憐れみ豊かな神は、わたしたちをこの上なく愛してくださり、その愛によって、罪のために死んでいたわたしたちをキリストと共に生かし――あなたがたの救われたのは恵みによるのです――キリスト・イエスによって共に復活させ、共に天の王座に着かせてくださいました。
                    (エフェソの信徒への手紙246 

 私たちは、自分のことは自分がいちばんよく知っていると思っているが、案外、自分の姿がよく見えていない。パウロは、私たちが信仰を与えられる以前(過去)と、救われた今(現在)と、これから(将来)の本当の姿を明らかにしてくれている。
 まず、以前の姿については、自分の過ちと罪のために死んでいたと述べる。この世的には、どれほど栄光に満ち、幸せに見える人生であっても、神との関係が損なわれているなら、肉体は生きていても悪魔の支配下にあって、神の怒りを受けるべき死の姿であったのだ。
 しかし、憐れみ豊かな神は、そのような私たちをお見捨てにならず、その愛によって、罪のために死んでいた私たちを、悪魔の支配から救い出してくださり、キリストと共に復活させてくださったと述べる。そればかりか、キリストと共に天の王座に着かせてくださっていると言う。これが信仰者の本当の現実なのである。そこに至ったのには、私たちの功績は何もない。凍りついた湖を渡って向こう岸に着いた時に、自分がどこを通って来たのかを知らされて驚くのと同じように、私たちは死の危険に瀕していた状態から救われたことを知って、ただ驚き感謝するほかない。
 こうして、私たちは、神の似姿に造られた者として、再び神と向き合いつつ、善い業を行う者に造り直されるのである。
 主イエスの昇天後、弟子たちが集まって祈っていた時に、聖霊が降って、彼らは宣教の業を開始した(ペンテコステ)。私たちはこの弟子たちの働きを受け継いで、聖霊の導きを受けながら、キリストのからだなる教会の枝々として、備えられた役割を歩み始める。そこに、私たちのこれからの本当の姿が示されている。

主日礼拝説教<要 旨> 2014年6月8日  山本 清牧師 

 聖  書:エフェソの信徒への手紙 2:1−10 
 説教題:「
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