弐章 倭翠館編

 日本海に浮かぶ小さな孤島・蒼戒島、1年を通じて荒波が周りを囲んで船の往来を妨げ、空の天候はいつも寒空のような曇った空気で敷き詰められていた。強風は荒らしを呼び、人の欲望は血の雨と化す。100億という夢のような宝物を探し求めるため、ここに15人の男女が集まった。
 この島の一角にあるヘリポート、そこに3台のヘリコプターが空から舞い降りた。
「うわぁ、すごい風」
聖歌短期大学2回生の森真理子が言った。真理子は大学で伝説研究会のメンバーに入っていたが幽霊部員だった。今回のツアーにも友人の松永久子に誘われたから来ただけだった。久子は研究会に入っていないが埋蔵金に興味を示して父親の友人である鳥山京介に頼み込んでツアーに参加させてもらったのだ。聖歌短大は鳥山栄介が資金を提供している学校法人・欧和会に属していた。栄介は実際、経営には参加していないものの、その発言力は絶大だった。我がもの顔で権力を奮う兄に対して強いコンプレックスを抱いている京介は兄の裏の顔を暴露しようと企んでいた。しかし、その事実はすでに栄介の知るところとなっていたのである。
「こんな遠いところだったとはなぁ…」
那珂島(なかじま)康清が白い息を吐きながらそう漏らした。今の気温はわずか2度だった。
「でもよぉ、なんでお前がいるんだ?」
康清は良平に向かって言った。
「お前こそ、金の誘惑に負けたんか?」
「ふん、お前はどうなんだよ?」
「俺か?、さあてね」
良平は笑いながら言った。康清も笑っていた。いや、笑うと言うより作り笑いをしていた。この2人、実は同期である。しかも、康清は良平に対して強いランバル心を燃やしていたが未だに賞を得ていなかった。良平は別に賞などを気にしていなかったが康清は先に賞を取る一心で作家業に専念していた。今回のツアーに参加したのも良平に勝ちたいという思いがあったからだった。そのために鳥山栄介が菩提寺としている明安寺の住職と倭翠館の宝を博物館に献じて欲しいという仕事一筋の館長を巻き込んだのだ。
「まったく、こんなふざけた連中も参加させるのかね?」
そう言い放ったのは倭翠館について15年も研究している田端良だった。田端は倭翠館伝説研究家という本職の傍ら聖歌短大で教鞭をとっている。真理子が入っている伝説研究会の顧問もしていたがいつも真理子とケンカばかりしていた。相性が合わないと田端が言うが本当はなんなのか全然わからなかった。
「うるさいわねぇ、あんたみたいのがいるから生徒は勉強に身が入らないのよ」
真理子はわざと大きな声で言った。
「な、何を言うんだね!?」
「だってそうじゃないですかぁ!。研究室で何をしているのか知っているんですよ」
真理子は睨みながら言った。田端の挙動がおかしくなる。オドオドした感じになった。
「何を馬鹿なことをっ!」
それでも教師という面目がある以上、生徒である真理子に負い目を持ちたくなかった。表情が真剣になる。そこに穏やかな表情で明安寺の住職が割って入った。
「これこれ、やめぬか」
「あら?、お坊さん、この人の肩を持つ気なの?」
「いいや、そうじゃない。君は今どこにいるかわかっておるのかの?」
「わかっているわよ、蒼戒島でしょ」
「ふぅ…、全然わかっておらんではないか」
「なんですって!」
「もう一度聞く、ここはどこかな?」
「だから、蒼戒島でしょっ!」
真理子は叫んだ。皆が見ている。
「いいや、惨劇の島であり、欲望の島であり、死の島じゃ。目の前のことだけしか見えぬ者たちが集まるところではない。早々に帰りなさい。命は粗末にするものではない」
「ふん、そんなの私の勝手じゃない」
「真理子、やめなよ…」
カンカンに怒っている真理子をなだめるように轟木(とどろき)奈津子が言った。
「うるさいわね、あなたには関係のないことでしょっ!」
すでに真理子には周りが見えていなかった。見えているのは住職の灘清湖(なだ・せいこ)と田端だけだった。そこへ誰かがポツンと言った。
「まだまだ子供だねぇ…」
「なんですって!、今言ったの誰よ!?」
周りを見た。そして、1人の人物が前に出た。鳥山京介である。威勢がよかった真理子はたちまちにして萎縮してしまった。
「おやおや、さきほどの威勢はどこにいってしまわれたのかな?」
住職が言う。
「灘さん、そういじめなさんな」
「ほっほっほっほっほっ、若いもんは元気があってよいのぉ」
「さあ、倭翠館は目の前です。行きましょうか。さあ、みなさんも」
京介は完全にまとめてしまうと全員を倭翠館に連れて行った。

 今回の埋蔵金探しは3人1組と決められていた。もちろん、主催者である鳥山栄介もこれに参加することをすでに表明していた。私は辰也と良平の2人と組むことをすでに伝えてあった。
「ここにいる連中はみんな知り合い同士やな」
良平がそう漏らすと辰也も頷きながら、
「さっきのもめ事も森屋の事件も全部つながっているな」
「ああ、つながっているだろうな」
私は口を開いた。
「そして、犯人もここにいるだろう」
そう言うと2人はほぼ同時に頷いた。
 ヘリポートの周りは森に囲まれていた。海岸線のギリギリまで森に覆い尽くされていたのである。さらに、急な崖が海と接し、北東には高い山がそびえていた。人の住むところなんてないとも思われた。しかし…、
「ほう」
「おおおおお」
「ここか…」
それぞれが違う言葉を発した。開けた森の前には純和風建築が城のようにそびえ建っていた。3階建ての建物だったが一種の旅館のような民宿のような立て住まいだった。先導する京介が説明する。
「正面から見ればボロ宿と思われますがこの倭翠館は3つの屋敷をくっつけているのです。皆様にはここより別れて行動していただく。つまり、この時点より埋蔵金探しは始まっていると解釈してもらいたい。南と東西のいずれかを選んで下さい」
そう言うとざわめきなんてものは聞こえてこなかった。みんな真顔になっている。
「ちょっとぉ!、寝るところはどうするのよっ!」
真理子が叫んだ。
「安心してください。全館1階に寝室を用意しています。1階部分は安全が確認されていますのでご自由に過ごしてください」
京介はそう締めくくると傍らにいた男に、
「どこを選ぶ?」
「そうよなぁ、南にするか」
そう言って京介と共に入って行った。
「ったく、なんなのよっ!。あの人たちはぁ!」
真理子がまた叫ぶ。そんな真理子を横目に目を輝かせていた久子が、
「ほら、行くよ」
「ちょ、ちょっとどこに行くって言うのよっ!」
「私たちも南から行くわよ」
「どうしてよっ!」
「わからないの?、主催者が宝のありかを知らないはずがないでしょ?」
「…それもそうねぇ…」
真理子は久子の一言に納得して京介たちの後に続いた。それを見守っていた住職は康清に、
「どうする?」
「影山さん、あんたならどこを選ぶ?」
選択を博物館館長の影山昌樹に振った。
「東にしよう。北東にある山が気になる」
「わかった。住職もそれでよろしいかな?」
「無論」
住職は頷いた。康清は良平のほうを向いて、
「今度は絶対に負けん!」
そう言って東の屋敷に向かって行った。
「何かあったのか?、あいつと」
私は良平に向かって言った。
「さあ?、こっちが聞きたいくらいだ」
良平は気にしている様子もなかった。
「俺たちはどうするんだ?」
辰也が言った。
「じゃあ、西に行こうか」
私が言うと、
「そうやなぁ、あんたらはどうするんや?」
良平が田端らのほうを向いて言った。
「………」
何も語ろうとしなかった。
「さっきの女の子の威勢に負けたんか?」
「………」
それでも語ろうとしなかった。3人とも黙ったままだった。
「良平、様子がおかしいぞ」
「ああ」
良平は3人のほうへ近づいていく。
「賢也」
「ん?」
「死んでる…」
「何っ!?」
私は近づこうとした。そのとき、上のほうで光るものを見た。ヒュッという音と共に矢が飛んで来たのである。私はこれを難なく避けた。第2矢はなかったため、私は矢に近づいた。
「見ろよ、乾燥したトリカブトが塗られているぞ」
「ああ、こいつらの背中にも刺さっている」
良平は3人の背中を見ながら言った。
「でも、どこから?」
辰也が周りを見る。
「見ろ」
私は地面を示した。地面にへこみがあった。1ミリ程度のへこみだった。
「これか…」
「これなら気づかなかってもおかしくはない」
「こいつらも踏んだんやろなぁ」
「ああ…」
私はゆっくりと周りを見回した。視線には南の屋敷と森だけしか写らなかった。
「これを造った主にぜひとも会ってみたいものだ」
「もしかするといるかもしれないよ」
辰也が言う。
「この倭翠館の中にな」
「おい、こいつらどうする?」
「かわいそうだがそのままにしておこう。おそらく、彼らの足元にも罠の仕掛けがあるだろう」
良平が足元を見る。そして、わずかに頷いた。
「ある…、たしかに…」
「それにしても鳥山栄介はとんでもないところに俺たちを招待してくれたもんだ」
私は言った。
「そんなもん、俺たちが好きで来ているんだ。言い訳にはならんさ」
辰也も口を開いた。
「さて、行くか…」
最後に良平が締めくくった。
「足元に気をつけろよ。わずかに下にさがったら周りを警戒しろ」
「おう」
私の言葉に2人は同時に答えた…。

 西の屋敷、森というよりもいくつもの小さな川に囲まれていた。
「見るだけならいい場所なんだけどなぁ」
「まったくやね」
「さあて、どんな中なんだろうね」
辰也が入り口のドアを開いた。正面には階段が見えた。良平が近くにあった石を持ってきた。
「どうするんだ?、そんなもの」
「罠があったら駄目だろ」
「なるほど…」
私が頷くと同時に1つの石が宙を舞った。良平の手から離れた石は階段の踊り場まで行った。石が踊り場の地面に着くと同時に踊り場の床がガタンと開いた。
「な、言ったやろ?」
「ああ、そのようだな」
私たちは屋敷の中へと身を滑らせた。
 屋敷の中は暖かかった。暖房が入っているらしいが少しすきま風が漏れていた。辰也が階段の踊り場に向かった。
「気をつけろよ」
「ああ」
辰也が答える。辰也は10段ある階段を1つ1つ確認しながら踏んでいく。その踏んだところには印をつけていった。そして、穴を覗いた。上の階段も見る。
「何がある?」
「死体だ」
「何っ!?」
私と良平も辰也のもとに駆け寄る。
「見ろよ」
穴を覗くとまだ死んでまもないと思われる死体があった。男性だった。
「誰かな?」
「鳥山海運に関係があるんやないの?」
「だろうな」
おそらくこの死体は鳥山海運の社員だろう。2階を調べようとして穴に落ちたに違いなかった。穴の底には剣先が立てられていた。
「即死のようだな、かわいそうに…」
私は合掌した。
「しかし…、社員を放置しておく社長も社長だな」
辰也が死体を見ながら言った。
「あの男…」
「ん?」
良平が呟いたと同時に顔を見た。良平の後ろには階段に飾られている絵があった。小さな絵だった。
「裏の男かもしれん」
「かもしれんじゃない、裏の男なのさ」
「どういうことだ?」
今度は良平が私の顔を見た。
「こういうことさ」
私は良平の顔をかすめて後ろの絵を殴りつけた。
「お、おい」
良平は驚いた表情をしていた。
「この絵が証拠さ」
私は潰れた絵を見て言った。その裏から壁に埋め込まれた小型の監視カメラが出てきた。
「これは…」
「俺たちは見張られているんだよ。連中にな」
私はそう言った。
「1階は連中に見張られ、2階は罠だらけ…。本当に安全なところは罠がある場所やな」
良平は溜め息をつきながら言った。
「まあな、行くぞ」
私たちは上へと足を踏み入れた。罠が待ち受ける上へと…。

 その頃、違う場所でも騒ぎになっていた。南の屋敷から入った真理子、久子、奈津子の3人は先に入った京介たちを追っていた。入ったときはすでにその姿はなかった。
「今、入ったばかりなのにどこに行ったのよっ!」
真理子は相変わらずの調子で叫んだ。
「真理子、少しは静かにしなさいよ」
久子が真理子のうるささに嫌気を指して言った。
「なによっ!、文句ある?」
「………」
真理子の怒りがおさまっていないというよりも元々、こういう性格のようだ。そのおかげで2人は真理子とは別に行動を起こそうと思っていた。
「真理子」
「なによ?」
「ちょっと寝室のほう見てきてくれる?」
「寝室?、そうね、いいわよ。最悪なところだったら苦情を言ってやる」
真理子はそう言いながら部屋が並んでいる廊下を歩いて行った。その姿を確認した2人は互いに頷いて上へと続く階段に歩いて行った。入り口の正面にその階段はあった。2人はゆっくりと歩を進める。
「気をつけて、ここに仕掛けがあるはずよ」
久子は持っていたシャープペンシルを踊り場の上に投げた。
「あれ?」
何の反応も示さなかった。
「何も起こらないじゃない」
奈津子が言う。
「う、うん、おかしいなぁ…」
久子は次に鞄を置いた。その瞬間、宙に浮いていたシャンゼリアがものすごい勢いで下りてきたのだ。
 ガッシャアアアアァァァァァーーーーーン…
1階ホールにものすごい音が響き渡り、シャンゼリアの破片が辺りに散らばった。2人はその場に座り込んでしまった。腰が抜けたのだ。
「どうしたのぉっ!!??」
真理子が向こうから走ってきた。
「何があったって言うの!?、こ、これ…」
真理子は散らばったシャンゼリアを見て驚いた。そして、2人のほうを向いた。
「大丈夫っ!?」
2人のところに駆け寄る。
「ケガはしてない?」
「だ、大丈夫…」
久子はわずかに答えるのがやっとだった。奈津子は絶句していた。あるものを見てしまったからだ。
「あ、あ、あ、あ、あ…」
声にならなかった。
「奈津子、大丈夫?」
真理子が肩を揺すりながら言う。
「あ、あ、あ、あ……れ……」
「えっ?、なに?」
後ろを振り向いた真理子もそれを見た。それは3人にとって危険を引き替えにして得た宝への一歩目であった…。

 そして、東の屋敷に入った3人はある部屋に入った。
「見つけたな」
康清が言った。
「ああ、わしも驚いたぞ。こんなところにあったとは」
住職が言う。館長も、
「やはり合っていたか、さすが100億の息子よ」
「おっと、それは言いっこなしですよ。影山さん」
康清は館長の言葉に釘を刺した。住職も頷く。
「そうそう」
3人は頷いた。
「まさか、あの事実が本当だったとは思ってもいなかったぞ」
「言わなかっただけさ」
康清は胸のポケットからたばこを取りだした。箱から1本たばこを取りだして口の端にくわえる。
「だったら、なぜ今まで100億を探そうと思わなかったんだ?」
「遺言だったのさ」
「遺言?」
「ああ、30になるまでに見つけられなかったらお前の命をもらうってね」
「なんだそりゃぁ?」
「さあね、死人がどうやって生きている者を殺すのかねぇ…」
「この罠のことじゃないのか?」
「そうかもしれんが俺たちはそれに引っかからなかった」
康清は自慢げに言った。
「だが油断は禁物じゃぞ」
住職はまだ警戒を怠っていなかった。
「何を弱気になっているんだい、ここにその宝はあるっていうのに」
「だから、その油断が大敵だって言っているんじゃ」
康清はライターを取りだした。
「肝に銘じておくさ。さあて、ここに100億があるはずなんだ。この詩の通りに行けばね」
「本当にこの詩なのか?」
影山が言う。
「何が?」
康清のライターを掴んだ手が止まる。
「本当にこの詩で合っているのか?」
「信じていないのか?」
「いや、そういうわけじゃないがそもそもこの詩はどこから手に入れたものなんだ?」
「親父の形見さ」
「形見?」
「ああ、親父が最後に書き記した詩さ」
康清は内ポケットから1枚の紙を取りだした。その紙にはこう記されていた。
『小さき人たちが 夢を求めるために 歩いていた 空を飛んで 森を抜け 一つの宝を目指した 東に空高くそびえる塔から 光が放たれるとき 光は熱き心と共に その姿を現すだろう』
康清は声を出して読んだ。
「まさしくこの部屋のことさ。熱き心とは太陽のことを指し、光とは宝のことを指しているのさ。そして、ここは高くそびえる塔の中にあるしな」
康清から手渡された詩を読んでいた住職はあることに気づいた。
「ちょっと待て」
「まだ何かあるのかい?」
康清はイライラしながら住職を見た。
「ああ、この詩、おかしいぞ」
「おかしい?、どこが?」
影山も覗き込む。
「光の意味だ」
「光は宝のことだろう?」
住職はあることに気づいたのだ。これも罠だということに。
「康清、この部屋から出るぞ」
「出る?、宝が目の前だって言うのに」
「いいからわしの言うことを聞け」
「ふん」
康清は苛立ってライターの火をつけた。その瞬間…、
ドオオオオォォォォォーーーーーン…
という爆発音が屋敷中に広まったのである…。

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