岡山城・岡山時鐘堂
(探索終了)

探索日 場所 備考
23年3月6日 全景 市内を見渡せました
23年3月20日 岡山時鐘堂 稲荷神社の本殿撮り忘れ・・(笑)


☆ 解説 ☆

戦国時代、紀伊守護であった畠山高政が築城
後に和歌山城が築城される際、
岡山城は和歌山城三の丸として整備され、
その存在を消すことになる

現在は和歌山大学付属小中学校や
県立美術館の敷地となっている



全景

和歌山城天守閣より撮る

市内には城跡が
学校の敷地になっているところがいくつもあり、
今のご時世なかなか入れなくなっています
遠景でも撮れれば良いかなと思います




岡山時鐘堂入り口

同時に奥山稲荷神社への入り口でもあります




坂道を登った先にあります

赤い建物が神社の本殿です




二重の鳥居があります




後ろを振り返ると和歌山城がよく見えました


  

岡山時鐘堂

1712年(正徳2年)、紀州藩主となった
徳川吉宗の命により作られた鐘楼
2階にある梵鐘は豊臣家の青銅製大筒を
吉宗の父である光貞が
粉河の鋳物職人蜂屋安左衛門に命じて改鋳させたもので
藩政時代から大正時代にかけて
時報や非常時の鐘として使われたという


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