主はシオンを慰め/そのすべての廃墟を慰め/荒れ野をエデンの園とし/荒れ地を主の園とされる。そこには喜びと楽しみ、感謝の歌声が響く。                            (イザヤ書51:3) 

 50年以上にわたるバビロン捕囚からの解放を告げられたイスラエルの民であるが、荒れ果てて廃墟になったユダの地に帰って苦労したくないと思う人々もいた。異教の地で生活する中で、神の義(正しさ、救い)に対する疑念が広がり、信仰が萎えてしまっているのである。そんなイスラエルの民に向かって、預言者イザヤは「わたしに聞け」と三回呼びかけて、主の慰めと励ましの言葉を語った。
 第一の言葉は、「あなたたちが切り出された元の岩、堀り出された岩穴に目を注げ」である。「元の岩」「岩穴」とは、アブラハムと妻サラのことで、神は年老いた夫婦に満天の星を仰がせて、「あなたの子孫はこのようになる」と約束され、それが実現した。ここにイスラエルの民の原点がある。そして、イザヤは標記のように述べた。バビロニアによって徹底的に破壊され、廃墟となったエルサレムが、「エデンの園」「主の園」とされ、「そこには喜びと楽しみ、感謝の歌声が響く」と言うのだ。
 第二の言葉は、「わたしの救いは現れ、わたしの腕は諸国民を裁く。島々はわたしに望みをおき、わたしの腕を待ち望む」であった。ここには救いがイスラエルだけでなく、すべての諸国民にも及ぶことが示されており、しかも、「瞬く間に…すべての人の光として輝かす」と言われている。このことは主イエスの到来によって実現した。
 第三の言葉は、「人に嘲られることを恐れるな。ののしられてもおののくな」と言われ、「わたしの恵みの業はとこしえに続き、わたしの救いは代々に永らえる」である。この言葉はイエス・キリストの十字架の場面を思い起こさせる。主イエスが私たちの先頭に立って、人々の嘲りとののしりを受けてくださったことによって、永遠の救いが完成した。
 これらの呼びかけの言葉は、教会の働きが低迷しているように見え、世界の情勢を見ても、神の義はどうなったのかと思いたくなる現代の状況の中にあって、神への信頼が揺らぎそうになっている私たちに語られている。今年の年間目標は「御言葉が魂を救う」であるが、私たちの礼拝の場こそ、このような御言葉を聴くことのできる「エデンの園」であり、「主の園」である。

主日礼拝説教<要 旨> 2016年1月24日  山本 清牧師 

 聖  書:イザヤ書51:1-8 
 説教題:「
わたしに聞け」 説教リストに戻る