外伝2 暴力連鎖

 県下最強。かつてそう言われた男がいる。まだMADMAXですらこの世に無かった時代に山北裕也という男がいた。喧嘩は強いが群れることを嫌った裕也は一匹狼のような存在で強い奴がいると聞けば勝負を挑んで叩きのめしてきた。次第に周りは敵ばかりとなっていたが裕也は気にすることもなく自由奔放に過ごしていた。かろうじて入れた霧鮫高校でも狙い打ちされる日々が続くが全て返り討ちにしてきた。そんなある日のこと、駅がある商業地区を歩いていた時に通りから少し中に入った路地で女の子が数人の不良に絡まれているのに気付いた。普段なら素通りするのにこの日は違った。
「なぁ、いいだろ?」
「いい体してんなぁ」
「やっちまうか?」
男たちは好き好きに色々言っているが女の子は恐怖で言葉も出ないようで真っ青になっていた。裕也は真っ直ぐ男たちのほうへ向かう。裕也の気配に気付いた男たちは振り向かずに、
「今、取り込み中。あっちに行ってくれない?」
手をヒラヒラさせてどこかに行くように仕向ける。
「おい、嫌がってるだろ」
裕也はそんな男たちの態度に気に掛ける様子もなく、1人の男の肩に手をかける。
「ああ!?、ウザイ奴だな!」
くるっと振り返った瞬間、裕也とわかったようで次は男たちが真っ青になる。
「あ、あんた…」
「やめてやれ」
裕也の冷めた声に度肝を抜かれる。それだけに裕也は恐れられていた。
「離してやれ」
「あ、ああ…」
パッと離れる。裕也は女の子に近づく。
「大丈夫か?」
「あ、はい」
「行け」
裕也は女の子を庇うようにして男たちの前に立つ。
「男が腐ったことをしてんじゃねぇ」
3人を威嚇する。
「ちっ…」
舌打ちした1人が首を振って合図した。
「あんたは嫌われもんだからな。何れ後悔するぞ」
「ふん、やれるもんならやってみやがれ」
男たちは路地の奥へと消えて行った。裕也は殺気を抑えて女の子に声をかける。
「立てるか?」
手を伸ばすが女の子は腰を抜かしているようで立てない。
「家は?」
「…住宅地区…」
住宅地区は商業地区に隣接している。
「わかった」
裕也は一言だけ言うと女の子をおんぶして路地を抜け出した。この1つの出会いが裕也の運命を大きく変えることになる…。

 住宅地区。ひっそりと静まり返った夕方、裕也は女の子を家まで送り届けた。
「智子!」
家から体格の良い長身の男が女の子の名前を叫ぶ。
「あ、お兄ちゃん」
「帰って来なかったんで心配してたんだぞ」
「うん…ごめん…」
智子の説明を受けた兄は裕也に感謝の意を示した。
「妹が迷惑をかけました」
律儀に頭を下げる兄に裕也は初めて人から感謝されて少し照れた。
「い、いや、こっちもたまたま助けただけだし、頭を下げられる程のことでも…」
「普通なら見てみぬふりをする連中が多いのにあんたは助けてくれた。ま、上がってくれ」
「いや、いいって」
断ったが強引に勧められて中に入った。兄の部屋に通された裕也は部屋全体に貼られたヘビメタバンドのポスターに圧倒された。
「すげぇ…」
「いいだろ?、俺はこいつが好きでな」
兄は白い歯を見せながら窓際にあったベッドの上に座る。裕也は部屋をキョロキョロ見渡していたが次第に表情が落ち着いてきた兄に視線を移す。
「あんた、山北裕也だろ?。一匹狼と聞いていたが本当は違うようだな」
「俺を知っているようだな」
「ああ、有名だからな。でも、意外だったよ、まさか妹を助けてくれたなんて思いもしなかった」
「俺も自分がした行動に驚いているよ」
「だが、実際は助けてくれた。ありがとう」
兄は手を差し伸べる。
「あんた、名前は?」
「小田桐哲司」
聞いたことがある。浜ケ丘高校で総番を半殺しにして成り行きで総番になっているという噂を聞いたことがあった。裕也は何の迷いもなく握手する。
「躊躇しないんだな」
「あんただからかな」
裕也は小田桐に対して完全に気を許していた。喧嘩をしたとしても勝てないと踏んだのだ。それだけ小田桐には上に立てるぐらいの風格が備わっていると感じたのだ。この2人がつるむのに時間はそうかからなかった。敵対していた連中は2人が組んだことに驚いたが一石二鳥だと思い、次々に襲った。
「死にさらえやぁ!」
ゴツッという鈍い音が殴ろうとした男の顔面を捉える。
「ぐはっ!」
地面に叩きつけられる男を思いっきり足で踏みつける。
「ぎゃあああぁぁぁぁぁ…」
裕也の視線は次に向く。一匹狼で慣らしていた腕はつるんだからといって落ちるわけではない。逆につるんだことで背中を守ってもらえる安心感が裕也に与えた。次第に距離を置く者と強さに惹かれて近づく者の二通りの状況となり、小田桐がそのまとめ役を買っていた。
「お前じゃ無理だ」
正にその通りである。気の合った者同士が色々な会話を通して仲間を形成していく。以前の裕也からは考えられないことだった。その中には橘敬介もいた。敬介は小田桐と同じ学校に通っており、早くから小田桐の力量を認めていた。
「裕也」
「ん?」
「お前、彼女とかいるのか?」
「はぁ?、いるわけない」
「女を作ったらどうだ?」
「いらねえよ」
「女ってのはな、邪魔にならないし、傍に置いておくだけで自分に居場所を与えてくれる」
「そう思っているのはお前だけじゃないのか?」
「ははは!、違ぇねぇ!」
敬介は笑いながら、行ってしまう。しばらくして小田桐が来た。
「なぁ、裕也」
「あん?」
「俺な、チームを作ろうと思う」
「チーム?」
裕也の眉がピクッと動く。暴走族は嫌いなのだ。
「ああ、バイク好きを集めてあちこち行こうと思ってな」
「あ〜…、そっちか」
ツーリングのチームを作ると聞いてホッとする。
「族は作る気ねえよ」
小田桐も裕也の気持ちを悟ってか、安心するよう促した。

 数日後、小田桐はツーリングチーム「MADWAX」を結成し、初走りをするため、近場の峠に行くという。バイクにはあまり興味がない裕也は町に残った。
「後は頼むぞ」
「ああ、何もないと思うけどな」
「そうだな」
小田桐や敬介たちはバイクで走り去って行った。この何の変哲もない別れが2人の最後の別れになるとは思いもしなかった。この日、小田桐が町を離れると聞いた暴走族や不良たちは今まで手が出せなかった裕也を血祭りに挙げようと考えた。町の至るところで徒党を組んでいるところを当時県警交通機動隊長をしていた望月が見ていた。
「こいつは…」
「どうしたんです?」
同僚が声をかける。
「何かあるぞ」
「何かって?」
「わからん。だが、何か悪い予感がする」
望月の悪い予感は的中することが多く、同僚の顔は蒼白になる。
「急ぐぞ」
望月は県警本部に向かった。一方で置いてきぼりを食らった裕也は狙われているとは露知らず、夕方まで商業地区や港湾地区でぶらぶらした後に一人暮らしをしているアパートへ帰った。実家も同じ町にあるが一度も帰ったことがなかった。父親は女を作って逃げ、母親は早くに失った。今は兄夫婦が住んでいるらしいが裕也とは疎遠状態にある。家に入ると使われていない台所が目に入り、奥に居間、左に風呂とトイレがある。居間には大きな窓があってソファーが置いてあり、そこに座ると一息ついた。タバコを吸わない裕也はここで外を眺めるのが好きだった。屋根の低い民家の向こうに開発が進んでいる商業地区のビル群に目をやる。綺麗な夜景に目を奪われることがあった。そんな一時の安らぎも与えてくれないのだなと裕也の目付きは一気に変わる。視線の先に数人の男たちの姿が入ったのだ。それぞれが木刀や鉄パイプを手にしている。アパートの裏は川で周りは工場が集まっている。そんな場所で狙われてるとすれば裕也以外には思い当たらない。裕也は部屋を出ると何食わぬ顔で男たちに近づいていく。襲うつもりで来たはずが向こうから来たことに驚きを隠せない。
「何か用か?」
声をかけられた男たちはビクッと一瞬としたが怯むことはない。
「死ねやあああぁぁぁぁぁ!!!」
木刀や鉄パイプの群れが一斉に裕也に襲いかかる。軽いフットワークと重いパンチで次々に倒していく。
「くそったれがぁ!、たかが1人だろうが!」
四方から一斉に襲い掛かるよう促す。所詮は多勢に無勢、勝てるはずもなく、裕也は滅多打ちにされ、意識を失いかけた。その消える直前に赤い光が目に入ったが一瞬で真っ暗になった。
「検挙だ!、検挙しろ!」
悪い予感が的中した望月が小田桐たちが町を離れたという情報を得て残った裕也が狙われると踏み、緊急配備をしたのだが間に合わなかった。
「山北!、しっかりしろ!、山北…」
裕也にはその声は届かなかった。裕也はすぐに警察病院に運ばれたが昏睡から目覚めたのはそれから半年後であった。脳に障害が残る心配もされたが診察した医師からは問題ないことを伝えられた。だが、面会謝絶に変わりなく、裕也は警察による取り調べが病室で行われ、小田桐が暴走族を作ったことを聞かされたが何の感情も湧かなかった。退院が近づく頃には逮捕状が請求されて、度重なる傷害容疑で送検された。小田桐による血霧事件が起きたのはこれより半年後のことであった…。

 数年後、少年刑務所前。
「ありがとうございました」
深々と頭を下げる裕也に看守が声をかける。
「二度とこんなところに来るなよ」
「はい…」
裕也は看守と別れると歩いて駅に向かった。出所の際に渡されたわずかなお金で切符を買って町に戻る。電車からの眺めは変わった景色にまた魅入られた。開発が進む町に裕也は知らない町に来たのかと思った。駅に着くと一路向かった先は小田桐の家だった。住宅地区にある小田桐の家はそのままあったが人気はない。家に近づくと近所の人から声をかけられる。
「誰も住んでいませんよ」
「今はどこに?」
「さぁ…、息子さんが捕まってから一家は離散したようでね」
小田桐が捕まったことは中で聞いていたが一家が離散したことは知らなかった。目的を失った裕也は昔よく行っていた港湾地区に向かった。船の警笛ぐらいしか聞こえない港湾の静けさが好きだった。海のほうへ歩いて行くと暗闇に似合わない明かりが見えてきた。明かりは裕也を導き入れる。店の前には多くのバイクが置かれている。足が自然と階段を上がって扉を開いた。
「いらっしゃ…」
中にいた亭主が裕也を見た瞬間、驚いた表情を見せた。
「裕也さん!、裕也さんじゃないですか!」
「え?」
そこにあったのは橘敬介の弟の雄二だった。妻の蘭と共にこの喫茶店を経営している。
「ご無沙汰しています!。積もる話もあるでしょう!、中にどうぞ!」
裕也は歓迎された。ここには失ったものが全てあった。小田桐はいなかったがかつての仲間がここにいたと感じたのだ。雄二に呼び出しを受けた神野や柴田ら、昔の仲間たちを駆け付ける。後輩たちが泣きそうな顔で接してくれるのを見てもらい泣きしそうになった。しかし、神野から小田桐のことを聞かされて自然と落ち着きを取り戻した。
「そうか…」
血霧事件の発端は裕也の襲撃事件にあったのだ。行動をすぐに起こさなかったのは襲った連中を油断させるためと小田桐自身に目を向けさせるためにあった。半年もすれば裕也の存在すら忘れてしまうだろう。そこに訪れた大事件で小田桐の注目はさらに増し、裕也は消し去られたと悟った。
「結局、俺のやってきたことは何だったんだろうなぁ…」
しみじみと語る裕也に神野が声をかける。
「何かやりたいことはありませんか?」
「今は…思いつかないなぁ…」
「智子さんに会われませんか?」
「え?」
神野の言葉に裕也が驚く。
「今は商業地区で働いておられますが、ずっと裕也さんのことを待っておられました」
裕也の気持ちが高ぶる。別れを言わないまま、恋を打ち明けられないまま、去ってしまった裕也にとって智子が一番の心残りだった。神野の案内で智子が働く店に向かう。丁度、仕事を終えた智子が店から出てきたところだった。
「と、智ちゃん…」
声をかけられた智子が振り向くと声にならない様子で体が震えて涙を流した。
「裕也さぁぁぁぁぁ〜〜〜〜ん!!!」
駆け寄って胸元に飛び込む智子に裕也は戸惑ったが両手でぎゅっと抱き締めた。
「どれだけ待ったと思っているのよ…」
「ごめん…」
裕也の目からも涙が流れていた。
「もう、どこにも行かないから…行かないから一緒に…」
詰まるような声で裕也が言うと智子はわずかに「はい…」と言った。見ていた神野は二人に気付かれずにすぅっと去っていった…。

 この後、裕也と智子は結婚し、幸せに暮らしたたらしい…。

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