伍章 鉄砲を好む男

 護間藩鉄砲頭を務める森原弥平太は実直な人間であったが、鉄砲頭として鉄砲や大筒に魅せられてから人柄が変わった。常に鉄砲と共におり、話し掛けると鉄砲の威力や強さのことばかり話すため、変人呼ばわりする者まで現れた。妻は早くに亡くし、娘のお郷には許婚がいる。足軽組頭の大崎鉄之助である。鉄之助は森家より仕えている足軽であったが丹波へ移った時に組頭に出世した。父も祖父も足軽であったこともあり、森原の覚えは良かった。娘の許婚になるには時間はかからなかったという。しかし、近ごろの森原の動向は酷いものであり、鉄之助も何度か讒言をしたが聞き入れてもらえなかった。困った鉄之助はお郷と共に政兼を訪ねてきた。
「あの男がなぁ」
「以前のことを思えば信じられないでしょうが…」
鉄之助の苦悶の表情に政兼は何度も頷く。
「わかった。わしからも一度話をしてみよう」
「よろしくお願いします」
二人は一礼して帰っていく。
「どう思う?」
政兼は傍に控えるお里に聞いた。
「わかるような気がします。鉄砲は刀でも叶わぬことを出来ます。さらにあの威力は凄まじいものです。あれに魅せられた時はすぐにでも手にしたかったはずです」
「たしかに。ただ、魅せられただけなら良いのだがな」
「といいますと?」
「人というものは不思議な生き物でな。欲しいものを手にすれば次は使いたくなってくる」
「的に当てることは弓でも同じかと思います」
「では、的が人であればどうだ?」
「それは…」
「普通ならやるまいが、尋常でなかった時は…」
政兼の懸念は当たることになる。

 翌朝。
「お殿様、お郷殿が参られました」
「何?」
政兼の許にお郷が尋ねてきた。鉄之助は連れてきていない。
「如何致した?」
目が赤く腫れている。
「鉄之助様が…鉄之助様が殺されました…」
「何だと!?」
「陣屋から戻る最中に…」
「軍目付の調べは?」
「城下でしたので…ありませんでした。町奉行所のお調べはありましたが…」
「今の奉行所では無理だろう」
謹慎していた猪刈土佐守が復帰したが、以前のような活発性がなく、奉行は執政である館山勝政が行っているという。勝政は元々奉行所の者ではなく、猪刈の家臣であった。猪刈の謹慎中は代理として職務に当たり、政兼も勝政には何かと目をかけていたが猪刈が良い顔をせず、奉行として満足に動けないことを嘆いた。悲痛な叫びが政兼とお里に当たる。かつての家臣が人殺しとは信じたくなかった。
「仇を討ちとうございます!」
「仇か…武芸の心得はあるのか?」
親子の仇討ちは公儀によって認められているが、許婚の仇討ちは単なる人殺しに過ぎない。それでも、気持ちを曲げないお郷に政兼は力になろうと決意する。
「多少は…」
多少では勝てない。仇が誰であれ本当に勝つ見込みは薄い。ましてや、女の力では男に劣る。
「森原は鉄之助が死んだことを知っているのか?」
「知っています」
「左様か。鉄之助がどのような手口で殺されたか知っているか?」
「いえ…」
「ならば、その辺りは勝政に聞いてみるとしよう。お里」
傍らで聞いていたお里に声をかける。
「はい」
「お郷に基本形を教えてやれ。技は俺が教える」
「わかりました」
お里は用意するために奥に下がる。
「お里はああ見えてもかつての姫将。腕は俺が認める」
「よろしくお願いします」
こうしてお郷はお里から構えや姿勢の基本形を教わる一方で幾天神段流の技を政兼から教授されることになる。

「勝政」
政兼は屋敷を出て城下にある料理屋で勝政に会った。密会のため、供はいない。
「大殿、ご無沙汰しております」
「息災か?」
「はっ、大殿もお変わりないようで」
「うむ、早速だが…」
「はっ、大崎鉄之助の件でございますね」
「なかなか動けなかったと思うが…すまぬな」
「何の。大殿のおかげで燻らずに済みました」
「左様か、本題に入ろう。鉄之助は如何なる手口で殺された?」
「火縄でございまする」
「間違いないか?」
「はい、方角までは判断できませんでしたが弾丸が眉間を捉えていました」
「ふむ、砲術を極めた者でも眉間を狙うことは簡単なことではない」
「左様でございます」
「我が藩にそれだけの者はいるか?」
「残念ながら」
「そうだろうな」
政兼は腕組みをする。
「雇い者であれば出来ぬことはありませぬ」
「雑賀とか?」
「はい、この丹波から紀州は近うございます。ましてや、大坂の近くともあれば…」
その可能性は大きい。
「では、我が藩に他国の者が入った可能性はあるか?」
「無いに等しいと存じます」
「ここはやはり…」
「鉄之助の身近な人物に直接問うしか無いようです」
「わかった。もう一つ頼みたい」
「何なりと」
「万が一、事が起きた場合、町方は動くな」
「事…と申されますと?」
政兼は勝政に耳打ちする。聞いた勝政は驚いた。
「しかし、それは…!」
「よいな」
「は、ははっ」
頭を下げる勝政に政兼はそうっと肩を叩いて酒で喉を潤した…。

 翌朝、政兼は森原の屋敷を訪ねた。
「御免」
編み笠を取りながら屋敷のほうへ叫ぶと森原の娘であるお郷が出てきた。
「こ、これはお殿様!」
「朝早くに済まぬな。森原はいるか?」
「い、いいえ、出ておりまする」
「こんな朝早くにか?」
「はい、朝撃ちをするのが日課になっております」
「どこでしている?」
「この先の鉄砲場にいると存じます」
「わかった」
そう言うと一度屋敷を出て鉄砲場に向かう。鉄砲場は陣屋下にある。木壁で囲まれた鉄砲場は訓練の他に鉄砲を保管する蔵や火薬庫等もあり、火の取り扱いは特に厳しく定められている。さらに、所属している兵も少なくなく、鉄砲頭の森原を初め、鉄砲方、筒方を入れて数百人にもなる。政兼の姿を見つけた鉄砲方与力が曲者と勘違いして刀を手に走ってくる。
「何者か!?」
政兼にとって殺気は心地よいものだが勘違いは大変なことである。与力に家紋入りの煙草入れを見せて誤解を解く。
「こ、これは…」
「護間政兼だ。鉄砲頭森原弥平太はおるか?」
「今は朝撃ちの最中です。しばし、中でお待ち頂きたい」
「構わぬ」
中に入ると数名の兵がいる。平伏しようとするのを止め、中で足を休めていると森原がやって来た。
「これは大殿」
「久しいな」
「はっ、大殿もお変わりなく」
「朝から精が出るな。屋敷のほうに行ったんだがこっちだと聞いたんでな」
「左様ですか。で、私に何か?」
「うむ、大崎鉄之助の件を聞きたい」
そう言うと森原の表情が厳しくなる。
「鉄之助は娘の婿に迎えることになっていたのにこんなことになってしまって…」
「うむ、ここから家に帰る最中にやられたと聞いたが…」
「はっ、城下であったため、町方が取調べを致しましたが下手人はわかっておりませぬ」
「そうらしいな。町奉行補任の館山勝政にも聞いてきた」
「勝政殿は執政のため、ほとんど関わることができなかったと聞きましたが…」
「建前はな、わしの命で密かに動いてもらっていた。そうしないと猪刈が良い顔はせぬだろうからな」
「たしかに…」
「手口は鉄砲らしいが心当たりはないか?」
「たしかにそう聞き及んでおりますが、我が鉄砲方にそのような行為に及ぶ者などおるはずがありませぬ」
「左様か…。忙しいところを邪魔したな」
「いえ…」
政兼が立ち上がる際、
「お前の娘、お郷が鉄之助仇討ちを上申してきた。藩としては認めぬわけにはいかぬが、わしが助太刀として助勢することになった」
その言葉に森原は目を見開く。
「大殿が…」
「そうだ、必ずや下手人は捕まえてみせる」
そう言い残すと森原は愕然となったがすぐに飛び出していく。この動きに政兼もまた森原の異変を感じ取って後を追う。向かった先は自らの屋敷であった。
「お郷!、お郷はいるか!」
「父上、早いお帰りで…」
玄関で出迎えるお郷に森原は怒りに任せてお郷を蹴り飛ばす。
「お、お前という奴は!!!」
「きゃ!!、な、何をなされますか!?」
「お前、鉄之助の仇討ちを上申したそうだな!。どういうつもりだ!?」
「どうもこうも…」
「お前もあの男と一緒だな!!」
胸倉を掴んで投げ飛ばす。
「一緒って…、では、やはり父上が!?」
「殺して何が悪い!?、あやつはな、わしにいらぬことばかり言いおってからに!?」
森原の鉄砲狂いを正すために毎日毎日鉄之助は森原を諌めてきたのだが、それが森原の勘に触った。殺される当日も鉄之助は森原を鉄砲場で諌めていたのだが、突然の激昂もあり、周りが森原を止めなければその場で手打ちになっていただろう。鉄之助が退いた後も怒りが収まらない森原は堺より取り寄せたばかりの新型火縄を見て殺害を決意。組屋敷に戻る最中だった鉄之助を追いかけて有無言わさず至近距離から眉間に放って殺害したのである。
「ち、父上…、あなたって人は…どこまで…」
「黙れ!!。お前もあやつの許へ行かせてやる」
抜刀する森原にお郷も短刀を抜いて構える。
「鉄之助の仇ぃぃぃぃぃ――――――!!!!!」
「小賢しい!」
簡単に払って背中から斬りつけようとするところに森原を追いかけてきた政兼が小刀を抜いて森原に投げる。小刀は森原の腿を貫いた。
「ぐわっ!?」
「今だ、討て!」
政兼の言葉を受けてお郷が森原の胸めがけて渾身の一撃を与える。
「ぎゃあああぁぁぁぁぁ――――――!!!」
叫びと共に森原は絶命した。
「よくやった」
「ううう…、鉄之助さまぁ…」
お郷は森原の亡骸を前にして泣き崩れた…。

 翌朝、森原の死を受けて嫡子がいない森原家は断絶となり、鉄砲頭には与力だった者が昇格となった。仇討ちを行ったお郷には政兼の助言もあり、罪に問われることはなかったが居場所を失ったこともあり、政兼がお里の女中として密かに屋敷に迎えた。
「これで良かったのでございましょうか?」
「それは天のみぞ知る」
政兼はその答えを出さなかった。自らの家臣を失ったことは大きいが、それ以上に平穏を願う政兼の視線は遠くを見ていた…。


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