主イエスは、弟子たちに話した後、天に上げられ、神の右の座に着かれた。一方、弟子たちは出かけて行って、至るところで宣教した。
                       (マルコによる福音書161920

 復活後、四十日にわたって弟子たちに現れ、「全世界に行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい」と命じられた主イエスは、地上を去って、天に昇られた。なぜ、引き続き、目に見える姿で御業を続けてくださらないのか。それは、地上で為すべき全てのことを為し終えられたからであり、私たちは弟子たちを通して語り継がれたことによって、主の恵みを十分に知ることができるのである。
 では、地上の御業を終えて天に昇られた主は、そこで何をなさっているのか。標記のように、「神の右の座」に帰られて、父なる神と共に世界を御支配なさっているのである。それは、上から目線で私たちを治める遠い存在になったということではなく、父なる神のお傍で、「私たちのために執り成して」(ロマ8:30)くださっているのである。
 このような新しい事態の中で、私たちは何をしたらよいのか。標記の後半にあるように、「至るところで宣教」することである。教会は今も、世界の至るところでイエス・キリストの福音を宣教しているが、それは、主イエスが天の御座で全世界を御支配なさっている現実と結びついており、キリストが世界の至るところで「主」でいますことの証しでもある。
 標記に続いて、「主は彼らと共に働き、彼らの語る言葉が真実であることを、それに伴うしるしによってはっきりとお示しになった」と書かれている。「しるし」とは、奇跡的な出来事が起こることであるが、何よりも大きなしるしは、「新しい言葉を語る」(16:17)ことであり、それによって、人々が悔い改めて、新しい生き方を始めることである。
 そして、やがて再臨の時が来る。しかし、私たちはその時を恐れる必要はない。なぜなら、「天地は滅びるが、わたしの言葉は決して滅びない」(マルコ13:30)からである。この約束を信じて、私たちは残された地上の人生を、御言葉に聴き続け、御言葉を証しつつ、希望をもって歩みたいものである。

主日礼拝説教<要 旨> 2015年4月19日  山本 清牧師 

 聖  書:マルコによる福音書16:19-20 
 説教題:「
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