『御陵衛士』

「伊東先生、御無事で」
私は伊東甲子太郎に駆け寄った
近藤勇の自宅を訪ねたと聞き、
一抹の不安を覚えて元新選組隊長の藤堂平助と駆けつけたのだ
「うむ、皆は?」
「まもなくこちらに参ります」
「そうか、それよりも何かあったのか?」
「いえ、新選組が油小路に集まっているとの報せがありましたので、
万が一のことがあってはと思いまして」
「左様か、酔いを覚ますために道を変えて正解だったな」
「それは何よりでございます」
藤堂が言う
伊東は新選組から分離独立して御陵衛士を創設した
御陵衛士とは天皇を守護・護衛する者たちのことだ
その創設には新選組幹部から強い批判を受けたが
大義名分がある以上、手は出せないとされた
しばらくして篠原泰之進らも駆けつけてくる
「おう、来たか」
「先生、この先で新選組が巡回しています。道を変えましょう」
「そうか、ならば川沿いを北に向かうぞ」
「御意」
伊東を真ん中に置いて前を私と藤堂、
殿を篠原が引きうけ、左右にもそれぞれ隊士がつく
川沿いには長く伸びた雑草があちこちにあり、
視界を塞ぐように点在していた
しかし、月に照らされていることもあり、道はわかる
そこに正面から新選組の青白の半被を着た数人の隊士が現れた
「藤堂君、斜(はす)の陣でいきましょう」
「わかった」
斜の陣とは四方から斜めに攻撃を仕掛ける陣形のことだ
藤堂と他の隊士が雑草に身を隠し、隊士には私が当たった
篠原は伊東の側を離れない
「このような場所で何をしておるか!」
新選組隊士が怒鳴りつけるように言う
「夜風に当たっていたまでにござる」
「そのようなことは聞いておらぬ」
「ならば何用で?」
刀がすでに抜かれているのに気づく
「物騒ですな、狙いはやはり伊東先生ですか」
この言葉に敵味方、一斉に反応した
新選組隊士が正面から私に斬りかかろうとした瞬間、
四方を囲っていた藤堂たちも抜刀して隊士を襲ったのだ
私も抜刀姿勢から腹を左から右に斬り、袈裟斬りでトドメを刺した
返り血を全身に浴びるが息切れ一つしていない
他も終わったようで死体だけが残っていた
「無事か?」
「ああ、もうここまで来ていたとはな」
「完全に殺すつもりでしたね」
「お互いにな」
「でも、そう簡単にはやられませんけどね」
藤堂はあっけらかんと言う
「しかし、返り血を浴びたままでは帰れませんね」
伊東が後ろから言うと篠原が助け舟を出す
「この近くに私の知り合いがやっている寺があります。そちらに向かいましょう」
その言葉を受けて全員が頷いて寺に向かった
寺では住職が快く迎え入れてくれた
しかし、それが難事の始まりだった…

「まさか、雨まで降ってくるとは」
伊東が中庭を見ながら言う
「そうですね。とりあえず、新選組の目をそらせませんと」
「うむ、明るくなる前にここを出れば良いだろう」
伊東は篠原に守られて奥に下がる
私は藤堂らと一緒に中庭を見ていた
「よく降りますね」
闇から聞こえた声に私たちは咄嗟に刀に触れる
「その声は………沖田総司!!」
「ご名答」
ガサガサガサ…っと示し合わせたかのように隊士たちが現れた
「住職が知らせましたか?」
「そうです。京の皆は新選組の味方ですからね」
「そう思うのも時間の問題ですよ」
「そうだとしてもここであなた達を逃がすつもりはありませんけどね」
全員が一斉に刀を抜いた
「ここは私と藤堂君で引きうける。君らは伊東先生を頼む」
「わかった」
彼らを庇うようにして沖田に刀を向ける
「無駄ですよ、あなたの腕では」
「そうだろうな、だからといって背中を向けるわけにはいくまい」
「新選組隊長としての手向けです」
私はその言葉に挑発されたのか沖田に斬りかかるが当たらない
こんなところで死ぬわけにはいかなかった
闇雲に斬り込んで怯んだ隙に逃げる算段だったのだが
幾重にも囲まれた隊士の囲みに行く手を阻まれる
背後では藤堂が素晴らしい刀捌きで斬り崩している
「さあ、逃げ道はありませんよ」
沖田が後ろから声をかける
「残念です」
突きの構えを見せる
得意の三段突きだ
これをかわせた者はそういない
「てぇぇぇいぃぃぃぃぃ!!!」
一筋目をかわし、二筋目で頬を切った
(よし、次をかわせば…)
そう思っていた矢先、背後からズドンと重いものを感じた
「な…」
若い隊士が後ろから突いてきたのだ
「ひ、卑怯な…」
(こんなところで死ぬのか)
(こんなこんなこんな…)
(こんな………と…ころ……で……)
私の意識は薄れていく
前屈みになってゆっくりとゆっくりと……

そこで目を開いた
時計を見ると朝6時だった
二月の寒い空気だけが部屋内に漂っていた

史実の伊東甲子太郎は近藤勇の役宅から帰る途中に
新選組隊士に襲われて暗殺され、その死体を油小路に捨てられた
そして、篠原、藤堂らはその死体を餌におびき出されて、
篠原ら数人は辛くも逃れたが藤堂はその場で殺されたという


夢を見続ける

夢から覚める


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