以前のような生き方をして情欲に迷わされ、滅びに向かっている古い人を脱ぎ捨て、心の底から新たにされて、神にかたどって造られた新しい人を身に着け、真理に基づいた正しく清い生活を送るようにしなければなりません。        (エフェソの信徒への手紙42224 

 パウロは、異邦人のような「愚かな考え」「無知」「心のかたくなさ」「放縦な生活」「ふしだらな行い」に陥ってはならないと警告し(1719)、隣人との関係については、「偽り」「怒り」「盗み」「悪い言葉」を捨てて、真実を語り合えるようにしなさいと勧める(2529)。だが、私たちはキリスト者でありながら、異邦人と同じように歩んでいることに気づかされる。
 では、どうすればキリストに結ばれた者としての生活を送ることが出来るのか。パウロは標記のように、「古い人を脱ぎ捨て、新しい人を身に着けなさい」と言う。そんな簡単なことだろうか。この言葉について、カール・バルトは次の諸点に注目を促す。まず、「古い人を脱ぎ捨てる」と言われていることについては、①先に挙げられたような私たちの古い状態は着物に過ぎなくて、私たち自身ではなく、②古い人は使い古されて、滅びに向かうしかなく、③脱ぎ捨てることが出来ること、一方、「新しい人を身に着ける」と言われていることについては、①新しい人もまた、身に着ける着物であって、自分自身ではなく、②新しい人は神にかたどって造られた美しく立派な着物であって、それを身に着けると、「真理に基づいた正しく清い生活」ができるように造られていて、③それは私たちの身にピッタリに造られているので、すぐにでも着ることができる、ということ。――だが、そのような着替えが可能となる根拠はどこにあるのか。その疑問に対する答えは、「真理がイエスの内にある(21)と言われているように、主イエスが十字架に架かられたことによって、私たちの罪(古い人)を御自分と共に死なせてくださり、主イエスが死人の中から復活されたことによって、私たちの新しい着物を用意してくださったからである、と。私たちは、キリストを身に着けることによって、新しい人になることが出来るのである。「キリストがわたしたちを愛して、御自分を香りのよい供え物、つまり、いけにえとしてわたしたちのために神に献げてくださったように、あなたがたも愛によって歩みなさい。」(52

主日礼拝説教<要 旨> 2014年11月16日  山本 清牧師 

 聖  書:エフェソの信徒への手紙4:17-5:5 
 説教題:「
新しい生き方へ」 説教リストに戻る