「今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」          (ルカによる福音書21112

 預言者は暗い闇の世界に大きな光が輝くことを語っていた(イザヤ915)。その光とは救い主のことである。ユダヤの人々はその預言を信じて待ち望んでいたが、何百年もの年が過ぎるうちに、諦めかけていた。そのような中で、年老いても子がいないザカリアに天使から救い主の先駆けとしてのヨハネの誕生が告げられた。だがその言葉を信じることが出来なかったので、口が利けなくされた。私たちも、聖書を通して福音を聞いているが、それを信じることができないと、他の人に伝えることも出来ないのである。マリアも救い主イエスの誕生を告げられたとき、はじめは納得できなかった。そのような人間の無理解と不信仰の中でも、神が約束されたことは着々と実現して行った。そして、ザカリアもマリアも、神の言葉を信じる者とされ、神を賛美する者に変えられた。
 だが、世界の王であり救い主として来られたイエスは、王の宮殿のふかふかのベッドにではなく、馬小屋の飼葉桶の中に寝かされた。それは、私たちのために苦難を負ってくださるお方にふさわしいしるしなのである。
 このような救い主の誕生を知らされたのは、両親たちのほかは、夜の野原で羊の群れの番をしていた普通の羊飼いたちと、遠い東の国で星の研究をしていた博士たちだけであった。博士たちから新しい王の誕生のことを聞いたヘロデ王は、赤子のイエスを探し出して殺そうと考えた。そのように、多くの人が主イエスの誕生を歓迎したわけではなかった。そして、主イエスが成人してからも、その言葉や御業は人々に受け入れられず、ついには十字架に架けられて殺された。だがそれは、神の恵みが信じられず、自分勝手なことをしてしまう私たち罪人のために、代わって神の罰を受けることによって、私たちが滅ぼされないためであった。今も、主イエスのことを信じる人は多くはない。クリスマスを多くの人が祝っているように見えるが、救い主として来てくださったことを喜んでいる人は少ない。そんな中で私たちは、救い主イエス・キリストの誕生を心から喜ぶ群れに加えられる幸いを与えられているのである。

クリスマス合同礼拝説教<要 旨> 2015年12月20日  山本 清牧師 

 聖  書:ルカによる福音書2:1-20 
 説教題:「
イエスさまのたんじょう」 説教リストに戻る