約束の土地



「クルツ、お願いがあるんじゃ」

「今度は、誰と神判だい?リオちゃん」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 帰ってくるなり、『お願い』と来たもんだが、泥まみれになっただけでなく、なぜか赤や黄色の絵の具が張り付いた髪や服を見れば、またどっかで揉め事を起こしてきたのは先刻承知の助だ。

「で?今度は何を買って欲しいのかな?アサルトライフル?それともモルタル砲かな?」

「ちゃうわい!!」

「じゃあ、今度はどこの誰と騒ぎを起こした。事と次第によっちゃ、相談に乗ってやらんこともない。言え」

「だ・・・誰も神判なんて言ぅとらんじゃろうが!!」

「なら言えるよな、何があった?」

「うぅ〜〜〜〜〜〜」

「そんな顔しても駄目」

「もうええわい!クルツのイケズ!オタンチン!でんでん虫!!」

「なっ・・・!?」

 普通なら、ここで素直に折れるはずのリオが、突然、お釣りの額に困るくらいの罵声を叩きつけるや否や、物凄い勢いで部屋を飛び出していっちまった。・・・・・・しまった、つい、いつもの調子であしらってしまったが・・・・・・もしかして、本当にのっぴきならない事情があったんじゃあるまいな。




 ともあれ、このままでは、ちと寝覚めが悪い。いや、でんでん虫呼ばわりがどうとかじゃなく、なんとなく、いつものリオとは様子が違っているように思ったわけだ。ともあれ、外でちょっとばっかり聞き込みをした結果、リュックを背負って、ノコギリ片手に裏山へ走って行った。とのガチ情報を入手した。

 ノコギリと言うワードが、いささか穏やかじゃないが、裏山で何を採るつもりなんだろうか。ともあれ、リオを追って裏山をトレッキングすることしばし、つい今しがたまで、誰かがいた痕跡と共に、手ごろな枝を切り落とされた無数の木を発見した。

 ・・・・・・さて?しかし、山へ柴刈りに行くのが、俺にわざわざお願いするほどのことなんだろうか?どうにもひっかかりが強くなり、折れた下草や、地面に刻まれた僅かな足跡の痕跡を頼りに、さらに先に進んでいくと、またしても、人のいた気配が残る場所に出た。しかし、今度は、取り立てて何をしたと言う感じではない・・・が。っと、なんか踏んだな。

 ・・・・・・お?

 何かを踏んづけた微かな感触に、ワーキングブーツの足をどけてみると、そこには、真っ赤な染みを広げて潰れている、小さな木の実が落ちていた。よくよく見ると、俺のいる真上には、同じ木の実を鈴生りにした木の枝が広がっている。

「あいつ・・・・・・いったい、何がしたいんだ・・・・・・?」

 そう思ったのもつかの間、周囲を見渡したとき、一本の木の枝が落ちているのに気付いた。自然に折れた枝じゃない、切り口も真新しい、人為的に切り落とした奴だ。これは、さっきのポイントで、リオが刈り取っていたと思われる枝のひとつだろう。

 どうやら、やっこさん。俺の気配に感づいて、慌ててトンズラしたようだ。しかし、あまり慌てすぎて、重要な手がかりを残していきやがった。

 この、見事なまでのY字型の枝っぷり。そして、適度に柔らかい汁気の多い木の実。ここまでワードがそろえば、あのチビ助が何をしようとしているのか、だいたいの見当がついた。

 となれば、奴が向かうポイントは、もう一つしかない。先回りしても、奴の足に追いつけるかどうか微妙だが、どちらにしても、もう一度、事情をちゃんと聞いてやらなければならない。




「・・・・・・おっかしいのう、こないだ見た時は、えっとぅあったのにのぅ・・・・・・」

 廃材置場に頭から突っ込んで、ガラクタの山をかき分けている小さなケツに向かって、とりあえず声をかけてみることにする。どうしてなかなか、俺の足もまだ捨てたモンじゃないな。

「お探し物はコレかい、お嬢さん?」

「わっ!?」

 やっこさん、相当驚いたらしく、弾みで体勢を崩してつんのめると、頭から転がり落ちるように、ガラクタの向こうに姿を消した。しかし、すぐに這い上がってくると、俺の手にあるものを見て、目をまん丸にしている。

「それと、これも落としたろ?」

「あっ!それっっ!?」

「タイヤのチューブは、一応再利用リストに入っているからな。いくら、いったん廃材置場に持っていかれたって言っても、無断で持ち出せば、大目玉だぞ?」

「じゃ・・・じゃけん!!」

 俺の言葉の意味は、リオ自身知らないはずもないから、焦りと困惑で赤くなったり青くなったりしている。が、今は、リオを問い詰めるためにここにいるんじゃない。

「リオ、さっきは悪かった。今度はちゃんと話を聞く、だから、何があったのか教えてくれないか?」

「ク・・・クルツには関係ないけん!!」

「本当に悪かったと思ってる、だから、俺にできることなら、なんでも協力すると約束する。だから、許してくれないか、リオ」

「い・・・今ごろそんなこと言ぅたって・・・・・・・・・!」

「駄目か?俺に手伝えることは、もう何もないのか?」

「う・・・・・・・・・」

「お願いだ、俺も、力にならせてくれないか?」

「う・・・・・・・・・・・・わ、わかった」

 なんとか、ご機嫌を直してくれたみたいだな。さて、今度は、きちんと話を聞いてやらんとな。・・・・・・まあ、おおよその見当はつくが。




 リオが俺を引っ張っていったのは、郊外にあるドラコ駐在官宿舎の近くにある、児童公園だった。とは言え、林あり小川あり、その他諸々のアスレチックありで、子供向けの公園にしておくにはもったいない、内容盛りだくさんの施設だ。

 確か、家族ぐるみで赴任してきた駐在官のために、福利厚生の一環として、ドラコ政府が用地買収をした後、公園を造成したとは聞いたことがあるが、まあ、ここまでとは正直思わなかった。

「で?なんで公園なんだ」

「こないだのお休みの時、自転車で走りに行ったんじゃ」

「ふむ」

「で、ここの広場で、フローティングターンとか、ジャックナイフとか、いろいろ練習しとったら、ドラコの子が上手じゃ言ぅてほめてくれたんじゃ」

「なるほど、そいつは良かったじゃないか」

「うん、それで、その子達と友達になって、お弁当わけてもろうたんじゃ」

「ほほう」

 なるほど、こいつも、意外な所で知り合いを作るもんだ。

「で?」

「あいつら、まだいるはずじゃけん」

「あいつら?」

 急に険しくなったリオの表情と言葉に、俺は公園の前景を、ざっと見渡してみる。すると、さっきまでリオとの話で気付かなかったが、なにやら発射音らしい音が聞こえてくる。

「・・・・・・なんの音だ?こりゃ」

「ペイントボール銃じゃ、あいつら、公園の中で戦争ごっこなんかしとるんじゃ」

「戦争ごっこ・・・・・・?ああ、サバイバルゲームのことか」

「どっちだってええけん。じゃけん、みんなのいるとこで、そんなの使ぅたら危ないけん、別んとこでやってくれるように言ぅたら、あいつら、『ここは、元々俺達が使っていた場所だ。公園に作り変えたのはドラコの勝手だ、そっちこそ、別の場所へ行け』言ぅたんじゃ」

「なるほど、そいつはちょっとひどいな」

「じゃけん、公園は、みんなが使う所じゃ。独り占めは良くない言ぅたら、あいつら、うちらに向かってペイントボールを撃ってきよったんじゃ」

「それは少し悪質じゃないか」

「じゃけん、うち、ぶち頭にきて、とにかく、やめさせようとしたんじゃ」

「なるほど、で、その絵の具はその時撃たれた奴、ってわけだな」

「そうじゃ」

 小さな鼻の頭に、思い切りしわを寄せながら、心底悔しそうな表情でうなるリオに、俺は、『よくやった』という言葉を喉元で飲み込む。まだ、話が解決もしていないうちから、そんな言葉をかけた所で、こいつの性格では、余計神経を逆なでするようなもんだ。

「わかった、ちょっと行って、俺がそいつらと話をしてみる」

「えっ?」

「じゃ、ちょっとここで待ってな」

 まあ、とりあえず、お互いの言い分を聞かんことにはな。




「リオ、今すぐ兵隊を集めろ。こうなったら、戦争だ」

「ク・・・クルツ!?な、なんかクリスマスツリーみたいになっとるけん・・・・・・!」

「あのガキ共、人が下手に出てりゃあ付け上がりやがって。妥協・譲歩・代替案、一切合財聞く耳持たずときやがった。あまつさえ、俺達の覚悟を見せてやるとか抜かして、このザマだ。ボンズマンだと思って舐めやがって、こちとら手前らが生まれる前から、戦場の空気吸ってんだ。見てやがれ、思い知らせてやる!」

「駄目じゃ!大人が出てきたら、うちら、デズグラじゃけん!!」

「バカタレ、誰が参加するといった。お前らを絶対に勝たせるための、軍事顧問と言え。オモチャの鉄砲で戦争ごっこだろうがなんだろうが、この神判、こうなりゃ意地でも勝たせるからな」

「わ・・・・・・わかった」

 畜生、実際見るまでわからなかったが、なんつうタチの悪いガキ共だ。こうなったら、こっちにも考えがあるってモンだ。こちとらツカイード帰りの兄さんだ、あまり舐めたマネしてくれてんじゃねえぞ。

「俺は、先に帰って風呂入ってくる。さすがに、こんなピエロみたいなナリじゃ、サマにならんからな。リオ、お前は参加する面子を連れて来い、いいな」

「わ、わかったけん!」

 リオは、そう言うと、駐在官宿舎に向かって駆け出していった。さて、俺もとっとと帰ろう。まさか、こんなオチになるとは思っても見なかったぞ、畜生。

 その後、ひとっ風呂浴びて、なんとかこのクソ忌々しい絵の具を落とすことができた。ついでに、予定より早いが、替えのジャンプスーツに着替えて、どうにか体裁を取り繕う。

 さて、お風呂に入ってお着替えも済ませた。気分爽快になったところで、そろそろ、リオの奴が、仲間を連れて集まっている頃だな。どんな面子が集まってるか、ちと楽しみではある。さて、我がノヴァキャット氏族の誇る戦士(予定)リオ率いる、サムライ・ウォーリアー達の顔でも拝みにいくとするか、フハハハハ。




「え〜と・・・・・・リオちゃん、このお嬢さん達は?」

 宿舎に戻ってみると、居室の中が随分華やかなことになっていた。俺は、てっきり腕白盛りを絵に描いたような、女神に選ばれし少年達が集っているかと思いきや、世界中どこに出しても恥ずかしくない、上品オーラをこれでもかとばかりに漂わせた、花も恥らうようなお嬢さん方だったから、二度びっくりだ。

 ・・・・・・・・・まいったな、こりゃ。

「なに言ぅとるんじゃ、クルツ。みんなを集めて来い言ぅたのは、クルツじゃろ」

「あ、ああ、そうだったそうだった」

 リオの怪訝そうな表情と言葉に、なんとか内心をごまかしながらうなずく。・・・・・・まあ、確かに集めろとはいったけどさ・・・・・・。

「はじめまして、私は、タマヨ・オニガワラと申します。お邪魔しています、おじさま」

「お・・・おじさま・・・・・・?」

 なんてこった、やっぱり、この子達からみりゃ、俺も立派なおじさんってわけか。まあ、そんなことはどうでもいい。タマヨなる少女の礼儀正しい挨拶のあと、残りの少女達も、次々と自己紹介を始めた。

なんとも、折り目正しいお嬢様方だが、とりあえず、この子達からも話を聞いてみようか。とにかく、情報は多い方がいい。

「・・・・・・・・・それは、いくらなんでもひどいな」

 さっきから同じことばかり言っているような気もするが、彼女達の証言を聞き終えた俺は、そうとしか言いようがなかった。しかし、話を聞く分には、リオもなかなか苦労をしたらしい。

 最初の頃こそ、リオの方としても、無駄な諍いを回避するため、何度もタマヨ達と地元連中の仲裁役として、根気強く双方の意見をやり取りし、共存共栄の道を模索しようと奔走したそうだ。

 地元のガキ共の言い分としては、あの公園ができる以前。ただの野っ原だった時から、あの場所は連中の遊び場だったそうだ。しかし、いきなり立ち入り禁止になり、締め出しを喰らったかと思いきや、あれよあれよという間に公園に造成された。そして、その場所に、ドラコからきたよそ者連中、まあ、タマヨ達のことだが、とにかく、連中が言うところの邪魔者が流れ込んできた。って、ことになるらしい。

 一方、タマヨ達にしてみれば、この公園が、一番安全に外出できる場所だと言うので、喜ぶべきことだったのだが、いきなりケチがついた。かと言って、ここを諦めたとしても、他にまともな場所はない。だから、この公園を諦めたくない。と言うのが、正直な所だそうだ。

 そんな双方の意見を伝え、なんとかお互いの擦り合わせを図ろうとしたリオだが、タマヨ達はともかくとして、先住民族、もとい地元連中のガキ共の方が、まったく話を聞こうともしない。意固地にリオの提案を突っぱね続け、あろうことか、嫌がらせまがいのちょっかいをタマヨ達に対して仕掛けるようになり、それは日に日にエスカレートしていく有様だったという。

 タマヨ達にしてみれば、公園を独占すると言うつもりはさらさらなく、お互い公園を使うにしても、自分達の近くで危険な真似はやめて欲しい。と言う、それだけの要望ですら聞き入れる気もなく、それどころか、逆に、実力行使で追い出しにかかる始末。それで、とうとうリオもキレてしまったらしい。

 しかも、てっきりリオの方から所有の神判を叩きつけたのかと思っていたが、宣戦布告を通達してきたのは、地元のガキ共だった。それは、俺が連中に撃たれた時に確認している。ともあれ、そういった経緯があり、今現在に至る。と言うわけだ。

 だいたい、いったいどこの世界に、ピクニックに来ている女の子を、オモチャとはいえ、銃で脅して追い出そうとする馬鹿野郎がいるってんだ。そんな無法は、グレート・ケレンスキーが許しても、俺が許さない。

「お嬢さん達、聞いてくれ。うちのリオは、お嬢さん達が安心して公園を使えるよう、あいつらとの所有の神判を受けてたつと言っている」

「・・・・・・所有の神判、ですか?」

「ああ、所有の神判ってのは、まあ、場所や物を賭けて行う、言ってみれば、決闘みたいなものだ」

「まあ・・・・・・!」

「それで、だ。リオは、ひとりでも奴らに立ち向かうつもりではいる。お嬢さん達には、荷が重いと考えてのことだろう。で、だ。誰か、兄弟とか、代わりに参加してくれる人に心当たりはないか」

「いえ、リオちゃんが戦うなら、私達が何もしない。と言うわけにはまいりません」

「え?」

「もともと、リオちゃんにはなんの関係もないことなのに、リオちゃんは私達のために、あの方達との仲介を買って出てくださったのです。それに、公園を使うと言うことは、私達にとっても必要なことです。ならば、私達も、リオちゃんと一緒に所有の神判に臨む覚悟です」

「む・・・・・・・・・」

 その意気やよし、と、言いたい所だが、さてどうしたものか。それぞれ、育ちの良さの中にも、ドラコ人らしい芯の強そうな意思の光が感じられるが、どう贔屓目に見積もっても、荒事向きのスペックを持っているようには見えない。それに、もしも万一のことがあったら、今度は、俺が彼女達の親御さん達から、決闘騒ぎを持ち込まれかねない。

「わかった、心意気は買おう。でも、君達が参加するかどうかは、まず、君達の親御さんに許可を貰ったその後で判断する。いいね」

「でも、おじさま・・・・・・!」

「とにかく、俺の言うことに従ってくれ。でないと、君達のために行動しようとするリオにも、結果的に不利益なことになるかもしれない。それだけは、どうかわかって欲しい」

「おじさま・・・・・・。わかりました、私達、いったん戻って、お父様と相談してまいります」

「ありがとう、そうしてもらえると嬉しい」

「はい、おじさま!」

 聞き分けがいいのは助かるが・・・・・・頼むから、あまり『おじさま』を連発しないでくれ。これでも自分じゃ、まだ若いつもりなんだ・・・・・・。




「まあ、また、いつものパターンかと思っていたんだが」

「うちは、話し合いで解決しようとしたんじゃ。でも、あいつら、話を聞く気がないけん、仕方なかったんじゃ」

「それは悪かったよ、でも、お前達が振り回せそうなペイントガンなんて、うちにあったかな・・・・・・」

 怪我をしない程度の飛び道具がいる、と言う、リオのたっての希望で、俺は、リオと備品倉庫を漁っているわけなんだが、手ごろな奴がなかなか見つからない。俺達テックが、普段の整備に使っているペイントガンは、射程はともかく、その重さがハンパじゃない。

「だめだな、こいつはちと重過ぎる」

「そうじゃのう・・・・・・」

 なにしろ、ペイントガンと言っても、ただ塗料の吹き付けに使うだけじゃない。メックやその他の機械を整備するための、立派な工具なわけで、噴射する薬剤も、冷却ガスから、自己発熱性をもった、危険極まりない熱化学剤なんてものまである。

 それに、野戦整備の真っ最中に転げ落として、それで『はいそれまでよ』ってことになったりしないよう、ただのスプレーガンとは比較にならないほど頑丈にできている。俺だって、たまにハンマー代わりに、イカれた部品をガンガンぶん殴ったりすることがあるから、その堅牢さと重量は相当なもんだ。

 リオはともかく、タマヨ達が使いこなせるとは到底思えない。その重量に振り回されて、ヨタヨタ歩いているところを、狙い撃ちされてお終い。ってことになるだろうというのは、簡単に予想がつく。

 ・・・・・・さて、どうしたものかね。

「やっぱり、パチンコで・・・・・・」

「そいつぁ、いいリバイバル作戦の再現だな」

「う・・・・・・・・・」

 パチンコとネルスポット・ガンじゃ、速射性・命中精度共に天と地ほどの差がある。そんなもので立ち向かった日には、10年前の氏族戦役における、中心領域軍の二の舞だ。

「仕方ない、ここは、ミキに頼んで・・・・・・」

「駄目じゃ!そんなことしたら意味ないけん!あっちが強い武器を持ってるからって、こっちももっと強い武器なんか使ったら、もしうちらが勝っても、また同じことの繰り返しになるけん!」

「そうか・・・・・・・・・」

 リオの言うことにも一理ある、一度パワーゲームにもつれ込んだら、後は軍拡の嵐だ。リオも、ダークとの一件以来、利口になった。というよりも、大局的にものを見る力を身につけつつある。ともあれ、そうなれば、ありもので何とかするしかないわけだが・・・・・・。

「こんにちは、クルツさん」

「あっ!ハナヱ姉ちゃん!!」

 ふたりして無い知恵絞って、額を寄せ合っている所に、ハナヱさんが、なにやら包みを持って現れた。

「今日は、もう終わりですか、ハナヱさん」

「ええ、休日出勤も大変ですよ」

「それはお疲れ様です」

「あ、それとこれ、もらい物なんですけど、よろしければどうですか?」

 ハナヱさんは、そう言いながら包みを解くと、中から仕出し弁当のパックをいくつも取り出した。

「やった!お米のご飯じゃ!!」

「コラ!行儀悪いぞ、リオ!!」

「いいんですよ、クルツさん。こんなに喜んでくれるなら、持ってきた甲斐がありました」

「そ、そうですか?すみません、本当にありがとうございます」

「おおきに、ハナヱ姉ちゃん!」

「はい、どういたしまして」

 ぴょこんと頭を下げるリオに、ハナヱさんは、ニコニコと笑顔を浮かべながら応えている。本当に、ハナヱさんには、いつもリオを気にかけてもらっていて、ありがたい限りだ。

「よし、じゃあ、食べる前に、ちゃんと手を洗ってくるんだぞ」

「わかった!!」

 そう答えるや否や、リオは水道へとすっ飛んでいく。さて、作業台の上を片付けてから、俺も手を洗いにいくとしようかね。




「おいしかったのぅ、クルツ!やっぱり、ご飯はお米が一番じゃ!!」

「そうか、そいつぁ良かったな」

こいつも、いい加減食の嗜好がドラコ人みたくなってきたな。それにしても、こんな小さな腹に、よく三つも入ったもんだ。

「クルツさん、リオちゃん、お茶、どうぞ」

「おおきに!」

「あ、これはありがとうございます」

 ハナヱさんからお茶をもらって、食後の一服をしていると、ハナヱさん、使用済みの割り箸と輪ゴムを使って、なにやら器用に組み立てている。

「リオちゃん、これ、知ってる?」

「なんじゃ?」

 ハナヱさんは、今しがた完成させたばかりの割り箸細工を、リオに見せている。

「割り箸鉄砲って言ってね、ここに・・・こうして輪ゴムを引っ掛けて・・・・・・ほら!」

 ハナヱさんの作った割り箸鉄砲とやらは、五メートル先に置いた湯飲みに、飛ばした輪ゴムを正確にヒットさせた。ふむ・・・ドラコの遊び、って奴か・・・・・・。なるほど、手先が器用な民族だけあって、あっちの子供ってのは、創意工夫ってやつに長けてるんだな・・・・・・。 

しかし、こうしてみていると、まるで、小学校の先生と生徒みたいで、なんとも和むものがあるね。

「ね、どう?」

「これじゃ!!」

「え、え?これって、なに?」

「ハナヱ姉ちゃん、これ、うちにちょうだい!!」

「え、うん、いいよ?」

「おおきに!!」

 リオは、一も二もなくハナヱさんに飛びつくと、ハナヱさんの作った割り箸鉄砲を受け取り、それをまじまじと見つめた後、俺の鼻先へと突きつけた。

「クルツ!これじゃ!これなら、あいつらの武器に勝てるけん!!」

「お前、何を言って・・・・・・そうか!!」

 リオの言いたいことがつながり、頭の中で、瞬時に設計図が組み立てられる。よし、そうとなったら、即行動だ!




「できたのう」

「ああ、会心の出来だ」

「そうじゃのう」

「あの・・・・・・これ、いったい、何に使うんですか?」

 それから数時間後、ハンガーに並べられた、フルサイズの木製ライフルやカービン銃を見て、まだ話が見えていないハナヱさんが、戸惑った表情を浮かべている。

「うん、神判じゃ!」

「し・・・・・・神・・・判?」

 リオの言葉に、ますます訳がわからなくなった様子で、ハナヱさんはただ目を点にしている。まあ、細かい事情は後で説明させてもらうとして、こいつを使う人間が、どれだけそろうか、って事だ。

 多分、タマヨ達が、神判に出ることを許される確率は低いだろう。これが男子ならともかく、箱入り娘と言っていいようなお嬢さんを、誰が好き好んで荒事に参加させるだろうか。最悪、リオだけで、と言う話になるかもしれないが、そのあたりは、員数あわせを含めて、対策のいくつかは目星を付けてある。まあ、なんとかなるだろう。

「クルツ、おみゃーに客が来とるでよ」

「客?」

 さて、今日は随分客が多いが・・・・・・・・・。

「おー、なにやら可愛らしいお嬢さん方が、ぞろぞろ集まっとるでよ」

「あ、ああ。わかった、ありがとう、ジャック」

 ってことは、タマヨ達か?さて、どうなったのかな。まあ、おそらく不許可ということになったんだろうけどな。

「こんにちは、おじさま」

「おお、タマヨ君か。いらっしゃい」

「はい、おじゃまいたします」

「はいはい、どうぞどうぞ。みんな、こんな遠くまでよく来たね」

『おじゃまいたします、おじさま』

 ハハハ、こりゃ随分華やかなことになったもんだ。友達が来たってんで、リオの奴も突然張り切りだして、人数分の椅子や茶を用意したりして、クルクル動き回っている。

「ところで、タマヨ君。親御さん達には、ちゃんと話してきたかい?」

「ええ、是非、頑張ってくるように。と」

「え?」

 ちょっと待ってくれ、是非頑張ってくるようにだって?

「はい、ドラコの女子たるもの、いずれ、戦士の銃後を守る身として、戦いに対する気概を養う経験は貴重である。と、お父様もおっしゃってくださいました」

「そ・・・そうかい、いいお父さんだね」

「はい!ありがとうございます、おじさま!」

 俺の言葉に、タマヨは表情を輝かせて頭を一礼してくれる。なんとも、素直でいい子なんだが、こいつはある意味、まいった事になったぞ・・・・・・。

「でも、本当に大丈夫かい?弾が当たれば痛いし、藪の中にもぐったり、地べたを這ったりする、その時、虫に刺されるかもしれない。戦争ごっことは言っても、実際厳しいよ」

 とにかく、説得のひとつもしてみんことには、と思ったものの、彼女の言葉は、俺の予想の斜め上を行っていた。

「おじさま、ご心配して頂いてありがとうございます。でも、私達、このような時に備え、武道をたしなんでおります」

 武道・・・・・・?こりゃまた、ハナヱさんみたいな話になってきたが。そもそも、ドラコの女性ってのは、軍人になるわけではなくても、なにかしら武術を習い鍛えるもんなのか・・・・・・?

「まあ・・・・・・!これが、神判で使う、私達の武器なのですか?」

 さっそくというか、目ざとく木製ライフルを見つけたタマヨは、その、自分の身長ほどもある、業物を抱えあげて表情を輝かせている。

「え?ああ、そうなんだけど・・・・・・。大丈夫かな、使えそうかい?」

「そうですね・・・・・・銃はまだ使ったことはありませんが、弓なら、多少の心得はあります。使い方さえ教えてくだされば、一通りは使いこなしてご覧にみせます」

「そ・・・そうかい?」

 少しも気後れすることの無いタマヨの笑顔に、俺はなんとも正体不明の不安を感じたものだが、他の子達も、リオと一緒になって、ゴム銃を手にとって和気あいあいとしている。

 ・・・・・・むう、こうなったら、こっちも覚悟を決めるしかないのかね。




 そして、とうとうやってきた、公園の支配権、もとい使用権を賭けた神判の日がやってきた。立会人は、マスターに話を持っていったら

『ジャリのお守りくらい、おみゃーで出来るがや』

 と、言うことで、俺に全権を委任されることになった。そして、参加メンバーは、リオを筆頭にして総員11名、軍隊規模で言えば一個分隊だ。ゴム銃については、タマヨ達の操法の飲み込みは悪くなかった。むしろ、こっちの予想以上だったと言っていい。

 速射性能に優れるネルスポット・ガンに対抗するため、こっちは射程距離で勝負することにした。本体は、弩弓、と言うか、カタパルトのミニサイズと言った具合だ。

 とはいっても、ボウアームの代わりに、細切りにしたチューブを連結したボルトを引っ張り、そのテンションで弾丸を撃ち出す形にアレンジした奴だ。いささか原始的だが、ボルトの形状とコッキングハンドルに一工夫こらして、発射の瞬間までの弾丸の据わりを安定させ、弾丸の直進性を高めた自信作だ。

 砲身偏差や弾道調整など、あれこれシチ面倒臭いオートキャノンの整備に比べりゃ、この程度の木工工作など、このクルツ兄さんにかかれば、それこそ日曜工作だ。

 弾丸は、リオが当初、パチンコの弾に使おうとしていた、汁気の多い木の実だ。こいつは、程よい固さを持ち、多少強くつまんだ程度じゃ潰れることは無いが、ゴムのテンションで打ち出され、的に命中した瞬間、いい具合に弾けて赤い染みをつけてくれる。

 ちなみに、そこらに転がっていたベアリング球を装填して、冗談半分で試射してみたところ、10メートル先のビール瓶を木っ端微塵に粉砕しちまった。

 まあ、元が元だけに、不思議でもなんでもないが、リオがやろうとしているのは、サバイバルゲームであってインティファーダじゃない。危険極まりない事この上なしなので、石や金属類は、絶対に装填しないよう厳命した。

 そして、肝心要の実射性能だが、試写の結果、有効射程約20メートル、最大射程30メートルという、悪くない結果を出してくれた。20メートルと言や、見た目ショボい射程かもしれないが、視界の悪い林や藪の中では、十分に脅威となりうる。

 問題としては、至近距離で炸裂させた時のことだが、ゲームでは、ゴーグルとフェイスガードを着装するし、歯が折れるとか、失明するとかいった威力はないから、これについては、敢えて無視した。

 どちらかといえば、運用側の問題で、その長大な本体の取り回しと、発射機構のゴムのテンションの強さが気にかかったが、タマヨ達に言わせれば、

『弓より引きやすいし、狙いやすい』

 ってことだそうだ。

 もう、こうなった以上、俺が言えることは、一週間、みっちりレクチャーしたツーマンセルの狙撃陣形を崩さないように、そして、実質的に唯一のアタッカーを務めるリオの援護をする。という、基本戦術を間違いなくこなしてもらうしかない。

 リオの機動性もさることながら、敵の中枢に殴りこみ、そのフラッグを奪取できるかどうかは、タマヨ達ドラコ狙撃分隊の活躍如何にかかわってくる。だが、俺にできることは、全てしてやったつもりだ。後は、彼女達次第。ってことになる。

 さて、俺のホイッスルと同時に、双方状況開始だ。セーフティゾーンを兼ねた展望台から、双眼鏡でフィールドを探ってみると、見つかるのは地元連中のアタッカーだけだ。連中、ネルスポット・ガンを構えて、堂々と真正面から進んでくる。一方、タマヨ達は、よっぽど注意して探さないと見つからないくらい、用心深く遮蔽物やブッシュの中に潜んでいる。

 なにしろ、元がお嬢様だから、藪の中に入るのは相当な抵抗があるだろうと思っていたら、さにあらん、なかなかうまくアンブッシュしている。

 お、突出していた氏族側のアタッカーが、集中射撃でひとり食われたな。ふたり同時に撃つんじゃなく、リロードのタイムラグも考えて、交互に射撃している。なかなかどうして、初めてとは思えない手際だ。

 フィールドの中は、ネルスポット・ガンの軽快な発射音が絶え間なく響くが、こちらのゴム銃の音はほとんど聞こえない。狙撃点がはっきりしないから、余計あちらさんの焦りを誘っているようだ。おまけに、時たま、わざとリオが姿を現し、自分を囮にして相手の注意を引き、周囲をおびきよせた所へ、バックアップのタマヨ達が十字砲火を浴びせかけている。なるほど、なかなかうまいな。

 しかしまあ、こうしてみると、ツカイードを思い出すね。ハハハ。




 あれから30分くらい経ったが、両軍交えてセーフティゾーンに戻ってくるKIAが、ぼちぼち出始めてきた。うまいことに、戻ってくるのは対戦相手の方が多い。が、やはり、武器の性能差というのか、相打ち覚悟で突っ込まれたら、戦術や技量で勝っていても、押し切られてしまうようで、我がドラコ狙撃分隊員も、何人かが帰ってきた。

 だが、まだ陣地守備班と、リオのバックアップ班は、まだ十分作戦を継続させられる数が残っている。逆に、あちらさんは、タマヨ達の巧みな連携と狙撃で、姿を見せた途端に喰われてしまい、フラッグのある陣地を守る人数しか残っていない。

 なんとも、親御さんが軍人とは言え、ここまで善戦してくれるとは。ここで一斉に畳み掛けても面白いかもしれないが、油断は禁物だし、慎重に攻めるに越したことは無い。

それに、リオのバックアップには、タマヨも付いている。彼女の腕前について、俺が口を挟む余地は無い。まあ、早い話、戦力的には不安はない。と言うことだ。

 もっとも、神出鬼没なリオの機動力と、タマヨの統率力が大きいとは言え、まさか、あんな絵に描いたようなお嬢様達が、ここまで善戦してくれるとは予想外だった。さて、戦局は、そろそろ詰めの段階に入ってきたようだ。

 フラッグの周囲に陣取り、ペイントボールの弾幕を張りながら必死に防戦する氏族少年のチームに対し、リオの背後から展開しているタマヨ達のバックアップ班が、相手の頭を抑えようとするように応戦する。・・・・・・と、それはそうとして、リオの奴はいったいどこに言ったんだ?

 ・・・・・・・・・・・・あ。

 あいつ、いつの間にあんな所に・・・・・・。双眼鏡の視界の中に、敵陣の背後に回りこんだリオが、静かに藪の中から這い出してくると、獲物を狙う黒豹・・・・・・というか、テーブルの上の魚を狙う野良猫のように、忍び足でじりじりと前進する姿が見えた。

 てっきり、背後から強襲をかけるのかと思いきや、肝心の銃は、スリングで背中にしっかりと固定して担いでいる。となれば、リオの狙いは、すぐに見て取れた。

 ・・・・・・あいつめ、フラッグを奪取して、そのまま自陣までトンズラするつもりだ。どうやら、事前にそう言う作戦を立てていたのか、タマヨ達の攻撃は、突然狙いもへったくれもない乱射となり、互いの銃撃戦は一層激しさを増していく。そして、相手が応戦に夢中になり、熱くなった時こそ、リオの待ち望んでいた瞬間だった。

 そろそろとフラッグに忍び寄ったリオは、そっと小旗を抜き取る。そして、慎重な足取りを崩さず、手近な藪に姿を消した。

 ・・・・・・なんか、コーケンのコメディコントを見ているようで、ちと笑える。が、アイツにしてみれば、真剣そのものなはずだ。

 そして、相手が異変に気付いた時には、既にリオは姿をくらまし、藪を盾にするように、その中を物凄い勢いで走り出していた。そして、それと同時に、タマヨ達バックアップ班が、リオと入れ替わるように前進し、慌てふためいた声を上げながら前に出てきた追撃隊を阻止するように展開を始め、猛然と攻撃を加え始めた。

 まさに捨て身の攻撃とでも言うのか、しかし、ルール上では、フラッグを自陣に持ち帰りさえすれば勝利となる。つまり、生き残った人数は問われない。しかも、リオ側のチームには、自陣防衛班が無傷で残っている。

 それを承知の上でなのか、今までとは比べ物にならない、激しい銃撃戦の応酬が繰り広げられている。そして、タマヨ達が必死の阻止行動で稼いだ時間は、リオを確実にその場から遠ざけていた。

 地形の障害を一切合財無視するような、物凄いスピードで疾走するリオは、姿こそ見えないが、藪がまるで生き物のようにうねり、その後を追いかけるように、ペイントボールが次々と着弾するが、それらは全て、藪に阻まれてリオまでは届かない。

 しかし、この絵面は、よくカートンとかにある、モグラが地面を掘り進んでいく様子に良く似ていて、アイツや、必死に足止めをしているタマヨ達には悪いが、やっぱり笑える。

 いやいやいや、どうしてなかなか。最初は、ありたきりなサバイバルゲームを観戦するだけかと思いきや、最後の最後である意味盛り上げてくれる。なんとも、番組ってモンをわかっている奴だ。

 いいぞいいぞ、走れ走れ。ウハハハハ。

 そして、見事追撃を振り切り、藪の中から猛然と飛び出してきたリオは、全身に木の枝や葉っぱを絡みつかせ、擦り傷切り傷満載状態だったが、そのまま陣地の真ん中まで、転がるように駆け上がり、敵陣から奪い取ってきたフラッグを自分のカービン銃にくくりつけた。

 そして、丘の上に堂々と立ち上がった小さな戦士は、頭上高らかに掲げた勝利の証であるフラッグを高らかに振り続けながら、勝利の戦旗を青空に向かって翻らせていた。

『勝った―――!勝ったけーん!!うわ―――っ!うわ――――――っっ!!』

 ・・・・・・あれ、もしかして、泣いてんのか?・・・・・・そっか、そう言えば、アイツ、神判で勝ったのは、初めてなんだよな・・・・・・。そうか、そうだよな、そいつは、嬉しいよな・・・・・・・・・。




「クルツ!!」

『おじさま!!』

 さて、戦士達のご帰還だ。泥だらけになりながらも、輝くような笑顔と共に帰ってきた彼女達。本当に、よく頑張ったと思う。

「やったけん、やったけん!クルツ!勝てたけん、うちら、勝てたけん!!」

「おじさま!私達、勝ちました!!」

「ああ、良くやった。みんな、本当にごくろうさん」

「うん!」

『はい!』

 みんな、いい顔をしている。これこそ、値千金の笑顔というものだろう。

「おじさま、本当に有難うございます!おじさまのおかげです!」

「いや、俺は何もしちゃいないよ。リオやタマヨ君達が、ひとつになって頑張ったから勝てたんだ。誇りに思っていい」

「はい!有難うございます!!」

 どうにも気恥ずかしいもんだが、こればっかりは、本当のことだ。相手が、リオやタマヨ達を甘く見ていたこともあったんだろうが、あの子達は、一丸となって力を合わせた。それ以上でも、それ以下でもない、確かな勝利がここにある。

 そして、リオを真ん中にした少女達の輪が、お互いの勝利を喜び合っている。ともあれ、これで、全て報われた気分だ。

「頑張りましたわね、リオちゃん。リオちゃんが、一生懸命頑張ってくださったおかげですわ」

「そんなことないけん、タマ姉ちゃん達が守ってくれたけん。じゃけん、うまくいったんじゃ、ホンマ、おおきに!」

 友情・・・・・・か、美しいね。で、だ。あのガキ共連中なわけだが・・・・・・。最初は、エラい目に合わされて、なんとも憎々しく思ったもんだが、あそこまでヘコまれると、なんというか、やはり可哀想ではあるわな・・・・・・。

 連中、ぼそぼそと帰り支度を始めながらも、時折なんとも悔しそうな表情を浮かべながらこちらを見ている。気持ちはわからんでもない、性能はともかく、モノ自体は、角材を組んだフレームに、タイヤチューブを細切りにしたゴム紐で、木の実の弾を撃ち出すという、作り自体は天と地ほどの差がある、原始的な代物に負けたわけだから、連中の気持ちは、押して量るべきだ。

 さて、とは言うものの、いくらなんでも、このまま帰すというのは、俺としては後味の悪い話なんだが・・・・・・。

「よー、もう終わっちまったんかみゃあ」

 お、ディオーネ。それに、ハナヱさんも一緒か。って、アストラ、凄い大荷物だな・・・・・・。可哀想に、お姉ちゃんに呼び出されて、荷物運びか・・・・・・。

「お疲れ様です、クルツさん」

「ああ、いえいえ。実際に動き回ったのは、子供達ですから」

「そうですか?あ、それと、お弁当作ってきたんですよ。みなさんで、一緒に食べませんか?」

「そりゃいいですね、いつも気を遣ってもらってすみません」

「そんな、いいんですよ」

「うちも、作っただぎゃ」

「え?」

「うちも、作ったっちゅうとるんだぎゃ」

「あ・・・ああ、それはどうもありがとうございます」

「おー」

 なんとも、唐突に会話に割り込んできたかと思ったら、静かに、しかし、強力に自己主張してくるディオーネに、少々戸惑わされたが、まあ、彼女の料理の腕も、実際悪くは無い。これは、久々に旨い昼飯が食えそうだ。

「アストラ、凄い荷物だな。もしかして・・・・・・」

「ああ、糧食と、装備資器材一式だ」

「お・・・重くないのか?」

「問題ない」

 ・・・・・・むう、さすがアストラ先生。あれだけの大荷物を運んで、まったく平気なのはデフォルトとしても、文句ひとつ言わないのは、人間が完成されているな。

『クルツ』

『・・・・・・ん、どうした、アストラ?』

 さりげなく目配せを送りながら、小声でささやくアストラに耳を近づけると、アストラは、すばやく言葉を送ってきた。

『パンは姉さん、米は准尉だ。くれぐれも、消費配分に気をつけろ』

『あ・・・ああ、わかった。すまない』

『気にするな、俺は、少し休む』

 そう言うと、アストラは腰に下げた水筒をあおると、大儀そうに腰を下ろした。やっぱり、あれだけの荷物はしんどかったのか。でも、微塵も顔に出さないのが、アストラの偉い所だ。

「お姉さま、私達もお手伝いいたします」

「あ、助かるな。ありがとうね」

「おー、そんならおみゃー達、弁当箱を並べてやってくれみゃあ」

「はい、お姉さま」

 なんだか、タマヨ達も、いつの間にか姉さん方と馴染んでるな。まあ、ふたりとも、とっつきやすい人柄をしてるからな・・・・・・。

 と、その前にだ。

「そこのおみゃー達!帰るんなら、うちらとメシ食ってから帰るだぎゃ!」

 俺が、声をかけようとする前に、ディオーネに先を越されてしまった。

「そうですよ、みなさん、お腹空いているでしょう?どうぞ、遠慮しないで」

 思いがけない言葉に、氏族の少年少女は、荷物を背負ったままで、ぽかんとした表情を浮かべている。連中にしてみれば、この言葉は、確かに予想外だったのかもしれない。

 すると、そこへリオが進み出てくると、地元少年達のリーダー格の前に立ち、頭ひとつ大きいそいつの目を真っ直ぐに見て、こう言った。

「うちら、神判には勝ったけん。けど、うちらは、この公園を独り占めする気はないけん。ここは、こんなに広いんじゃ、みんなで使ったらええけん。じゃけん、タマ姉ちゃん達が遊びに来てる時は、近くでやらんで欲しいだけなんじゃ。

 兄ちゃんや姉ちゃん達は、戦士に憧れとるんじゃろ?そんなら、弱いものイジメなんかしたら駄目じゃ。それに、うちらのハナヱ姉ちゃんはドラコのサムライ・ウォーリアーで、ディオーネ姉ちゃんはメックウォーリアーじゃ。でも、姉ちゃん達は、ふたりとも大親友じゃけん。

 姉ちゃん達に出来るんなら、うちらだって出来るはずじゃ。じゃけん、うちら、これで仲直りしよう。な?」

 なんとまあ・・・・・・、青臭いではあるが、真っ直ぐ相手に向き合い、自分の心をストレートに伝えようとするリオの言葉に、俺は、つい、胸が一杯になっちまった。

 もともと、自分自身には何のかかわりも無く、まして、力を尽くしても何の得も無い。しかし、それでも、リオは見て見ぬ振りはしなかった。

 片方にとっては、慣れ親しんだ思い出の地。そして、もう片方にとっては、安息と平穏を与えられた地。そんな、お互いにとっての約束の地ともいうべき場所を、片方から奪い、片方へと与えるのではなく、お互いのために守り、そして、お互いのために導いた。

 それは、リオ自身が、お互いの立場と気持ちに立ち、敵として認識・排除するのではなく、あくまでも、互いの立場と存在を認め、尊重するという姿勢を貫いたこと。力で相手を叩き出し、敵として認識するのではなく、互いにぶつかり合い、主義主張を認識しあった上で、なお融和の道を模索しようとする。

 リオの胸に光る、スモークジャガーの牙。かつてのトーテム、そして、それを託した姉に恥じない生き方。それを、愚直なまでに貫き通そうとするリオ。こんな時代にあってなお、輝きを失わない心。

 誇りと勇気を拳に込めて、しかし、その胸には人の心を宿して。そして、純粋な笑顔と共に差し出した、リオの小さな手を、ためらいながらも、しっかりと握り返す手。

 この子なら、いつかきっと、この救いようも無いくらいにイカれまくった世界に、幾許かの光をもたらしてくれるかもしれないと思った。少しずつ、けれども、確かに前へと歩み始めている、新しい時代の担い手。

 俺は、この子を、心底誇りに思えて仕方なかった。




約束の土地(終)



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