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母屋2012年12月

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大雪1月14日

 

 悠遊愚舎

 競争と経済成長を第一義とする近・現代社会は、社会に住む人間に脅迫的な開発行為をを強いる。お金に利子が付けられると、借りた人間は借りた以上のもの稼ぎ出さないと返済出来ない。自己の判断は許されず、程度を越えて労働・生産を強いられる。

 当然、自然環境が破壊され、人々の間の貧富の差は拡大する。強いられた暮らしの不快がそれぞれの暮らす人々の限界を超えれば、そこに暴力・紛争・戦争など人間関係・社会関係が壊されていく。

 運輸や情報などの交通システムは世界的規模に拡がり、加速化している。旧来の「近代資本主義システムは」その統御能力を失っている。2001年9月11日、アメリカの同時多発テロ以降の国際政治、2008年9月15日リーマン・ショック以降の国際経済、2011年3月11日東日本大震災・福島原発事故に象徴される自然統御のあり方など、その破綻状況は世界の人々の生活を翻弄している。

 なんとかこの状況を変えていかなければならないと思う。インターネットやフェイスブック・ツイッター・ユーチューブなどのソーシャルメディアを背景に、新しいオールタナティブな社会を産み出そうとする動きがたくさん出てきている。世界が変わる大きな変動期を感じる。

 第二次世界大戦の終了後、生を受けた。その後、世紀後半を生きて、『非学校化(脱学校化)の試み』の仕事を暮らしの稼ぎのなかでやってきた。近代資本主義システムの行き詰まり・破綻のなか、生命活動を維持する身体機能の減退期に入っている私だが(だから?)、その続きを今度は少し自分勝手な『試み』として、やろうと思った。(住む場所を見つけ、その古民家を再生して、セルフビルドを続ける過程については「住居カテゴリー」の「民家再生(時系列に記述)」をご覧下さい)

 現代の生活が、オール電化、オールシステムコントロール、オール専門家にゆだねられ、自然やものとの係わりが薄れ、自分でやることも省力で失われていく。自分で感じることも、自分で考えることも、コントロールの枠内に狭く限定されちゃうのでは、、、。

 ここでは、なるべく自分の身体を動かす。土、草、木々など自然との感触を味わいながら、出来るだけ自分が道具や機械を使う暮らしをする。感覚の幅をひろげ、ものを使う技能、技術をためし、暮らす。

 そしたら、暮らしの好ましいあり方、社会のシステムの今後のあり方を考えて、広げられていくか、、、、、と思って試みています。

 

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