バーニング・クリスマス



「なぁなぁ、クルツー」

「どうした?今日はもうあがっていいぞ」

 その日の夕方、詰め所で図面を眺めていた俺の所にやってきたリオは、片方の靴を脱ぐと、その足裏を見せながら、俺に備品使用伝票を差し出した。

「なんだこれ?・・・・・・シーリング・ゴムペースト100cc?こんなもの、何に使うんだ?」

「じゃけん、靴の底に穴が開いてもうたけん。こいつでふさぐんじゃ。なあ、ちょっとだけなら、使ぅてもええじゃろ?」

「100ccくらい、伝票なんぞいらんよ。っていうか、靴に穴が開いちまったのか?そんなら、新しい奴でも買いに行くか?」

 手にした小さな靴の、底が磨り減ったつま先に開いた指の先くらいの穴に、俺は、どうにも微妙な気分になる。こいつぁ確か、ディオーネとの1万メートル競走ん時に買った奴だったな。あれからわりかし経ったが、やっぱり、歩いている時間より駆けずり回っている時間の方が長いリオ介にかかっちゃ、この辺が限界だったか・・・・・・。

「別にええけん、他の所はまだしっかりしとるし、ここだけふさげば、まだまだはけるけん。直せば使えるし、すぐ新しいモン買ぅたらもったいないけん」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 すまん、ちょっと・・・・・・な・・・・・・。

「クルツ?」

「あ・・・ああ、わかった。それじゃ、場所はわかるな?使ったら、ちゃんと元の場所に戻しておくんだぞ」

「わかった!おおきに、クルツ!!」

 さりげなく顔を擦るフリをして、袖口で目元を拭うと、穴あきの靴をリオに返す。そして、リオは、それを履き直すと、礼を言い残して備品庫へとすっ飛んで言った。元気なのはいいことだが、あの無尽蔵の元気さ加減が、靴やらシャツやらの寿命を縮めてるんだよな。

 さて、本人はああ言ってるものの、これはちょっと考えてやらんとな・・・・・・。




「クルツー!クールーツ――ッッ!!」

 それからまた数日経ったある晩、俺は、ちょっとしたやり残しの仕事があって、図面と端末の数値計算を見比べていたときだ。賑やかな声とともに、静まり返ったハンガーに駆け込んできたのは、我らがプリンセス、リオ介だ。なんだろうな、忘れもんでもしたのか?

「すごいけん!すごいけ――ん!!」

 すっかり興奮しきったリオは、弾丸のように俺のところに駆け寄ってくると、若草色の瞳を、本物のエメラルドのように輝かせながら、身振り手振りがすっかり暴走しきった様子で、機関銃のようにしゃべりはじめた。

「うち、ハナヱ姉ちゃんのとこに遊びに行ったんじゃ!!そしたら、ぶち凄いことになってるんじゃほんとじゃ!!ほいでな、ほいでな!おっきい木に、いろんなピカピカキラキラした飾り付けて、宿舎もおんなじようにピカピカキラキラなんじゃ!!

 ぶちきれいじゃったけん!すごいのう!なんじゃろう、なんかお祭りでも始めるんかのう!?」

 ・・・・・・よくわからんが、もしかして、クリスマスの事を言ってるのか?俺やシゲ、それと他のテック達は、お互い顔を見合わせながら、首を傾げあう。

そう言えば、もうこんな季節だったんだな。こんな世界にいると、中心領域にいた頃は当たり前だった行事も、どうも縁遠くなるから、しまいにゃピンと来なくなる。まあ、それはさておき、クリスマスか・・・・・・。

氏族ってのは、基本的に神ってもんを信じないから、当然、キリスト教に関係する行事であるクリスマスも、氏族人にとってはなじみの薄いものだ。ハナヱさんのところに遊びに行ってたようだが、おおかた、そこでクリスマスに向けてのデコレーションやツリーを見てきたんだろう。

「クリスマス!?それってなんなんじゃ!?中心領域のお祭りかのう!?」

「お祭り・・・・・・?まあ、そうだな。そんなとこだ」

「そうなんか!?ええのう、うちもクリスマス、やりたいけん!!」

「そう・・・か・・・・・・?」

「うん!クリスマスクリスマス!!」

 リオは、まるでばね仕掛けのおもちゃのように、俺の周りを跳ね回っている。・・・・・・むう、クリスマス・・・・・・か・・・・・・。

「なあ〜〜クルツ〜〜、うちらもクリスマス、やろうよ〜〜?なぁなぁ〜〜、ええじゃろ〜、クルツ〜〜〜?」

 今度は絡め手できたか、けど、本当に絡まりついてきてどうする。

「思い出は心を豊かにする、豊かな心は強い意思を育てる。クルツ、いいのではないか?その、『くりすます』とやらをしてみても」

 お、アストラ。今日の当番はもう上がりなのか。

「そうじゃ!アストラ兄ちゃんの言うとおりじゃけん!!」

「コラ、調子に乗ってんじゃない!」

・・・・・・でも、まあ、アストラの言うことも、確かにもっともなんだが・・・・・・。

「ローク隊長には、俺から話を通す。だが、俺はその行事についてはよく知らん。できれば、概要を教えてくれればありがたい」

「そ、そうか・・・・・・わかった、それじゃ、よろしくお願いできるか?」

「任せておけ」

 アストラがここまで言ってくれるのだから、まさかそれを無碍にする訳にも行かない。俺は、アストラにクリスマスについての説明をすることにした。




「・・・・・・で?結局、『くりすます』っちゅーんは、みんなが飲み食いして、『サンダークロス』が配給を置いてくっちゅー日でええんかみゃあ?」

「はい、クルツから聞いた話では、おおむねそのようなものでした」

「で?そのサンダークロスっちゅーんは、人が寝ている間にこっそり部屋ん中入ってきて、配給を置いてくっちゅーことだどもが。靴下を準備するっちゅーんは、なんぞ意味があるんかみゃあ?」

「靴下・・・・・・ですか、おそらく、配給を受ける資格証に相当するものと思われます」

「ふ〜ん、ほいで?もし、サンダークロスが来とる時に目ぇさましてしもうたら、どうなるんだぎゃ?」

「おそらく、何がしかの交渉を行うのかもしれません」

「交渉?配給の配分とかそー言うもんかみゃあ?」

「恐らく、そう言ったものだと思われます。多分、その際に、靴下もなんらかの意味を持つのでしょう」

「ふ〜ん・・・・・・、なるほどみゃあ・・・・・・」

 ロークの元を訪れたアストラは、クルツから聞いたクリスマスの概要を説明し、その許可を受けるべく交渉中だった。

「なるほどみゃあ、おもしろそーだで。中心領域っちゅーんは、おもしれーお祭りがあるもんだみゃあ」

「はい、ドラコ駐在官達の宿舎で、クリスマスの準備をしているところをリオが見つけ、クルツに報告した訳なのですが、彼女の、たっての強い希望でもあります」

「ほー、やっぱリオ坊がかみゃあ。おし、えーんでねーかみゃあ。イオの奴には、俺から話を通してみるでよ。あいつもなんだかんだゆーてお祭り好きだで、駄目とは言わねーはずだぎゃ」

「そうですか、ありがとうございます、隊長」

「おー。ほいじゃ、クルツにはそー伝えといてくれみゃあ」




『えーんでねーかみゃあ、俺も、お祭りや宴会は大好きだでよ』

 そんなマスターの一言によって、俺達の所属するクラスターで、クリスマスに向けての準備が始まることになった。もっとも、準備を執り行うのは、俺達ボンズマンなわけだが、まあ、言いだしっぺみたいなものだし、それはそれでいい。

 そうなると話は早いもので、裏手の森から手ごろな針葉樹を掘り出してくると、それを特大の鉢に移してツリーを仕立て、居住区の建物や植え込みに電飾を施す。そして、件のドラコ駐在官の連中とも渡りをつけて、当日は合同で実施させてもらうという形で話をまとめ、宴会会場にする場所も確保した。よっぽど楽しみなんだろう、リオは普段の倍以上くるくると動き回りながら、整備班の連中の手伝いをしている。

 ・・・ん?あんまり気分が乗らないみたいだなって?まあ、色々あってね。・・・はぁ?女にでもフラれたのかって?ふむ、まあ、そういうことにしといてくれ。

「よー、クルツー、やっとるみゃあ」

「こんばんは、お疲れ様です、クルツさん」

 お、ディオーネ。・・・・・・と、ハナヱさん、ちょうどいいところに。

「おみゃー達がゆぅとるクリスマスな、ドラコの連中と一緒にやることになっただぎゃ。人は多いほーが盛り上がるでよ」

「そうですね」

「でな、うちも何か手伝おー思っとるだぎゃ」

「そうですか・・・・・・?でも、今の所は大丈夫ですよ?」

「む・・・・・・そ、そーかみゃあ」

 俺の返事に、ディオーネは微妙な表情を浮かべている。でも、まがりなりにも、彼女も戦士階級である以上、ボンズマンである俺が、戦士に用事を言いつけたなんて事が知れたら、またぞろ厄介な事になりかねない。

 ただでさえ、古株と言うだけで、デカい面しているボンズマン。と言い放つ奴がいることも、確かなわけだ。いくらノヴァキャットが気のいい連中ぞろいとはいえ、フリーボーン、ましてや、列外階級であるボンズマンに対して、みんながみんな御親切な訳じゃない。

 と、まあ、それは置いといて・・・・・・。

『ハナヱさん、ちょっと、お願いがあるんですが』

『・・・・・・えっ?は、はい、なんでしょうか?』

 そして、またいつものように、リオをからかいだしたディオーネの様子を伺ってから、俺は、ハナヱさんに頼みたい用件を切り出す。やましいことをしようってわけじゃないが、さすがに、さっきああ言ってしまった手前、ちと後ろめたい気分があるのも事実だ。

『つまらない用事で申し訳ないんですが、宅配センターに荷物が届いているはずなんです。俺は、会場の準備で抜け出す暇が無いので、もしよければ、代わりに行ってきてもらえませんか・・・・・・?』

『ええ、いいですよ。クルツさんも忙しいんですし、はい、私にお任せください!』

『そうですか、ありがとうございます。本当に助かります』

『いいんですよ、遠慮なんて、おかしいです』

「・・・・・・ふたりとも、なにボソボソしゃべってんだぎゃ?」

 相変わらずの地獄耳と言うか、俺達の会話を聞きとがめたディオーネが、不満ありありの表情で割り込んできた。

「い、いえ、ちょっとした用事で・・・・・・」

「おみゃー、さっきは間に合っとる言ぅとったけどもが、ボカチンにゃー頼めて、うちにゃー頼めんっちゅー了見かみゃあ、ん?」

「い、いえ・・・・・・決してそんなことは・・・・・・」

「ディオーネさん、あんまりクルツさんを困らせるのはどうかと思いますよ。クルツさんは、立場上、戦士階級のディオーネさんに気を使ってらっしゃるんですから」

「なにを今さら、こいつがうちに?」

「そっちこそ、何をおっしゃってるんですか。クルツさんが気を使って無くて、何をなさっているって言うんですか?」」

「ボカチン・・・・・・前から思うとったけどもが、おみゃーとは一度、きっちり話をつけたほーがえーようだみゃあ?」

「そうですか?私はいつでもかまいませんよ」

 ちょっと待て、なんでそういう話になるんだ。

「いや、ふたりとも、ちょっと待ってください。・・・・・・ディオーネにも、後でお願いしたいことがあるんです。申し訳ありませんが、その時は、相談に乗ってもらえませんか?」

「む・・・・・・そ、そーかみゃあ?」

「ええ、お願いします」

「・・・・・・ま、それはそれでえーだで。ほいじゃ、クルツ、またみゃあ」

「私も、これで失礼します。準備、頑張ってくださいね」

 そう言うと、彼女達は一瞬鋭い火花を飛ばしあうと、それぞれの目的のため立ち去っていった。まったく、ふたり揃えば、すぐ張り合おうとするんだからな。まあ、仲がいい証拠なんだろうけどな。

けどまあ、これは俺にも原因がある。いくら忙しいからと言っても、これはやはり、別の所で話すべきだった。後々話をこじらせないように、周りから煙たがられないような妥当な用件を考えて、ディオーネに話を持っていかないとな・・・・・・。

「クルツ、イオ司令がお呼びだそうだ。今すぐ司令室へ出頭してくれ」

 さて、どんなのがあったか、と、俺があれこれ思案を巡らせていると、彼女達が立ち去るのを見計らったかのように現れたアストラは、俺に用事を告げる。

「イオ司令が・・・・・・?わかった、今すぐ行くよ」

「ああ、確かに伝えたぞ」

「しかし、なんだろうな・・・・・・」

「さあ、それはわからん。だが、お前を呼び出すと言うことは、重要なことに相違あるまい。ともかく、早く行った方がいい」

「わかった、ありがとう、アストラ」

「礼にはおよばん」

 なんだろうな、ともあれ、司令直々に用事があるって言うんだ。俺は、シゲ達に後を任せると、司令室へ向かうことにした。




「と、言うわけなんです。やってくれますね?クルツ君」

 俺は、イオ司令から告げられた言葉に、二の句が告げられずにいた。

「クリスマス、と言えば、サンダークロスと言う聖騎士(パラディン)による、特別配給が外せないイベントと、スターキャプテン・ロークから聞きました。となれば、我が隊でも、クリスマスを実施するからには、これを外してはいけないと思うのですよ」

 まあ、それはそうだろう。確かに、筋は通ってる。だが、特別配給とか、希望する品目の指定や配給分の交渉なんて、一度も聞いたことはない。だいたい、何者だよ、その『サンダークロス』ってのは。もしかしなくても、サンタのことを言ってるのか?

 アストラ、信じていたけど、お前、一体どんな説明をしたんだよ・・・・・・。

「それでですね、私達氏族人は、クリスマスという行事について、まったくと言っていいほど知識を持っていません。ですから、特別配給の支給についても、要領や手順と言うものがわからない以上、ここは中心領域出身の方にお任せした方が賢明と判断しました」

 それは、確かにそうかもしれない。が、しかし・・・・・・。

「特別配給における、配給分の変更については、双方実力行使が伴う危険なものとも聞き及んでいます。となれば、それに備え、それ相当の実力を持つ者でなければ、特別配給を完遂させることは難しいでしょう。それらを鑑みた上での判断です、それを、是非クルツ君に、重ねてお願いしたいのですよ」

 ちょっと待ってくれ、普通、サンタが来る時は、おとなしく寝て待ってるもんだろう?それが、サンタに対してプレゼントにケチをつけた挙句、交換を求めて殴りかかるなんて話、申し訳ないが、生まれてこのかた一度も聞いた事はない。

「で、ですが、お言葉を返すようですが、私にそんな力は・・・・・・」

「クルツ君、謙遜は美徳かもしれませんが、行き過ぎるとデズグラの不名誉を被ることにもなりかねませんよ?

大丈夫です、今まで何度も困難をくぐり抜けてきたクルツ君ではないですか。それに、その鍛錬を怠っていない逞しさ、戦士階級に勝るとも劣らないものです。装備の方は、護身の範囲でアンリーサルウェポンに限定はしますが、カテゴリー内であれば、その選択はクルツ君に一任しますよ」

 アンリーサルウェポンとは言うが、護身用武器を持ち歩くサンタってのも、ずいぶんまたエキセントリックな代物だ。普通、サンタクロースってのは、子供の味方、って言うか、平和の使者みたいなもんだろう。

「クルツ君」

「は、はい・・・・・・?」

「期待していますよ」

 ・・・・・・しまった、彼女にこの殺し文句を言われたら、もうおしまいだ。

「わかりました、私、トマスン・クルツは、スターコーネル・イオの下命を、全力を持って遂行します」

「よろしい、それでこそクルツ君です」

 ・・・・・・はあ、男って、哀しい生き物だな。




 そして、いよいよクリスマスの当日、それは、相変わらずクラスターの宿舎を間借りし続けている、変わり者のドラコ連合駐在官と我がクラスター隊員達との合同で、盛大に執り行われることになった。

 最初は、未知の催し物に戸惑いを隠せなかった氏族人の面々も、持ち前の純朴さと、目の前に広がるご馳走や、きらびやかなデコレーションの前に、いつのまにか駐在官達と一緒になってイヴのパーティーを満喫している様子だった。もちろん、その中心には、我らがリオ姫のお姿もあったりして、まあ予想を裏切らないと言うかなんと言うか。

・・・・・・おうおう、猫耳カチューシャにとんがり帽か。あいつの頭も、今日は色々乗っかってて忙しいな。

「ギャオッッ!?」

 ・・・・・・お、ハナヱさんの開けたシャンパンのコルクが、ディオーネの顔面を直撃したな。メックだったら、中枢を撃ち抜かれてもいいくらいのクリーンヒットだ。

「このクソたーけ!いきなりなにしよるだぎゃ!!」

「わざとじゃありません、栓を抜く前にちゃんと注意はしたはずです」

「こ、この!人に迷惑かけたら素直に謝れと、親から習わんかったんか!!」

「貴女に私の両親を云々されるいわれはありません、浮かれすぎているから、人の注意も聞こえないんですよ」

「宴会で浮かれて何が悪ぃだぎゃ!おみゃーがそのつもりなら・・・・・・うりゃっっ!!」

「キャンッッ!?」

 ボトルをシェイクして栓を飛ばすとは・・・・・・、コルクが額に命中しただけじゃなく、飛沫を上げたシャンパンが、顔面にまともに浴びせかかって、えらいことになっている。

「このぉ・・・・・・やりましたね・・・・・・?」

「ふへっ、うちはただ、シャンパン飲もうと栓開けただけだぎゃあ〜〜〜?」

 なんてことを・・・・・・子供か・・・・・・。

「そうですか、なら私も、もう一本頂くとしますね・・・・・・ていっっ!!」

「ギニャッッ!!」

 おいおいおい・・・・・・ふたりとも、シャンパンのコルクで砲撃戦をやらかし始めて・・・・・・。しかも、開けたシャンパンはまったく手をつけず、逆に回りの人間がをそれを酌み交わしながら、ちょうどいい余興とばかりに眺めている。・・・・・・いいよ、驚かないし慌てない。どうせ、こうなることはわかってたんだ。

「姉ちゃんたち、ほんまに仲がええのぅ」

「そうだな、お前も楽しんでるか?」

「うん!ぶち楽しいけん!!こんな楽しいこと、生まれて初めてじゃ!!」

「そうか、思いっきり楽しめよ」

「うん!!」

 いつの間にか隣にいたリオは、元気良くうなずいた瞬間には、鶏のもも肉ローストを握り締めたまま、別のご馳走のテーブルに向かって駆け出して言った。元気なのはいいが、女の子があれじゃ・・・・・・って、まあ、氏族人に男も女も無かったっけか。・・・・・・けど、なんだかなぁ。




 宴会の盛り上がりも最高潮に達しかけたころ、会場を抜け出した俺達ボンズマンのグループは、仕事場に戻ると、例の『特別配給』の準備にとりかかった。

「班長、本当に大丈夫っスか・・・・・・?」

「大丈夫だろうと無かろうと、やるしかないだろう。もう決まったことなんだ」

 気遣うようなシゲの言葉を聞きながら、俺は装備資器材のチェックを進める。ブーツとグローブ以外、真っ赤に染め上げたCQB装備は、何かの罰ゲームじみた異様な雰囲気を漂わせている。

 こうなったのには、氏族の社会にはサンタクロースの衣装なんてものは、当然存在しないと言う事情がある。で、ドラコ駐在館から借り受けることも案に上がったが、これは俺の判断で却下した。そして、中古の戦闘服一式を持ってきて、それらしく見えるように、染料で満たしたバケツに突っ込んで、一分の隙無く真っ赤に染め上げた。

 考えても見てくれ、プレゼントに不満があったら、当のサンタを叩きのめせば、自分の希望通りにいく。なんて血迷ったことを、本気で信じている連中だ。こっちの説明不足もあるんだろうが、くどくど説明し過ぎて、逆に機嫌を損ねられたりしたら、それこそ一番危険だ。

とにかく、ヤバくなったらとっととケツをまくって離脱できるよう、動きやすい装備であるほうがいい。

「・・・・・・何笑ってんだよ、お前ら」

「・・・・・・いえ、なんでもありません」

 いいさ、仕方ない。俺だって、他の誰かがこれを着ていたら、まず間違いなく笑う。真紅に染め上げられた、相当に錯乱した趣の装備一式。とにかく赤い、狂おしいまでに赤い。それこそ、通常の三倍速く動けそうなくらいに赤い。根拠は無いが、そう思わずにはいられないほどに赤い。

 これほどまでにイカレたなりをした兵士は、マーリック・コミックにさえ出てこないだろう。・・・・・・なら、素直にそのままの方が良かったんじゃないかって?

わかっちゃいないな、サンタたるもの、その装束は赤じゃないといけないんだ。ライラにいる、あの某少佐専用メックが赤じゃないといけないのと同じくらい、大事なことなんだぞ?

「班長、一応、炸薬は対人用に調整してあります。薬液の方も、危険が無いレベルのものを調合してあります」

「ああ、手間かけさせたな。ありがとう」

 装備課と医務課の連中に話をつけて、今回のために協力してもらった特別製の麻酔銃だ。見かけは、ソウドオフ・ショットガンだが、それもそのはず、コイツは暴徒鎮圧に使う奴だ。・・・・・・なに、やりすぎじゃないかって?ああ、そうだな、俺もそう思うよ。

 向こうが、人並みの常識を持ってる人間ならな。




「さてさて・・・・・・、メリー・クリスマース、ホッホーイ・・・・・・ってか。はぁ、やれやれ・・・・・・」

 全ての準備を整え、いよいよ出発と相成った。シゲ達は居残りさせた、とてもじゃないが、何が起こるかわからない。それなら、ひとりで身軽なほうがいい。とは言うものの・・・・・・。

「道中無事で済みゃいいけどな」

 我ながら生きる事に貪欲な装備で身を固め、電動カートの荷台に荷物を載せ終えると、いざ孤独な出陣と相成った時だった。

「わたしにお任せ下さい、サンタさん!」

 聞き覚えのある声に振り向き、そこにいた者の姿を見て、俺はカートのステップに乗せかけた足を踏み外し、向こう脛を強打しちまった。

「ドラコ一のぬいぐるみ師、クリスマスの影の主役、トナカイですよ〜!トナ、トナ〜」

 ・・・・・・もしかして、酔ってます?

「わたしが来たからにはもう安心です、サンタさん!このトナカイ、是非ともお供させて下さい!」

 軽やかなステップを踏みながら現れたトナカイ、いやさ、トナカイのぬいぐるみを着込んだ我らがハナヱ・ボカチンスキー准尉殿は、LEDか何かを仕込んであるのか、トナカイの鼻をペカペカ光らせながらポーズをとっている。

「お話はシゲさん達から聞かせていただきました、このトナカイ、微力ながらサンタさんのお力にならせていただきます!トナ、トナ〜〜〜」

・・・・・・終わってる、間違いなく酔ってるぞ。

しかし、ある意味これほどまでに楽しそうなハナヱさんを見るのは初めてなわけで、まさか、

『危ないから帰って寝てろ』

と言うわけにもいかず、俺は、ハナヱ・・・もといトナカイと共に、クリスマスプレゼントを心待ちにしているであろう、純真で無邪気な戦士達のもとへ赴くことになった。

『運転はトナカイのお仕事ですよ』

と、酔っているにもかかわらず、さも当然のようにカートの運転席を占領して動かないトナカイは、着ぐるみで、しかも手先が蹄状になっているにもかかわらず、言うだけあって、実に器用にカートを運転してくれた。

「わたし、一度こういうのやってみたかったんですよぉ」

 いや、実に楽しそうだ。

「そうですか・・・・・・って、あ、ハナヱさん」

「私はトナカイですよ〜、トナ、トナ〜〜〜」

「・・・・・・あ、いや、トナカイさん、ここで止めてください。まずは、司令の所に配ってきます」

「はい、お気をつけて〜」

 いざという時にそなえ、カートはいつでも発進できるように、トナカイを運転席に残し、プレゼントの包みを抱え、いざ司令宿舎へ突入を開始した。

 司令がイの一番というのは、まあ、儀礼的なものもあるが、戦士の代表として、まずどういった反応を返してくるのかを見るのが目的だ。何事もなければ、それに越したことはないが、万一、司令自ら、『不服申し立て』をするようであれば、それ以降の巡回に際して、それなりの方策を講じなければならない。

 氏族の戦士で、自分の居室や宿舎に鍵をかける連中はほとんどいないが、真夜中にこうやって気配を殺して忍び込むというのは、コソ泥とあまり変わらないような気がしてきた。もっとも、こっちは物を持っていくんじゃなくて、置いていく方なんだけどな・・・・・・。




 真っ暗な宿舎に入ると、あらかじめ、暗闇に慣れさせておくため利き目にあてていたアイパッチを外す。間違っても、ノクトビジョンなんか使わない。万が一、懐中電灯か何かで照らされたら最後、ヒューズが飛んでうろたえている間に、遠慮会釈なくボコられるのは間違いない。

 聴診器をドアに当て、中から聞こえてくる音を探る。ヒーターの雑音に混じって聞こえてくる、微かな寝息。間隔が長く、それでいて深い。どうやら、本当にお休みなさって下さっているようだ。

 慎重にノブを回し、10センチほどの隙間を作ってから、スティック付ミラーを差し入れて中の様子を探る。すると、ベッドの上で毛布に包まっている長身が見えた。

 よしよし、いい感じだ・・・・・・。

 ミニボトルに入れて、あらかじめ用意しておいた無臭シリコンオイルを蝶番に垂らし、慎重に慎重を重ねてドアを押す。そして、音もなく開いたドアから滑り込むと、律儀にもベッドの支柱に吊り下げられている靴下を発見した。

『メリー・クリスマス』

 さすがに、靴下に入るわけもないから、プレゼントはそっと枕元に置く。かわりに、靴下にはクリスマスカードを差し込んだ。よし、これでOK。後は、さっさと退散するに限る。

「どうでしたか?サンタさん」

「・・・・・・あ、ああ、滑り出しは上々ってとこですね」

「それはなによりですね、それじゃ、次行ってみましょ〜」

 カートに戻ると、いつでも出られるよう待機していたトナカイ嬢が出迎えてくれた。今までの所要時間が10分、ちとかかりすぎたかもしれない。少しペースをあげないと、朝までに間に合わないぞ・・・・・・。




 ドラコには、『はじめ良ければ全てよし』という格言があるが、確かにその通りと言うか、クラスターの戦士や構成隊員達の宿舎や居室を巡回して、プレゼントを置いていったのだが、幸運にもまだ『不服申し立て』をしでかす輩はいなかった。まあ、正味の話、飲み過ぎと騒ぎ過ぎで疲労の頂点に達し、高いびきをかいているか、あるいは、死んでるんじゃないかと思うくらい、ぐっすり眠りこけていたのが実際だ。

 そうともさ、サンタさんは、悪い子にはプレゼントをあげないんだよ。

 と、まあ、それはともかく、実を言うと、各人の大まかな趣味嗜好に合致するよう、恩賜と名前が刻印された懐中時計や、ポケットピストル等の記念品を揃えたプレゼントの中身もそうだが、巡回ルートもあらかじめ検討し、いくつもの予備案をまとめてある。

基本的には、危険度の高い連中ほど後回しにしてある。危険度といっても、何も粗暴さとかそんな単純なものじゃない。言ってみれば、加減のわからない奴。つまり、戦士として忠実であろうとすればするほど、今回の危険度パラメーターは高い。あとは、行動に予測がつかない者達がそうだ。

 ここまで言えば、多分勘のいいお前さんならわかると思うが、例の面子は、当然ビリから数えて1・2・3だ。

 とは言え、それも今の所杞憂に終わっている。アストラの宿舎では、魔法瓶と書き置きがデスクの上で俺を待ち、逆に暖かいコーヒーを振舞われてしまったし、マスターは・・・・・・すっかり酔い潰れて、爆睡していた。

 ここまで来ると、もう終わったも同然だ。・・・・・・と言いたいところだが、実は、最後の最後で、一番恐るべき相手が控えている。いわずもがなと思うが、アレだ。

 我らが、ディオーネ姐さんだよ・・・・・・。

そうこうしている内に、いよいよ問題のポイントに到達すると、俺は、今回その存在を忘れかけていたショットガンの作動を点検する。一通り正常に作動することを確認した。後は、ショットシェルが不発を起こさないことを祈るだけだ。

 ・・・・・・なに?いくらなんでも、そこまで警戒するのはどうなのかって?ほほう、それじゃアレか?余興で、指につまんだ20ミリワッシャーを、笑顔で二つ折りするのはどうなんだ?それだけで、十分警戒に値するよ。

 とはいえ、彼女だけ配らない、というわけにもいかない。俺は、今まで以上に気を引き締めて、ディオーネの宿舎へと向かった。

 今度は、玄関先から入念にチェックをしてクリアしていく。まず、何が起こるかまったく見当もつかない。俺は、地雷処理をする工兵のように、10センチ単位でジリジリと前進していった。

おおよ、笑いたきゃ笑え。

 いよいよ居室に近づく、静かだ、不気味なほど静かだ。むしろ、俺の呼吸や鼓動の方が、やかましく響いているような気がする。

・・・・・・落ち着け、落ち着くんだクルツ。訓練どおりやれば、お前は死なない。大丈夫、大丈夫さ・・・・・・・・・・・・。

 許す限りの時間を使い、自分に納得と覚悟が行くまでチェックした後、俺は意を決して居室に滑り込む。が、そこで俺を出迎えたのは、意外なほど可愛らしい寝息だった。しかし、油断は出来ない。あの世逝きの片道切符は、そこで握らされるんだ。

 ともあれ、猫のように丸まって毛布にくるまり、うちのリオ介にも勝るとも劣らないほど、純真な寝息を立てているディオーネの枕元に、振動爆弾を置くように、慎重の極みを持ってプレゼントを安置し、靴下にクリスマスカードを差し込む。

 ・・・・・・よし、その調子だ、クルツ上等兵。あとは、さっさとトンズラだ。

 俺は、ありとあらゆるものに感謝の極みを捧げ、はやる気持ちを抑えながら現場離脱を開始した。そして、外の薄明かりが漏れるドアが、自由への入り口のようにも見え、思わず安堵の息を漏らした瞬間だった。

「がっ!?」

 強烈で重たい衝撃が背中に走り、両の目玉が飛び出すかと思うほど、頭蓋骨が振動した。それが何かと理解する暇もなく、俺は、たまらず外へ転げ出していた。

 あまりの痛打に息がつまり、嫌というほど背骨が軋むのを感じた。なにがどうして、などとは思わない。こんなことをする奴は、この状況でひとりしかいない。

が、信じられない。と思ったのもまた事実だ。

 一杯喰わされた。

俺は、その時になってようやく、ディオーネと言う女を甘く見ていたことを思い知らされた。

「ケケケ、待ってたでよ〜〜〜〜」

 全身を押し潰すような激痛をこらえ、どうにか振り返ると、そこには、棍棒のようなものを提げ持ったディオーネが、ゆっくりと玄関から現れるところだった。

 俺は、あの棒で殴られたのか?・・・・・・いや、棒であんな衝撃は喰らわせられない。肉も骨もまとめて叩き潰すような重い衝撃。・・・・・・畜生、靴下に砂利を詰めやがったな。

「おみゃーも、とことん甲斐性のねー男だぎゃ。うちのプレゼントが、たったあれっぽっちかみゃあ〜〜〜〜〜?」

 何を言ってるんだ、何を!

 だが、声が出せない。肺が潰されてしまったかのように、ゼイゼイとおかしな息しか出てこない。肩に下げてあったショットガンは、往来に叩き出された拍子に、どこかへすっ飛んで行っちまったらしく、どこにも見当たらない。

「か・・・代わりなんて、・・・・・・無い・・・・・・ぞ」

「なけりゃー、おみゃーの体で払ってもらうでよ。ケケケ」

 ヤバい、絶体絶命だ。

 俺は、地面に這いつくばったまま、本能的に逃走を試みようとする。しかし、芋虫のように這いずることしかできない俺の背中に、素足で踏みつける感覚がのしかかってきた。南無三、ここまでか。

「ちょーっと待ったぁ―――っっ!!」

 鋭い制止の声とともに、闇夜に浮かび上がる赤い光。・・・・・・駄目だ!来るな、来るんじゃない!!

「今宵聖しこの夜に、サンタさんを足蹴にするその悪行。たとえ天が許しても、このトナカイが許しませんよ〜〜!トナ、トナ〜〜〜〜〜!!」

 いいから逃げろ、この酔っ払い!相手は普通じゃないんだ!!

「ボカチン・・・・・・おみゃー、シャンパンの飲み過ぎだぎゃ・・・・・・」

 ああ、そうだよ、それに関しちゃ、賛成だよコンチキショウ!!

 軽快なダンスのリズムと共に現れたトナカイの着ぐるみに、さしものディオーネもあきれ果てた声を漏らしている。

「ほれ、酔っ払いはとっとと帰って寝とくだぎゃ。風邪ひくでよ」

「それはそうと、ちょっとコレ、見てみそ?」

「はあ?」

 まったく物怖じする様子もなく、被り物のトナカイの顔を蹄の先でアピールしながら、ニコニコと笑顔をうかべつつ、トナカイはさりげなく近寄ってくる。

「トナカイフラッシュ!!」

 トナカイの鼻に仕込まれたLEDが、いきなり高輝度の光量で閃き、一瞬周囲が真っ赤な光で照らし上げられる。

「ぬあっっ!?」

 予想外の奇襲に、目がくらんだディオーネがよろけたその瞬間、トナカイが、着ぐるみとは思えない勢いで突進してきた。

「トナカイパンチ!!」

「ギャオッッ!!」

 硬質ゴムのハンマーで肉の塊を叩きのめすような、何か有機的な鈍い音と共に、ディオーネの悲鳴が夜のしじまに響き渡る。

「トナカイパンチ!トナカイパンチトナカイパーンチ!!」

 目がくらんだところに、蹄のパンチの連打を喰らい、ディオーネはサンドバッグのようにタコ殴りにあっている。が、トナカイの猛攻は、それだけでは終わらなかった。

「16式トナカイキック!」

「ギャッ!!」

 今度はキックか、見ると、つま先の蹄が太ももの筋を直撃したらしく、片足を押さえて飛び跳ねているディオーネの姿があった。

「32式トナカイロケット!!」

「フギャッッ!!」

 とどめとばかりに、とても着ぐるみ着用とは思えない、鮮やかなドロップキックが炸裂し、とうとう、あの恐るべき魔女が地面を舐める時が来た。が、トナカイも、なにぶん酔っているだけあって着地に失敗し、受身をとり損ね腹を強打したようで、数時間前しこたま飲んだシャンパンと再会していた。

「オェェッ・・・・・・ク、クルツさん。ここは私に任せて、早く・・・・・・ゲホゲホッッ!」

 切迫した表情で打ち上げているトナカイと、向こうで脇腹を押さえて悶絶している魔女のいる光景に、俺はもう、なんとも言えない気分になる。しかし、そうも言っていられない。最後にあとひとつだけ、行かなければならないところがある。トナカイ、いや、ハナヱさんは、それを知っているからこそ、ああまでしてディオーネを止めているんだ。

「す、すまない!!」

「ま・・・待つだぎゃ!!」

「逃がしません!・・・・・・トナカイボディプレス!!」

「ギニャッッ!!」

 背後で延々と聞こえる、うら若き女性達の死闘の声を聞きながら、俺はどうにかカートによじ登ると、背骨の激痛をこらえてアクセルを踏んだ。




 カートのヘッドライトの向こうに、懐かしきボンズマン宿舎が浮かび上がる。あれだけ大騒ぎがあった後では、いい加減住み慣れた安普請宿舎も、故郷の家のような気分になる。が、とりあえず、それはすぐに脇に置いておく。

「畜生・・・・・・だから、クリスマスなんて大嫌いなんだ・・・・・・」

 どうして俺だけこんな目に。毎度おなじみの流れとは言え、恨み言のひとつも言いたくなる。だが、それこそあの子には何の関係もないことだ。

 カートの荷台に残った最後のプレゼント。俺は、それを手にすると、痺れが来ている足を叱り飛ばして歩き出す。その時、視界の端に、小さな赤い光が揺れているのが見えた。

「ハナヱさん、大丈夫・・・・・・」

 違う。俺は、出かけた言葉を最後まで言うことができなかった。

「ク〜ル〜ツ〜〜、今度っちゅ〜今度ばっかしは、もー勘弁ならねーだぎゃあ〜〜〜?」

 静かな怒気をはらんだ声が、夜の空気を不吉に振動させる。闇から現れたそれは、右手にブラックジャック、左手にトナカイの頭をぶらさげている。頭だけになったぬいぐるみは、電飾を施された鼻が弱々しく点滅し、それが一層不気味さを際立たせていた。

 畜生、足が震えてきやがった。ああ、そうさ。怖いよ、今度こそ、俺は完全にディオーネを怒らせちまったみたいだ。

 畜生・・・・・・なんでいつも俺ばっかり・・・・・・

「どうして・・・・・・どうして、いつもうちばっかり・・・・・・・・・」

 え・・・・・・?

「おみゃーは、どうしていつもうちばっかり・・・・・・」

 声だけでなく、全身がわなないているのが、小刻みに震える闇に浮かぶ赤い光が教えている。そして、ディオーネは、トナカイの頭とブラックジャックを忌々しげに投げ捨てると、両手の指を軋ませながら、まっすぐこちらへ歩み寄ってくる。

 手を伸ばせば届いてしまう距離まで近付かれ、ディオーネがゆっくりとその腕を持ち上げた瞬間、一発の銃声が夜の空気を震わせた。ディオーネの体が小さく揺れ、糸が切れるように崩れ落ちる彼女を反射的に受け止めた時、その肩に、一発の麻酔弾が引っかかっていることに気付いた。

「これは・・・・・・何で・・・・・・?」

 どこかに無くしてしまったはずの麻酔銃、それを一体誰が・・・・・・?

『誰かに必要とされることは、人として誇りの極み。それは、俺達氏族人とて、同じだ』

 どこからか聞こえてくる声、しかし、暗闇に慣れているはずの視界のどこにも、その主を見つけ出すことはできなかった。

 意外と軽く、そして細い体を抱き支えながら、その小さな寝息の間に隠れようとするような、微かに聞こえた自転車の音は、すぐに真夜中の空気に掻き消えてしまった。




 詰所の仮眠室でうとうとしていた俺は、ドアの開く音に目を開けると、仮眠室に現れたディオーネの姿に、俺は疲労も打撲傷も忘れて跳ね起きた。

「そんなに驚かなくてもえーだぎゃ」

 ディオーネは、そんな俺を憮然とした表情で見おろしている。

「その・・・・・・なんだぎゃ、昨日は・・・その・・・・・・悪かったでよ」

 ディオーネは、実にばつの悪そうな表情でポツリと謝罪の言葉を言うと、乾いた笑いを漏らした。

「朝メシの時、アストラにどえりゃー怒られたでよ。『ボンズマンであるクルツが、戦士階級に対して、必要以上に馴れ合わないのは、礼儀として道理。保護監督の対象であるリオや、中心領域人であるボカチンスキー准尉と接し方が違うのは、当然のこと』っちゅーてな。・・・・・・たはは、まったくザマぁねーだぎゃ」

 普段の勢いも見られない様子で、ぽつぽつと話終えたディオーネは、艶やかな黒髪の先を、気まずさをごまかすようにもてあそんでいた。が、ややあって、思い出したように立ち上がると、あの、いつもの笑い猫のような笑顔を浮かべた。

「よっしゃ、今度はボカチンとこ行って詫びいれてくるだぎゃ」

 そういうと、ディオーネは仮眠室のドアを開け、立ち去る間際、ふとこちらを振り向いた。

「クルツ」

「な、なんでしょう?」

 さっきの『道理』がどうとかの話でもなかろうが、俺の『いつもどおり』の返事に、ディオーネは、一瞬だけ眉を動かした。

「おみゃーの考えとることは、うちにはよーわからんだぎゃ」

 当然、俺は返事を見つけることができない。

「けどもが、いつかわかるよーになりてーとは、思ぅとるだぎゃ」

 さて、どう答えたものか。疲労と睡魔、そして背中の痛みでうまく考えがまとまらない。彼女が言わんとしていることの意味を探そうとすると、ディオーネはそんな俺を見て、ニィっと猫のように目を細めた。そして、胸元からシルバーのペンダントを引き出すと、照れくさそうにそれをつまんで見せた。

「こんなえーもんと知らんで、昨日はこれっぽっちとか言ぅて、本当に悪かっただぎゃ」

 そうか・・・・・・、やっぱり、氏族人でもビリーウォールレザーの良さはわかるんだな。その一言で、わざわざマーリックから取り寄せた甲斐があったってモンさ・・・・・・。

「でも、おみゃーがその残りのコードを取っ払った時。それが、うちにとって最高のプレゼントだでよ。ま、気長に楽しみにしとるだぎゃ」

「は・・・はあ・・・・・・」

「ふへっ、おやすみさん、だぎゃ」

 ディオーネが去り、仮眠室は再び静かになる。俺も、もう一度寝なおそうと思って横になった時だ。彼女と入れ違いに飛び込んできた、必要以上に元気な声に叩き起こされた。

「クルツ!クルツ―――ッ!!来たけん、来たけん!サンタさん、うちんとこに来たけーんっっ!!」

 リオは、俺の前で急停止すると、真新しい運動靴で軽やかなステップを踏みながら、満面の笑みを浮かべている。眠気に占領されかかった俺の脳みそでも、そんなリオの姿に、自然と笑みがこぼれてくる。

「ん〜〜・・・・・・?そうか、いいものもらったな。よかったな、リオ」

「うん!あ、でもな、なんでか知らんけど、ディオーネ姉ちゃんも一緒に寝とったんじゃ。うち、ぶちびっくりしたけど、なんでかのぅ?」

「また遊びに来て、そのまま寝ちまったんだろ・・・・・・。昨日は、だいぶ酔ってたみたいだしな・・・・・・」

 あの後、俺は、ディオーネをそのまま部屋に運ぶと、リオが寝ているベッドに一緒に寝かせ、もうひとりの被災者の救助に向かった。ディオーネの逆襲を受けたであろうハナヱさんを、この寒空の下、まさかそのままにしておくわけにはいかない。いくら軍人として鍛えているとはいえ、この季節に一晩中表に放りだしておいたら、下手を打てば肺炎になりかねない。

 そして、案の定、ディオーネにのされ、宿舎の庭先で大の字になってのびているトナカイを発見、収容したというわけだ。

「うち、イオ様に見せてくる!!」

「おお、失礼のないようにな」

「うん!!」

 そう言うと、リオは鉄砲玉のようにすっ飛んでいった。やれやれ・・・・・・司令も、今じゃすっかり『姉さん』のひとりにされてるな・・・・・・。まあ、司令自身も、あの子を可愛がってくれているし、それはいいけどな・・・・・・。

 アストラが語ったように、豊かな心は強い意思を育てるということ。これについては、俺も反論の弁はない。

 ドラコと同盟を結び、中心領域の文化が、今までとは比較にならないほど流入し始めてきた、ノヴァキャット氏族の世界。その未知の文化は、果たしてこの氏族とそこに生きる人々に何をもたらすのだろうか。そして、氏族界の文化と中心領域の文化が融合した時、その先にクラン・ノヴァキャットは何を見るのだろうか。

 ともあれ、あの子のあれだけ喜んだ顔を見ることが出来ただけでも、今回のことは十分報われた。愛すべき野蛮人達、俺は、未だうずく背骨の痛みを和らげるような、ほのかな満足感を感じながら、眠りの淵に滑り込んでいくのを感じていた。




バーニング・クリスマス (終)



戻る