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  病院(HOSPITAL)
日樹は夢を見ていた
西蘭学院に通っていた中学三年の自分を・・・
それは今から1年前のこと


12月、クリスマス間近のその日はいつになく冷え込んでいた
そのはず、外はすでに一面真っ白な雪化粧をほどこされている

「先生・・・どうして・・・」
日樹は目の前の男が目を伏せてしまい、自分の姿を一切見ようとしないことを
悲しい瞳で縋るように問い続けた

そこは暖のない美術準備室
冷たい床から立ち上がることも出来ずに、いくら懇願しても相手は望みを聞き入れようとはしない

だが決して拒否ではない
己に対する怒りを抑えて男も必死に耐えていたのだ


その証拠に、床に崩れ落とした膝頭に置かれた両手のこぶしは力いっぱいに握り締められていた

「お願い先生・・・僕をみて・・」
何度も何度も繰り返す


先生!・・・

そう声を発していたのだろう
自分の声を耳にして、目を開けた



夢・・・?
眠っていたのか・・・

「日樹!」

目の前にいるのは義兄の朋樹だった
今までに数度見せたことがあるかないかの切羽詰った表情をしていた
会社の重役でもエリートの風貌でなく、義弟の容態を心配するただの一人の男の顔

日樹が運ばれたのは自宅マンションから近い大学付属病院だった
連絡を受け一番に駆けつけた朋樹が片時も放れず付き添い
意識も戻らずうつらうつら眠り続けている日樹をずっと見守っていた

時折、うわごとのように何か言っていたが聞き取れはしなかった
その度に日樹の額へ手を当てそっと髪をなで上げながら

“どうした日樹・・・”
そう囁き続けていたのだ


完全に意識が戻ったのは事故から数時間ほど経った宵の口



日樹の瞳がうつろに開く

「気がついたか?日樹」
義弟を気遣う義兄

「・・・義兄さん?・・・」
義兄の顔がぼやけて映りながらも確認できたようだ

日樹はしばらく辺りの様子をうかがっていた
ゆっくりと目を移す
見知らぬ部屋、指の付け根に刺さる針とそこから伸びる細い管の先には
液体の入った容器が吊り下がっていた

点滴・・・?

そしてどうやらベッドに横たわっている自分をやっと認識する
「ここは・・・?」
「病院だよ」
「・・・病院?」

上体を起こそうと体を動かした時、全身に鈍い痛みが走り同時にクラっと眩暈が襲う
頭もズキズキと重く、思わず頭を押さえた腕には擦り傷があった

「動いては駄目だ!」
とっさに日樹の体を押さえ、もう一度ベッドに横たえさせる

「事故にあったことを覚えているか?」
「・・・事故?」
「左足の大腿骨を骨折してる」
「・・・足を・・・」
誰よりも慎重な日樹、なのにこの不注意とも言える事故・・・
陸上選手の日樹には残酷な言葉

まるで自分の体ではないような
そうか、だから感覚がいつもと違うのか・・・
日樹は事の次第を少しづつ理解していく

足にはベッドの柵越しに牽引のおもりが下げられている


『幸い頭部は何も異常ありませんでした 
左足大腿骨の骨折は、骨の支えとして二十センチほどの金具を埋め込み約三ヵ月後に取り外すします』

『運動はいつごろから?』

『リハビリは早い時期に始めて結構ですが、激しい運動は金具を外すまで避けてください』

『彼は陸上をやっているのですが、その辺の心配は』

『完治まで時間はかかりますが後遺症は残らないはずです、ですが・・・』


少し前に医師から受けた説明
不安を和らげようと朋樹が事実を包み隠さず伝える
それは気休めではない真実

「安心しろ、少しの間だけ我慢すればまた走れる」
「・・・走れる・・・」
「ああ、だから何も心配いらない」


義兄の言葉に、途切れた記憶が少しずつ繋がっていく
そうだった・・・
部室で自分に対する中傷を聞いてしまったのだ
忘れていた過去 もう記憶から消すことができたと思っていたのは思い違いだった
消えてなどいない

その後、交差点で事故に・・・

胸の奥底にしまいこんだ記憶全てを蘇らせてしまった日樹は今、朋樹から顔を背けた

その夜、けだるい熱に日樹は全身をほとぼらせた

事故
高原