますねん」

「なに・・・・・・?」

 ちょっと奥さん、モニター登録ですって?

「そんならお前、最初からそう言やいいだろうが」

「せやかて、元の値段で買ぅてくれやはったら、お得やないの。ウチが」

「お前ね・・・・・・・・・」

 なんて奴だ、まったくこいつは、骨の髄まで商人だぞ。

「でも、クルツはんに手に入れて欲しかったんは、事実ですねん」

「む〜ん・・・・・・・・・」

「ジークはんが心底惚れた飛行機、この子は、ジークはんの魂そのものや、ウチは、そう思ぅてるんや」

 魂か・・・なんとも、ねぇ・・・・・・・・・。

「わかったよ、そこまで言うなら、ちょっと断る理由は無いしな」

「ほんまに?いっや〜〜おおきに、クルツはん!!」

 なんというか、また流されちまったって気もしないが、この際、そういうのは気にしないことにする。なにより、余人ならいざ知らず、他ならぬミキの言葉がそう言っている。アイツの魂、そして、あいつが見たものを俺も見てみたい。そんな気持ちの方が強かった。

「それじゃ、まあ、そういうことだから。契約の方、ひとつよろしく頼むわ」

「はいな!そいじゃさっそく・・・・・・」

 ミキは、これ以上ないくらい素敵スマイルを浮かべながら、携帯端末を取り出すと早速在庫状況と出荷について指示し始めている。そんな彼女の様子をぼんやり眺めながら、食後のアイスティーをすすったとたん、炸裂するような怒声で、危うくトイメンのミキに茶を吹きかけるところだった。

「なんやて!売り切れたぁ!?」

 あらあら

「そら売れ筋やさかい当然やけど、売れとる間は在庫切らさんよう気ィつけェて!転売屋のハイエナ連中にうちらの商品で儲けさすなて、いつも口すっぱくして言ぅとるやろ!何考えとんねん!あんたらは!!」

 あらあらうふふ

「もっかいよぉ在庫調べなおしてみるんやで!ええね!!」

 なんというか、珍しくかなりエキサイトした様子で携帯端末を怒鳴りつけていたミキは、用件を言い終えて端末をきると、俺達の方を向くなり、けろりとした様子で笑顔を浮かべている。

「いや〜、すんまへんなぁ。なんも問題あらへんさかい、安心しといてぇな」

「そ、そう?」

 今のやり取りで、何も『問題なし』とは到底解釈できないが、本人がそう言うんだから、一応そう言うことにしておく。なんとも、この切り替えの速さというか、底の読めなさ加減はいつ見ても怖い。

「イヤやわぁ、部下にはちょい厳しく、けど仕事はしっかり育てたる。が、うちのモットーですねん」

「ちょい厳しく・・・・・・ねえ、ありゃどっちかってぇと鬼だぞ」

「そんなぁ、うちのどこが鬼ですねん。こないキュートで優しい社長、他にいてへんで?」

「・・・・・・・・・・・・」

「クルツはん、言いたいことあるんやったら、言ぅてええんよ?」

「・・・・・・・・・アンティーク」

「は?」

「ドラゴンモデル・・・・・・鎖が長い奴」

 そう、あれだ。思い出せば出すほどダウナー系にしてくれる、あの悪魔のアンティーク。あれで俺は、一生分の苦痛と屈辱を味合わされたんだ。

「ああ、ブルース君のことでっか。あれがどうかしなはったん?」

「あのな、だいたい、あのせいで俺は一週間、椅子に座るどころか、仰向けで眠ることもできなかったんだぞ。っていうか、名前がついてたのか」

「なに言ぅてますのん、そもそも、あん時は完全にクルツはんが悪いんやないの。乙女の純情踏みにじっといて、よぉいいますわ」

「だからってケツヌンチャク百叩きは無いだろ、せつなさ炸裂だったんだぞ」

「愛の鞭ですわ、あの一発一発に、うちの愛と哀しみがこもってますねん。それにうち、百回もしばいてまへんで」

「・・・・・・そういうことにしておくよ」

 もうだめだ、口じゃこいつに勝てない。それと、さっきからリオが静かだと思ったら、今度はこの店自慢のスペシャルメニュー、特大チャールズへストンパフェと格闘中だ。見ていると、苦戦している様子はまったくなく、いたって順調に飲み込まれていく。さっき、あんなにデカいハンバーグステーキを喰ったばかりで、まったくこいつの胃袋はどうなってんのかね。

「ミキ、なんか鳴ってるぞ。お前さんの部下から連絡なんじゃないのか?」

「あら、ホンマや。おおきに、クルツはん」

 ショルダーバッグの中にしまった携帯端末を再度取り出しているミキの、妙に几帳面な一面に感心する。どうせまたかかってくるんだから、出しときゃいいのにと思わなくも無いが、そこはそれ、商人として、商売道具の扱いは適正に、ということなんだろうか。まあ、もとは軍人・・・いやさ一線級の戦士だったわけだから、通信機をぞんざいに扱うという発想は、そもそもないんだろう。まあ、当たり前のことなんだが。

「なぁんやてぇ!?」

 着信コールを鳴らした端末を取るなり、とんでもない大声を張り上げた。

「ありませんでしたやすまんやろ!保証用のパーツでもなんでも、なにがなんでも一機分用意して、パッケージングするんや!正規の保証書とマニュアル、付属品一式と購入特典も忘れたらあかんで!?うちら一番の上得意はんのご注文なんや!死ぬ気でやりや!ええね!?」

 いや、なにもそこまで。

「まったく、金剛鮫の未来はどうなっとんねん・・・・・・あ、いや〜〜すんまへんなぁ、どうもお騒がせしましてん、アハハハハ」

「いやいや」

 なんていうか、傍で見ていて怖かったぞ。マジで。

「あの〜〜、クルツはん。ひとつ、ご相談があるんやけど」

「相談?」

「ご注文頂いたゼロ戦のことなんですけど」

「ふむ」

「複座型ゼロ戦の組み立てキットなんていかがでっしゃろ、これやったらすぐにでも納品できますしぃ、なによりモニター価格のさらに半額になりますし、無料サポートもより充実してますねん。クルツはんなら、レシプロ飛行機の組み立てくらい、朝飯前でっしゃろ?」

「そらまあ確かに、やってやれんことはないけどな」

 確かに、見本の説明書に一通り目を通した分には、このレベルの工業製品なら、場所と工具、そしてそれに対応した冶具さえあれば、組み上げるのは何も難しい話じゃない。ただ、なんていうか、この複座型ゼロ戦とやら、なんとなくぼってりした感じだが、プライマリーである機体の二倍近くある大きなキャノピーのせいでそう見えるのかなんなのか。

「えーと、実はこれ、A6M2-K零式練習戦闘機いいまして、元は教練機ですねん。しやさかい、細かいとこがちょびっと違ぉてますねんけど、基本は同じモンと考えてくれて大丈夫ですわ」

「そらまた、随分マニアックなものまでラインナップに入れたもんだな」

「まあ、うちらも冒険やったんやけど、複座っちゅうのがウケたようなんですわ」

「なるほど、レジャー目的としちゃ、うってつけかもな」

 なんか、これはこれで悪くないような気がしてきた。ただ、厳密に言えば、ジークがこよなく愛した機体とは別物になるわけなんだが、こういった高価い買い物は、欲しいと思ったその時にすぐさま決めておかないと、冷めてしまった時が微妙だ。それに、細かいところといっても、ぱっと見にはドラゴンとグランドドラゴンの外見の差レベルだ。

 それに、ここまでされて断った日には、アレだけ散々ミキに怒鳴りつけられて、おそらく必死の思いで零戦一機分の部品をかき集めているであろう、名も顔も知らぬ社員が報われない。要するに、クラスターに持って帰らなければ、何も問題ないわけだ。

「わかった、金は出すが、保管場所は、お前んとこの会社持ちで頼むぞ」

「はいな!おおきに!クルツはん!!」

「それと、リオ」

「えっ、な、なんじゃ?」

「このことは、一切他言無用だ。たとえ、ハナヱさんでもだぞ。いいな?」

「わ、わかったけん」

「よし、頼むぞ」

 こうして俺は、なにがなんだかよくわからんうちに、自家用軽飛行機などという、見分不相応な買い物をすることになってしまった。まったく、なんだかなぁ・・・・・・。




 あれから数週間後、ミキから商品到着の報せを受け、俺達はシフト休にあわせて民間整備場に出向くことになった。そこには、ミキの会社が宇宙港に社用スペースとして間借りしているハンガーがある。いよいよ、練習機タイプとはいえ、曲がりなりにも零式のオーナーとなることになったわけなんだが、これがなかなかどうして、自分でもワクワクしているから不思議だ。

「あっ!クルツは〜ん、いらっしゃ〜い!おまちしとりましたで〜」

「おはよう!ミキ姉ちゃん!!」

「はいな、おはようさん、リオちゃん。今日も元気やね〜」

「うん!」

「それにしても、わざわざ迎えにきてくれたのか?忙しいんだろうに、大丈夫なのか」

「当然ですわ、他ならぬクルツはんなんやで?それに、こうでもせんと会えへんやん」

「まあ、なにはともあれ有り難うな」

 さて、それじゃ、さっそく組み立ててみることにしましょうかね。

「楽しみじゃのぅ、クルツ!!」

「ハハハ、そうだな」

 とは言え、事前に一通り目を通したマニュアルは、とんでもない数の部品のオンパレードだった。競技用ポケットバイクやゴーカートなど、これに比べたらオモチャ同然だ。なんていうかこう、久々に地雷を踏んだような気がしてきたが、心底楽しそうなリオの様子を見ていると、間違ってもそんなことは口に出せなかった。

 そして、それ以降、シフト休は、リオを連れてゼロの組み立てに出かけるのが、お決まりのメニューになった。すぐさま音を上げるか飽きるかすると思ったリオだったが、あにはからんや、毎週のシフト休を今まで以上に心待ちにするようになっているから面白い。

 まあ、それも、俺達に合わせて、『アフターサービス』と称してイレースを訪れるミキに会える。と言うのも、おチビさんの楽しみのひとつなんだろうけどな。

 それはともかく、肝心のゼロの方だが、思ったより工程は進んでいた。完全に一から組み上げることを覚悟していたわけだが、オリジナルとの『安全基準』にのっとった設計の割り切りの産物か、擦り合せや調整が必要ないほどのパーツ精度の良さに加え、おおまかな部品はユニット化してあり、ある程度は楽が出来た。

 そして、売り文句である万全のアフターサービスの名に恥じない、充実した機材や冶具の無料レンタルのおかげで、マンパワー不足もさして問題にはならなかった。とはいえ、一番面倒なのがリベット打ちで、さすがにこればっかりはどうしようもないらしい。

 しかし、箱一杯にじゃらついている、凄まじい量の銀色の粒を見た時は、作業を切り上げて帰ろうかと本気で考えた。実際、今だってそうだ。いっそ、シゲ達も連れてこようかと考えたのも、一度や二度じゃない。

ケンケン

コンコン

ゥガチャコ

 リオが外からリベットをはめて合図し、俺が中から応答の合図を返し、エアハンマーで固定する。なんていうかもう、あれからずっと、リオと二人でリベットを打ち続けている。こういった物造りの場合、なにが辛いかと言えば、延々と続く単純作業ほどうんざりするものはない。もしかしたら、このリベット打ちの工程だけで、完成品の定価5割を占めているんじゃないかとさえ思えるほどの手間だ。

 フレームの組み立てや、内装品の取り付けはさほど難しくは無かったが、コレはさすがにきつい。しかし、外板の取り付けが一枚一枚出来上がっていくにつれ、徐々に飛行機の形になっていくのは、ささやかな達成感がある。しんどいことに、何の変わりも無いわけなんだが。

「でも、だいぶ形になってきたのう、クルツ」

「そうだな、この分だと、予定通り仕上げられそうだな」

 リベット止めした外板の向こう側から、リオが顔を出して話しかけてくる。軽飛行機の部類に入るだけあって、内側はわりかし窮屈だが、まさかリオにエアハンマーを持たせるのは危険すぎるし仕方ない。

 まあ、取り付ける順番をきちんと考えてやれば、それほど不都合はないから、それはそれで問題なしだ。しかし、そんな単純作業の積み重ねでさえも、リオの頭には『飽きる』と言う文字が無いのかと思えるほど楽しそうだ。

 しかし、なんでもコイツは、戦争も末期になると、ジュニアハイスクールの子供や、家事育児がメインの業務であるはずの主婦、いわゆるひとつの素人さんが作っていたということらしい。となれば、機械屋の面子にかけても、ここで音を上げるわけには絶対いかないわけだ。

 ・・・・・・とは言え、しんどいなぁ、コレ・・・・・・・・・。

 ゥガチャコ




 待ちに待ったこの日。ミキから連絡をもらった俺達は、朝一番で外出の手続きを済ませ、整備場行きのバスに乗った。そして、晴れて完成にこぎつけた零式練習戦闘機とのご対面と相成った。

「やったけん!」

「ああ、やったな」

 全ての工程を終えた後、状態検査のため民間の検査場に出されていた零式が、エプロンでその銀色の翼を誇らしげに輝かせている。ベアメタル風仕上げだが、ジェラルミン質感と雰囲気は十分だ。もちろん、肝心の検査の結果は上々、不具合ひとつなく修正も不要、文句なしの合格品だ。

 そりゃそうだろう、こちとら、零式の何百倍も上を行っているテクノロジーを毎日扱っている技術者様だ。飛行機ひとつ、満足に組み立てられなくてどうする。それはとかく、銀色に輝く、文字通りピカピカの機体を眺めていると、えもいわれぬ高揚感が全身をシビれる憧れるさせてくれる。

「おつかれさま、クルツはん」

「おぅ、いまもって自分の実力に惚れ惚れしていたところだ」

「せやろね、大丈夫や思ぅとったけど、ここまで完璧に仕上げるとは思ぅてみぃひんかったわ」

「フハハ、技術と信頼のコムスターは伊達じゃない」

 ねぎらいの言葉をかけてきたミキに、自分でもわかるくらい御機嫌になった俺は、これでもかとばかりに胸を張ってみた。

「ともかく、喜んでもらえてなによりですわ。それじゃ、さっそくエンジンに火ィ入れてみます?」

「おう、ロンモチよ。リオ、お前もおいで。レシプロの素晴らしさってやつを、これでもかというくらい堪能させてあげるから」

「うん!」

 めいっぱいうなずくリオは、ちょこちょこと零式練戦にかけよると、翼の上によじ登ろうと奮闘している。むぅ、背が低すぎて、相当難儀しているようだな。

「ホレ、ここにつかまれ」

「あ、おおきに」

「そこに赤字で『フムナ』って書いてあるドラコ文字があるだろ、そこには絶対足乗っけるなよ」

「うん、わかったけん」

 リオの小脇を支えて、翼の上にもちあげてやる。ハハハ、こうしてみると、なんか、車のボンネットで昼寝をしようとしてる黒猫みたいだ。

「クルツはん、これ」

 俺も翼の上にあがろうとすると、ミキが二人分の飛行帽を手渡してくれた。もちろん、大人用と子供用、そしてゴーグルつきの新品だ。

「これ。購入サービスですわ、インカム付きでっさかい、お話もラクラクやで」

「お、サンキューな、ミキ」

「そいじゃ、気ィつけてや。いってらっしゃい」

「おうよ」

 さて、後席の教官席が俺のポジションだ。ちょい前が見づらいが、慣れればどうってことない。もともと、戦闘機ってのは、周りが良く見渡せて、敵を探しやすければよかろうなので、前が見にくいのは当たり前だから問題ない。

「ほれ、飛行帽。気分出るぞ」

「おおきに!」

 渡した飛行帽を、さっそく頭にかぶるリオの後姿を眺めつつ、動き始めた『サカエ・タイプ11』の力強いエンジン音にしばし聞きほれる。やっぱりレシプロはいい。ジェットや熱核エンジンにはない、魂の響きがある。

 そして、地上誘導員が車輪止めを外し、安全圏へ退避するのを確認し、もう一度周りをうろついている奴がいないことを確認してから、ラダーやカウルフラップの作動を確かめ、ゆっくりとスロットルを開けていく。ますます力強くなる轟音に鳥肌をたてつつも、はやる気持ちを抑えてゆっくりと機体をタキシングさせた。

「なあ、クルツ」

「どうした」

「これ、動いとるけん」

「ああ、動いてるな」

「なあ、この先は滑走路じゃけん」

「ああ、滑走路だ。いよいよだな」

「もしかして・・・・・・このまま飛ぶんか?」

「飛 ぶ の よ」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 その瞬間、あろうことかリオの奴は、解放式の前席から身を乗り出して暴れ始めた。

「いやじゃ!うち降りる!!」

「あっ!コラこのバカ!タキシング中に暴れる奴があるか!落っこちるぞ!!」

「墜落するよりマシじゃ!」

「お前!子供が大人を信用しなくてどうする!」

「それとこれとは話が別じゃい!!」

「フハハ、だがもう遅い。一緒に飛んでもらうぞ!リオ!!」

「えっ?わっ、うわわっっ!?」

「ワハハハハハ!そ〜ら、テイクオフ!!」

「わっ!わああああああっっ!!」

「シートベルトはしめとけよ〜〜」

 スロットルを全開にし、操縦桿を引き寄せる。そして、滑走路を疾走する零式練戦は、その銀翼を閃かせ、空へと舞い上がった。

「わっ!わわっ!飛んどるけん!ホンマに飛んどるけんっっ!!」

「当たり前だ、飛行機が飛ばなくてどうする!」

 前の訓練席に座らせたリオの奴が、興奮してるのか取り乱しているのか、さっきからのべつまくなしに騒ぎまくっているが、そんな些細なことは気にしない。

「うるさいぞ、リオ。少しは空中散歩を楽しんだらどうだ」

「そんなこと言ぅたって、クルツ、整備の仕方はしっとっても、パイロットと違うじゃろ!?落っこちたらどうするんじゃ!!」

「まだ言うか」

 なんとも、確かに気圏戦闘機やドロップシップを飛ばしてみろといわれたら、そりゃ本職の連中にはかなわないわけだが、俺だって、仕事柄ライトプレーンの免許は持ってるから、これくらいの軽飛行機なら車と同じ感覚で扱える。あまり馬鹿にして下さんな。

「とにかくだ、このまま海まで出るぞ。それと、間違っても操縦管やフットペダルは触るなよ。操縦や制御は、俺がちゃんとやってやるから」

「う・・・うん」

「心配すんな、これから空戦やらかそうってわけじゃないんだ。目的地まで飛んで帰るくらいなんともない、いいから安心して空でも眺めてろ」

「わ・・・わかったけん」

 ホントにわかってんのかこのヤロウ、手はしっかり、パラシュートのベルトにかかってるじゃねぇか。

 それはともかく、この零式、初めて乗った機体とは思えないくらい穏やかな飛び方をする。素直で、そして乗り手を選ばない、というよりも、乗り手の意思に応えようとでもするかのような安心感は、その出自を知らなければ、とてもじゃないが軍用とは思えないほど優しい飛行機だ。

 まるで、風の海を漂うような柔らかな感触、そんな零式の気立ての良さがリオにも伝わったのか、今はもうだいぶ落ち着いた様子で、開放式コクピットから眼下に広がる景色に見入っているようだ。

「クルツ!クルツ!」

 今度はなんだよ。

「すごいけん!海の上に、雲が写っとるけん!!」

「そりゃそうだろ、海の表面だって星レベルのサイズで見りゃ、でかい鏡みたいなもんだ」

「そうなんか・・・・・・ぶち凄いのぅ・・・・・・」

 リオは、心底感動した様子で開放式の前席によりかかり、大自然の雄大さってやつに目を奪われている。ハントレスから密航に密航を重ねて、イレースまで辿り着いた冒険者様がなにをこれしきで。とも思ったが、やはり年相応の心を持っていることに、なぜか安堵にも似た気持ちがわく。

 そして、零式は、青い海原を望みながら、『あの』空域へとたどり着いた。新しい銀翼で飛ぶ時、それは、ここに来なければいけないような気がした。だから、俺は零式やリオと共に、ここまで飛んできた。

「ク・・・クルツ、あれ!!」

「今度はどうし・・・・・・」

 リオが指差した、その先にあったものを見て、俺は、最後まで言葉が出なかった。

「あれ・・・・・・ワルキューレじゃ・・・・・・」

「ミキが乗ってるのか・・・・・・?」

 その見間違えようも無い機体は、ゆるやかに機体をバンクさせて近づいてくると、俺達のそばへ巨大な機体を寄りそわせ、翼を並べるように巡航する。その複座式のコクピットには、コ・パイシートが空席のまま、メインシートに単独で操縦するパイロットが見えた

 バイザーを下ろしたままだから、その表情はまったく見えない。そして、必要以上にこちらを振り向かないこともあって、誰が操縦しているのかはわからなかった。

 最初は、ミキが乗っているのかとも思った。しかし、ああいう話をした後で、わざわざワルキューレを飛ばしてついてくるだろうか。確かに、ミキはなにかと底が読めない奴だが、空気の読めないことだけはしない女だ。特に、リオの心情が絡んでいることなら、なおさらだ。

 そんなワルキューレは、しばらくの間、俺達の零式と寄り添うように飛び続け、何故だかわからないが、不思議と穏やかな気分になるのを感じつつ、ワルキューレと零式は、お互いつかず離れずの微妙な距離を保ちつつ、静かに飛び続けた。

 けど、こうしていると、ただ飛んでいるだけなのに、心はますます澄み渡っていくのを感じる。ただ無限に続く碧い空間を進んでいくほど、自分の心というか魂というか、それらが肉体から解き放たれ、空と同化していくような心地よさにも似た気分だった。

 自分の中の余計なものを洗い落としていくような、そんな感覚。旅客機や輸送機に同乗していては、絶対にわからないもの。あいつは、それを知っていたのだろうか。生業とはいえ、自分が愛した場所を血で汚すことに、あいつはどんな思いを抱いていたのだろうか。

 いつか、人の生まれ故郷であるテラの空を、ただ、飛びたい。そう言ったあいつの心。今となっては、それを確かめる方法はない。けれども、こうして零式と一体になり、穏やかに空をゆけば、おのずからその答えが見えてくるような気がした。

 そして、零式とワルキューレでしばらく編隊を組んだ後、ワルキューレは、徐々に速度を上げながら前へと流れ、零式を後方気流に巻き込まないよう気遣うように、ゆるやかに機首を上げて上昇を始める。そして、俺達の見上げる上で、エアメックにトランスフォームし、そして、メックへと姿を変えた。

「こ、こっちにくるけん!」

 メックモードになったワルキューレは、スカイダイビングをする人間のように、広げた四肢で空気抵抗を巧みに操りながら姿勢を制御しつつ、滑空するように降下してくる。そして、俺達と並んだ瞬間、ゆっくりとマニュピレーターを伸ばし、いつくしむように零式の翼に触れた。飛んでいる最中の飛行機の羽に触るなど、危険もいいところのはずなのに、なぜか、不安などこれっぽっちも感じなかった。

 もちろん、何の振動も衝撃も無い。前に座っているリオですら、感嘆のため息をもらすほどに、見事な操演としかいいようがなかった。そして、まるで別れを惜しむかのように、ワルキューレは、静かに腕を引き戻した。

「あっ!」

 ワルキューレは、滑り落ちるように視界から消え、一呼吸おいて、舞い上がるような機動で上昇するファイター・ワルキューレの姿となって再び現れると、そのまま、蒼天へと駆け上り、吸い込まれていくように見えなくなってしまっていた。




「おかえり〜〜、クルツはん、リオちゃん、アイスティーが冷えてまっさかい。ささ、一服しとくんなはれ」

「お、ありがとうな、ミキ」

「いえいえ、なんや見とったら、リオちゃんもおおはしゃぎしとったようやし、あんだけ喜んでもらやはったら、商人冥利飛び越して、人として嬉しいですわ」

「ハハハ・・・・・・」

 はしゃいでいたのは事実だが、最初の部分だけ、ちょっと違うんだけどな。

「でも、クルツはん。こないだは、飛行機だけは絶対イヤや言ぅてたのに、どういう心境の変化でっか?」

「俺が嫌だといったのは、テストパイロットの真似事をさせられるってことだ。戦闘機動で無線が使えなくなるような丸腰の戦闘機に乗れば、誰だってそう言う」

「あらま、ずいぶん根にもたれたもんやね」

「それだけ私は怖かったということだ、わかれ」

「フフッ、ハイハイ」

 からかうようなミキの言葉をいなしながら、ガーデンチェアに腰を下ろすと、ミキが淹れてくれたアイスティーを流し込みながら、陽の光を浴びて銀色に輝く零式を眺める。なんというか、至高の一時って感じだ。

「って、あらら、リオちゃん、寝とるやないの・・・・・・」

 ガーデンチェアにもたれるなり、そのまま寝付いてしまったリオに、ミキは着ていたジャケットをかけてやりながら、穏やかな笑顔を浮かべている。こうしてみていると、本当の親子みたいだな。

「そうだな、いろいろあって疲れたんだろうな」

「いろいろって、なんかありましたん?」

「ああ、だいぶ驚いたみたいだからな」

「まさか、途中で機体の調子でも悪なりましたん・・・?」

「いや、そうじゃないさ。いい感じで飛んでいたよ」

「ほな・・・・・・・・・・・・」

「ワルキューレを見たよ、完璧に乗りこなしていた。見事なもんだったよ」

「せやったんでっか・・・・・・」

「ああ」

 驚かないんだな、ミキ。

 けれども、俺は、それ以上問う気はなかった。それは、俺にどうこう言えるものでは、決してない。

「あのパイロットに、また会えるかな」

「・・・・・・せやね、いつか会えるかもわからんね。あっちに、その気が出来たら」

「そうか」

 まあ、そうだろうな。

 あいつは言った。

『誰とも争わず、誰とも競わず、ただ、飛びたい』

 と。

 それくらい純粋に、空を愛した人間はいない。荒鷹の力と威風を持ちながらも、純粋に、飛ぶことだけを心から願い求めたあいつ。そのものでとはいかなかったが、あいつの愛した翼で飛んだ。俺にもいつか、あいつの夢が見えるだろうか、願いの先が見えるだろうか。

「ま、気長に待つさ。今度は、こいつをいつでも飛ばせるようにしときながらな」

 銀の翼に希望をのせて。そうとも、空は、血で曇らせていい場所では絶対ないんだから。




銀の翼に希望をのせて(終)



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