恐れることはない、わたしはあなたと共にいる神。たじろぐな、わたしはあなたの神。勢いを与えてあなたを助け、わたしの救いの右の手であなたを支える。             (イザヤ書4110

 イスラエルの民はバビロン捕囚という状況の中で、一体、誰が歴史を導いているのか、誰が真の支配者か、誰に自分たちの将来を託したらよいのか、と問わざるを得なかった。それに対して預言者イザヤは、「東からふさわしい人を奮い立たせ、足もとに招き、国々を彼に渡して、王たちを従わせたのは誰か」と問いかけつつ、「それは、主なるわたし」、即ち、父なる神であると答えている。歴史的には、やがてペルシャの王キュロスが抬頭し、バビロンを滅ぼし、イスラエルの民は解放され、捕囚から帰還することになるので、キュロス王が解放者なのだが、その歴史を支配する真の解放者は神であると言い切っているのだ。
 現代も、力の強い者が支配する構造が進み、弱い者たちが虐げられる状況の中で、同じ問いを抱かざるを得ない。神の民である教会も、将来が見通せない閉塞状態にあるように見える。だが、今、聞かなければならないのは、イザヤが語る標記の言葉である。権力を握っている者たちに押し流される時代が来るのではないか、不幸なこと、災害や病が襲いかかるのではないかと、私たちは見えないものを恐れ、将来に不安を抱いている。しかし、神は主を信じる者と共におられ、強い右の手で支えてくださるのだ。
 預言者は続けて、「恐れるな、虫けらのようなヤコブよ、イスラエルの人々よ、わたしはあなたを助ける」と告げる。弱小国イスラエルは虫けらのような存在である。だが神は、「わたしはあなたを助ける」と断言される。どのようにして助けられるのか。「見よ、わたしはあなたを打穀機とする」と。打穀機が鋭い刃で麦の穂を脱穀するように、前途に立ちふさがる山のような困難をも踏み砕くことが出来て、神の民として与えられた使命を果たす道が開けるというのである。
 やがて登場するキュロス王が指し示しているのは、救い主イエス・キリストの到来であった。教会はこの世にあって虫けらのような弱い存在に見えるが、歴史の真の支配者である神は、イエス・キリストによって救いの御業を成してくださり、今も、虫けらのような教会を用いて、神の国を完成へと導いておられるのだ。

主日礼拝説教<要 旨> 2014年7月27日  山本 清牧師 

 聖  書:イザヤ書41:1−16 
 説教題:「
あなたと共にいる神」 説教リストに戻る