トイレ地獄ツアーイン西アフリカ
アフリカ大陸の北部、西部、南部、東部を訪問した筆者にとって最後に残されたのは、中央部である。チャド、コンゴ、ガボン、中央アフリカである。この地域のガイドブックは「地球の歩き方」は無く、LonelyPlanetBradtに頼ることになる。日本人旅行者がhpで旅行記を書いているのでずいぶん参考になった。特におすすめは松本夫妻一橋大学水岡ゼミの旅行記である。今回は西アフリカで以前から行きたいと思っていたけれどチャンスの無かったナイジェリア、そしてカメルーン、中央アフリカのチャドを訪問した。日本からのアクセスは、直行便が無く、ヨーロッパ、中東などで乗り換えることになる。エアフランスなどの欧州系は値段が高く対象外、エチオピア航空も高い。カタール航空、エミレーツ航空が手ごろである。カメルーンから入るのか、ナイジェリアから入るのかこれがポイントである。ナイジェリアから入るのが断然値段が安い。ただこれらの国はビザが必要で、カメルーンビザは簡単であるが、ナイジェリアが難関である。お金に頓着しなければどんなルートも可能であるが、限られた予算ではどのように効率よく回るかがポイントとなる。中東の航空会社はナイジェリアしかアクセスがないのでナイジェリアイン、カメルーンアウトなんかは不可能である。ナイジェリア往復である。カメルーン、チャドを訪問するとなると、ナイジェリアビザは少なくともダブルまたはマルチプルでないといけない。大使館のホームページではマルチプルは既訪問者のみに発給される。ダブルビザはトランジットのみが発給されることになっている。1回につき3日間、合計6日間しか発給されない。これではオーバーステイになってトラブルの原因になりかねない。なんとしてもダブルの1月滞在可能のビザがほしい。そこで申請書にその旨を詳細記入し、英文レターにも丁寧に書いておいた。さらにカメルーンビザを先行取得しておいて日程上どうしてもダブルビザがいる証拠も示しておいた。勿論マルチプル料金の8,000円を同封しておいた。結果は大成功。なんと1年有効のマルチプルビザをゲットできた。これで旅行の目的の半分が達成した。ナイジェリはアクセスもさることながらビザの問題があり頭痛の種であった。以前はもっときびしく1日につき200ドルのトラベラーチェックの提示が求められていた。これなら1ヶ月滞在なら6,000ドルという途方もない金を用意しなければならなかった。今はなくなって緩和はされている。海外で取得する方法は流動的で時間の限られた旅行者ではお勧めできない。ナイジェリアビザは居住国で取得するのが前提で、なかなか海外では出さない。さて航空機の値段であるが、カタール航空が55,000円というとんでもない格安航空券を期間限定で出していた。早速購入した。燃料チャージなんか入れて95,000円である。ラゴス往復で払い戻し、日にち、ルート変更一切なしというきびしい条件である。病気でもするなら一巻の終わりである。ビザ代がナイジェリア8,000円、カメルーン14,000円で郵便料金が夫々で1,000円ほどで旅行に行く前に120,000円を支払った。訪問3国の概要と地図を下に示す。
ナイジェリア カメルーン チャド
首都 アブジャ ヤウンデ ヌジャメナ
面積(対日本) 2.4倍 1.3倍 3.3倍
通貨 2ナイラ/円 6フラン/円 6フラン/円
訪問地 ラゴス、アブジャ、カラバール リンベ、ヤウンデ、ドアラ、ヌガンデレ、マルワ、バメンダ ムンズー、ボンゴール
交通手段 バス 列車、バス バス


カメルーン


ナイジェリア

さて旅をするなら何を持っていくかである。出来るだけ身軽でありたい。ユーロ、ドルのキャッシュ、クレジットカードは欠かせない。パスポート、イエローカード、チケットも必要。着替え、薬、などなど。考えただけでもめんどくさい。蚊帳をどうするか、靴はキャラバン、キャリーバッグはだめ、バックパックにならざるを得ない。マラリア対策をどうするか。マラロンを予防薬として毎日服用するのか、コアルテムをスタンバイ治療薬として服用するのかずいぶん迷った。 結局コアルテムを現地調達することにした。蚊帳は持っていったが結局役立たず。キンチョウ蚊取り線香をもっぱら使用した。準備万端ではないが後はケースバイケースということで出発となった。

2012年2月10日 関空ードーハーラゴスーカラバール

関空出発
ドーハまでは2人席を1人占め、2回食事が出た。日本とは6時間の時差がある。5:50到着である。11時間30分の飛行である。ドーハでは降りる客は殆どおらず、乗り換え客ばかり。荷物検査を経てトランジットラウンジで待つ。ラゴス行きのアナウンスがあり、チェックインをする。乗客の顔つきがすっかり変わっている。皆黒いのだ。当たり前だ。タイソン、フォアマンみたいなんばっかりで緊張する。 皆背広、スーツでめかしこんでいる。靴なんか俺よりよほど上等だ。英語の新聞なんか読んでいるのでだんだん心が穏やかになってきた。機内に入ると全員アラブ人のアテンダントにアフリカ人がただ一人、こんなにアフリカ人乗客でいっぱいなのになんでと思ってしまう。ドーハを出るともの凄い砂の下界、緑が全然ない。直ぐに機体は雲の中。途中食事が2回出た。偏西風に逆らって飛ぶので800km/hくらいに落ちている。逆方向だと1,200 km/hになる。予定通りラゴスのムルタラ・モハメッド空港に着く。時差は2時間、飛行時間は8時間である。一応蛇腹が伸びていて、タラップを降りなくてすんだ。ドーハはタラップだった。ラゴスの表玄関の空港はうらぶれた薄暗い雰囲気。いよいよ入国審査。記入済みのカードを渡す。パスポートの提示、ビザのチェック、質問しないでくれ。スタンプが押された。1ヶ月の滞在許可が出た。これで安心。両替に行く。銀行にレートがかいてある。1ドル160ナイラ、妥当な値段。200ドル交換。ロビーでイエローカードの提示を求められた。外に出る。公共のバスはなさそうだ。タクシーの呼び込みがあるが、ぼったくられそう。運ちゃんが何故到着ロビーまで来ているのか。大きな荷物を持ったナイジェリア人の家族の後についていく。えらい暑さだ。バックパックでよかった。両手が使える。タクシーのたまり場に行く、運ちゃんと交渉だ。事前の調査では3,000から5,000ナイラまで。運ちゃん5,000ナイらを吹っかけてきた。3,000ナイラというと行かないという。結局4,000ナイラで成立。これでもぼったくりだ。行き先はYSGという会社の長距離バスのターミナルがあるマザマザという所である。空港からずいぶん南のほうにはなれている。途中通過したMile2というターミナルにはバスがいっぱい。交通渋滞にあわなかった。午後4時ごろに到着した。YSGというと立派な会社を想像していたがHPで見るのと大違い。完全にいっぱい食わされた。屋台みたいなところでおっさんが切符を売っている。ボールペンで書いている。カラバールまで4,550ナイラ。待合室はどこだと聞くと屋台の長椅子だという。もっと立派な部屋があるはずだというと後ろの建物を指差す。そこに行く。扇風機がまわっているだけのコンクリートの床に汚い椅子がある。仕方がない。18時までの出発を待つことにする。トイレを聴くと後ろの小屋だそうだ。水も何にも無いところに穴があるだけ。大便だったらしり込みする。テレビが雑音だらけの映像を垂れ流している。時々管理人が来て切符のないやつを追っ払っている。発車時間になったのでバスに行くと、荷物の積み込みをしていて20時になるとの事。やれやれ。これならナイジェリア随一のABC Transportというバスにすればよかった。バスは満員乗客を乗せて出発、座席番号は切符に書いてあるが、車内に表示がない。とりあえず座る。皆車内に大きな荷物を持ち込んでいる。通路が荷物でいっぱい。セールスマンか説教師か訳のわからん男が、マイクを持って演説を始める。乗務員は何も言わないので、こういうことは許されているのだろう。乗客も黙って聞いている。英語だがなまりが強いので、理解が難しい。突然説教師がお経みたいなのを唱えだした。乗客が唱和している。何無妙法蓮華経といったところか。見事なアンサンブルで感動的ですらある。30分ほど続く。般若心経より長い。唱和が終わると、説教師が自分達の荷物を見張っとけ、車内すりに気をつけろと口をすっぱくして繰り返している。この部分はよく聞き取れた。その後セールスマンに変身し、化粧品、食料、衣類を売り出した。女性客には香水を勧めている。演説、説教、セールスを入れて2時間の独演会である。スタミナに恐れ入る。退屈しのぎになった。乗る前には夜行バスはギャングに襲われるので乗らないほうがよいと、旅行記に書いてあったので、不安いっぱいであったが、おっさんの演説でリラックスした。途中何も無いところで止まるのでギャングがピストルを持って現れたのかとどきどきした。こんなに多くの乗客を乗せて毎日走っているので、襲われることなんかありえないと自分に言い聞かせる。真っ暗な道で突然止まる。トイレ休憩だ。用心して水気を少なくしているので、体にはよくない。小便を搾り出す。

ナイジェリアビザ

本日の出費8,550ナイラ

2012年2月11日 カラバール
何の前触れも無くバスがまた停まる。道が悪いので対向車を待っているのだ。穴ぽこがいっぱいある。そのたびに減速する、エアーブレーキの音が大きい。5時間くらい毎にトイレ休憩がある。道の端ですますだけだ。女の人は茂みに隠れている。腹を壊していたら悲惨だ。ギャングにも合わず夜が明けてきた。バスが停まると子供の物売りが集まってくる。トイレが心配だから食わず、飲まずだ。大きな町につくと物売りが来て乗客が降りる。乗る客はない。どの町も人がいっぱいだ。アフリカ大陸でもっとも人口の多いナイジェリアの現実がここにある。14時間くらいでカラバールにつくはずだが大半の客は残っている。幾つもの州を越えたようだ。ナイジェリアは連邦国家、アメリカみたいに州が連邦政府から独立しているのか。カラバールは外国人誘拐事件で有名なポートハーコートをこえたクロスリバー州の首都である。ポートハーコートを超えたのか、避けているのか、通過中なのかサッパリ分からない。ウヨという大きな町で乗客が多く降りた。午後2時になった。長時間の窮屈な車内にいるので、足がむくんできた。押すと脚気みたいにへこんだままだ。クロスリバー州に入った。郊外の何も無いところでバスが停まって動かなくなった。運ちゃんもどこかに行ってしまった。終点だという。午後4時だ。実に20時間乗っていたのだ。ホテルはロンプラにのっていたNelbeach Hotelにする。バスの運ちゃんに頼むとタクシーを見つけてくれたので、値段を交渉する。1,000ナイラだという。疲れているので面倒くさい。おそらくぼっている。脚の悪い運ちゃんだが頭は切れる。YSGの乗客と相乗りでホテルに一発で着いた。10分ぐらいだからそんなに距離はない。ホテルのフロントでチェックインする。8,500ナイラだ。途上国ではタクシーとホテルが稼ぎ頭だ。ねえちゃんが別嬪でバックパックを担いでくれる。着替えと洗濯とシャワーをいっぺんに済ます。明日までに乾かすのだ。そろそろ暗くなってきたと思ったら突然電気が消えた。エアコン、照明が役立たず。フロントに言うとナイジェリアでは日常茶飯事だという。ナイジェリアの実情をいやおうでも味合わされることになる。飯を食いに出る。ホテルにレストランがあるが高いのでいやだ。屋台のおばさんは串焼きとぶっ掛けご飯を売っている。照明も何もないのに真っ暗闇で商売をしている。たらふく食って550ナイラ。庶民の感覚に近づいた。ビールとつまみを買って550ナイラ、こぎれいな店なので値段は張る。ホテルの真っ暗な部屋で自棄酒を飲んで過ごす。
本日の出費10,600ナイラ

2012年2月12日 カラバールーイコムームフムーイコックーバメンダ
カラバールに来たのはカメルーンに行くためだ。バイクタクシーは1回100ナイラ、チップを弾んで200ナイラでバスターミナルに行く。バックパックが威力を発揮する。キャリーバッグならバイタクに乗れない。アフリカを公共交通で個人旅行するならキャリーバッグは不要だ。イコム行きの相乗りタクシーは5人乗客で出発する。待つこと1時間、1500ナイラである。道はよく整備されている。のんびりとした風景、2時間でついた。国境はまだ、さらにターミナルでムフムからカメルーンのイコックまで行くタクシーに乗り換えるのだ。今度は乗客2人で出発。1,000ナイラ。ムフムまで1時間弱、ナイジェリアの出国、カメルーン入国手続きと続く。いたってスムース。カメルーン側ではサッカーのテレビ観戦なんかしていた。お役人から、バメンダ、リングロード、リンベ、ドアラ、ヤウンデ、ワザ国立公園の順で回るのだよとアドバイスを受ける。イコックに到着は午後2時、運ちゃんとはここでお別れ。カメルーンの通貨はフラン、ナイラをまず両替、1ナイラは3フランまずまずのレート。ユーロは600フランだという。とんでもない。固定レートで1ユーロが656フランと決まっている。ぼったくりだ。ここは僻地だからユーロは不便だという。とんでもない屁理屈だ。最低の100ユーロだけ両替する。イコックからバメンダまでの乗り合いタクシーがあり、12000フラン、少し高いかなと思った。2時間ほど待って4時頃に出発。カメルーンでは乗客を6人乗せる。とてもきゅうくつだ。ピーナツとミネラルを600フランで購入する。国境を出るともの凄い悪路。乾季なのに道がぬかるんでいる。カメルーン政府がやる気がないのか、ナイジェリアを嫌っているのか、よく分からんがこれほどの悪路はナイジェリアの穴ぽこ道路よりもひどい。ラテライトの赤土道をうんうんいいながら進む。エンコしたらえらいことだ。2時間ほど我慢するとやっとゆれが少なくなってきた。ところが車が痛んだのか進まなくなり、乗客は降りて運ちゃんだけが車を持っていってしまった。お店で休憩。ザンビアからのカップルの乗客がジュースを振舞ってくれた。腹が減ったので焼き魚とライスを注文した。するとおばさん釣りがないという。するとザンビアのカップルが払ってくれた。なんとしても返金したい。しかし小銭がない。ザンビアの客に申し訳ない、必ず返金するといったら、彼氏ザンビアがサッカーのアフリカチャンピョンになったのでお祝いだという。見ず知らずの外国人に飯を振舞うアフリカ人の優しさに大感激だ。 やがて運ちゃんが戻ってきて運転再開である。夜の10時になって休憩所に入った。どうやら会社の宿泊所らしい。2人で1ベッドに寝てくれという。アフリカ人と同じベッドになるとは夢にも思わなかった。尻の穴をほじられたり、金玉を捕まれたりするんではないかとひやひやした。アメリカやヨーロッパではよくあるとの事だったが、アフリカ人は行儀よろしい。
カメルーンビザ

本日の出費4,700ナイラ 12,600フラン

2012年2月13日 バメンダ
この宿泊所は朝飯がついている。オムレツ、コーヒ、パンで量が多い。主人はエイズの専門家だそうだ。宿泊客全員市内まで送ってもらう。筆者のホテルはロンプラのバプティストミッションレストハウス、教会系の宿泊所だ。アフリカには結構この手のホテルがある。フィナンスという大きなジャンクションまでバイタクで500フラン、小高い丘の上にそれはあった。環境抜群、白人の家族が多く停まっている。レセプションで申し込むと満室との事。隣のCBCレストハウスを紹介される。バプテストの倍の10,000フラン、蚊帳と扇風機とシャワー、トイレ、ベッド、机、テレビ設備はこれで充分。バメンダは少し高地にあるようで空気が澄んでいる。近くの飯屋に入る。ライス、シチュウ、魚フライ、ビールで1150フラン、味は抜群、ナイジェリアの飯よりうまい。サッカーのテレビをやっている。店は屋台みたいだが客は結構いる。味と値段が手ごろなのだろう。バイタク町の中心のCity Chemist Roundaboutに行く、片道200フラン、両替をするためだ。Express Exchangeという銀行がおすすめらしい。入ると沢山の客がいる。この銀行に行く前に立派な店舗のガードマンつきの銀行に行ったが追っ払われた。Express Exchangeは土曜も営業している。1ユーロ656フラン、妥当なレートだ。この先田舎に行くので思い切りフランが要る。600ユーロ両替した。銀行員汗をかきながら一生懸命数えている。受け取るこちらも確認に汗をかく。40万フラン近くの金額で1万フラン札が40枚で結構かさばる。インターネットカフェがありメールを打つために入る。日本語のフォントが無く、ローマ字になる。それにしても遅くていらいらする。英語でメッセージを送る。観光案内所に行く。分かりにくいところにあり女性が暇そうにしている。リングロードのツアーを聞くと60,000フランだという。ガソリン、ガイド、飯が別に必要だ。やめた。本日の仕事は終わったので、宿に帰り晩飯に行く。マーケットが近くにあり、もの凄いにぎやかだ。夜になっても人通りがたえない。別にキケンな雰囲気でもない。ナイジェリアと違って停電がないのが嬉しい。昼とは違った店でライスとビールと鯵のグリルで2,750フラン。カメルーンにいる間、この鯵のグリルの虜になる。
バメンダの宿泊所

本日の出費15,200フラン

2012年2月14日 バメンダ
この土地は1,000mの標高にあり、夜に雨が降るようで、道路がぬれている。遠くに山が見えて、景色はよい。リングロードがオススメらしいのでバイタクでMile4というモーターパークに行く クンボというところまでバスがある。2時間ほど待たされた。100kmほどを3時間ほどかかる。料金は3,000フラン、途中エンドップというリングロードの拠点を通過するが何の変哲もない町だ。山の中を通っている感じで特に景色がよいとはいえぬ。小さい村をいくつも通り過ぎる。交通量は多い。勿論舗装はされていない。ホテル、民宿などが見えてきてクンボに着いた。車が駐車していて、その周りに店がある。ツアーであれば村々を訪問するのであろうが、公共のバスであればそうは行かない。バメンダに行くバスがあるのでトンボ帰りだ。このバスはMile4に寄ってからフィナンスジャンクション付近まで行ってくれる。ホテルに帰ると午後6時になっている。バスの往復で1日が終わった。鯵のグリルに病み付きになっているので屋台へ。おばさんが丁寧にたれをつけて焼いている、バトンというマニオクからつくった餅状の副食をサラダとともに差し出す。この餅は葉っぱに包まれた細長い棒状のもので、見事な包丁捌きで10cmくらいに切ってくれる。カメルーン滞在中、鯵のグリルを死ぬほど食ったが、ここが一番上手かった。3,300フラン。ミネラルウオータ、ビール、パンなんか買ってホテルでくつろぐ。フランス語のテレビを見る。
クンボのモーターパーク

本日の出費8,490フラン

2012年2月15日 バメンダーリンベ
ホテル代を払う。10,000フラン。バイタクでCity Chemist Roundaboutに行く、片道200フラン.長距離バスのたまり場だ。ムサンゴ、ギャランティ、バチカンエキスプレスなんかがある。ムサンゴの切符を買う。リンベまで4,000フラン。トイレを聴くと汚い小屋を教えられる。女性なら難儀するだろう。アフリカではトイレには充分注意する必要がある。外でするのは罰金、ホテルで充分に出すものは出しておかなければならない。1時間ほど待って出発する。カメルーンでは詰め込むだけ詰め込むので、超満員である。勿論補助席にも座らせる。それでも足りなくって板をいすの間においてそこにも座らせる。太っていたら難儀する。早めに切符を買ったので窓際の正規の席に座った。隣はお嬢さん。バスは猛スピードで町を抜け田舎を走る。3時間ほどトイレ停車はない。何も無いところで急に停車して、乗客が降りる。道路を背にしてつれションだ。女の人は降りない。やがて出発。今度はガソリンスタンドによる。子供の売り子がいっぱいよってくる。「サンフラン、サンフラン」といっている。3フランは安いなと思ったが仏語のサンはcentであり100フランの意味である。パイナップルや、カタツムリや、パンなんかで500フラン。隣の女性はバメンダを出たときから食べ続けている。パン、バナナ、みかん、ジュース、串焼き、ミネラルウオータ、食い終わると窓からどんどん捨てる。それでいてトイレに行く気配もない。恐ろしいカメルーンお嬢さん。8時間ほどでMile4という郊外のターミナルに着いた。相乗りタクシーで市内に向かう。500フラン。ベイホテルがロンプラのオススメなので降ろしてもらう。部屋を見せてもらうがあまりよくない。アトランティックビーチホテルが1kmほど離れたところにあるので歩いていく。リンベ川を渡る。市内の喧騒とは打って変わって海の見える緑いっぱいの小高い丘の上にそれはある。一番高い部屋が23,500フラン、海が見える。晩飯を食いに市内に出る。海沿いにフードコートがあり、いろんな店が魚を焼いている。黒鯛のグリルとビールを注文する。バメンダでもここでもビールはグラスに注がない。瓶ごと飲む。ばい菌のついたグラスよりも衛生的かも知れぬ。3900フラン。少し値段が張ると思ったがカメルーンの魚にはまっているのでやめられない。食っていると餓鬼が寄ってきて、チャイナ、ジャパンだとかうるさくって仕方がない。適当にあしらって追っ払う。その後パン屋によりチーズ、ヨーグルト、ミネラル、バゲットなんかで2,500フラン。カメルーンはフランスの植民地であったのでパンが旨い。ホテルの窓から海の上に大きなやぐらが見える。フロントに聞くと海底から油を採掘しているのだという。そういえば赤道ギニアが沖合いに位置していることを思い出した。オイルブームに沸く国だ。 海の透明度は低い。砂浜がないのでそう見えるだけかもしれない。海岸を歩いてみる。ホテルの敷地内なので外部の人は入れない。リンベでは高級ホテルらしくひっきりなしに乗用車の出入りがある。ただし建物は古くかなり痛んでいる。ホテル経営は簡単ではない。
バメンダのムサンゴモーターパーク

本日の出費45,100フラン

2012年2月16日 リンベーヤウンデ
リンベの見所はLimbe Wildlife Center、バイタクで200フラン、入場料3,000フラン、地元民は300フラン。霊長類専門動物園だ。マンドリルといったサルやゴリラもいる。環境破壊によって野生生物も減少の傾向にあり、ここの動物園では彼らを保護しているらしい。1時間くらい見物する。スタッフにはヨーロッパ人もいる。見物途中で雷が鳴ったと思ったらもの凄い雨だ。雨季ではないのに恨めしい。時間が惜しい。やっとのことで雨がやみホテルにかえる。ホテルの人にヤウンデまでの生き方を教えてもらう。ここはナイジェリアに近いので英語が完璧に通じる。カメルーン語があるかどうか知らないが、外来語の仏語、英語を母国語として使うカメルーン人の気持ちはいかがなものかと思う、中には忸怩たる思いの人がいるかもしれない。幸い日本語は漢字、ひらがな、カタカナで文章がかけるので、外来語の世話にならなくていい。ナイジェリアだってそうだ。古来の言葉はあまり使われず、植民地の言葉である英語を使わざるを得ない。ヨーロッパにすき放題にされたアフリカの悲劇がある。最も外国人にとってアフリカで仏語、英語が使えるのは便利である。言語には人類の歴史がいっぱい詰まっている。バイタクでMile4まで200フラン、1回通ったので道は覚えた。ドアラまでバス代が1,300フラン、1時間待ちで出発だ。例によって超満員である。2時間余でドアラに着いた。ドアラはカメルーン最大の都市、中国で言うなら上海だ。やたらと車の多い都会だ。バイタクで長距離バス乗り場に行く。あちらこちらで渋滞している。バイタクはすいすい抜けていく。スピードがすごいからぶつかったら命はない。道の両側は建物がいっぱい、中国語の看板もある。中国人はこの国では大活躍しているようだ。銀行、航空会社、ホテルなんかが見えてきた。ドアラの中心地を走っている。800フランの運賃で、30分ほど猛スピードのバイタクでギャランティエキスプレスのターミナルに着いた。途上国を旅行して思うのは、ホテルとタクシーはいい現金商売ということである。ただ前者は素人では無理、莫大な資金が要る、後者も車がいる。庶民が1日100円単位の生活をしていることを考えると、おいしい商売のように思える。ただどちらも待ちの商売だ。客が切れ目無くあるかどうかは予測が困難だ。ギャランティエキスプレスはカメルーン1のバス会社らしい。なるほど専用のターミナルを持っていて、待合所、トイレなんかもある。冷房も効いている。ごちゃごちゃしたドアラでは際立った設備だ。バスの時刻表もある。ヤウンデまでは6,000フラン、高いなあと思ったがデラックスバスで2倍の料金になるとの事。エアコンばっちり、ミネラルウオータサービスあり、定員以上は乗せない。クッションもよい。ドアラ、ヤウンデ間はカメルーンの看板路線、舗装道路を快適に走る。午後2時半に出発した。100km/h以上は出している。緑が心持多くなってきたようだ。途中道端でトイレ停車、草むらに向かって放尿。女性客は車内に鎮座している。少し道の悪いところがあるが6時ごろにヤウンデに着いた。市内までは距離があるのでタクシーに乗る。バイタクではない。運賃は3,000フラン、バス代と一緒だ。タクシーはイイ商売だ。運ちゃん強気でいやならのるなという態度。仕方なく乗せてもらう。今夜のホテルはロンプラオススメの Ideal Hotelで運ちゃん市内に入って聴きまくっている。知名度の高いホテルらしくみんな知っている。ロンプラに載っている電話番号に掛けろといってやると、携帯を貸す商売があるらしくおばはんから借りてホテルに直接電話して、やっと分かったようだ。フロントで部屋を聞くと満室だという。このホテルは立地と値段とロンプラのおかげで常に満室らしい。それではと他のホテルを頼む。当ホテルの兄ちゃんについていく。カルフールエンロンカクという大きなロータリーがあってひっきりなしに車が突っ込んでくる。信号はない。彼氏簡単に渡るがこちらはいつまでもわたれない。子供連れ親子にくっついてやっと渡る。Bacchus et Morpheeというホテルというより、宿泊所だ。松本夫婦も泊まったところだ。Bacchusは英語ではバッカス、酒の神、 Morpheeはモールフューズ、夢と眠りの神、なるほどホテルとレストランを経営している。8,000フラン、夜も遅いので当該レストランでビールとチキンのグリルで3,300フラン、コーヒを飲みたいがないといわれる。ガソリンスタンドの向こうにコンビニがあり、ミネラルと熱いコーヒで350フラン、生水が飲めないホテルではミネラルは欠かせない。

アトランティックホテルからの海

本日の出費26,450フラン

2012年2月17日 ヤウンデ
バストスといって大使館が集中している地区がある。ホテルから歩いていける。旅行会社、レストラン、ホテルなんかもある。ヤウンデの顔といった感じだ。チャド大使館はロータリーから歩いていける。8時から開館している。ナイジェリア大使館なんかも近くにある、大使公邸もある。ただ硬く門を閉じてビザ業務なんかやっていない気がする。日本大使館も近くにあるが誠に分かりにくい場所にある。大通りから外れた住宅街にあるのだ。チャドの旗がある建物に入ると誰もいない。石の手すりに腰掛けているとお役人さんが出勤してきた。8時きっかり。ボンジュール、お役人さん鷹揚にうなずく。ビザの申請ですというと。アトンデイッシ、ここで待ってとの返事。申請用紙を持ってきた。英語がない。全部仏語だ。俺は仏語を10年以上勉強している。読み解釈はできるが、会話はだめ、申請書を見ると簡単屁の河童、赤子の手をひねるが如し、さらさらと書いてえらいさんの部屋へ。 「アルジョン お金」 「コンビアン」 「カランテミル 40,000フラン」 ぼったくり「 ペイ、マタノン 今払うの」 「ウイ」 「ブネ、カトゥールザール 14時に来なさい」 「オージョルドゥイ 今日ですか」 「ウイ」 チャドに寄付して、日本大使館への行き方を聞きまくり、間違い倒して酷熱の大使館へ到着した。パスポートを見せろという。チャドに取られた。身分証明書を見せろという。写しはホテルにある。航空券コピーで何とか入館できた。領事が会ってくれた。チャド、ナイジェリア状況の説明を受ける。中央アフリカとの国境付近は危ない、ナイジェリアの北部、マイヅグリ、カノあたりはボゴハラムというイスラム過激派が大活躍で近づかないようにとの説明を受ける。ついで外務省安全情報のコピーもくれた。なるほどカノは最もやばい。旅行者を止める権限はないが、キケンであることを十分に分かってほしいと念を押された。この領事は大変親切で,訪問した甲斐があった。ドアラからさっさとヨーロッパ経由で帰国したほうがよいですよという。 領事の言うとおりにしたほうがよいとの結論に達した。お礼を言って大使館を後にする。後になってナイジェリア政府発表の記事を読むともうこの時、ゲリラ逃亡防止のためにニジェール、カメルーン国境を閉鎖していたようだ。当領事もナイジェリアから来たというとびっくりしていた。てっきり南部も閉鎖したと思っているらしい。カメルーン脱出方法がちらちらして来た。Bacchus et Morpheeをチェックアウトして隣のAuberge le Globusにチェックイン.6,000フラン。列車の切符手配のためにタクシーで中央駅へ500フラン、窓口で求めるが相手にされない。後でわかったが、まず予約を入れて予約票を持って行けば発券してくれるのだ。午後の4時になっている。明日出直すことにする。ホテルの前でみかんを買う。このみかん皮が硬い、おばはんまずナイフでむいて売る、俺1つずつ袋をはがす。硬くてはがれない。ナイフを使えばよいが手がすべると大怪我をする。仕方なしに爪で傷をつけてはがしていく。袋を破る。硬い。はさみで切ってやっと身が出てくる。日本のみかんが恨めしい。カメルーン人は皮にかぶりついて汁だけすっている。マラリア治療薬コアルテムを買う。4,000フラン。発症後4錠、8時間後4錠、次の日と2日後の朝、晩に4錠ずつで合計24錠服用する。夕食はレストランでビールと肉、内容は思い出せない。焼き鳥、魚なんかかってさらにホテルで食べる。合計7,150フラン。
ヤウンデのホテル

本日の出費59,580フラン

2012年2月18日 ヤウンデーンガンデレ
列車切符手配のため朝から再び駅へ、出動だ。1等の売り場に客がいるので聴いてみる。寝台車は2日前に発売、1等はいつでも買えるとのこと。早速窓口へ。予約票を求められる。ないというと仕方が無いわねということでパスポートの提示を求められた。やっとのことで17,000フランの切符を入手した。今度からは予約票を持ってくるのよと釘を刺された。ロンプラではンガンデレでヤウンデまでの切符をTouristique Expressというバス会社が事前販売しているということを記述している。それなら逆もありでカメルーン人に確かめるとその通り、同社で販売しているとの事。俺の頭は何故こんなに悪いのだろうと親を恨んだ。今夜の脚と宿は確保された。列車は18時発、1時間前には来るようにとの事。ヤウンデの仕事は済ませたので見物するところを探す。Mvog Betsi Zooという動物園にする。中心部から少し外れているのでバイタクで1,000フラン、入場料は2,000フラン。鳥、猛獣、サルなどが雑然と檻に入っておりまとまりがない。ハイエナがえさを食っていたので見物していると、睨み返してきた。ド迫力。早々に退散。近くでもの凄いライオンの声がする。メスが4頭おとなしく寝ているが、別の檻の雄ライオン2頭がうなりまくっている。天王寺にいるそれとは大違い。肉を求めているのだ。飼育係が大きな熊手で肉を檻の中へ入れている、ライオンが熊手ごと引っ張り込む恐れもあるので慎重にやっている。雄たけびとともに瞬く間に山のような血だらけの肉を平らげてしまった。びっくりして動物園を後にする。果物、パン、ハムなどを買ってホテルで食べる。列車出発まで4時間ある。チェックアウトは12時まで、4,000フラン払って休憩する。17時に改札が始まる。2等客は先を争っているように見えるが、座席指定なのでそこまでする必要が無いように見える。皆もの凄い荷物だ。俺のルックザックなんて赤ん坊だ。1等車はいい雰囲気、1列4シート、定刻に発車、夕食の注文取りに来た。3,000フラン。オーダーする。バスと違ってトイレの心配がないのでビールなんかも安心して飲める。パン、チキン、ミネラルウオータ、デザート、フルーツなんかお盆の上に乗ってくる。まずくもうまくもない。チキンは暖かい。2時間ごとに列車は停まる。子供の売り子がサンフランといっている。ナイジェリア、カメルーン両方に共通するのは細かいお金に不足するということ。1,000ナイラ、10,000フランでは屋台の買い物、駅での買い物が不可能だ。皆つり銭がないのだ。3,000フランの列車食だって10,000フランを出すと渋い顔をされ、1時間後にやっとつり銭を持ってきた。ホテルなんかでしか使えないのだ。列車内放送があり到着駅を知らせている。途中の乗り降りは殆どない。ほぼ満席。カメルーンの南北を結ぶ重要インフラだ。
動物園のサル

本日の出費32,600フラン

2012年2月19日 ンガンデレートゥボロームンズ
8時ごろから車内でバスの切符を売りに来る、マルワ、ガルアといっている。列車に接続しているのだろう。松本夫婦のまねをしてツゥボロまでの切符を買う。3,500フラン、Touristique Express発行だ。列車はンガンデレには9時半ごろついた。ツゥボロ往きのこのバスには列車の乗客もいる。11時ごろに出発した。ツゥボロまでは道は素晴らしい。2時間ほどでツゥボロ到着、まだカメルーン国内だ。乗り合いタクシーに乗り換える。ムンズーまで7,500フラン。列車からの乗客が1人いる。程なくカメルーン国境へ、俺だけが出国手続きをする。続いてチャドの入国手続き、おっさんコーヒをおごってくれと笑いながら言う。ビザに大金を払っているのだからと拒否する。入国スタンプを貰ってタクシーへ戻る。ヤウンデとカメルーン北部、チャドは明らかに景色が違っている。牛がのんびり、道を横切り、大きな樹がポツリ、後は褐色の草原、サバンナもかくありなん。少し道は悪くなったが気にならない。タクシーがどんどん飛ばして行く。途中に大きな町はない。6時ごろにムンズーに到着した。松本夫妻が泊まったAuberge La Votre de Moundou、 ムンズーのあなたの宿、に乗り付ける。運ちゃん少し迷ったが無事に到着した。ホテルは6,500フラン、国連の車が停まっている。ホテルの前の道は砂がいっぱいの未舗装、民家は泥か土作りだ。太陽をさえぎるため窓が小さい。日が暮れても街灯が無く真っ暗だ。バスターミナルの前は広場になっており道を越えてレストランがある。魚のグリルとサラダとビールを注文する、仏語しか通じない。3,400フランでパンとともに大皿で出てきた。これは涙が出るほど上手い。カメルーンより上手い。調子に乗って同じものを注文した。今度は2,700フラン、これも旨い。 幸せいっぱい腹いっぱい。兄ちゃんがテレビをつけてサッカーの試合を見せてくれる。広場では屋台がいっぱい。電気が無いからろうそくだ。お金の勘定なんかできるのだろうか。トマトを買うと100フランで手に持ちきれない。イナゴのフライを売っている200フラン,甘くって田舎の味、ミネラルウオータが500フラン。買い物途中に餓鬼どもが、チャイナ、チャイナといってくっついて回る。英語で言うな。シノワといわんかい。
チャドビザ

おいしい魚

本日の出費24,400フラン

2012年2月20日 ムンズーボンゴルーヤグワーマルワ
扇風機はあるが暑くて目が覚めた。チャドで見るところといえば南のゴレか、北のヌジャメナぐらい。東部のサラ、アベシェなどいっぱい町があるのに治安がよくなく、旅行は勧められないらしい。ヌジャメナもあまり見所がないらしいのでボンゴールからカメルーンに抜けることにした。チャドの雰囲気に触れたことで満足しよう。ホテルの前にバイタクが待ち構えている。6時半ごろ歩いてバスターミナルに行く。バイタクの運ちゃんが不思議そうな顔をしていたのが何となく分かった。どうもメーンのバスでないようだ。ともかく切符を買う。ボンゴールまで5,000フラン。バスには幌がかけてありいつ出るのかサッパリ分からん。聴くとセッタールミディ、7時半だという。客は一向に集まらない。鶏をぶら下げた親子が来た。バスに乗るらしい。鶏が逃げないように脚をくくってある。それでも鶏は逃げる。子供が追いかける,鶏はいすの下に入り込む、親が出てきて引きずり出す。鶏が暴れる。鶏とともにバスは発車する。乗客は4人アフリカでは考えられない。猛スピードで市内を抜けて草原をひた走る。1時間ほど走ってケロという町に着くと沢山の乗客が乗ってきた。これでからくりが分かった。さらに1時間ほどでレーと言う町につき、さらに客を詰め込む。子供の売り子がワンワン騒ぐ。超満員のバスはボンゴールに向けてひた走る。2時間ほどして大きな町に着いた。ボンゴールのようだ。他の乗客に聞く。バスはヌジャメナに行く。降りるならここだという。あわてて降りる。ボンゴールバス停ではバイクタクシーが待ち構えている。1,000フランで国境へ行くという。チャドのポリスで出国スタンプを貰う。さらに15分ほど行く大きな樹の下で下ろされた。バイクのたまり場だ。ここからはカメルーンからの客引きに引き渡される。チャドなのにカメルーンの客引きが来ている。炎天下の砂ばかりの道を歩くと川に出た。国境らしい。ピローグ、小さい船、で客引きと船頭と3人で対岸に行く。2,000フラン。客引きが運転するバイクでカメルーンのポリスへ。ビザ手続き4,000フラン出せという、とんでもない、マルチプルビザなのになんで料金がいるのだといってやったら、2,000フランでよろしいという。腹が立つけれど妥協した。バイタクは1,500フラン。ヤグワのバス停に到着した。2,000フラン渡すと釣りがないという。後でと言うことでチケットセンターにてマルワまでの切符を買う。2,500フラン。窓口の女性なぜかつり銭がないといって500フランを返さない。確信犯だ。先ほどの客引きの兄ちゃんが来て500フランを返してくれる。正直だ。それに反してポリス、バス窓口の女性は強欲だ。女は恐ろしい。バスはまもなく出発し北上する。3時間余で到着した。マルワは大きな町、ナイジェリアへの拠点、あるいは有名なマンダラ山観光地を控えている。ルムシキというカメルーン随一の景勝地の基地である。是非訪問すべきであるがナイジェリア情勢が不安で早くカメルーンを出国したいという思いもあり、断念した。バイクタクシーで Touristique Expressへ。ヤウンデへの切符を買うためだ。切符は2等のみを売っているらしい、バス代を含めて17,000フラン、明日5時出発だという。近くのホテルを聴くと隣に Le Sahelがある。選択の余地がない。ロンプラで高級ホテルと記されている。15,000フランでさほど高くない。西洋人もちらほら。レストランで晩飯を食う。ビールとチキンフライで5,000フラン。10,000フランを出すとお釣りがないといって、断られ小額紙幣をかき集めて支払った。こんなまずい料理があるのかとあきれた。道理で客が誰もいないはずだ。腹が立ったので屋台の魚のグリルとトマトとミネラルを3,000フランで買ってホテルでしこたま食べた。こちらのほうがよっぽど美味だ。マンダラ山に行かなかったことを後悔し、チャドに踏み入れたことを喜んで寝床に着いた。
チャドのホテル

チャドの典型的な景色

本日の出費52,600フラン

2012年2月21日 マルワーンガンデレ
朝5時出発だから4時に起きる。バックパックに詰め込んで部屋を出る。ところが照明が消えているので迷ってしまった。大慌てでフロントを見つけバス会社に行く。大型のバスが停まっており乗客が待っている。30分ほど遅れてバスが出た。大型バスではナイジェリアと同じく男が立ち上がって、セールスの開始だ。英語だから何となく分かる。2時間も独演会をやる体力には恐れ入る。退屈しのぎにはなる。ガソリンスタンドに入ってトイレ休憩だ。トイレがない。フェンスに向かって放尿だ。おばさんがしゃがんでいるのでびっくりした。女性だって尿意をもよおすだろう。ガソリン価格は1Lあたり600フラン、100円ほどだ。カメルーンにとっては決して安くない。ンガンデレまでの520kmを突っ走って午後2時についた。バリデイトといって切符に座席番号と車両番号を入れてもらうために窓口へ。これで座席は確保された。18時出発なので時間はある。この駅は2回目なので地理は分かる。駅前から一本道が延びており、ホテルやら、バス会社やら、銀行がある。腹が減ったのでレストランを探す。駅前には屋台があるがゆっくり出来ない。薬局か食堂か判らんところに入ると、飯を出すと言う。甘くないバナナ、ご飯、シチュウ、紅茶が出た。どれも美味だった。特に紅茶が何回もお変わりできて大助かり。1,000フランは値打ちがある。トイレを使うと150フランとられた。駅しか行くところはない。埃だらけの木のベンチで時間をつぶす。やっとのことで改札が始まる。今度は2等だ。皆もの凄い荷物を持っている。4人がけのいすが並んでいる。昔の日本の汽車を思い出す。超満員で発車する。席のない人が便所の前で座ったり、寝たりしている。外国人で2回も列車に乗る馬鹿なやつが俺のほかにいるのだろうかとくだらないことを考えてしまう。ミネラルウオータを子供が売ってくる。サンフランというので買うと栓がゆるい、適当に水を詰め込んだのだ。悪智恵の働く奴だ。トイレに行ったときに使おう。飲みはしなかったが結構役に立った。
ホテル中庭

本日の出費 2,000フラン

2012年2月22日 ンガンデレーヤウンデーリンベ
列車は660kmを走り8時にヤウンデに着いた。リンベのアトランティックビーチホテルでヤウンデ行きバスが9時発だとチラッと耳にしたので、逆もさもありなんとタクシーでギャランティエキスプレスへ。3,000フランだ。どうやら定価のようだ。リンベへの切符を求めると4,000フランでドンピシャの9時発である。バスの値段とタクシーのそれと比較するとタクシーはよい商売と改めて思ってしまう。エアコンの効いた快適なバスで4時間ほど走ってドアラに着く。大きな都市で乗客は殆ど降りてしまった。鉄道駅もある。遅いし本数も少ないから利用者は少ないだろう。ドアラは2回目で通過するだけだから、何もいえないけれどヤウンデのほうに情緒がある。ドアラからは少し道が悪くなる。おなじみのMile4につき、タクシーに乗り換える。1,000フラン。道は覚えてしまった。Park Hotel Mirammarに行く。アトランティックビーチホテルの奥にある。コッテージ風の風情のあるたたずまい。15,000フラン。ここに来たのはナイジェリアに戻らなければならないからである。ボタというところが船着場らしい。ロンプラでは月、木の夜出発と言うことなので明日出るかもしれない。大急ぎで港へ。誰もいないがガードマンが頑張っており中には入れない。船会社関係の人に聞くと火、金に出港すると言う。明後日と言うことになる。18時ごろだと言う。切符は当日売り出す。再びホテルへ戻る。コッテージなので1人住まいで誠に快適だ。テレビ、トイレ、シャワー、ベッド、机一応設備は整っている。敷地が広いので洗濯物なんか干してあってなんとなくアットホームな感じ。大きなトカゲがいっぱいいる。洗濯日和なので一気に衣類を干す。夕食は例の鯵のグリル、ビールと食べるとたまらない。ベーカリーによってチーズ、バゲット、ヨーグルト、さらに屋台でパイナップル、トマトなんかかって夕食を入れて6,000フラン。マルワからの1,200kmのたびの疲れを一気に回復することとする。
ヤウンデのギャランティバスターミナル

本日の出費29,000フラン

2012年2月23日 リンベ
ホテル従業員がセメビーチに行かないかと勧誘する。市内は見物したので応じる。Mile11までタクシーで1,000フラン、セメビーチホテルの入場料が二人で3,000フラン、カメラ持込が2,000フランである。専用のビーチがありヨーロッパ人がいすに寝ている。水泳をしている人もいる。テニスコートでカメルーン人がプレーをしている。もの凄い暑さなのにようやる。完全なリゾート地で退屈した。このホテルは市内から離れており、アクセスが誠に悪い。お客はホテルにいるしかすることがない。ホテルに来て飯を食い、いすに寝転び、海につかるのもレジャーの過ごし方だ。ホテルを出て溶岩でできた丘に行く。入場料4,500フラン。小学生の団体が来ている。遠足らしく先生が説明をしている。真っ黒い溶岩の上はごつごつして歩きにくい。桜島の溶岩道路を思い出す。カメルーン山の噴火の溶岩だと言う。はるかかなたにあるのによほどの大きな噴火だったのだろう。ツアーを終えてボーイとともにホテルに戻る。タクシーが1,000フラン。ボーイが何か物欲しそうな顔をしている。チップだ。10,000フランはいやだ。明日にしよう。部屋でシャワーを浴びているとノックがする。ボーイがこれから私は家に帰ります、明日お目にかかりましょうと挨拶する。明らかにチップの催促だ。明日渡そう。自分で行動するのと違って、引率されるのも結構疲れる。金銭的な疲れだ。ぼったくられはしないかとの思いだ。鯵のグリルは飽きたのでスーパーでソーセージ、野菜、ビール、果物、さらに屋台で串焼き、ベーカリーでヨーグルト、パン、ミネラルを買ってホテルでくつろぐ。買い物絞めて6,000フラン。ホテルの支払15,000フラン。

小学生の遠足

本日の出費32,100フラン

2012年2月24日 リンベーカラバール
朝食は含まれている。コーヒ、パン、バター、ジャム、フルーツで肉はない。フランス人の夫婦は長期滞在らしくいつも同じ席で、おっさんはパソコン、おばはんはぼろぼろの本で時間をつぶしている。もの凄い肥満で歩くのにも難儀している。海を渡ってくる風が心地よい。ボタという港は見えて船が2隻停泊している。ボーイがまたやってきた。2,000フランを渡すと消えてなくなり、以後2度と現れなかった。午後2時から船の切符を売り出すので正午のチェックアウトまで粘る。船乗り場に行く。Cowash Co. LTDと言う船会社がカラバールまで行く。1等が35,000フラン。待合室にはベンチが3つほど。扇風機はあるがスタッフが独占してこちらには来ない。午後6時に出港らしいがその気配なし。客はひっきりなしに来る。カメルーン人のよからぬ奴が俺に付きまとって金をせびる。船会社まで案内してやったからだと言う。勝手に案内しやがってこちらが迷惑だ。少しのコインでよいからと言う。300フランを上げた。こんな効率の悪いせびりをするくらいならちゃんとした仕事のほうがよほど儲かるのにと思ってしまう。トイレはスタッフから鍵を借りて使用する。客以外には使わせない魂胆だ。バナナを買って夜食とする。午後10時をすぎてやっと乗船が始まる。フェリーでなくてちっぽけな客船だ。甲板の下が2等、その下が1等だ。船が事故にあえば完全に死ぬ。逃げるところが狭い通路しかない。パスポートは乗船すると直ぐに取り上げられた。1等と2等の違いは、1等は長いすが整然と病院の待合みたいに並んでいるのに対して、2等はソファが雑然とおいてあるくらいでたいした差はない。日本の1等みたいに個室のベッドつきではない。エンジンの音がしていよいよ出発だ。照明が船室を照らしている。エアコンが効きすぎて寒い。誰かがお経みたいに歌いだす。皆が唱和する、ハーモニーは抜群だ。航海の安全を祈っているなら嬉しい。無事にナイジェリアについてくれますように。

リンベの船着場

本日の出費38,300フラン

2012年2月25日 リンベーカラバール
コカコーラが配給される。ミネラルも一緒に。船酔いはしないが寝不足であまり体調はよくない。トイレがあるので助かる。夜明け近くだと思うが、船外で大きな声がする。船はカーテンで外と遮断しているので見ることができない。他の乗客は静まり返っている。絶対に歩くな、外をのぞくな、座っておれと注意を受ける。この海域は海賊が出ると聴いている。突然乗り込んでこられたら、万事休す、外国人の俺が狙われるのは必須、金になるからだ。船はエンジンの音も軽やかに快走している。絶対に停まってくれるな。外のやかましい声は30分くらい続いただろうか。終わったところで船内の皆が喋りだす。カフェオーレとパンが配られる。カメルーンのパンはおいしい。温かい飲み物に感謝。満腹して降りる準備をし始める。8時頃にカラバールに到着する。ナイジェリアにともかく帰ってきた。旅の9割は終わった気がする。パスポートを取り返しにポリスへ行く。入国審査のために書類をかかされる。カメルーン、チャドには無かった手続きだ。審査官は神経質な人で、1回目の滞在は1ヶ月も許可しているのに何故2日間しか滞在しなかったのか、2回目の入国の理由、滞在ホテルはどこにあるのか、今度は何日滞在するのか、なんかねちねち聞いてくる。答えられない質問もある。今度はナイジェリアでおかねをいっぱい使うから、ナイジェリア大好きだとか言ってご機嫌をとる。入国スタンプをやっと押しくれて1ヶ月滞在許可と記入する。ナイジェリアだけなぜか滞在日数を記入する。フランからナイラへ両替する。レートは妥当だ。今度はドルからナイラへ両替する。とんでもないことを言い出した。50、100ドルなら155ナイラにしてやる、それ以外の小額紙幣は120ナイラだ。弱みにつけ込んだあくどい商売だ。カラバールに着いたわれわれの船を振り返る。大きな荷物を出している。お客以外に貨物を運搬すると言う役目も持っているのだと思う。こちらのほうの儲けが大きいかもしれない。途方もない量が出てくる。改めて船がこんなにも小さかったのかとため息が出た。港を出るとイエローカードのチェックがある。ナイジェリアビザ申請には不要だが、こうしたいちゃもん付けのための検査があるので準備は怠りなくしておいたほうがよい。ラゴス行きのバスの呼び込みがある、こちらはカラバールに泊まる予定である。バイタクにホワイトホテルに言ってほしいと言うと断られる。理由が分かった。今日は州の選挙の日、ポリスが道路を封鎖している、見つかったら逮捕されると言うことである。それを避けたホテルしかいけない、白タク運ちゃんが3,000ナイラと吹っかけて絶対に譲らない。今日の稼ぎだから必死だ。カメルーン人が中に入って2,000ナイラで決着した。15分ほどでホテルに到着。9時過ぎだ。疲れた体を休めたい。チェックインできなかったらどうしよう、心配無用、アフリカのホテルは早朝でもオーケーなのが嬉しい。4,500ナイラを払うと部屋に案内してくれる。現金のありがたさが身にしみる。Ntunkae Hotel #7 Diamond Hill, Odukapani Road Calabar だ。このホテル皆親切でお金さえ払えば、何も言わなくて居心地がよかった。さて中心街から離れているようで外は焼け付くような暑さ。カメルーンからソーセージとパンを持ってきているのでビールをなんとしても手に入れたい。歩いて10分ほどの店屋で買った。400ナイラ.ところが冷えが悪い。冷蔵庫が機能していないのだ。以後ナイジェリアの電力事情に悩まされる。ホテルは勿論電気、水道はストップしている。今朝猛烈な雨が降ったので変電所に事故があったという。水道は出ないが大きなポリバケツに満タンになっているので心配は要らない。トイレを使うときはこの水を使うのだ。昼間なので充分明るい。ほろ酔い気分で洗濯を済ますと、住み着いているおばはんが何故私にさせてくれないのだと、不漫顔をする。お金儲けのチャンスを逃したのだ。ともかく干す。ホテルのシーツなんか干してあるので洗濯ばさみ、ロープなんか使わせてもらう。カラバールでの仕事がある。観光よりも大切なこと、バスのチケットを買うことだ。旅の疲れが出たのかいつの間にか寝てしまった。暑くて目が覚めた。エアコンが効いていない。停電だからだ。テレビもつかない。日本とえらい違い。何となくしんどい。体温を測ると37.2度をさしている。マラリアの恐怖が走る。もう一度睡魔が襲ってきた。午後4時ごろになって目が覚めた。今度は36.7度になった。心配は要らないだろうと教えられたスーパーに行く。ミネラル、パン、缶詰、屋台でパイナップル、バナナなんか買って2,000ナイラ。ひたすら食いまくってまた寝る。電気がついたようでエアコンの音がし、テレビがうるさい。夜の8時になっている。キンチョウ蚊取り線香を炊く、アフリカに入ってからずっと続けている習慣だ。真夜中電気はつかなかった。

カラバールのホテル

本日の出費8,900ナイラ

2012年2月26日 カラバール
体温は35.6度になっている。早朝で暗いがデジカメの明かりで読み取った。キンチョウは効いているのか不明だ。気休めかもしれない。今日は仕事が3つ。バスの切符手配、両替、観光だ。ホテルの位置がサッパリ分からないので、タクシーでABC Transportへ。400ナイラ、バス会社の人に案内されて両替商へ。ここではレートは妥当。小額ドル紙幣でもクレームがつかないで155ナイラである。港の両替商は悪人だ。400ドルほど替える。バス会社に戻る、御礼に1,000ナイラほどチップをあげた。ちょっと張り込みすぎたかな。ところがこれが思いもかけないことで役に立つ。 アブジャまでの切符は6,200ナイラで購入した。後の仕事は観光だ。博物館へ行く、400ナイラ、運ちゃん待ちましょうかと言うが断る。隣に大統領の居宅がある、ぶらぶら入っていくと警備員が飛んできた。なかなか立派な屋敷だ。博物館はイギリスの払い下げの建物で傷みが激しい。しかも停電だとかで1階しか見せてくれない。やし油の説明をいやほど見物した。丘の上の見晴らしのよいところに立地しているので、眺望がよい。ギニア湾に注ぐ大きな川を船がゆっくりと下っていく。うっとりする風景だ。博物館は大きな道路から外れているので歩いていく。地元の人に聞くとタクシーを拾ってくれて、ドリルランチというサルの動物園を目指す。ロンプラでは色々宣伝しているがナイジェリア人でも知らないちっぽけな施設。西洋人がオーナ。無料で説明してくれる。要するにサルの保護をしているのだ。マンドリルというサルが檻に入っている。居住環境は良くない。リンベのサルセンターのほうがずっとよい。ここの目的は自分の経営するキャンプ地に客を呼び込むことだ。キャンプ地では自然がいっぱい、快適なホテルでリッチな気分に浸れると言うこと。ただし足が無く車の無いものは難儀する。お金持ちの道楽だ。カラバールでの仕事はすっかり終わった。運ちゃんおいしいお客を逃すまいと引っ付いて離れない。こちらはおさらばしたい。いいレストランに行ってくれというと、中国レストランに着いた。ここまでタクシー合計1,200ナイラ。運ちゃんには帰ってもらう。カメルーンの魚がおいしかったので、魚料理にする。まずスープ、ビール、次に魚だ。待つこと30分でスープが来た。得体の知れない真っ黒なスープ、きのこ、野菜、わけの分からん具が入って、やたらとこしょうが効いている。チキンなどのだしがないので味はよくない。しょうゆかソースか得体の知れない調味料がダメ。とにかくまずい。メーンの魚が来た。真っ黒な魚が皿に乗っている。しなびたねぎの刻んだのがパラパラ、食ってみる。肉がぱさぱさ、棒鱈を食っているみたい。鮮度が悪すぎる。味付けは最悪。魚はみりんと砂糖としょうゆで味付けするもので、脂の乗った鮮魚であるべきだ。最後にハリセンボンのしょうが、白髪ねぎをあしらうべきだ。ところがいずれもそうではない。とにかくまずい。ナイジェリアの悪口を言うつもりはないが、とにかくこの国の料理には繊細さがない。はずれのないカメルーンとは大違い。最後に飯が出る。食いきれないボリューム。ナイジェリア最高のレストランの勘定は4,500ナイラ、今回の旅行の最高値段だ。ホテルにタクシーで帰る。スーパーによってミネラル、パン、屋台でパイナップル、バナナ、やしジュースを買って600ナイラ。明日は6時45分発なので寝ることにする。洗濯物も取り入れた。パッキングして直ぐに出られるようにする。
カラバールの博物館

本日の出費19,170ナイラ

2012年2月27日 カラバールーアブジャ
5時に起床する、やはり停電している、真っ暗な中でパジャマを脱ぎ着替える。トイレも済ます。手探りで忘れものに気をつける。昨晩準備万端しておいたのが効いている。そうでなかったらパニックになっていることだろう。デジカメの明かりが頼りだ。タクシーを拾おうとするが早朝のこととてなかなか来ない。ホテルの兄ちゃんが強引に止めてくれてやっとバス会社へ、400ナイラ。この時腕時計を落としたらしい、昨日両替商についていってくれた兄ちゃんが拾ってくれる。まいた種が実を結んだ。アブジャ行きはスプリンターと言ってマイクロバス、すでに出発準備が出来ている。ナイジェリアのバスは定員以上詰め込まない、カメルーンとは違う。ジュースとパンが出た。12人の乗客を乗せて定刻発車。運ちゃんはネクタイを締めてカッターシャツで、他の会社と格の違いを見せている。3時間ほどトイレ休憩なしにぶっ飛ばす。燃料補給のために少し停まる。皆とつれション。緊急停車のようでさらに1時間ほど走ってガソリンスタンドに停車、本格的に燃料補給だ。子供がわんさかよってきて、セールスの洪水だ。くしに刺した焼き物はスネイル、かたつむり、スネイクと効き間違えた。結構おいしい。100ナイラ。サンフランとは言わない、ワンハンドレッドナイラという。ナイジェリはアフリカ屈指の産油国、燃料は安い。ガソリンは100ナイラ、ディーゼルは150ナイラ、ケロシンは50ナイラで日本の3分の1だ。それでいて停電が起こるのは何故なのだろう。油から得た有り余る金を政治家が独占して国づくりに回さないなら由々しきことだ。電力会社が整備を行っていないなら職務怠慢だ。ライフラインを作るのは政治だ。国民の不満が渦巻いて爆発したらえらいことになる。ラゴスなんかでしょっちゅうデモがあると聞いている。テロなんかが出てくる隙を作っている。6時間ほど走って昼飯だ。ぶっ掛け飯が500ナイラ。味はよくない。食べ物には個人差があり独断は禁物だが、カメルーンと比べてしまう。味付けが単純だ。ココナツなんかも入っていない。肉と香辛料と塩とご飯それだけだ。人間は勝手なものでナイジェリア人が普通に食べているのに、勝手にまずいと言う権限はない。硬い肉を半分食って再び出発。しばらくしてパンクだ。乗客もなれたもので文句は出ない。運ちゃん車をどこかへ持っていってしまった。 1時間ほど乗客同士話をする。英語だから不便でない。お前は何者だ、何の目的だ、ナイジェリアは好きか、いっぱい写真を撮ったか、国立公園があるから是非行きなさいなど。パンク修理を終えて再び出発。道は悪く穴がいっぱい。そのたびに迂回、速度を落とす。見るべき景色はナイ。雑木があるだけ。家はどこでもある。人もどこでもいる。アフリカ随一の人口を誇るナイジェリアだ。アブジャには晩の7時に到着。外は暗い、待合室があるが窓口は閉まっている。切符の入手は明日になる。ラゴス行きは午前便が2つ、夜行便が15時発である。バス会社経営のホテルが満室、仕方がないのでバス会社にたむろしているおっさんの車でホテル探し、3件めでやっとチェックイン、Shuban Motelという汚いホテル。ホテル探しは遅かったら失敗する。7,000ナイラ。おまけにおっさんに1,200ナイラふんだくられた。さらに悪いことにスプリンターの中にジャンパーを忘れてきた。踏んだりけったりだ。夜は近くのフードコートで串焼き、ぶっ掛け飯、ビールで1,150ナイラ。このホテルでも停電がある。明日は急いでないのでキンチョウを炊いて、時々通電するテレビとエアコンを頼りに就寝。

アブジャのhotel

本日の出費10,250ナイラ

2012年2月28日 アブジャーラゴス
ナイジェリアに来てから不思議なことがある。西洋人を見ないことだ。カメルーンでは散見したのに皆無なのだ。ビザの問題かもしれない。英語が通じるのにけったいな国だ。過去の奴隷貿易の怨念が渦巻いているのだろうか。バス会社へチケットを買いに行く。歩いていけるのがこのホテルの唯一のメリット。6,000ナイラ。屋台でぶっ掛け飯を500ナイラ。やはり肉は硬い。ナイジェリア人は平気で食っている。その代わり甘くない乾燥バナナを頂く。外は暑いし車がいっぱい、首都なのでモスクだとか政府庁舎だとか見物しなければならないところがあるが、手持ちのガイドブックには説明が無く動きようがない。タクシーをチャーターして見物も出来るがやめた。飯を食ったら10時をすぎている。チェックアウトまで部屋で転がっていよう。部屋を出たらロビーでごろごろ。扇風機があるので何とか過ごせる。3時前にバス会社へ、3時半に出発するとの事。割と時間は正確だ。パン、ヨーグルトなんか買いテレビを見てすごす。アナウンスがありまず荷物にタグをつけてもらう、そうでないとバスに積み込めない、荷物は車内に持ち込み禁止。衣類とミネラルを持って乗車。ボディチェックがあり、金属探知機の検査。やはりテロがあるのだろう。徹底している。発車すると男の人の独演会がある。宗教の宣伝のような気がする。セールスはない。寄付の要請がある。2時間ほどして終わった。バス会社から弁当とジュースのサービス、ぶっ掛けご飯の真ん中に肉が1つ。やはり硬い。程よい乗車時間でレストランのトイレ休憩。レストランのトイレですっきり。もうこれでラゴスまで快適な睡眠が約束された。Executive Sleeperというこのバスは定員の3分の1ぐらいの乗客で走り、エアコンが効いているので快適だ。好きな席に座り寝ることにする。ところがオットどっこい3時間ほどして腹がうなりだした。ヨーグルトが効いてきた。ぐるぐると出口を求めてうなりは大きくなるばかり。もうそろそろトイレ休憩と思うのに全然停まらない。4時間ばかり走りっぱなしだ。突然止まった。乗客があるのだ。何が何でも客について降りる。草むらに隠れて大爆発、大音響とともに味噌もくそもぶちまけた。こんなにもこらえたのは初めてだ。あの停車が無かったらと思うとぞっとする。ヨーグルトは禁物だ。

アブジャのABCバスターミナル

本日の出費6,950ナイラ

2012年2月29日 ラゴス
ジボウといってラゴスの中心につく。朝の5時半だ。ざっと14時間かかったことになる。ここで降りる。荷物を受け取る。待合室にいすがあり、時間をつぶす。ABCのいいところはこの設備があることだ。そうでないと旅人はおるところが無くて途方にくれる。最高のバス会社ゆえんである。最終停車位置はアムヲオドフィンといってずっと南になる。そうなると足がなくなる。ジボウにはひっきりなしにお客が来てバスがどんどん発車する。8時過ぎになったのでホテルに行くことにする。ラゴスのホテルはどれも高い。ネットで予約できるところは2万円を超えている。ナイジェリア人が払える金額でない。ビジネスで利用できるホテルがあるはずだ。ネットで探し出しておいたホテルはKolex Hotel 4,500ナイラだ。Lagos locationというホテル斡旋業者で見つけた。ネットでのみ利用可能だと歌っているが、それは斡旋業者の言い分、マージンが入るからだ。キャッシュはホテルにとっては魅力、あいていれば泊まれるはずだ。問題はナイジェリア人がこのホテルを知っているかどうか、このホテルが存在しているかどうかだ。そのために他に3軒ほどホテルリストを用意しておいた。さらにホテルへのアクセスとなる地図、電話番号、住所なんかも調べておいた。バス会社の人にこのホテルを聞くとおよそ考えられないなまりの強い英語で、即座によい答えが返ってきた。地元では知られたホテルらしい。タクシー運ちゃんもガッテンと2つ返事。800ナイラ。ラゴスの下町をくねくねと車は走る。未舗装の道、潰れかかった家、何もしていない人の塊、などを見ながらだんだん不安になってきた。旅人は言う。ラゴスは世界最悪の都市、カオス(混沌)、メイズ(迷路)、魑魅魍魎の住む世界、そんなことを考えているうちにホテルに着いた。立派な設備だ。警備員詰め所もある。安心した。9時前になっている。チェックインさせてくれた。ありがたい。アフリカのホテルは太っ腹なところがある。日本の旅館はけち臭い。4,800ナイラを払う。ところで今日は2月29日、うるう年なのだ。俺の時計は3月1日を指している。ここで間違ったら大変。飛行機は3月2日発だ。払い戻しも変更もご法度のチケットなのだ。部屋でチケットを何回も確かめる。夜行バスは疲れる。部屋から見る外は下町の雰囲気はいっぱい、治安がいいのか悪いのかサッパリ分からない。旅人の言い分は正しいのか。ラゴスの現実を見るにはまず地理を理解することだ。本土、ラゴス島、ビクトリアアイランドからなっており、これらは長大な橋で結ばれている。現在位置は本土、旅人はビクトリアアイランドのYMCAに泊まるらしいが、ジボウからはずいぶん離れておりタクシー代も馬鹿にならない。本土に泊まらずしてラゴスを語ることなかれ。ホテルにレストランがあるので入ってみる。客はいない。おばさんが出てきてオーダーする。ビール、シチュウ、スープ、ご飯が出てくる。別々の皿に出てくる。スパイシーであるが鶏はよく煮込んである。温かい料理はずいぶん人間を幸せにする。料金は1,650ナイラ。満足した。野菜、果物、飲み物がほしい。大きなスーパーがあるとおばさんは言うがなかなか見つからない。親切なお嬢さんがマーケットに案内してくれる。トマト、パイナップル、マンゴ、ミネラル、パンなんか買う1,000ナイラ。お姉ちゃんに100ナイラチップ。彼女があんたのホテルはここと言ってKolexまで連れて行ってくれる。何のことはない、町の人には俺はすでに知れ渡っているのだ。幼稚園、教会、お店、語学学校などがあり、子供が遊んでいる。ちっとも危険でない。人はたむろしているが家が暑いから外に出ているのだ。少し道を聞けばうるさいほど人が集まってきて、親切に教えてくれる。おせっかい焼きだ。相変わらず電力事情は悪く肝心のときに停電する。断水は仕方がない。大きなポリバケツにためておけばよい。 部屋の扉に警告がある。貴重品はフロントへ。その通りにする。必要なお金はポケットに入れておかねばならない。貴重品を返してもらうときに抜かれているかどうかも確かめなければならない。当然フロントの前で金の種類、額、チケット、パスポート、カードなんかも申告しておく。後でつき合わせるのだ。 このホテルは結構大きく3棟からなっている。フロントのねえちゃんもきちんと英語が話せ教育が行き届いている。ナイジェリア人のビジネスマンが多く利用するのだろう。
kolexホテル

本日の出費7,900ナイラ

2012年3月1日 ラゴス
ラゴスを見ずしてナイジェリアを語ること無かれ。この数日咳きに悩まされている。おそらく疲れだろう。薬屋で咳止めを買う。トローチだろう、400ナイラ。朝食はホテルのレストラン、おばさんが出てきて、オートミール、バナナによく似たプランテンという練り物、コーヒで850ナイラ、たっぷりのミルクもあって大満足。フロントでラゴス島、ビクトリアアイランドへの行き方を聞く。後はガイドブックが頼りだ。まずオニパンというところに行く、バス代50ナイラ、次にラゴス自慢のBRTバスでラゴス島へ。このバスはよくできていて専用道路を行くからスピードが出る。しかも料金は120ナイラ、長大な橋もあっという間に通過する。CMSと言うターミナルが終点、海が直ぐ近くにあり大きな船が見える。ラゴスが港湾都市であることが分かる。少しぶらぶら歩くと博物館に出てきた。これは奇跡だ。入場料は300ナイラ。人間の誕生から死までがテーマ、小学生が仰山来ている。次にビクトリアアイランドへ、バイタクで行く、ヘルメットをつける。800ナイラ。バービーチがロンプラおすすめ。海岸には屋台がいっぱい、白い砂浜と青い海が素晴らしい。ゆっくりしようと思ったら呼び込みの兄ちゃんが、付きまとう。こんなのに付き合ったら地獄だ、ぼったくられるに決まっている。いやになってレストランに行く。ロンプラ紹介のマイケルだ。ホテルも経営している。ビクトリアアイランドはラゴスの1等地だ。このレストランにはガードマンがいてチェックを受ける。中に入る。テレビ大画面でサッカーの中継をしている。ウエイターが恭しく注文をとりに来る。ビフテキにした。ビールを注文。カメルーンと違ってナイジェリアではグラスを出す。程よく冷えてのどにすっと通る。やがてきのこソースに包まれてステーキが来た。フレンチフライが付け合せ。肉が柔らかくて上手い。金を出せばおいしいものが食える。支払は3,650ナイラ。カラバールの中華よりもずっとよい。大満足だ。次いで店を出てラゴス島へ、ジャンカラマーケットと言うラゴス最大の市場へ行く、タクシーが800ナイラ、橋を渡ってラゴス島へ行くともの凄い、車と人だ。マーケットの入り口だ。運ちゃんここで降りてくれと言う。歩道には人があふれ、商品が山積み、呼び込みがひっきりなし、おまけに屋台が通行の邪魔をしている、まさに喧騒の世界だ。ポリスが出ている。パトカーが止まっている。治安が悪いのだろうか。そんなことはない。マーケットはどこでも人であふれている、すりもいるだろう。見物だけした。雰囲気を味わった。これで充分だ。買うものはない。衣類、刀なんかいっぱい売っている。本土に戻る道が分からない。聴きまくってヤバへのバスに乗る。長大な橋を渡って本土へ。とにかくこんな長い橋をようかけたものだ。120ナイラ。ヤバからはホテルのあるショモルーへバスで30ナイラ、ショモルーからホテルへは運ちゃんにホテルのレシートを見せてバイタクで100ナイラ。ナイジェリア人は親切だ。彼らを悪く言う旅人がいるが決してそうではない。絶対に金額をごまかすことは無く、聞いたことはきちんと答えてくれる。ラゴスの地図だって複雑ではあるが、だんだん分かるようになる。本土の空港近くがイケジャ、少し南がオショダ、ショモルー、中心がヤバ、ビジネス街のシュルリー、これさえ覚えれば一人歩きも可能である。交通渋滞にあわなかったが、たまたま運がよかっただけかも知れぬ、ビザの問題がありナイジェリアに来る日本人は少ないが、是非訪れてほしいものだ。観光名所は少ないがパワーに触れるだけでも値打ちがある。カメルーンよりも人のよさを感じる。 ホテルに帰ると、フロントがお前ジャンカラに行ったのかと冷やかす。えらいとこですわと答えると、それみたことか、言ったとおりだろう、お前無事に帰ってこれてよかったなと。明日は帰国の日飛行機は14時40分発であるが、フロントによると渋滞を予想して4時間前にはホテルを出ろと言う。長い20日間のアフリカ旅行の締めくくりだ。

博物館中庭

本日の出費 11,420ナイラ

2012年3月2日 ラゴスードーハ
大通りに出てタクシーを拾う。2,500ナイラと言う、少しぼられた気がするが、空港から4,000ナイラをとられていたので納得する。狭い道をぐるぐる回ってラゴス随一のイコロド道路に出る。渋滞はない。立派なホテル、会社のビルが立ち並んでいる。タクシーはイコロド道路を外れて、わき道に出てやっと空港専用道路に出た。するとターミナルビルが見えてくる。出発は2階である。11時前についたのにカタール航空のカウンターは仰山の人だかり。まずパスポートとチケットを見せてサインを貰う、次に名前をチェック、やたらと人手をかけている。日本なら数人でやる仕事だ。やっと搭乗券を手に入れる。30分ほどかかった。残りのナイラをドルに替えたい。銀行に行くとダメだと言う。ナイジェリア人か居住人でないからだという。ナイラなんて紙くずだ、なんとしても替えたい。隣の古臭いターミナルビルの銀行を入国時に使ったのでそちらに行く。ポリスがなんの用事だとチェックを入れる、やっと銀行窓口に到着、直ぐに変えてくれた。しかも160ナイラ1ドルでマージンゼロ。帰りにポリスが20ドルよこせと言う、とんでもない、何とか3ドルで納得してもらう。ナイジェリア人は悪くないのに、銀行、ポリスが意地悪をする。このあたりを改めてほしい。次は出国審査カードに記入して、パスポート、搭乗券とともに渡す。スタンプを押して無事通過。荷物検査、ボディチェックがある。ポリスが列を組んで見張っている。非常に疲れる。やっと搭乗ゲートに到着。12時を過ぎている。エミレーツの客が降りてくる。デューティフリーのバッグを持っている。西洋人は少ない。カタール航空がやっと到着。少しして搭乗が始まる。やっと緊張が解けた。偏西風に乗って飛行するので時速は1,200kmになっている、ドーハには真夜中に到着。待合室には全世界からの乗客がいる。南米、ヨーロッパ、北米、アジア、オセアニア等。ここのトイレは1つしかない、大混雑、理解に苦しむ。関西空港へは定刻出発で往きより3時間早く18時間の飛行時間であった。
本日の出費 3,000ナイラ

23日間旅行総費用 226,480円

内訳 日本117,000円
ナイジェリア93,360ナイラ 46,680円
カメルーン376,820フラン 62,800円