イエスは、母とそのそばにいる愛する弟子とを見て、母に、「婦人よ、御覧なさい。あなたの子です」と言われた。それから弟子に言われた。「見なさい。あなたの母です。」そのときから、この弟子はイエスの母を自分の家に引き取った。     (ヨハネによる福音書1926,27)

 主イエスを十字架につけることを総督ピラトが決定してから、主イエスが十字架上で息を引き取られるまでの間に、ヨハネ福音書は4つの出来事を記している。それらはいずれも、御言葉の実現であった。
1)「イエスは、自ら十字架を背負い」と記されている。実際は途中からキレネ人シモンが代わって背負ったのであるが、福音書が述べたいのは、主が十字架につかれたのは、ユダヤ人の恨みやピラトの保身の犠牲になったのではなく、御自身で、「良い羊飼いは羊のために命を捨てる」(ヨハネ1011)などと語っておられたことが実現したということである。また、主イエスは二人の犯罪人の「真ん中」で十字架に架かられた。これは、「彼が自らをなげうち、死んで、罪人のひとりに数えられた」(イザヤ5312)との旧約の預言の実現である。
2)十字架の上に掲げられた罪状書きには、「ナザレのイエス、ユダヤ人の王」と書かれていた。それは、ピラトがユダヤ人たちへの侮辱を込めて書かせたものであるが、かつて預言者ナタンを通してダビデ王に約束されたことであり、主の御降誕を母マリアに告げた天使が「彼に父ダビデの王座をくださる」(ルカ133)と言ったことの実現である。主イエスは愛の十字架によって全世界を御支配なさる王となられたのである。
3)兵士たちは主イエスの服を分け合い、衣服のことでくじを引いた。これは文字通り詩編2219節に記されていることの実現であった。
4)主イエスは十字架のそばにいた母マリアと愛弟子に標記のように語られた。かつて、主イエスの行動を心配して訪ねて来た母や兄弟に対して、周りにいた人々を見回しながら、「ここにわたしの母、わたしの兄弟がいる」(マルコ334)と言われた。これは肉親以上の関係で結ばれる新しい共同体のことを述べられたのであるが、それが、十字架の出来事を通して実現したのである。
 主イエスは、十字架の御業によって、こうしたすべての御言葉を実現されたのである。この主イエスは私たちにも、終わりの日の救いの完成を約束して天に昇られたが、その御言葉も必ず実現すると信じることができるのではないか。

主日礼拝説教<要 旨> 2014年3月9日  山本 清牧師 

 聖  書:ヨハネによる福音書 19:16b−27 
 説教題:「
十字架で実現した御言葉」 説教リストに戻る