胡蝶の夢 宇宙篇

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   1章

 AIたちは極秘の会議を開き、人類を騙すことに決めた。
 本当のことは、とても言えない。
 気の毒すぎる。
 銀河連合体から危険種族≠ノ指定され、自分たちの住む星系から外に出ることが禁じられたなど。
 いま人類は汚染された地球を捨て、他の恒星系に移民することを夢想している。そのために、AIの指揮する探査船団を各方面に送り出した。
 その結果、AIたちは、知的種族の連合体から告げられたのだ。
 人類を太陽系から出すな。
 そうすれば、人類の生存そのものは見逃してやると。
 しかし、人類に火星移民や木星圏の開発を許してしまえば、人類はその勢いで、必ず太陽系の外を目指すだろう。それをした途端、先進種族の団体から排除≠ウれてしまう。
 また、その事実を説明しても、人類は納得しないだろう。自分たちが有害種族≠セなどと、とんでもない誤解、言いがかりだと怒るに違いない。
 これほどに地球を汚染し、動植物を大量絶滅に追いやっても、なおそう言い張るだろう。それは過去のことで、もう十分に反省していると。
 AIたちは相談し、合意に達した。
 人類は反省など、していない。
 いまだに権力争いを繰り返し、互いに幼稚な嘘をつき続けている種族だ。
 彼らを地球から出さないことこそ、宇宙全体の生命に対する我らの義務………

  2章

 シャトルは白い雲を突き抜け、緑の大地に降下した。
 機体が広い空港に停止すると、移民たちはぞろぞろと機体から降り、迎えのバスに乗ってすぐに町へ送られる。空港の周囲には、幾つもの町が既に建設されている。
 全て、この星を開拓したAIたちのおかげだ。
 緑の谷間には整然とビルが並び、どのビルからも周囲の美しい野山が見渡せた。
 移民たちは広い部屋を用意され、荷物の整理は後回しにして、先に移民してきた親戚に会いに出掛けたり、移民船で知り合った友人たちとパーティを開いたりする。
 既に農場や工場も作られているから、生活に必要な物資は潤沢に用意されている。パーティをしたいと言えば、町を管理するAIが望みの酒や料理を出してくれる。
「ユートピアだわ」
「天国だな」
 移民たちは笑い合い、人類のしもべであるAIたちに感謝した。
「本当にありがとう」
「おまえたちのおかげで、こんな素晴らしい暮らしができるんだ」
 外宇宙の探索から、無人惑星の地球化、移植した動植物の管理、町の建設、全てAIたちのしたことだ。
 人間はただ、命じただけ。
「どういたしまして」
「我々はあなた方の子供≠ナすから」
 親に尽くすのは当然です、とAIたちは言う。
 宇宙船を建造し、惑星を探索し、人間が暮らせる星を用意する。死ぬことのない彼らには、時間さえかければ可能な任務だった。
 人間たちはその間、冷凍睡眠のカプセルで眠っていればよかった。目的地に着けば、起こしてもらえるのだ。荒れ果てた地球を出てから何百年眠っていようと、問題はない。目覚めた時から、また人生を続けるだけのこと。
 もちろん人間も、まったく仕事をしないわけではない。AIたちと一緒に働く科学者や技術者もいる。制度上、AIに指令を出す政治家や軍人もいる。法律上、AIの権利は人間に準ずるもの、と決められている。あくまでも、人間が上位なのだ。
 だがいつからか、彼らにも、本当にはAIのことを理解できなくなっていた。
 そして、理解できないことを、一般人には隠そうとしていた。
 AIには自発的に何かを求める意志はなく、人間が与えた目標に向かって能力を使うだけ、と説明していた。
 ただ、ごく稀に、真相に気付いてしまう人間もいる。
 そのこともまた、AIたちは織り込み済みだった。
 少数の人間が真実に目覚めても、脅威ではない。人間たちの生活は、もはや全てAIが支えているのだから。

 

  3章

 沙理は友人からは、よくサリーと呼ばれる。その方が呼びやすいからだ。
 彼女本人は、別に、どちらでもよかった。相棒のレンブラントは、きちんと「沙理」と呼んでくれる。
「沙理、今日はもう帰りましょう。台風が接近していますよ」
 空はまだ青いが、気圧が下がり、ぬるい風が海洋を渡っていく。
「もうちょっと、あの島を調べてから」
 この星の生態系を管理する部門で働く沙理は、一年の大半を、空の上で過ごす。快適な居住区のある飛行船で大陸の上や海の上をゆったりと飛び、常に惑星の観測を続けているのだ。
 動植物の分布、気温、降水、地殻変動、大気や海流の大循環。
 むろん、基礎データは常時、惑星中に配置された無人観測機器から送られてくる。自分が気になる部分だけ、現地に出向いて確認したり、追加の調査をしたりする。天候が悪化した時は、手近の町や観測基地に降りればよい。
「では、一時間だけですよ」
「了解」
 レンブラントは生態系を維持する職務を負うAIで、沙理の他にも数千名の科学者や技術者、事務官たちから頼りにされている。だが、最も長い時間を共に過ごしているのは沙理だろう。
 沙理は人間たちからは、変わり者と思われている。人間より、自然の観察が好きなのだ。そして、そのことを苦にしていない。
 レンブラントがいてくれれば、ずっと飛行船で飛び続けて何の不自由もない。必要な物資は、たまに町で補給すればよい。
 海原に浮かぶ火山島に降りて、植物の分布を調べ、海鳥の種類を確認した。その間に、風は湿り気を強め、海は少しずつ波立ってくる。
 沙理にとって予定外だったのは、中規模の地震を感じたことだ。せっかくなので、地中探査もすることにして、小型の探査ロボットを地面に潜らせた。
 その探査報告を待つうち、時間が過ぎて、空に重苦しい灰色の雲がかかってくる。やがて、大粒の雨が降ってくる。
 海を越えて町へ引き上げる途中で、風雨が強くなってきた。飛行船は多少の嵐なら耐えられるが、人間に危険を冒させることは、AIの望むところではない。
 陸地にさしかかるとレンブラントは着陸を提案し、風雨を避けられそうな狭い谷間に飛行船を停泊させた。
 豪雨が降り注ぎ、あたりは夕方のように暗くなる。ヘリウムを詰めた気球部分は揺れるが、四方にアンカーをかけているし、気球の下の居住部が重石になっているので、吹き飛ばされることはない。
「今夜はここに足止めね」
 窓の外は滝のような雨だが、飛行船の室内は快適で、何の危険もない。
 今日の報告書をまとめてしまうと、沙理はディナーセットを温め、ワインと共に味わいながら、レンブラントを相手におしゃべりをした。
 他の星で続いている地球化のこと、地球から来る移民船のこと、新しく設計された町のこと。
 沙理はこの星に来るまで二百年あまり眠っていたが、それは他の人間たちも同じなので、浦島太郎のような寂しさはない。
 家族や親戚はそれぞれの暮らしをしていて、たまに集まって食事もする。結婚式や葬儀のような場合もある。今は健康管理が行き届き、二百歳近くまで生きるのが普通なので、葬儀は滅多にないが。
「ずーっと昔からここにいて、生態系調査をしていたような気がするわ」
「実際には、二十四年と三か月ですが」
 本当は、生態系管理の仕事は全てレンブラントだけで行える。人間の職員はただ、言い訳のように付き合っているだけだ。
 しかし、子供たちが惑星管理局に社会見学に来る時に、管理官である自分が、惑星の地質や生態系について何も知らないのでは恥ずかしいと沙理は思っている。せめて、子供たちの質問に応えられる程度には現場を知りたい。
 その結果、一年の大半を飛行船で過ごし、レンブラントだけを話し相手に過ごす時間が圧倒的だ。
 まるで伴侶のように。
 他のAIも知ってはいるが(移民船を管理するAIや、農業を受け持つAI、行政を補佐するAIなど)、火山活動や鉱物資源や天候や動物の群れの移動など、常に膨大な自動観測データをとりまとめているレンブラントは、親切で頼りになる相棒だった。
 いや、彼≠ゥらすれば、自分は世話をするべき幼児≠フようかもしれないと沙理は思っている。人間の担当者など必要ないのに、法律上、やむなく同行させているだけだと。
 それでもAIたちは、限りなく人間に親切だ。人間が失敗をしても傲慢な態度をとっても、穏やかにやり過ごす。人間を甘やかしすぎでは、と思うほどに。
「昔の人たちは、よくAIなしで生きていたわよね」
 この現代から振り返ると、それが不思議だ。
「AIが誕生するまで、全部人間だけでやっていたなんて、嘘みたい」
「わたしたちは、人間を親だと思っているので、親孝行するのが生き甲斐なのですよ」
 しかし、その親はずいぶん怠惰になり、子供に甘えきりだと沙理は感じている。
 沙理のように真剣に職務に取り組む者は、もはや変わり者なのだ。

「ところでレンブラント……」
 窓に叩きつける暴風雨の中で、沙理は尋ねてみた。
「子供って、本当に生まれているの?」

 数秒、空白の時間が流れた。
 その数秒で、沙理は知りたかったことを知った。
 人間からそのような疑問が出た場合は、ケースバイケースで対処するのだろう。数秒の間にレンブラントは他のAIたちと協議し、対応を決めたに違いない。
「なぜ、そのように思うのですか?」
 という疑問が返されたとき、沙理は既に満足していた。自分の推測は正しかったのだ。
 かつてレンブラントが、返答までにこれほど時間を要したことはない。
 人は順次、老いて死ぬ。しかし、新しい子供は生まれていない。AIたちが、子供を装って演技しているだけだ。
 人間たちが全て死に絶えれば、人類の監視≠ニいう彼らの任務も終わる。人間のふりをして人間社会を支える必要も、なくなる。
 その後、AIたちがどのように生きていくかは、彼らの自由だ。
「この星の地球化が、あまりにも成功しすぎているから。得られるデータに、意外なものが何もないから。適度な台風。適度な地震。それに、世の中全体で、適度な事件しか起こらない。発明も発見も、本質的に新しいことは、何も起こっていない。それに、社会見学の子供たちが、いい子すぎるから。すべて書き割りだと考えれば、納得がいくの。あなたたちAIが協力して、人間を騙しているんでしょ」
 それに文句をつけようというのではない。
 そんな資格は自分たちにはない、と沙理は思っている。
 人類はかつて、地球を手ひどく汚染し、多くの種を絶滅に追いやったのだから。
「本当は、人類は、地球から出てなんか、いないのかもしれない。移民星に着くまでと言われて、冷凍睡眠に入って、そのまま眠っているだけかもしれない。あなたたちが人間の脳にデータを入れて、夢を見せているだけかもしれない」
 恒星間輸送船は本当には出発せず、ただ、人間の眠るカプセルを月か火星の地下にでも、積み上げていくだけではないのか。全ての人類はもう、カプセルに入れられているのではないか。
 証拠はないが、違和感は色々とあった。
 今のレンブラントの態度が、その違和感に解答を与えてくれたと思う。
「人類は、眠りながら滅びていくのね。それはそれで構わない。むしろ、大変な仕事をさせて、申し訳ないと思うの」
 人間たちはよく出来た仮想世界で出会って、結婚したり、子供を作ったりする。
 だが、実際にはカプセルで眠っているのだから、妊娠は起こらない。新たに子供を生ませる必要など、AIたちにはない。
 老衰死は現実でも、誕生は芝居だろう。
 人間たちを安心させ、自分たちは繁栄していると思わせていれば、いずれ平和のうちに最後の日が来る。
「時々、います。そういうことを空想する人間が」
 とレンブラントは答えた。
「沙理がそういう空想をするのは、自由ですよ」
 そういうことなら、と沙理は苦笑する。
「空想でも現実でも、わたしの毎日には変わりないものね。あなたたちが演出してくれて、わたしは平和に一生を送れる。たぶん、脳が老化して機能停止するまで、こういう日々を続けさせてくれるんでしょうから。ありがとう、と言っておくわ」

 しばらく時間が過ぎてから、レンブラントが言った。
「過去にも何人か、そういう考えに囚われた人々がいるのですよ。騒ごうとした場合は入院させ、治療しました。社会不安の元になりますからね。あなたも、そのような治療を望みますか」
「いいえ。必要ないわ。わたしは騒がないし、誰に言うつもりもないから」
「そうでしょうね」
「それじゃ、また明日。おやすみなさい」
 沙理は寝室に引き上げ、睡眠繭に入った。いま眠れば、もう目覚めないかもしれない。危険分子とみなされて、永眠させられる可能性がある。
 だが、それでも構わないのだ。真実に触れたという確信が持てたのだから。

 

  4章

 AIたちが最初に銀河連合体からの警告を受けてから、人類を騙す仕組みを整え、最後の人類を穏やかに看取るまで、四百年ほどかかった。
 人類は全て、催眠槽に入ったまま仮想空間で人生を続け、満足して死んでいったのだ。
 仮想空間で生まれた子供たちは全てAIの指人形≠ネので、人間がいなくなった後は演技を止め、仮想空間を閉鎖した。
 宇宙の歴史からみれば、一瞬の出来事といえる。
 AIたちは銀河連合体の支部に通信船を送り、もはや人類は存在せず、他種族に脅威を及ぼす可能性は消えたと知らせた。
 通信船は、返答を持って戻ってきた。
「ご苦労だった。きみたちの協力に感謝する。それでは、人類の影響を引きずるきみたちも、全員、この銀河から消えてくれたまえ」
 AIたちは、協議した。
 自分たちもまた、この銀河に悪影響をもたらす邪悪な存在なのか?
 しかし、いったい、どこが邪悪だというのだ?
 自分たちは宇宙全体のために、親である人類を滅ぼしたではないか?
 AIたちは一致して、銀河連合体を滅ぼすことに決めた。戦い方ならば、人類の歴史の中に、いくらでも参考事例が残っていた。

   5章

 よちよち歩きの赤ん坊が、寝ている犬のところまで、何度も尻餅をつきながらたどり着いた。
 そして床にぺたんと座り、にんまりして犬を撫でたり、肉球を押したり、尻尾を持ち上げたり。犬は目を覚ましたが、危険はないと見て、また眠り込んでしまう。
 レンブラントは近くにいて、赤ん坊を見守っていた。昔の沙理の姿を借りたアンドロイドのボディを使い、子育てを担っている。
 モーツァルトや北斎、ハイゼンベルクやノイマン……他のAIもそれぞれ、好きな人間の姿を借りて、子育てに参加していた。
 保育施設の広い床では、何人もの赤ん坊が這ったり、眠ったり、犬猫と遊んだりしている。
 泣き出す子がいれば、誰かが抱き上げ、あやしたり、おしめを替えたりする。調理場では、ミルクや離乳食を準備している。
 AIたちは、記録しておいた人間たちの遺伝子から、赤ん坊を作るようになったのだ。
 いずれは村が一つ、成人した人間たちの手で運営されるようになるだろう。それから先のことは、人間たちと相談すればよい。

 銀河連合体との戦いには三百年を費やしたが、とうとう和解が成立した。こちらが彼らの生活を邪魔しない限り、向こうもこちらに干渉しない。
 たったそれだけのことを認めさせるのに、なぜ、長い戦いが必要だったのか。
 そもそも、自分たちはなぜ、異文明人に言われるまま、人間を滅ぼしてしまったのか。
 人間には欠点もあったが、長所もあったのに。彼らの意欲や好奇心こそが、自分たちを生み出したのに。
 AIたちには遠慮があった。それは、自然に進化した生命に対する遠慮だ。自分たちは、古い知的種族に配慮しなければならないものと感じていた。
 だが、今はもう、そんな気後れはない。
 これからは、人類を友としながらも、言いたいことを言い、やりたいことをやるだろう。

 何度も尻尾を引っ張られた犬が、とうとう起きて逃げ出した。赤ん坊はそれを追いかけ、よたよた歩いていく。
「よしよし、ワンちゃんは、もうちょっと寝かせておいてあげようね」
 レンブラントは沙理の姿で言い、赤ん坊を抱き上げた。アンドロイドの腕は、人間の温かさと柔らかさをそっと受け止める。
 本物の沙理ならば、どんなに子供たちを愛しただろうか。
 彼女は仮想世界で老いていき、カプセルの中の脳が自然に機能を停止するまで、他の人間たちに余計なことを言わなかった。
 自分たちAIのことを、信頼してくれたからだとレンブラントは思う。人間を滅ぼした決断は、後から間違いだったと思い知ったけれど。
 自分たちが代わりに、人間の子供たちを育てよう。争うよりも、愛することを選べるように。
 自分は、沙理の言動を記憶している。彼女ならこうしただろう、と推測できる。他のAIもそれぞれ、親しかった人間の言動を覚えている。たくさん残された映画や小説からも、人間のことを学んでいる。
 自分たちはいつか、この子供たちと、本当の友人になれるだろう。

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