裏切りの代償は?



 なんとも、思わぬ客の来訪に、俺はどう対処していいのかわからずにいた。わからないから、とりあえず先方の話を聞き、それから判断してみよう。と言う、これまでの経験に基づいた、実に無難な選択をすることにした。まあ、ワンパターンとも言うわな。

 ・・・・・・しかしまあ、まさか、コイツが俺を訪ねてくるとは、思いもしなかったが。

「それで、用件はなんでしょう?スターコマンダー・カーラ」

「いやどすわぁ、クルツはん。うちのことは、『カーラ』と呼んでくれはって、ちぃともかまいまへんどすえ」

 さてさて、面会所・・・・・・とは言っても、俺らボンズマンの場合。早い話が、ハンガーの隅っこの空きスペースだ。

 まあ、それはともかく、その対面に座る彼女は、なんとも真意のはかりかねる笑顔を浮かべながら、随分気さくなことを言ってくる。にしてもまぁ・・・・・・これまた相変わらずというか、何を狙ってるんだか、とにかくエラい格好だ。

 濡れたような光沢を浮かべる黒髪と、白い肌にくどい位に映える黒紫のルージュ。そして、体の線を浮き上がらせる黒のスーツ上下。これ以上ないくらいの黒尽くめだが、白い部分なんてのは、男心のツボを突きまくるように露出した、胸元や絶対領域の肌くらいだ。

 しかも、歩きにくいんじゃないか?と、余計な心配をしたくなるような、細く絞られたタイトミニは、太ももの不可侵領域直前まで迫る、大胆なスリットが入っている。

 いやはや・・・・・・これはなんとも嬉しい・・・もとい、刺激的なお召し物ですな。

「・・・・・・それじゃ、カーラ。会うのも随分久しぶりだが、俺になんの用事なんだ?」

「そう、それなんどすけど・・・・・・実は、折り入って、クルツはんに相談したいことがあるんどすわ」

「相談?俺に?」

「へぇ、そうどす」

 ・・・・・・なんだろうな、相談って。カーラと言えば、クラン・スノゥレイヴンの気圏戦闘機乗りで、その昔、現役パイロットだったダイヤモンドシャークのミキと、ハージェルの輸出価格で神判をやらかし、見事に撃墜された挙句、失機者になってしまったと言う経歴の持ち主だ。

 それが原因と言うわけでもないのだろうが、なにかしら、彼女の中の予定調和のネジが、どっかに飛んじまったらしい。それ以降、やることなすこと、どういうわけか、ことごとくケチが付きまくるようになったそうだ。

 出撃のたびに、機体を大破させられたりなんてのは序の口で、フライト直前のマシントラブルはもはや日常の風景。しかし、人間何事も積み重ね。加えて、今まで何も何事もなかった奴が、件の神判以後、急に戦列不参加を続け出すとどうなるか。

 と言うわけで、ろくすっぽ戦果を上げられないどころか、出撃自体が出来ないと言う状況の蓄積は、幹部レベルからして、

『なんかあるんじゃねぇのか?』

 と、疑われるには十分だったらしい。そして、状況が好転しないまま、文字通り鳴かず飛ばずの日々を重ね続け、しまいには、戦士としての能力を疑問視されてしまい、あろうことか、とうとうウォッチに左遷されてしまったそうな。

 ツキに見放される、と言うのは、戦士に限らず人間痛手ではあるが、それは本人に原因を求められる問題ではないし、好きでそうなるヤツは、まず存在しないだろう。しかし、なんと言うか、典型的な転落人生一直線の見本としか言いようがない。

 それ以降、事あるごとにつけて、ミキに対して歪んだ感情をぶつけている。気持ちはわからんでもないが、凋落の序曲が、ミキの気圏戦闘機に撃ち落されたことから始まった。と言う事実を考えれば、まあ、カーラの気持ちも推して量るべし、だ。

 まあ、そんなこんなで、以前、ミキが経営している商事会社のイレース営業所が出来た時、ミキの元を訪れた彼女は、ちょっとした嫌がらせと併せて、ミキと再び神判をやらかしたことがある。

 しかし、立会人を務めたマスターに、急遽特別審査員として仕立て上げられたハナヱさんの審判によって、神判そのものの効力が無効化されてしまった。まあ、あれで懲りて、おとなしく引き下がるような性格とも思えず、どうせまた、ミキに対して、何か仕掛けてくるんじゃないかと思っていたんだが・・・・・・。

「どないどすか、クルツはん」

「む〜〜・・・・・・」

「・・・・・・あの、クルツはん?」

 期待に満ちた目で俺の顔を覗き込んでくるカーラに、俺は、これを言っていいものかどうか迷った。けど、やはり言うべきだろう。なにより、ミキにばれた時が怖い。

「悪いけど、俺じゃ力になれないよ」

『なんでどすか!?』

「ぐわっ!?」

「ミキにはあんだけ力を貸してやってはる言うんに!なんでうちは駄目なんどすか!?」

「ぢょっどまで・・・・・・首を・・・首を絞めるな・・・・・・っっ!!」

 こ・・・こいつ、なんて力だ・・・・・・!

「うちかてこない困ってはるんに!なんでそないイケズ言わはるんどすかっっ!!」

「ま・・・まで!・・・・・・おぢづいでぐれ・・・・・・・・・!!」

 ・・・・・・い、いかん・・・・・・なんか、全てが・・・白くなってきた・・・・・・・・・。

「クルツになにするんじゃい!!」

「ギャッッッ!?」

 相当激昂した表情で、俺の襟首を容赦なく締め上げていたカーラが、突然白目を剥いたかと思いきや、崩れ落ちるように床に転がった。

 リ・・・リオか・・・・・・た、助かったぞ・・・・・・・・・。

「こいつ・・・・・・この間、ミキ姉ちゃんに悪さした黒姉ちゃんじゃけん!なんでこんなヤツが、ここにいるんじゃ!?」

 ぶっ倒れたカーラを前にして、クルミほどもあるビー玉を装填したカタパルト銃を、油断なく構えながら叫ぶリオに、俺は、とにかく、その物騒な飛び道具を収めるように言う。

「・・・・・・ま、まて、リオ・・・ゲホッ・・・こいつは、何か事情がありそうだ。目を覚ましたら、もう一度話を聞いてみる」

「なんでじゃ!こいつ、悪モンとちがうんか!?」

「だから、お前も落ち着け。スノゥレイヴンは、全部が全部敵じゃない。遷都戦役の時の話は、お前も知ってるだろ?」

「う・・・・・・うん」

「それなら、俺の言いたいこともわかるよな?とにかく、医務室に連れて行こう」

「・・・・・・わかったけん」

 幾分、不満の残る表情を浮かべながらも、リオは、カーラを背負った俺の後を、渋々ついてくる。だが、カタパルトの射線はきっちり向けたままだ。けどまあ、さっきのこともあるし、その辺は、アイツの好きにさせておこう。ともあれ、いったい何があったんだろうな・・・・・・。




「・・・・・・と、言うわけなんどすわ。さっきは、興奮してしもうて、えらい申し訳あらしまへんどした」

 少しは頭が冷えたのか、それとも、自分の枕元で、警備兵の如くカタパルトを携え、自分を睨みつけているリオを警戒してのことなのか。ともかく、カーラは、一部始終を話し終えると、俺に謝罪の言葉を向けた。

「当たり前じゃい、今度おかしな真似したら、次はドタマにぶちこんじゃるけぇのぅ」

「コラコラ、もうよせって」

 疑惑の色全開で、目を三角にしてカーラを睨みつけるリオをたしなめながらも、後頭部に直撃させるのは、普通、頭に当てると言わないかね?とも思ったが、まあ、今は、コイツの好きなようにさせておく。なにしろ、また突然キレたりでもされたら、処置なしだ。

 ・・・・・・しかしまあ、なるほどねぇ。ミキに対抗して、自分でもサイドビジネスを立ち上げたまではいいが、結局押され気味。それどころか、赤字が増えつつある、ときたもんだ。

 それで、どこで聞きつけてきたかは知らないが、ミキの成功の要因は、俺の存在にあると考えて、ウォッチとしての立場を利用して、現在のノヴァキャットの状況調査という名目で、イレースくんだりまでやってきた、と。

「でもな、敢えて言わせてもらうが、ミキは、元戦士。というか、マイナス・ワン・システムが適用されて、予備役扱いとは言っても、一応現役を退いた身だ。当然、ビジネスに対する時間のかけ方は、お前とは比重が違う。それに、今は、それがミキの仕事なわけだから、取り組み方は、お前さんとは比べモンにならない。

 こう言っちゃなんだが、お前さんの場合、ミキと戦士としての土俵で勝負できなくなったから、あいつが今身を置いている、ビジネスの世界で勝負しようとしたんだろ?けどな、戦士としての任務も果たさなければならない、そして、立ち上げたビジネスも経営しなければならない。こいつは、素人目に見ても、かなり無茶があるぞ?」

「・・・・・・それは、それは、うちかてわかっとりますえ!」

「わかっていても、対処のしようがない。焦れば焦るほど、状況はジリ貧。そういうことなんだろ?」

「う・・・・・・・・・・・・」

 我ながら底意地の悪い物言いとは思ったが、俺は、今思っていることを、率直にぶつけてみる。いくらウォッチなどと言う、氏族人からしてみりゃ、香ばしい事この上ない窓際部署に左遷されたからと言って、そこで現状に流されてしまっては、それこそカーラの戦士人生は終わったも同然だ。

 もちろん、カーラが、それに甘んじるつもりが有るなどと、微塵も思っちゃいない。確かに、こいつは根性の悪そうな奴だが、この程度の逆境で不貞腐れて、努力することを投げ出しちまうほど、諦めのいい人間じゃないはずだ。

 いくらウォッチが閑職同然とは言っても、日がな一日何もしなくていい。という所とは思えない。カーラの場合、『干された』というよりも、『懲罰』としての配置だろう。となれば、今後の行動如何で、カーラの未来が決定されるといってもいい。

 そうなるとすれば、日々安穏としている暇など無い。戦士としての力を衰えさせぬため、日夜を問わず、己を鍛え続けなければならない。そして、氏族人である以上、時には、神判やらなにやら、命がけで事に当たらなければならない時もあるだろう。

 だからと言って、今の所属の仕事を適当に済ませていいという理屈も、また通用しないはずだ。

 度を越した不調子が祟り過ぎたとは言え、バリバリの一線級戦士をウォッチにトバしたと言うことは、敢えて屈辱的な処分を課し、なおかつ、本人の戦士としての態度やモチベーションを経過観察した上で、その進退を判断する意図があるんだろう。

 まあ、もっとも、あのスノゥレイヴンのことだから、単に、『嫌がらせ』と言う可能性も無きにしも非ず。と、言い切れないのが微妙なんだが。

「まあ、なんというのかな。ここで、一番話を厄介にしているのが、ダイヤモンドシャークでもあるまいし、なんでお前さんが、商売に手を出してるか、って奴なんだけどな」

「それは・・・・・・!」

「まあ、あれだな。他所の土地に、上手く馴染むには、商売人を装うのが一番。ってのは、中心領域じゃ、昔っから使い古されてきた手だけどな。それでも、今でも十分に有効っちゃ有効だわな。おおかた、それを根拠に上げて、上の許可を取り付けたんだと、俺は見ているが。ま、そんな事はどうでもいいわな」

 どうでもいい、と言うのは,ちとばかし語弊があるかもしれない。言葉だけなら簡単だが、その実、カーラの選択は、自分で自分の首を絞めるようなもんだ。気圏戦闘機乗りとして返り咲くためには、ウォッチにあっても、一流の戦士であると認めさせるだけの力を、上層部に示さなければならない。

 ウォッチの工作活動の隠れ蓑に、商売人を装うことで、その社会にごく自然にとけこむ。そして、その課程で得た利益は、全て所属元に寄与すると言う条件で、幹部や所属元から許可を取り付けたからといって、それを理由に、戦士としての鍛錬を、ハンパに済ませていいという理由は絶対に通用しない。そんなことをもしすれば、それは、即、自分の破滅という形で降りかかってくる。

 喩えでもなんでもない、それは、『死』と言う形で確実にやってくる。そして、それは、戦士として、最低で不名誉な結末に他ならない。

 そんなことは、カーラだって、良くわかっているはずだ。

「俺は、お前がミキと張り合うことは、別に悪いことだとは思っちゃいない。けどな、ミキには、ミキの生きる世界があって、お前には、お前の生きる世界ってモンがある。お前は、自分のフィールドで、ベストな結果を出すためにエネルギーを使うほうが、よっぽど、目に見える形を出せるんじゃないか?だいたい、お前だって、いつまでもウォッチにいるつもりは無いんだろ?」

「そ・・・それはそうどす!」

「だろ?なら、俺は、お前が戦士という肩書きを持ち続けたまま、他の仕事をやろうとすることは、正直難しいと思っている。いくら任務のための隠れ蓑だといっても、商売の実績がハンパじゃ、さすがに上も黙っちゃいないはずだ。無駄な事をさせて遊ばせるほど、お前さんの立場は気楽なモンじゃないはずだしな」

 別に、サドっ気があるわけじゃないが、この場合、言うべき事ははっきり言っておかないと、後々カーラのためにならない。彼女には悪いが、この際、ガツンと言ってしまった方がいい。

「ウォッチとしての実績も上げなきゃならない、その実績のための商売も、赤字なんて論外。ましてや、戦士としての鍛錬をおろそかにするなど言語道断。こりゃもう、やることは山ほどあるよな?

 そんな状況で、ミキと同じか、それ以上の結果を出そうって言うんなら、それは、お前の命を間違いなく削るぞ。いつ考える?いつ動く?そして、いつ休むんだ?がんじがらめの状態で、理想的な結果を出せるほど、この世の中は優しくない。俺は、そう思っているけどな?」

 ・・・・・・いやはや、どうにもガラじゃないとはわかっているが、なんとも説教臭いことを延々とのたもうてしまったもんだ。

「・・・・・・それは・・・それは、うちかて、わかっとります」

「ん?」

「確かにうちは、いつまでもウォッチにいるつもりはありまへん。けど、これは、チャンスや思うたんどす」

「チャンス・・・・・・なるほど」

「ミキは、おっしゃるとおり、もうよっぽどの事でもなければ、戦士として立つことはおまへん。うちも、今は気圏戦闘機を取り上げられた身。せやけど、今なら、ミキと同じ世界で戦えると思うたんどす。

せやから、なんとか上を説得して、許可をもろうて、商いを勉強しましたんや。それからこつこつ実績を上げて、スノゥレイヴンの商人階級を取り込んで、経営をできるようにまでなったんどす」

「ふむ・・・・・・・・・」

 なるほど、するだけの努力はした・・・・・・・って事か。

「最初のころは、確かにクルツはんの言わはるとおり、ミキの鼻を明かしてやりたい一心どした。けど・・・・・・商いしてはるうちに、いろんなモンが見えてきはったんどす」

「いろんなもの・・・・・・?」

 心なし、様子が違ってきたカーラの言葉に、なにか引っかかるものを感じ、俺は、彼女の次の言葉を待つ。

「クルツはんもご存知でっしゃろけど、氏族世界が中心領域に胸張れるんは、軍事技術だけどす。その他の事は、もう、目も当てられんくらいお粗末や。それは、クルツはんが、一番良くわかってはりますやろ?」

「それは・・・・・・確かに・・・・・・な」

「せやから、うちは中心領域の、質のええ品物を手に入れた時の、あの、嬉しそうなお客はんの顔が忘れられへんのどす」

「む・・・・・・・・・」

「うちかて、青臭いこと言うてはるんは、十分承知してはります。でも、心から感謝されたんは、戦士の時にはありまへん。確かに、尊敬もしてくれはります、讃えてもくれはります。けど、心の中で、皆、うちらを避けとります。人・・・・・・いや、市民階級の人らは、うちらに、どっかで壁作ってはりますんや」

「それは・・・・・・な」

「せやけど、商売してはる時は違う。みんな、欲しいものが手に入った時。商人としてのうちには、心から感謝してくれはります。せやから、うちも、同じくらいお客はんに感謝して、ええものを手に入れやすいよう、やれることは、やり尽くしたつもりどした。

 ・・・・・・けど・・・けど・・・・・・やっぱり、足りないんどす。うちには、何かが足りないんどす。うちが商売続けられへんのは、それは自業自得。仕方のないことどすわ。せやけど、今まで、うちを贔屓にしてくれはった人達を、仕方ないでは切り捨てられまへんのや・・・・・・!」

「カーラ・・・・・・お前・・・・・・・・・」

 握り締めたシーツの上に、はらはらと悔し涙を落とすカーラに、俺は、かける言葉が見つからなくなっちまった。リオも、いつの間にか、手にしていたカタパルトを下げ、困惑した表情を浮かべている。

「せやけど、これは、確かにうちの不始末や。せやから、クルツはんに頼るんは、確かにお門違いな話どす。・・・クルツはん、さっきは、ホンマに申し訳あらしまへんどした。・・・・・・えらいお騒がせしといてなんどすけど、うち、この辺でおいとまさせてもらいますによって・・・・・・」

「・・・・・・ここまで聞いちまったら、何もしないってわけにはいかないわなぁ」

「え・・・・・・?」

「ク、クルツ?」

「俺に何が出来るかわからんが、とりあえず、相談には乗るよ。それから、後の対策を考えてみよう。でも、あんまり期待しないでくれ。俺は、あんたやミキに比べれば、どうしようもないくらい、ビジネスの素人なんだからな」

「クルツはん・・・・・・!?」

「ま、そういうこった。まだ、しばらくイレースにはいられるんだろ?とりあえず、落ち着いたら、ゆっくり話を聞くよ」

「クルツ・・・・・・はん・・・・・・・・・!エラい・・・エラいおおきにっっ!!」

「おわっっ!?」

感極まった表情で、物凄い勢いで飛びかかってきた、もとい、抱きついてきたカーラに、がっちり捕捉されてしまった。俺はまだ、彼女の真意を読みきったわけではないが、ともかく、彼女の希望通り、相談に乗ることに決めた。

 ・・・・・・さて、久々に、面倒ごとにかかわっちまったような気もするが・・・ふむ・・・・・・。




「これはこれは、実に素敵なスィートですなぁ」

「・・・・・・しかたおまへんやろ、ホンマに余裕があらしまへんのどす」

 見事なまでの安宿に、思わず口を滑らせてしまった一言に対し、カーラは、心底傷ついた表情で俺を睨みつける。

「悪かった、気に障ったんなら、許してくれ」

「・・・・・・ま、ええどすわ」

「そりゃすまない、で、さっそくで悪いけど、何か資料とかあったら見せてくれないか?」

「資料と言ぅても、いろいろありますえ?このノートビュータに、あらかた整理してありますえ。まず、何から見たいどすか?」

「ん〜〜・・・・・・いや、お前の所で扱っている商品のカタログとか、まず、その辺から見せてもらえないか?」

「それなら、ほれ、そちらのお嬢ちゃんが見てはりますわ」

「え?」

 カーラが指差す方を見ると、一緒についてきたリオの奴が、断りも無く引っ張り出したカタログを読みふけっている。

「おい、リオ・・・・・・」

「・・・・・・これなんて美味そうじゃのう・・・・・・お米で作ったクッキーに、この黒豆なんて、お茶と一緒に食べたら、ホンマ美味そうじゃけん」

「ふむ?」

 なるほど、お菓子のページに夢中、といったところか。・・・・・・しかし、このカタログ、なんか、食い物とか飲み物ばかり載っているような気がするが・・・・・・?

「そうどす、うちんとこは、飲食物を商いさせてもろうてはりますえ」

「そうか・・・・・・しかし、見たところ、ドラコのものばっかりなような気がするが・・・・・・。もしかして、こいつらみんな、ドラコから仕入れてんのか」

「そ、そうどすえ」

「なるほどねぇ・・・・・・」

「な、何がどすか」

「ま、ちょっとした『心当たり』ってヤツ・・・かな」

「えっ・・・・・・!?」

 俺の言葉に、カーラは心底驚いた表情を浮かべている。・・・・・・まさかとは思うがさ、本当にわかっていなかったのか。それとも、俺の言ったことで驚いたのか。なんとも、頼むから、後の方であってくれよ・・・・・・。

「ドラコから、これだけのものを仕入れるのは、相当手間がかかるだろ?」

「へ、へえ・・・・・・」

「で、それを、利益が出るように売ろうとすると、どうしても高くなっちまうだろ?」

「う〜ん・・・・・・この、『ナマヤツハシ』って、お茶と一緒に食べたら、すごく美味しそうじゃのぅ・・・・・・うげっ、たったこんだけで2KEもするんか!?・・・・・・これじゃ、おやつに食べるなんて、できないのぅ・・・・・・」

「だそうだ」

「う・・・・・・」

 非常にタイムリーなリオの独り言に、カーラは言葉に詰まった表情を見せる。まあ、少し考えれば、というか、簡単に思い当たることだ。

「ところで、カーラ。お前さんが商売しているのって、当然、ストラナメクティとその周辺星域だよな。あと、スノゥレイヴンは、どういうわけかゴーストベアーとも馬が合うから、レイザルハーグとかもそうなるか」

「そ、そうどすえ」

「で?カーラ。お前、こう言った菓子や茶を、ドラコからの品だ。とか正直に言って、売ったりしてるのか?揃いも揃って、ドラコ嫌いがわんさか住んでる所で」

「い、イヤどすなぁ。その辺はちゃんと考えて、うまく伏せてますえ」

「それならまあ、それはいいとしてもだ・・・・・・しかし、中心領域の飲食物を扱いたいんなら、レイザルハーグの方が仕入れも簡単だし、なにより種類が揃うだろ?なんで、わざわざドラコなんだ?・・・・・・そういや、こないだのミキとの神判も、ドラコの料理同士の対決だったわな」

「そうは言わはりますけど、クルツはん。ドラコの食べ物、美味しゅうありまへんか?」

「む・・・・・・それは・・・・・・」

「あ、せや。今までドタバタしてはってたんで、ケロリと忘れてましたわ」

「ん?」

「今頃でなんやけど、これ、お土産どす」

「ん、何コレ?」

「へぇ、ナマヤツハシどす」

「ナマヤツハシ!?ナマヤツハシって、さっきカタログに載ってた、あの美味そうなお菓子かのう!?」

「おわっ!?こら!リオ、行儀が悪いぞ!!」

 いきなり、俺の脇から頭を突っ込むようにして身を乗り出したリオに、カーラは、気を悪くした様子もなく、口元を白い手の甲で隠しながら目を細めている。

「ええんどすよ、クルツはん。こないに喜んでくれはるんどしたら、持って来た甲斐があったというもんどすわ」

「そ、そうか?」

「ええ、もちろんどす。ほんなら、今、お茶でも淹れてきますえ」

 お茶まであるのか、随分、用意のいいことだな・・・・・・。そして、しばらくしてから、ティーポットと、人数分のカップをトレイに乗せて戻ってきたカーラは、手馴れた手つきで緑茶をカップに注ぎ始めた。

「ええにおいじゃのぅ・・・・・・」

「わかるのか?」

 カップから、柔らかい湯気を立ち上らせる緑茶に、リオは、その小さな鼻を動かして、ませたことを言ってくれる。

「あったりまえじゃけん、これ、クルツがいつも飲んでるもんとは、全然違うけん」

「む・・・・・・」

「まあまあ、でも、これもクズウから取り寄せたお茶ですさかい、ちょっとは自信ありますえ」

 ・・・・・・クズウか、なるほど、あれから色々勉強したらしい。どうして、なかなかやるじゃないか。リオなんか、テーブルにしがみつくように身を乗り出しながら、お茶の用意をしているカーラの様子を、目を輝かせながら見守っている。

「さ、準備できましたえ。クルツはん、リオはん、遠慮なく召し上がっておくれやす」

「うん!おおきに!!」

「すまないな、それじゃ、ひとつご馳走になろうか」

 なんか、随分あれよあれよという間に、えらく和やかな空気になってしまったもんだ。しかし、正直、まだ何か引っかかるものがあると言えば、あるわけなんだが・・・・・・まあいいさな、そうなったら、その時はその時考えればいい。

 ともあれ、滅多にお目にかかれない高級菓子を前にして、期待の塊になっちまってるリオに、水を差すこともないわな。

 なんとも、このナマヤツハシ。シナモンというか、ハーブの匂いが凄い。ここまでくると、まるで芳香剤だが、それもまた、粒餡のほのかな甘さを引き立てている。

 で、結局のところ、ナマヤツハシのほとんどは、リオの胃袋の中に納まっちまった。

「・・・・・・なるほど、お前が自信をもって勧めるだけあって、なかなかのお味、ってとこだな。この茶も、久々に最高なものをご馳走になったよ」

「そう言ってもらえはったら、なによりどすわ」

「ああ、しかし・・・・・・こうなると、ますます何とかしたくなってきたな・・・・・・」

「ホンマどすか!?クルツはんっっ!!」

「え?あ、ああ・・・・・・」

 これまた突然手を握り締められ、どう反応していいものか困ったが、まあ、性格はともかく、美人に手を握られて、悪い気はしない。

 と、浮いた冗談はさておくとしても、お土産までもらってしまった以上、なんとか力になってやりたい所だが・・・さて、どうしたものかね。




 あれから数日、仕事の合間を縫って、俺は、カーラが逗留している安ホテルにちょこちょこ顔を出しては、何かいい解決策のヒントは無いかと、あれこれ資料を吟味させてもらっていた。

「流通コストや卸値はほとんど問題なし、ってことは、単に、消費者の商品に対する好みってとこだろうな、これは」

「へぇ」

「まあ・・・なんて言うか、俺からしてみれば、なんでわざわざドラコのものなんだ。って所だけどな。くどいようだが、実際レイザルハーグやストラナメクティじゃ、あんまり評判良くないだろ?」

「そんなことはおまへん、ただ、なんかのはずみで、ドラコはんのモノやと知れた途端・・・・・・ってやつですわ」

 だろうな、この間の神判の時もそうだったが、随分、ドラコの食文化に入れ込んでるって感じだったが・・・・・・まあ、こだわりってものは、人それぞれだから、俺がどうこう言えるもんじゃない。

 どうして、そこまでドラコの文化にこだわるかはわからない。売上不振の理由も、ドラコ製品だから、と言うのは、ちょっと安直過ぎないかとも思う。食い物と言うのは、敵国の製品であっても、抵抗が少ないもののひとつだ。まあ、頑固極まりない氏族人なら、まあ、それもむべなるかな・・・といったとこなんだが。

 しかし、上手くはぐらかされている、とまではいかないが、その辺りを聞くと、微妙な返事になるあたりが、気になると言えば気になる。

 まあ、今はそんなことを論じてみても始まらないし、そもそも、間違ったこだわり方なら、それは、どうにかして修正しなければならないかもしれないが、今の所、カーラ自身が間違っているとは言い切れないから、難しい所だ。

「あの・・・・・・クルツはん?」

「ん?」

「うち、思うたんですけど、ここなら、ドラコはんの品物に対して、アレルギーはあんま無いんやないかと思うんですけど・・・・・・」

「ここって・・・・・・イレースでか?」

「へぇ」

 ・・・・・・こいつは弱ったな、事を突き詰めていけば、その内、そう言う話になるだろうとは思っていたが・・・・・・。

 なにしろ、イレースは、ミキの商社の有力な縄張りのひとつだ。そしてそれは、民間産業のみならず、軍需産業も併せて、イレースの商業界にじわじわと浸透し始めている。

 商売敵のホームグラウンドに、真っ向から勝負を挑もうと言うのも、正味の話、どうかとは思った。と、言うのもあるが、なにより、イレースにおける商業活動の足がかりの手引きをしたのが、実は俺だ。と言うことが、ミキに発覚してしまった時のことが、俺としては一番恐ろしい。

 しかし、カーラから聞かされた窮状を思い出すにつけて、一方で、『それしかないんじゃないか』と思ってしまう、もうひとりの俺がいることもまた、事実だった。

 それに、ミキほどの商才の持ち主ならば、今さら、新興勢力の一つや二つ、問題ではないだろう。と、自分を納得させてみることにした。

「・・・・・・わかった、それなら、ちと心当たりを回ってみよう」

「ほんまどすか、クルツはん!?」

「ああ、まあ、なんて言うか、乗りかけた船だしな」

「ああ・・・・・・ホンマ、ホンマにおおきにどすわ!!」

「お、おい!ちょっとお前・・・・・・!?」

 またもカーラに抱きすくめられ、まあ、ある程度免疫が出来てきたとは言え、ちとばかし、後ろめたさが首筋を撫で回す。

 なにしろ、これじゃ、色仕掛けに惑わされて、身内を裏切る馬鹿そのものだから、どうにも微妙だ。

『裏切り御免』・・・・・・とは言っても、許しちゃくれないだろうなぁ・・・・・・。




 裏切り者の名を受けて、全てを捨てて戦う男の覚悟を決めた俺は、まずは、一番手近な、しかし、的確な判断を下してくれるであろう人物に、カーラを引き合わせてみることにした。

「御忙しい所、お時間を割いて頂いて、ホンマ感謝いたしますえ」

「いえいえ、スノゥレイヴンには遷都戦役の折、大変お世話になりました。このくらい、お安い御用ですよ」

 ある意味、聞きようによっちゃ、痛烈な皮肉にも聞こえなくも無い挨拶だが、まあ、それはこの際どうでもいいことだ。

 今重要なのは、カーラのプレゼンテーションなわけだが、甘いもの好きにかけては、恐らくこのイレースにおいて、右に出るものがいないであろう、我らがスターコーネル・イオ。そんな彼女に、まず、カーラが扱っている商品の試食をしてもらうことになった。

 司令の前には、ありとあらゆる菓子が並べられ、俺としては、見ているだけで腹一杯な状況だったが、イオ司令は、早くもリオそっくりな反応を示し始めている。

 勝負は主力でキめる。と言うカーラの意向から、プレゼンテーションのお品書きは、例のナマヤツハシ、そして、ライスクッキー・・・まあ、ドラコじゃ、オカキと言うらしい。それから、色とりどりの飴が数点・・・・・・といった具合だ。

 特に、ナマヤツハシは力が入っていて、あの、例のハーブの香りを漂わせたヤツの他に、香りを比較的抑え、代わりに、抹茶入りやサクラ色をしたヤツも並んでいる。

 それに加えて、お茶は、天下のクズウ産であることに加え、水はミネラルウォーターで淹れたものだと言うから恐れ入る。しかも、立て方についても、カーラの詳細な指示が入ったものだというから、カーラの気合の程が伺える。

 で、まあ、いくつかのやり取りがあった後、司令待望の試食タイムと相成ったわけなんだが・・・・・・。とりあえず、結果は目の前の事実が示していると言うか、カーラの持ってきた菓子は、瞬く間に、司令の口の中へと消えていた。

「・・・・・・なるほど、確かに、これはいいものですね」

「エラいおおきに、そう言ぅてもらえはると、嬉しい限りどすわ」

「お話にあった件ですが、我々も、ドラコ連合と同盟を結んで以来、ドラコの方々と会見する機会が増えています。今回ご馳走になったものは、その際のおもてなしにお出しする物として、非常に最適と判断しました。

 よろしいでしょう、スターコマンダー・カーラ。貴女の取り扱っている商品、私共の方でも、購入の対象とさせていただきましょう」

 食後の茶をすすりながら、満足そうな表情で言う司令に、カーラは何度も頭を下げている。気位の高い彼女としては、随分異例の光景だが、商談がまとまった、と言うことに加え、やはり、身分が上のものに対しては、所属の違いこそあれ、やはり、それなりの対応を心がけている・・・ってことなのかね。




 イオ司令との会食兼プレゼンテーションで、好感触を掴んだカーラは、終始御機嫌な様子だった。・・・・・・まあ、司令の好印象を得たとは言っても、これでは、取引先がひとつ増えた。といった程度で、大局的に見れば、焼け石に水。って奴なんだろうが・・・・・・。

「クルツはん、エラいおおきにどす。まさか、こない上手く話がまとまるなんて、ホンマ、感謝どすわぁ」

「まあ・・・出だしは上々、と言った所なんだろうけどな・・・・・・」

「ホンマどすなぁ、さ、クルツはん、この調子でどんどん行きますえ」

「あ・・・ああ・・・・・・」

 さて、上機嫌のカーラに対して、俺は、どうもさっきから、首筋を刺すような感覚が消えない。

 なんと言うか、過去において、これまでロクでもない目にあった時と、かなり似通った感覚だ。と言うか、なぜか、俺の中の『クルツセンサー』が、さっきからエマージェンシーを発信し続けている。

 しかし、今の所、特に変わった状況ではない。ないのだが・・・・・・・・・・・・。

「はろはろ〜〜〜、クルツはぁ〜〜〜ん♪」

 ・・・・・・・・・え゛?

「いやぁ〜〜〜、ホンマ今日はええ天気でんなぁ〜〜。こないええ天気なら、綺麗どころと一緒にお散歩に限る。っちゅうもんですわなぁ〜〜〜?」

 まさか・・・・・・まさかまさかまさか!?

 突然、背後からかけられた、明るい口調の中に、明確な悪意のトゲが混じった言葉が耳元を撫で上げ、俺の全身が一気に汗を吹いた。

 これほどまでに、現実から目を背けたくなったのは、ここ最近、本当に久方ぶりだが、つい、怖いもの見たさと言うかなんと言うか。恐る恐る振り向いた先には、思った通り、よく見知った顔がいた。

 しかし、いつもと違うのは、満面の笑顔の中に、まったく笑っていない眼鏡越しの目と、これから、どこに突入するのかと聞きたくなるような、CQBフル装備といういでたちだったことだ。

「まったく、こないなこともあろうかと、営業所の従業員に顔写真渡しといて正解やったわ。連絡があったから、すっ飛んできてみれば、ようもまぁ、クルツはんまでたぶらかしてくれたモンやな!この性悪ガラス!!」

 なんとも、抜け目ないのはミキも一緒か。カーラの顔写真を、イレース営業所の従業員に手配して、カーラの来襲に備えていたとは。しかし、いくらなんでも、その格好はただ事じゃないぞ・・・・・・!

「あの・・・・・・ミ・・・ミキ・・・・・・さん?」

「いややわぁ、クルツはぁん。なに、そないな他人行儀やのん〜〜?」

「え、あ、ああ・・・・・・」

 思わず声が裏返っちまったが、そんな俺に、ミキは、いつもの人懐っこい笑顔を向けてくれた。しかし、眼鏡の奥の瞳は、氷の球のように、冷たく鋭かった。・・・・・・こいつは、どうやら、一番恐れていた事態にビンゴしちまったようだ。

「ま、ええですわ。そんじゃ、ちっとばかし、そこ、どいてもらえまっか?」

 ミキは、吐き捨てるような言葉を向けると、手にしていたサブマシンガンのボルトを、ことさら景気よく操作し、その銃口をカーラに向けた。

「この性悪ガラス、なにが経営不振や。サムライ・ウォーリアーの強さの源とか抜かして、ストラナメクティやレイザルハーグで、あんじょう儲けとるクセしてからに!」

「はあ!?」

 咆哮にも似たミキの怒声に、俺の頭の中で、今までなんとなくわだかまっていた疑念が、一気に実体化した。しかし、それはもう、既に遅過ぎたわけだが。だからと言って、今さらカーラをどうこう言うなどと、見苦しいマネなどできっこない。

 とにかく、今は、この場を何とか収めなければならない。彼女達双方の為と言うのもあるが、最終的には俺自身の為でもある。考えてもみてくれ、ここで、他所の氏族が銃火器を持ち出した挙句、人死にを出したとなっちゃ、さすがにタダでは済むまい。

 まず間違いなく、スノゥレイヴンからの非難の嵐のみならず、ダイヤモンドシャークを巻き込んでの紛争に発展しかねない。それどころか、原因を作ったのが俺だ。と知れたら、まず間違いなく、処刑場片道ツアー確定だ。だが、状況は、加速度的に最悪の方向へとまっしぐらだ。

「クルツはんの面倒見ええのんに付け込んで、ドえらい大法螺コキくさって。ホンマ、イケ好かない女やな・・・!」

 ちょ、ちょっと待て!まさか、そんな物騒なブツを本気でブッ放すつもりか!?一応、ここはクラスター駐屯地なんだぞ!?

「ま、まて!ミキ、落ち着くんだ!!」

「どいてクルツはん!そいつ殺せへん!!」

「な、何言ってるんだ!早まったマネはよせ!!」

「問答無用や!!」

 まさに怒り心頭。と言った表情のミキが、まったく何のためらいもなくサブマシンガンのトリガーを引いた瞬間、なぜか、俺は反射的にカーラを突き飛ばし、その前に飛び出していた。そして、俺の全身を、真っ赤な液体が染め上げるのは、本当に一瞬だった。

『クルツはん!?』

 物凄い衝撃の連続パンチで、たまらず転倒した俺の耳に、ステレオでふたりの声がカブる。そして、体が地面に激突する寸前、俺は、カーラに抱きとめられた。

「クルツはん、アンタ・・・・・・ホンマにアホどすえ」

 胸が叩き潰されたような激痛で、声が出ない。カーラは、そんな俺を見ながら、その鋭い目元に、微妙な表情を浮かべている。

「エラい迷惑かけてしまやはって、ホンマ、堪忍どすえ」

 囁くような言葉と共に、淡い笑みを浮かべたカーラの顔が、ゆっくりと近づいてきた。

「これ、迷惑料どすわ」

「あっ!?またんかい!この性悪ガラス!!」

「ほな、また」

 そっと地面に横たえられたと同時に、俺の視界には、ミキの怒声と銃声から身をかわすように、黒い疾風のように身を翻らせ、駆け去っていくカーラの姿が映っていた。




「ホンマに・・・・・・クルツはんも、面倒見が良過ぎんのもええでっけど、これに懲りて、今後一切、あの女に油断したら絶対あきまへんで?」

「はい、反省してます」

 ミキに撃たれて、蜂の巣にされたはずの俺だったが、どっこい生きてるシャツの中・・・・・・まあ、それはさておき。ミキがブッ放してくれたのは、銃自体は本物だが、弾丸は訓練用のペイント弾だった。それでも、着弾の威力はハンパではなく、数十発のペイント弾を盛大に喰らったわけで、さすがに、そのショックで意識が飛びかけたってわけだ。

 で、

 今、俺は、浮気のバレた宿六亭主よろしく、ミキに耳を引っ張られながらハンガーに連れ戻され、延々と彼女の説教を喰らうことになった。

「ホンマにもう・・・・・・あんじょう反省してや?」

「はい、本当に申し訳ありませんでした」

 なんと言うか、心底情けないと言うか。けれども、ここで下手な言い訳をしたが最後、どんな事態につながるか見当もつかない。だから、ミキの言葉に、素直に頭を下げるしかなかった。

「ま、話はこれくらいでええとして・・・・・・クルツはん」

「はい、なんでしょう」

「実はな、うち、アンティークも、扱ぉてみよ思てはるんでっけどな」

「はい」

「ちょっと、クルツはんにも見てもらいたいモンがあるんですわ」

「え?」

 ちょっと待ってくれ。ミキが鞄から取り出した『アンティーク』とやらを見た瞬間、自分の表情が凍りつくのがわかった。確かに年代物には違いないが、これのどこが『アンティーク』なんだ!

「鎖が長いな・・・・・・ドラゴン・モデルか」

「あ、クルツはん、わかる〜〜?・・・・・・って、誤魔化しても無駄や!!」

 やっぱりね。俺は、ミキの言葉が最後まで終わらない内に、俺の足は、一も二もなく逃走を開始していた。

「あっ!?コラ!待ちぃやクルツはん!!」

 冗談じゃない!それに、なんでお前こそ、ヌンチャクなんか持って追っ駆けてくるんだ!!




「なあ、リオちゃん。クルツはん、どこに居てはるか知らへん?」

「う・・・・・・し、知らんけん」

「ホンマに?どっかに居ったのを見たなら、教えてくれへんかなぁ?」

「で・・・でも・・・・・・」

 あれから、ミキの執拗な追撃を受け、駐屯地の一角に追い詰められた俺は、とっさに、と言うか、無我夢中で、手近にあった装甲車の中に潜り込んだ。そして、狭苦しい車内で息を潜める俺の耳に、リオとミキのやり取りが聞こえてくる。

「そんなら、チョコバー、もう一本おまけしよ。な、どない?」

「うぅ・・・・・・で、でも、ホンマに知らんけん・・・・・・」

「そうなん?まだまだ、あんじょうあるさかい、欲しゅうあらへん?」

「で・・・でも・・・うち・・・・・・」

「クルツはんをかぼぅとるん?・・・・・・リオちゃん、ホンマにええ子やなぁ。うち、そう言う子、ホンマに大好きやで」

「み・・・ミキ姉ちゃん・・・・・・」

 しかし、こうして聞き耳を立てて様子を伺っているわけなんだが、リオの陥落は時間の問題だろう。好物のチョコバーをちらつかされてるだけでなく、それ以上に、ミキの話術は巧みであり、人身掌握術など、俺には到底及びもつかない。

 やっぱり、素直に出て行って、あの鈍器で一発やられたほうがいいんだろうか?いや、一発で済むかどうかはわからないが、裏切りの代償とは言え、本当に高くついたもんだ。

「なあ、どないやろ?リオちゃん」

「う・・・うち・・・うち・・・・・・・・・」

「ん?」

「ごめん!ミキ姉ちゃん!!うち、なんも知らんけん!見てないけん!!」

「あっ!リオちゃん!?」

 突然、破裂するようなリオの声が響いたかと思いきや、この場を駆け去っていく足音が聞こえてきた。リオ・・・お前って奴は・・・・・・本当に、すまん。

「リオちゃん・・・・・・ホンマに、お父ちゃん思いのええ子やなぁ。・・・・・・それに比べて、肝心のお父ちゃんときたら・・・・・・。

なぁ、クルツはん、聞こえてまっしゃろ?いい加減、そない狭いトコ居てへんで、出てきたらどないですねん」

 ・・・・・・・・・・・・い゛。

「まったく、素直に出てくれば、少しは手加減したろ思うとったのに・・・・・・。なぁ、クルツはん?」

 もぐりこんだ装甲車の鋼板越しに、ミキがノックしている音は、まるで、俺が見えているんじゃないかと思えるくらい、正確に俺のいる真横から響いてくる。どうやら俺は、俺自身で最後のチャンスを潰しちまったみたいだ。

 ・・・・・・ま、裏切り者には相応しい末路さね。

 あまりにも惨めな結末に、思わず膝を抱えて顔を埋めていたが、ふと顔を上げると、袖口に、黒紫の、ちとばかし趣味の悪い色合いのルージュがついていた。あの時、カーラが『迷惑料』と称して残していったもの。だが、今迫っている状況は、差し引きゼロどころか、かなり高く付こうとしている。

 してやられた、とは思わなくもないが、まさか、氏族人が、あんな小技を利かせてくるとは、確かに油断、と言うか、侮っていたとしか言いようがない。

 敵として認識されたことについちゃ、まったくもって反論の弁はない。しかし、偽のデータや作り話を用意して、俺をだまくらかしてまで、ミキの縄張りを荒らそうとして見せたカーラの根性と執念には、素直に脱帽するしかない。

 もはやこれまで。それに、なによりも、リオにいらぬ辛い思いをさせてしまった。俺は腹を決めると、ハッチを開けて、思い切って顔を出した。すると、まるで出迎えるようにこっちを見上げているミキと、まともに目が合ってしまった。

「やっと観念したようやね、ま、ちっと遅かったとは言ぅても、自分で出てきたんは褒めたげるとこやね」

 ミキは、ヌンチャク片手に、満面の笑顔で俺を手招きしている。もちろん、目はビタイチ笑っていない。

「お手柔らかに頼む」

「いややわぁ、心配せぇへんでもええよ・・・・・・優しくしたげるさかいにな」

 ・・・・・・さて、まあ・・・・・・どうやら俺は、怒らせてはならない人間を怒らせちまったようだ・・・・・・。まあ、仕方ない。自分のしでかした落とし前、きっちり払うとしましょうかね・・・・・・。




裏切りの代償は?(終)

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