スーパー ブラザー



「うおぉぉ〜〜〜んっ!なぁんてことだぎゃあぁ〜〜〜っっ!!」

 待ちに待ったシフト交代で、一週間ぶりに兵舎へ戻れることとなり、久しぶりに屋根の下で眠れると期待しながら、野戦基地の隊庭を歩いていた俺の耳に、野太い悲鳴が飛び込んできた。なんだろね、真っ昼間から。

 どうせ、バトルアーマーの調子でもおかしくしたんだろう。と見当をつけて、野戦ハンガーを覗き込んでみると、案の定、それでよく生きて帰ってきたな、と言いたくなるほど痛めつけられたバトルアーマー2体を前にして、ふたりの若いエレメンタルが頭を抱えていた。まあ、若いといっても、眉毛はフサフサのゲジゲジだし、筋肉モリモリでしかもアゴもケツみたいに割れてるから、ぱっと見には年なんてわからない。まあ、これは慣れだ。

「わしがぁ!わしがふがいないばっかりにぃぃ!!」

「よすだぎゃあ!おみゃあのせいだけではねーだぎゃああぁぁっ!!」

「うおおぉぉんっ!エド――ッッ!」

「サミ――ッッ!」

 ・・・・・・うわぁ、暑っ苦しい。

 感極まって、お互いがっちりと抱き合ってる。・・・・・・やだね、無駄な筋肉同士がぶつかり合う音が、こっちまで聞こえてきそうだよ。

「うおぉ〜〜〜いおいおいおいおいっ!!」

 しかし、あのエレメンタル達。いったい何があったから、あそこまで大泣きしてるんだろう。戦士階級の連中は、どんなに辛かろうが悲しかろうが、人に見られるような所で泣くようなことはまずしない。しかし、この2人、開けっ放しのハンガーで、腹の底に響くほどの大声で男泣きに泣いている。

 なんだかこう、見ているうちに立ち去りにくくなってきた。まあ、余計なお世話かもしれないが、何か力になれることがあるかもしれない。なかったらなかったで、人っ腹生まれと罵られて何発か殴られてお終いだ。いや、別に殴られたいわけじゃないんだがね。

「し、失礼します」

「誰だぎゃあああっ!」

 突然、野獣の咆哮のような怒声の応酬を受けて、ある程度予想していたこととはいえ、俺のジャイロが縮み上がった。

「待つだぎゃ!エド!こやつ、確かマティルダ姐さんのトロスキンだぎゃ!」

「なんと!では、姐さんのゆうとったクルツとは、このお方だがや!?」

「そうだぎゃあ!そのとおりだぎゃああぁっ!」

 お互い難聴なのかどうか知らないが、とにかく怒鳴り声に近い大音声で会話してる。ある意味エレメンタルらしいと言えば言えなくもないが、傍で聞いているこっちとしては、どうにも心臓に良くない。

「お願いだぎゃあぁっ!」

「わしらのバトルアーマーを直してくれみゃあぁっ!」

 2人は、いきなり俺の前に駆け寄ってくると、自分達のバトルアーマーの修理を懇願してきた。いや、もとからそのつもりできたんだけどな・・・・・・。

「ぅおお!やってくださるだぎゃぁっ!?」

「さすがはクルツ殿ぉぉっ!」

「いえ、これが私の仕事・・・・・・うっ!おぇっ?ギャアアァァッッ!!」

 かわす暇もなく、いきなり物凄い素早さで両サイドから抱きしめられた。そして俺は、汗の匂いと、うねりまくる筋肉の怒涛になすすべもなく締め上げられ、全身に鳥肌の津波が駆け巡るのを感じていた。




「・・・・・・なるほど、そんなことが」

「思えば不覚だっただぎゃ」

「おのれ!ヂェイドファルコン!あんな卑怯な手を使ってくるとはあぁぁっ!!」

「・・・・・・はあ」

 俺は、ハンガーの真ん中で3人仲良く車座になりながら、このエレメンタル達の熱い叫びを聞かされていた。で、結局なにがあったんだって?・・・・・・まあ、話すと長くなるから、かいつまんでバッサリいこうな。

 実は今、ノヴァキャットは元いた星系を放棄して、持ちうる全ての航宙艦船を集結させた大規模な船団によって、中心領域にあるドラコ領イレース星系に向けて遷都の旅の真っ最中なわけだ。

 ういうことかと言えば、ノヴァキャット氏族がドラコ連合と同盟を果たし、SLDFに参加するという、氏族史始まって以来の歴史的珍事が起こった。というのが、そもそもの発端なわけだが、当然、それでタダで済まされるわけがなかった。

 結果的に氏族世界を裏切るような形となってしまったため、ノヴァキャットは

『俺達が引っ越した後は、残ってるもの好きに使っていいから』

『ほんまどすか?ほんにラッキーなこっちゃ!ほんなら、途中まで送ってあげまひょ!!』

的な話し合いが済んだスノゥレイヴン氏族と、

『ウチら、銭さえ払ぉてもらえれば、氏族も中心領域も関係あらしまへんねん』

『それじゃ、お金は払うから、メックたくさん売って?』

『まいど!!』

 みたいな感じで、わりとリベラルかつ現実的資本主義なダイヤモンドシャーク氏族以外の氏族から、まさしく台所から魚を盗んだ泥棒猫の如く、行く先々でしつこく追っかけまわされることになった。

 そして、今回、あの伝統と格式の王者ジェイドファルコンが、イレース星系へ遷都する途中、一時的補給と船団の再編成のため立ち寄った星系までわざわざ追っかけてきてケンカを仕掛けてきたってのが、今回のお話のキモ、って訳だ。

 まあ、話が横道にそれたが、なるほど、彼らは、この間ジェイドファルコンの奇襲を受け、放棄を余儀なくされた補給キャンプの警備部隊員だったそうだ。

 確かに、彼らの部隊の話は聞いたことがある。なんでも、その部隊は、氏族にしては珍しい、軽量級メックに直援の歩兵を随伴させた夜戦部隊の襲撃を受け、その何の前触れも無い完全なまでの夜襲にひとたまりもなく壊走し、一も二もなく本隊へ撤退したって話だ。

 それにしても、さっきからこのふたり、生粋の戦士階級であるにもかかわらず、俺を対等の仲間のように接してきている。なんでも

『マティルダ姐さんのトロスキンならば、わしらのトロスキンだぎゃあ』

 ってことらしい。あいつには昔、ずいぶんな目に合わされたりもしたが、戦士としての実力もあいまって、結構人望があったらしい。・・・・・・まあ、今となっては、どうにもならないことだけどな。

 はらわたも煮えくり返りそうな表情で歯噛みする彼らを横目に、俺はスクラップ同然となったバトルアーマーの見積もり作業を続ける。そして、彼らと言えば、ジェイドファルコンの卑怯極まりない戦い方について、延々と恨み言を叫び続けていた。

 ・・・・・・まあ、なんて言うか。彼らには悪いが、ジェイドファルコンは別に卑怯でもなんでもないと思うぞ。あの氏族は、族長自体が戦略・戦術に長けていると言う背景がある。でも、正面切っての戦いを戦闘の理想とする氏族人にとっては、夜討ち朝駆けを喰らって負けたってのは、確かに耐え難きものがあるだろうな。

 ・・・・・・けどな、卑しくも戦争と名のつくものをやらかすんなら、少しばかりでもいいから戦術戦略の何たるかを頭に入れておいた方がいい。真っ向から勇敢に戦いを挑むというのも、まあ、それはそれでわからんでもない。けれども、勝利をより確実なものにするために、相手の裏や不注意を突く戦い方もある。そして、それは大抵の軍人の一般常識だ。まあ、俺の立場でどうこう言う筋合いじゃないけどね。

 それにしてもこのふたり、いったい何を急いでバトルアーマーを直したがるのやら。彼らの部隊が帰還したのが、確か昨日の話だ。まあ、あと2・3日も待てば、補給船団からクラスター本部経由で補給物資が送られてくる。とりあえず、1週間弱ほどでオーバーホールか、あるいは新品のバトルアーマーを受領することだってできるはずだ。

「実は、先だっての戦いで、わしらのポイントコマンダーがヂェイドファルコンに捕らわれてしもうたんだぎゃああぁぁっ!」

「我が隊長が、敵となってわしらに銃を向けるなどとっ!耐えられんっ!わしには耐えられぇぇんっっ!!」

 なるほど、そう言う事情が。となると、話は一刻を争うだろう。今の状況は、拠点の争奪戦のような、腰を据えて戦線を維持すると言うものじゃない。部隊をまとめつつ、市民階級を含めた非戦闘階級を援護しながら移動する、いわば撤退戦のようなものだ。

 だから、いつまでも同じところに戦線を張っている訳には行かない。とにかく、1日でも早く、イレース星系へとたどり着かないとならないからだ。さっき言った1週間、と言うのは、要するに、疲弊しきった部隊を整え直して出発するための補給って訳なんだが、そうなると、もう来週には、俺達の部隊もここを引き払うことになる。

 可哀想だが、ついて来れない者、捕虜にされてしまった者に対して、救出に向かう余裕はもうない。

「じゃから、わしらがここを離れる前に、あやつを取り戻さんとならねーだぎゃあぁっっ!!」

「それに、奴らがボンズマンの儀式を行う前に、取り戻さねばならねーだぎゃ!隊長は誇り高き戦士だで、そうなれば迷わずボンズレフの道を選ぶぎゃあぁぁっっ!!」

 ・・・・・・おいおい、それじゃ、命惜しさにボンズコードを受け入れた、俺の立場は?

「・・・・・・まあ、事情は良くわかりました。私も、全力を尽くします」

 はてさて、そうは言ってみたものの、どうしようかな。装甲を含む外装品は、そこいらのジャンクパーツや予備部品で、すぐにでもどうにかなるとして、問題は中身だ。制御系統、特に火器管制系統がズタズタだ。本当に、さっき言った予備部品の到着を待つか、あるいは、いっそ新品を受領した方が手っ取り早そうな見事な壊れっぷりだ。

 しかし、そうはいかないのは、俺達の状況が示している通りだし、その場の雰囲気に流されてしまったとは言え、一度何とかして見せると言った以上、ここで諦めるのは技術屋の沽券にかかわる。こうなったら、とにかく使えるようにして見せるしかない。




「・・・・・・これで、良しと」

 パワーチェックは異常なし、駆動系も電装系も問題なく作動している。FCSも、流用パーツやら何やらを組み込んで、どうにか実戦の使用に耐えるレベルまで修復した。ただ、ひとつだけ問題が残った。そう、センサーからFCSを経由し、それら管制指令を各部火器に伝達するサーキットだ。

 こともあろうに、この部品が完全に焼き切れていたため、どう頑張っても復旧は無理だった。こいつだけは、純正部品がないとどうにもならない。だが、そんなことも言っていられない。そして、考えあぐねた結果、ジャンクパーツや流用パーツを使って、単純な外部コマンドスイッチ式のサーキットを自作した。それに、安全性にちと問題があるから、あまり胸を張っては言えないが、ここぞと言う時の秘密兵器も載せてみた。

 一応戦闘能力を取り戻すまでに修復したとは言え、本人達を呼んで、実際にテストしてもらうことにしたんだが・・・・・・。

「ぐあっっ!?」

「どーしたんだぎゃ、クルツ殿?」

「い、いや・・・。なんでもない、さ、さっそくテストしてみてくれ・・・・・・」

「おう!合点だぎゃ!!」

「楽しみだがね!」

 仕度を済ませてハンガーに現れたエドとサミーの姿を見た瞬間、俺は不覚にもみっともない声を上げてしまった。それはともかく、激しく動揺する心を抑えて、彼らのバトルアーマーを指差す。そして、彼らは、ハンガーにおいてある自分達のバトルアーマーを見るなり、嬉々とした表情で着装を始めていた。

 ・・・・・・エレメンタル・バトルスーツのアンダーウェアって、ありゃ、まんま全身網タイツじゃねぇか・・・・・・。しかも、他に着ているもんって言ったら、ビキニパンツ一丁だ。って言うか、その格好でここまで歩いてきたのかよ・・・・・・。

 しまった、精神力の中枢に致命的命中だ・・・・・・。いくらなんでも、筋肉モリモリのマッチョマンが、そりゃねえだろう、って感じだ。・・・・・・いや、待てよ。ここは発想の転換だ、エレメンタルには、もちろん女性もいる。彼女達がこれを着た姿を想像して・・・・・・。

 ・・・・・・・・・母さん、僕が馬鹿でした。

 ひとしきりハンガーの床に突っ伏して自己嫌悪に浸った後、俺を心配するふたりの声を、愛想笑いでどうにかごまかし、残った気力を総動員して精神に再起動をかけることに成功した。そして、ひととおりテストとレクチャーをし、実際に稼動させてもらった所、2人共、とりあえず修理の結果に納得してくれたようだった。

「ぅおおおっ!さすがは兄貴だぎゃああああっ!ここまで完璧に直してくれるとはああぁぁっっ!!」

「さすが、マティルダ姐さんが見込んだ男だぎゃああぁぁっっ!!」

 まさに狂喜乱舞、と言った様子で、屑鉄人形から戦闘人形へと復活を果たした、トード・タイプのバトルアーマー達が、気合の入ったポージングをキメている。弾薬は搭載していないとは言え、こっちを向かれてやられると、どうにも心臓に悪い。

 え?ああ、前に言った外部コマンドってのな。ありゃ、早い話が特定のポーズをバトルアーマーにさせることでスイッチが入るってやつなんだ。なに?ふざけてるぅ!?馬鹿言え!部品が手に入らない以上、他にどんな方法があるって言うんだよ!!

 ・・・・・・悪い、寝不足で少しイラついてた。気を悪くしたなら謝るよ。・・・・・・それにしても、俺はいつの間にか『兄貴』にランクアップされている。別に不服な訳じゃないが、どうにも危険な領域に足を突っ込んだような気がして、どうにも漠然とした不安が拭いきれない。

 でも、何はともあれ、これでやっと肩の荷が下りた感じがした。確かに、メックをレストアするよりはマシとは言え、貴重な休みを潰した2日間、ほとんど徹夜勝負で2体のバトルアーマーを修理したんだ。後は、彼らの頑張り次第だ。俺は、少し寝かせてもらうよ。

「よし!エドよ!さっそく奴らから、我らがシブキンを取り戻すんだぎゃあ!」

「ぅおお!所有の神判を申し込むんだがや!?サミー!!」

「その通りだでよ!我ら3人にかかれば、奴らなど蹴散らしてくれるだぎゃあ!!」

 そうそう、その意気だ。って・・・・・・3人?

「わしらのパゥアーと、兄貴の頭脳があれば、何も怖いもんなしだぎゃああぁぁっっ!!」

「ぅおおぉんっ!!そのとおりだぎゃああぁぁっっ!サミーッッ!!」

「と言う訳で、兄貴ィィ!!3人の力を、ヂェイドファルコンの奴らに見せてやるんだぎゃああぁぁっっ!!」

 ・・・・・・そ、そんな馬鹿な!な、何でそんな話に!?

「お、クルツ。こんなとこにいたんかみゃあ?」

 ディ、ディオーネ!?いい所に!た、助けてくれ!

「う〜ん、最近のうちのヴィジョンは、ますます冴えとるだぎゃあ。ふへっ、自分の才能が怖いだぎゃ」

「あ、あの、それは一体・・・・・・」

「よー聞ーてくれただぎゃ!『知略篤き翡翠の隼に挑みしふたりの巨人、かの者達は、白き短剣の放つ光に導かれ、その手に勝利をつかむであろう』と、大いなる意思に、畏敬と信仰の極みを。だぎゃ」

 ディ、ディオーネお姉様!?お待ちになって!!

「ぅうおおおぉぉんっっ!さすがはディオーネ姐さんだぎゃああぁぁっっ!!予言がこう申されている以上、わしら3人は怖いもんなしだぎゃああぁぁっっ!!」

 滅茶苦茶怖いものだらけだよ!!

「クルツ、これはうちが昔使ぉとった装備だぎゃ。背丈は一緒ぐれーだしが、まあ、横幅はアジャストでどーにでもなるだぎゃ」

 ディオーネは、自分で引っ張ってきたリヤカーに積み込んだ、ボディアーマーやら戦闘服やらをてきぱきと広げだした。

「それと、これはトラ坊とロークからだぎゃ」

 指揮官用高性能無線機と、フルオート・マシンピストルだねぇ。無線機はいいとして、こんな化け物、俺に撃てるのか・・・・・・?い、いや!そうじゃなくて!!

「いや〜、それにしても、おみゃーもとうとうやる気を出す気になったかみゃあ。これでうまく行きゃー、おみゃーも晴れて戦士の仲間入りだぎゃ」

 ・・・・・・戦士より、戦死者の仲間入りをしそうな気がするよ・・・・・・。

「あと、これはお守りだぎゃ」

 そう言うと、ディオーネは俺にライター位の大きさの金属ケースを手渡した。・・・・・・何だ、何が入っているんだろう・・・?

「このたーけ!こんなとこで開ける奴があるだがや!!」

「す、すみません・・・・・・!?」

 顔を真っ赤にしたディオーネに、物凄い剣幕で怒られた。な、なんだかなぁ・・・・・・?

 それにしても、次から次へと、事態がおかしな方向へと転がっていく。思えば、あの時、余計な野次馬根性を出したばっかりに、このざまだ。

 痛っ・・・・・・?

 左の胸ポケットの中で、何かが刺さった。ほんの一回だけ、小さく、しかし確かな鋭さで布地を通して肌に届いた刺の正体は、いつもポケットに持ち歩いている、小さな銀細工だった。ノヴァキャットのエンブレムをかたどったそれは、ひびが入り、所々欠け落ちていたから、布切れに包んでおいてあったはずだった。

 非難するようにも、たしなめるようにも感じる、銀色の痛み。・・・・・・ああ、そうだな。それじゃ、ひとつ、頑張ってみるよ。




「エド、姿勢が高すぎる。もう少し回りの地形や遮蔽物と合わせてくれ、それで相手の目を数秒はごまかせる」

『りょ、了解じゃ、兄貴』

『よし。サミー、このまま警戒しながら前進。うまく行けば、連中の側面を突ける』

『了解じゃ、兄貴』

 俺とエド、そしてサミーの3人は、ジェイドファルコンの機械化歩兵1個スターに対して所有の神判をもって対決することになった。

 もちろん、先日の戦闘で捕虜になった、彼らの隊長をかけての真剣勝負だ。いやいや、1個スターだからといって甘くは見れない。何せ、向こうはアーバンメックがいる。火力支援が強力なだけに、いくらこちらがエレメンタル・バトルアーマーが2機いるとしても、決して油断はできない。エレメンタルに対して、1個スターはいくらなんでも少ないんじゃないか。と思っていたが、まさかこういうオチがつくとはな。

 見たところ、まだIICタイプではないようだ。あちらさんも、俺らと同じセカンドライン級の部隊なんだろう。いくらアーバンが軽量級とはいえ、IICタイプだったらどえらいことになる所だった。まあ、それがせめてもの救いって奴かな。

 ともあれ、いかに手早くアーバンを黙らせるかが勝負の分かれ目になるんだが、どうも、そう簡単にはいかない。まあ、それはわかっていたことだがね。

 出来るなら、隊長を狙撃して指揮系統を一時でも混乱させられればやりやすいんだが、こうしてみた感じ、どいつもこいつもみんな同じ装備をしている上に、立ち居振る舞いを見ても簡単に判別できない。もしかしたら、アーバンのパイロットがそうなのかもしれない。どの道、奴を潰さないことには勝利はないんだが・・・・・・。

 それに、交戦入札で名前が挙がっていた、狙撃ライフル分隊の姿が見えない。見えないのが当たり前とわかっちゃいるが、それだけに余計気味が悪い。くそぅ、一体どういう配置をしているんだか。まったく、うまく隠蔽させたもんだ。

 俺は、蓑虫のように体に巻きつけたギリースーツから、なるべく手足が出ないように注意しながら、もう一度双眼鏡を覗き込む。エドとサミーも、最初難色を示していたものの、今の所素直にギリースーツを被っていてくれているようだ。

 彼らには申し訳ないが、俺は隠蔽行動をとりながら、彼らの後方から指揮を取りつつ前進させてもらっている。こっちは拳銃弾一発喰らってもヤバいことになる。ましてや、狙撃兵に狙われたら、それこそ一巻の終わりだ。

 欲を言えば、偵察バイクで出たい所だったが、こっそり懐まで侵入して暴れてやろうというのに、やかましいエンジン音をがなり立てて走り回る訳にもいかないから、まあ、これはこれで仕方ない。

 ともあれ、敵の陣地に肉薄するまでは、なるべく目立たないようにしてもらわなければならない。彼らが、その本領を発揮して暴れまくるのは、奴らの懐に潜り込んだその時だ。まあ、その件に関しても、彼らは了解を示してくれた。

 まさか、向こうもエレメンタルが巧妙に偽装しつつ、じわじわと自分達の陣地ににじり寄っているなどと、想像すらしていないらしい。そして、目論見どおり相手の陣容が観察できるポイントを確保できた。

 なるほど、人員の配置や火器の配分はなかなか隙がないな。どこから攻めても、確実な反撃ができる配置になっている上、必要とあらば、網の目に張り巡らされた塹壕で、すぐに応援を配置できるようにしてある。

 そして、陣地の中央に鎮座ましましてるアーバンメックがそのオートキャノンの砲身を光らせ、いつでも支援砲撃を出来る体勢になっている。まったく、さすがは防衛戦の花形と言われただけのことはある。

 それより、ようやくその姿を見つけた狙撃銃装備の戦闘員の数が、心なし多いような気がする。しかも、連中、アンチマテリアル・ライフルではなく、通常の狙撃ライフルを持っている。

 奴らは間違いなく、あのふたりじゃなく俺を狙っている。わざわざツーマンセルの狙撃システムを組んでいる辺り、どうやら、あちらさんは俺を確実に潰す気でいるらしい。

 そもそも、交戦入札に出向いた時、ふたりが、俺をやたら『兄貴』と呼んだおかげで、俺をただのおまけとは片付けなかったらしい。これは、ますます厄介なことになった。

 俺達3人でジェイドファルコンの陣地に赴き、所有の神判を申し入れにいった時のことだ。わざわざ捕虜ひとりに対して神判をブチ上げたこともそうだったが、あちらさんのスターコマンダーは、交戦入札の場において俺達が提示した戦力に、エレメンタルふたりはともかくとして、通常の歩兵装備で神判に臨む俺に、あからさまな哀れみと嘲笑を隠そうともしなかった。

『まあ、真っ先に死ぬのはお前だろうな』

 そんな顔で俺を見た奴は、後はまったく気にも留めてさえいない様子だった。くそう、こっちだって好きでやってるわけじゃないんだ。

 だが、そんな泣き言も言ってられない。最後まで自分のするべきことを精一杯やっておかないと、万が一あっちに逝った時、母さんやあいつに顔向けできない。




 ディオーネの神託を聞いたということもあってか、彼らは意外なほど素直に俺の指示に従ってくれた。その甲斐もあってか、俺達は、十分奇襲をかけられるに足りる地点まで接近することが出来た。

 それにしても、典型的なバンカーヒルだ。見通しの聞く斜面に障害物、そして、同心円上に作られた塹壕や掩体。それに、もしかしたらクレイモアもしかけてあるかもしれない。こっから先がやっかいだ。

 エドとサミーは、バトルアーマーがあるから多少の弾幕にも融通は利く。だが、俺はM3ヘルメットとボディアーマー、そしてモリタ式コンポジットライフルだけ。早い話、LMGの一斉射を1回浴びただけで、ジ・エンドだ。

「エド、サミー、聞いてくれ。あと50メートルほど、ウサギ跳び前進で接近する。バンカーの裾に取り付いたら、一斉に突撃を開始。攻撃優先順位は、メック、対装甲火器装備歩兵、通常歩兵の順だ・・・・・・あ」

『兄貴、どうしただぎゃ?』

「・・・・・・すまん、ドジった」

『な、なにがあったんだぎゃ、兄貴!』

「・・・・・・地雷だ、気をつけろ、やつら、バンカーの周りに地雷原を敷いてやがった。多分バトルアーマーには効果はないだろうが、念のためセンサーで感知してから行ってくれ。俺のほうは自分で何とかしてみる」

 ・・・・・・これは冗談抜きでヤバい、足元で鳴った微かなスイッチ音。すぐに信管が作動しないから、従来型の奴だろうが、それでもこの足をどけた瞬間、俺の右足は間違いなく50センチは短くなるだろう。

 マズい、ここまできて、完全なミスだ。しかし、今さらそう言ってもしょうがない。コンバットナイフを抜き、それをブーツの下に差し込むと、手探り状態で信管の位置を探す。だが、確実に信管の真上に刃を置かないと、ほんの1センチずれていただけでも、俺は地雷に吹っ飛ばされる。畜生、なんてこった。

『・・・・・・兄貴!』

「サ、サミー?お前・・・・・・!」

 引き返してきたサミーのバトルアーマーが、俺の前に現れる。

「心配してくれるのはありがたいが、バトルアーマーじゃ細かい作業は無理だ。それより、エドをひとりにしておくと危ない!」

『兄貴、わしらに任せてくれみゃあ!・・・・・・準備はえーだぎゃ?エド!』

『おう、任せてくれみゃあ!』

「・・・・・・な、何をする気だ?」

『静かに、兄貴!舌を噛んでしもうたらアウトだぎゃ!』

「・・・・・・お?どわっ!?」

 バトルアーマーのマニュピレーターが、俺の襟首を掴んだ瞬間、俺はカタパルトから発射された気圏戦闘機のように、物凄い勢いで放り投げられた。そして、一瞬だけ、地雷の破裂音とともに爆煙に包まれている、サミーのバトルアーマーの姿が見えた。

「痛っ!?」

 ヘルメット越しとはいえ、壁に頭をぶつけたような衝撃。気がつくと、サミーに放り投げられていた俺は、エドのバトルアーマーにキャッチされていた。

『大丈夫だがや?兄貴!』

「痛ぇ・・・・・・ああ、それよりすまない、今ので奴らに気付かれたはずだ!エド!サミー!作戦変更、正面突破だ!全火力で突撃!一秒でも早くアーバンを潰す!」

『合点だぎゃあ!兄貴ィィ!!』

「畜生!行くぞ、突撃!!」

『うおおおぉぉぉっっ!!』

 早速のように打ち込まれてきた機銃掃射と、炸裂する砲撃の破片を前に、2人は俺の前に壁のように立ちはだかった。そして、事前に申し伝えておいた、外部コマンドを入力する動作を取った。

『いぃくだぎゃあ!情熱のガッツポォズ!!』

 いわゆる、フロント・バイ・セップスと呼ばれる、ボディビルダーのようなポーズをキメた瞬間、ランチャーからSRMが打ち出され、それらは一瞬で分隊支援機関銃隊の塹壕や掩体を吹き飛ばし、アーバンメックの巨体を一瞬沈黙させる。

『ぬぅおりゃああああぁぁっっ!!突撃ッ!突撃ィィッッ!!』

『祭だぎゃ!祭だぎゃああぁぁっっ!!』

 怒号をあげながら突撃する彼らに呼応するように、敵陣地からも激しい機銃掃射の銃声が鳴り響いた。

 もうこうなったら、誰もあのふたりを止められない。今まで、コソコソ陣地に忍び寄ってきた努力が馬鹿々々しくなる勢いで突進し、地雷を踏み潰し、銃弾を弾き返し、爆炎をかいくぐりながら、ふたりのエレメンタルはありとあらゆる抵抗を粉砕して突撃前進する。


 レーザーがトーチカを貫徹して、内部誘爆の炎が吹き上がり、SRMが塹壕を吹き飛ばし、狙撃兵が人形のように宙を舞った。

『ビィルド・アップ!!』

『ウェィクアップ・シンボル!!』

 意味不明の怒声を上げながら、サミーとエドはポーズと共に撃ち出されるミサイルやレーザーで、トーチカや塹壕を蹂躙し蹴散らしていく。その、メックの魅力をぎゅっと濃縮。といった風情の彼らに、俺はコンポジットライフルの弾幕を張りながら、必死にその後を追いかける。

「どわっ!?」

 足元の塹壕に気づかず、俺はみっともなくその中に転落した。が、その瞬間、頭の上から凄まじい爆音とともに、砲撃で吹き上げられた土砂が滝のように降りかかり、わけもわからないまま生き埋めにされかかった。

 そして、どうにか頭を出した瞬間、そこに見えた光景に、自分でも表情が凍りつくのがはっきりわかった。

 目の前の小石が、ポップコーンのように跳ね上がるほどの地響きを踏み鳴らし、陽炎にゆらめく見上げんばかりの鋼鉄の巨体が、長大なオートキャノンの砲身を振りかざしながら、まっすぐこちらへと向かってくる。

『兄貴ィ!メックだぎゃあ!』

『こいつをブッ潰せば、わしらの勝ちだぎゃあ!ゆくだぎゃ!エド!!』

 俺は、海亀の子供のように、ほうほうの体で半分埋もれた塹壕から這い出すと、再び別の塹壕の中に飛び込んだ。自分でも必死でわからなかったが、とうとう陣地の中枢まで迫っていたようだ。よし!ここまでくればもう一息だ!

 塹壕伝いに移動しながら、コンポジットライフルの20ミリグレネードで狙撃兵や歩兵の潜む場所を吹き飛ばし、ふたりの援護をしながら駆けずり回る。とてもじゃないが、メック相手じゃ、このモリタ式じゃ歯が立たない。だが、バトルアーマー達も、やはり完全な本調子でないのがたたっているのか、AC10の至近砲撃とS・レーザーの執拗な掃射の前に、かなり苦戦している様子だった。

『どぅおっ!?』

『あ、兄貴ィィ!!』

 S・レーザーの直撃を受けたバトルアーマーの正面装甲が、激しく火花を上げる。一方、アーバンメックのパイロットも、かなりの熟練者らしく、ジャンプジェットで巧みな回避機動を織り交ぜながら距離を保ちつつ、激しい弾幕をふたりに浴びせかけている。

『どぅおわあぁぁっっ!!』

 彼らの直近で炸裂した砲弾の破片が、SRMランチャーに直撃し、バトルアーマーを包み込むような凄まじい誘爆を起こす光景に、一瞬腹の底が凍りつく。だが、CASE構造を応用して、ランチャーの外板が吹っ飛ぶように改修しておいたのが功を奏したか、物凄い爆炎が上がったが、ふたりはなんとか無事のようだ。

 しかし、そう悠長なことも言ってられない。さすがに、爆発の衝撃はかなりこたえたらしく、凄まじい衝撃波で突き飛ばされるように転倒した所を、追い討ちのようにレーザーの斉射を浴びせかけられ、陸に放り投げられた海老のように手足を痙攣させている。

 ミサイルランチャーを吹っ飛ばされたふたりは、残ったレーザーとヘビーマシンガンで必死に応戦するが、アーバンメックはすかさずジャンプジェットを噴かし、その巨体を浮き上がらせて、取り付こうとする彼らから巧みに間合いを取ると、逆に濃密な弾幕を浴びせかけてきた。

『ぬぅおおぉぉっっ!?』

『あ、兄貴ィィ!!』

「諦めるな!ここで俺達が諦めたら、お前達の隊長はどうなる!!」

 俺達は、猛り狂う巨象に立ち向かう猟師のように、それぞれの武器で死に物狂いで応戦するが、アーバンメックはジャンプジェットを巧みに使いながら、的確な痛撃を繰り出してくる。くそっ!俺があの時、地雷なんぞ踏まなけりゃ!

「・・・・・・あ?」

 狙い済ましたかのような、左胸の激痛。全身を揺さぶり、引き裂くような衝撃。

 撃たれた

 そう理解しながら、俺は反動で地面にひっくり返ると、そのまま意識が暗転した。




『うおおっっ!サミー!!兄貴があぁぁっっ!!』

『ぐあぁぁっっ!よぉくも兄貴をぉぉっっ!!』


 舞い上がる土埃の中、ふたりのエレメンタルは、左胸に開いたボディアーマーの破口から血を流し、地面に横たわるクルツの姿を見る。その体は、放り捨てられた人形のように、ぐったりと弛緩しきっていた。

『お、おのれぇぇっっ!!』

『もう許してあげません!!』

 彼らは、阿修羅のごとき形相でアーバンメックの正面に仁王立ちする。そして、アーバンメックも、この満身創痍となった、ボロボロのバトルアーマーをまとったエレメンタルに、AC10の砲口を向けた。

『ゆくぞ!我らの魂の叫びぃぃっっ!!』

『究極のガッツポォズ!!』

 彼らは、クルツから使用は一度きりと言われていた、リミッターもセーフティも完全無視の、バトルアーマーの全エネルギーをドライブさせた、ラージレーザー並の威力を持つ、文字通り切り札であるレーザーの入力ポーズを、迷いなく、そして渾身の力を込めて形作った。その瞬間、2人のレーザーポッドから高出力レーザーが発射された瞬間、腕部とエネルギーパックを経由するバイパスに設置された、外付けのコンデンサーパックが小爆発を起こして吹き飛んだ。

『エレメンタル・ビィィィ――ッッム!!』

 彼らの叫びと同時に、ほとんど零距離から発射された白く輝く二条の光芒は、アーバンメックの巨体を貫いていた。




「このデカブツ!おみゃーがいたら、治るもんも治らねーだぎゃ!」

「その言葉、そっくりお返ししよう。お前のような騒がしい者がいたら、クルツの傷に障るというもの」

「こ、この!」

 ・・・・・・よう、悪いけど、狸寝入りをしたまま失礼するよ。少しばかり、やっかいなことになってるんでね。え?死んだんじゃなかったのかって?・・・・・・おいおい、そりゃないだろ。勝手に人を殺さないでくれよ。

 確かにあの時、俺は生き残っていた狙撃兵に撃たれたんだが、ポケットの中にあった銀細工に弾が当たってね、肉にめり込んだだけで済んだんだ。まあ、大怪我で済んだ訳だが、衝撃は半端じゃなかったから、あのまま気を失った。だから、撃ったほうも間違いなく仕留めたと思ってくれたんだろうな。

 ディオーネからもらったお守りは、見事に貫通されてたよ。まあ、ボディアーマーとこのお守りで威力が削られて、銀細工でも銃弾を止められたんだな。戦闘中に、金属品をいろいろごちゃごちゃ持っていくのは危険だとはわかっていたが、どうしても置いていく気にゃなれなかった。まあ、結果として、それが俺を助けてくれたんだけどな。

 ただ、中に入っていた、あの髪の毛だかなんだかわからんものは、ありゃいったいなんなのやら。

 しかし、こんな映画みたいなことが、本当にあるんだな。正直、驚くやらあきれるやらだ。それと、戦闘の方だが、あの後、あのふたりがアーバンメックを大破させて、見事勝ちを収めたそうだ。まあ、だから俺はここで寝ていられるんだけどな。

「とにかく、ここにいてもかまわないが、それなら隅の方で静かにしていてもらいたい。だいたい、どうしてお前はそんなに騒がしいのか」

 ・・・・・・え?彼女かい?彼女が、件のジェイドファルコンに捕まったって言う、あの2人の隊長だ。見舞いに来ていたふたりが帰った後も、彼女は付き添いをすると言って残っているんだが、同じように見舞いに来ていたマスター達と一緒に来ていたディオーネも、同じように病室に居座ってる。

 と言うか、エド達もマスターも、彼女達が角を突っつき合わせたあたりから、いつの間にか姿が見えなくなっていた。・・・って言った方が正しいかもしれない。

「お、おみゃーは!もうちっと言い方っちゅーもんがあるだぎゃ!」

「これでも、遠慮して言っているつもりだ」

 ・・・・・・弱った。狸寝入りしていても、本当に寝てるわけじゃないから、少ししんどくなってきた。だからと言って、ここで起き出す訳にもいかない。

 贅沢言うなって?やめてくれ、氏族人の女性とエレメンタルじゃ、はなからそんな気の利いた話になる訳ないだろ。なんだったら、代わってくれ。

・・・・・・まったく、正直疲れた。もう、二度とエレメンタルに関わるのはよすよ。




スーパー・ブラザー



戻る