「人の子が地上で罪を赦す権威を持っていることを知らせよう。」そして、中風の人に言われた。「わたしはあなたに言う。起き上がり、床を担いで家に帰りなさい。」   (マルコによる福音書2:1011

 主イエスがカファルナウムのある家におられることが知れ渡ると、大勢の人が集まって、戸口の辺りまでいっぱいになった。そこへ、四人の男が中風の人を癒していただこうと運んで来た。戸口からは入れないとみると、屋根の上に上がって穴を開け、病人の寝ている床をつり降ろした。すると主イエスは「その人たちの信仰を見て、中風の人に『子よ、あなたの罪は赦される』と言われた。」確かに、この人たちの大胆な行動は、主イエスに対する大きな信頼を示している。主イエスはそのことを評価された。しかし同時に、彼らの信仰は御利益を求める信仰の域を出ていないし、中風の男の病気が癒されたとしても、彼にとってより重要な罪の問題が解決するわけではない。そういう点で、彼らの信仰は不十分であるが、それにもかかわらず、「あなたの罪は赦される」とまで言われたのだ。主イエスは、体の癒しのためだけでなく、罪の赦しのためにこそ来られたのである。
 ところが、主イエスのこの発言を聞いた律法学者たちは、「この人は…神を冒涜している」と考えた。確かに、罪を赦すことができるのは神だけである。そこで主イエスは彼らの心の内を見抜いて、「『あなたの罪は赦される』と言うのと、『起きて、床を担いで歩け』というのと、どちらが易しいか」と問いかけられた。病気が癒されたかどうかは、目に見えて分かるから難しいと言えるが、本当に難しいのは罪が赦されることだ。この主イエスの問いは、罪の赦しと病の癒しのどちらが大切かということでもある。こう言って主は、標記のように中風の人に語られると、病人は、その御言葉の通り、起き上がって床を担いで歩いた。こうして、主イエスは、御自分が罪を赦す権威を持っておられることを示された。
 私たちもまた、主イエスから見れば、罪のゆえに自由を奪われ、起き上がれない状態にある。だが主は、そのような私たちの罪の問題を解決し、起き上がって新しい生き方へと歩み出せるようにしてくださるのである。

主日礼拝説教<要 旨> 2014年6月1日  山本 清牧師 

 聖  書:マルコによる福音書 2:1−12 
 説教題:「
起き上がりなさい」 説教リストに戻る