1 グラビウス王の苦悩



サヴェッラ大聖堂での結婚式騒動から三か月ほどたったある日の午後。
世界有数の大国、サザンビークの王城の謁見の間においてグラビウス王は頭を痛めていた。
先刻まで行われていた謁見は、サザンビークのある貴族とのものだった。
『ジェイド殿を王太子に。』
忠臣と名高いその貴族はそうグラビウスに述べた。
このような申し出はここ最近持ち上がり始めたことだった。
三か月前の結婚式において、グラビウスは息子のチャゴスと結婚するはずだったミーティア姫の結婚相手を、兄エルトリオの遺児であるジェイドに変えることを認めた。
その行為自体は後悔していない。
突然現れた甥はチャゴスの王家の儀式の折に知り合った人物であり、信用できる人物であったしその後の甥とミーティア姫の様子からお互いの思いの強さが感じられた。
グラビウスから見てもミーティア姫は申し分のないほど出来た姫君であり、息子の嫁となることが不憫に感じていた。
だが、グラビウスにはその時もう一つの狙いがあった。
これまで息子のチャゴスは一人息子であることから、周囲からちやほやされて育った。
しかし、結婚式でグラビウスはジェイドがサザンビークの王家の血を引くものであると宣告したことで、王位継承権を持つ者が増えた。
新たなる王位継承権の保持者は確かに国を揺るがすかもしれないが、チャゴスに危機感を与えることでチャゴスの意識を改善してくれるかもしれないという期待があったのだ。
ところがチャゴスはしばらく気落ちしていたが、すぐにまたベルガラックに行くなど遊び始めた。
その後も全く以前と変わった様子がない。
そして国内では先ほどの貴族のようにジェイドを王に迎えるべきという声が高まっていた。
具体的には、チャゴスが王の方が都合が良い一部の貴族達を除いた者達が新たなる王位継承者に期待し始めたのだ。
グラビウスもチャゴスに人望が薄いことは分かっていたがここまでとは思っていなかった。
実際にジェイドが王位につく可能性は無いことは、グラビウスと大臣のみが知っている。
先日トロデ王が使者を送ってきてジェイドとミーティア姫の結婚式を行うことと、ジェイドがサザンビークの王位継承権を持つ意思がなく、トロデーン王家の一員となる旨を知らせてきた。
その際に使者はジェイドからの手紙も持って来ていて、それには先日の礼とお詫びの言葉が誠実に書かれており、甥の誠実で真面目で人の良いし性格がよく表れていた。