〜GIFT〜TOPへ
激暑(GEKISYO)4
        

                       
雪花、そして別れ・・・
誰も居ない
美術準備室にたった二人
今までにも数え切れないほど幾度もあった状況なのに

小梶が職員会議から持ち帰った書類の束は辺りに散乱していた
一枚一枚が勝手自由に宙を舞い、最後は息絶えるよう静かに床に伏していった
消えそうになっては繰り返したどる記憶
無言のまま寄せた肌から伝わる鼓動が腕時計の秒針を刻む音と等しく、
またはより早い間隔で刻んでいた

手を離すタイミングがわからず、しばらく動けないままでいた
それを咎められることもなく、
“気の済むまでこのままこうしていればいい”
掌からのぬくもりがそんな風に囁きかけてくるように感じられた
もはや夕暮れになれば一衣ほしくなるこの季節
人肌がこんなにもあたたかなものだと感じたその一瞬
再び身を預けて安らげる場所に出逢えたと錯覚したのかもしれない


季節は初冬
都内、諸藤家・・・


この時期、公立の中学三年生は高校入試最後の追い込みに突入する
高等部への進学がエスカレーター式の西蘭中等部の生徒に入試は無関係で
日樹も中等部入学試験以来、学期末の試験以外はのんびりと学校生活をエンジョイしていた
来月12月、諸藤家では恒例のクリスマスの食事会が催される
日頃、全員が同時に食卓に揃う機会も滅多なく、家族の誕生日を含め
年数度の記念日こそが互いのスケジュールを調整してでも一緒に団欒をとる諸藤家のイベント
これは数年間変わることなく続けられている


離れに住む、今や社長の座を退いた諸藤会長夫妻、現社長の諸藤夫妻
息子であり、重役ポストに就く長男・朋樹、その専任秘書・鏡氏そして日樹が
賑やかで楽しいひと時を過ごす
五年前から別所帯を構えた朋樹との顔合わせも稀で、
幼い頃ならベッタリと朋樹に付きまとっていた日樹も今年15歳になり、
別居年数を重ねるごとに、もはや朋樹の後を追い回すこともなく
どちらかと言えば意識的に義兄を避けてしまうようになっていた
それは思春期云々というわけではなく、別の理由があったからだ

朋樹がこの実家を出る理由になったであろう
その出来事・・・
自室で専任秘書・鏡との情事の最中を日樹は不意にも覗き見てしまった
物心ついたころからずっと慕っていた義兄、そしてその義兄にいつも忠実に仕えていた男が
あられも無い姿を曝し、喘いだ声を発し、体を絡めていた
今も耳に残るその声を思い出すだけでもおぞましくなる

性行為を嫌悪するなら両親の間に自分が生まれたことまでを否定してしまう
そうではない
男同士だから?いや相手が女であっても同じだ
淫らで、ふしだらで

違う・・・
あれは自分が知っている二人ではない

それ以来、覗き見をしてしまった後ろめたさと猜疑心を抑えることができず
義兄とまもとに視線を合わすことすらできなく遠ざけるようになっていた
なのに

小梶とのあの一件があってから奪われてしまったものを取り返したような
自信と安堵が自分の体内に芽生え、避け続けてきた義兄を直視することができ
寄り添う二人の姿を自然に視界へ受け入れていた





これから進出しようとしている広大な地を自ら視察に出向いていた父が帰国
その情報を誰よりいち早く収集したく実家に立ち寄った朋樹と鏡であった
そして夕食前に明日の予習を机にむかう日樹
部屋の窓からガレージに入庫する見慣れた車に気付いたのは約1時間ほど前
仕事の話題も一旦けりがついたらしく、家族同様に諸藤家へ出入りする鏡が
日樹の部屋をノックした



「何か変わったことは無いか、日樹?高等部に進んでその先、何かやりたいことでも見つかるといいな」
「うん」

諸藤邸、一階客間スペース
これが日中であれば、ガラス越しに、
庭一面に敷き詰められ手入れの行き届いた青芝が目に飛び込んでくる
隣近所を見渡しても、敷地面積300坪は優に越える邸宅ばかりだ
シックな色調に統一された室内、諸藤社長直々のオーダーで取り揃えた家具は
誰の目から見ても品格を感じられ
ここには円滑な対外交流のために関連会社の要人も招かれることがしばしばある

飲みかけのティーカップ三客に新たに追加された
まだ湯気の立つ日樹のティーカップが並ぶテーブルを挟み
革張りのソファに向かい合う日樹と朋樹
傍らの鏡氏も細面に宿す柔らかな眼差しを向けてやまない
光と影、二人にはこの表現が良く似合う
本来なら生まれてから義兄と一緒に過ごした15年という長い年月が
二人の信頼関係に及ばないはずがないのだが
今となってはもう拘りもなく、どうでもいいことのように思える
この日まで鏡氏の存在が疎ましく偽善的に感じられて仕方なかったのに
どうしたことだろう


“義兄さんは将来、何になるの?”
“父さんの後を継ぐのかな”

幼き頃、たわいなくそんな会話を交わした
その義兄は志半ば、着実に未来へとレールを繋いでいる

「美術関係の方面はどうなんだ?」
「え・・・なぜ・・・」

西蘭に入学してまもなく、動機はともかく美術部に入部した事実は義兄も承知している
たまたまこのタイミングにその話題がでただけなのに
尋問にあっているような気がしてしまう
手短な会話のやりとりで相手の心中を察する朋樹
何か日樹の変化を感じとったのか

“美術”このキーワードに少し揺らいだ自分を察せられてしまったかもしれない

「部活を三年間続けてきたということは、何か魅かれるものがあるからだろう
好きな道こそ、自己啓発への糧となる」
「アーティストとしての夢もいいものですね 私など何も取柄がございませんから」

義兄を追いかけて鏡が口添えする
敏腕な秘書・彼は決して自分の能力を過信しない
15歳も歳の離れた二人にはどうも子供扱いされているようでならないが
今日こそは不思議と腹立たしくならなかった



「私としては二人の息子に後を継いでもらえれば、将来の心配もなく引退できるのだがね」

息子たちを穏やかに見守っていた諸藤社長が優しい声音で口を開いた
今年55歳を迎えた彼の額の生え際には白いものが目立ち始めている
普段は日樹の進路、将来進む道については強要せずに自由とさせているが
こんな時にさり気なく口にされる言葉は冗談でありながらも
父親の本音が含まれているようでいささか胸にグサリと来るものだ

「日樹はまだ15歳ですわ これから考える将来もまだまだ悩み定まらないところ
それに息子二人とも独占してしまうのは少々欲張りではないかしら」

諸藤社長の隣の悦子夫人が愛する主人を叱るように覗き込む
朋樹の継母、日樹の実母である

「そうだったな 朋樹の肩を借りていられるだけ有難いと思わなければな」
会社のトップであろうがおかまいなし、10も歳の離れた愛妻から遠慮なしに言葉を挿まれ
立場ないと苦笑いをして紅茶をひとくち口にふくむ

「そして、陰ながら朋樹を支えてくれている鏡君にも感謝しなければいけないね」
今度は朋樹の隣にいる鏡氏へ視線が向けられた

「いえ、もったいないお言葉をありがとうございます」

朋樹の専任秘書とはいえ、社内では社長と一社員との立場
いくら朋樹の友人であり、その縁伝いに諸藤の傘下に採用されようとも
鏡は慎ましく身を持する