キリストに対する畏れをもって、互いに仕え合いなさい。
                 エフェソの信徒への手紙
521 

 聖書は家庭内の人間関係について教えるに当たって、まず、標記のように語っている。「キリストに対する畏れ」とは、恐怖の思いを抱くことではなく、キリストが私たちのために十字架にお架かりになったほど愛してくださったことに対する畏敬の念を持つことである。そこから人間同士の間での「仕え合う」関係が生み出される。
 私たちはどうしても相手より上に立ちたくなる。だが、主イエスは「あなたがたの中で偉くなりたい者は、皆仕える者となり、いちばん上になりたい者は、皆の僕になりなさい。人の子が仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのと同じように」(マタイ202627)と教えられた。
 聖書はまた、夫婦の間での「仕え合い」について、キリストと教会の関係を用いて、「教会がキリストに仕えるように、妻もすべての面で夫に仕えるべきです」(24)と言い、「夫たちよ、キリストが教会を愛し、教会のために御自分をお与えになったように、妻を愛しなさい(25)と教える。夫婦の間では、どうしても我侭が出たり、意見や考え方の違いがあって、ぴったりと一致出来ない。教会にも弱さや過ちがあって、そこに罪が入り込んでしまう。キリストはそのような罪を贖うためにこそ十字架に架かってくださった。そして罪深い私たちをもキリストの体である教会の一部としてくださったのだ。聖書が勧める夫婦の愛は、単なる理想論ではない。私たちが共に、キリストの愛に対して畏れを抱くときに、そのキリストの愛が、二人の関係を清め、また教会の兄弟姉妹の関係を修復し、そこに新しい命の実を結ばせてくださるのである。

主日礼拝説教<要 旨> 2015年2月1日  山本 清牧師 

 聖  書:エフェソの信徒への手紙5:21-33 
 説教題:「
互に仕え合いなさい」 説教リストに戻る