「招待を受けたら、むしろ末席に行って座りなさい。そうすると、あなたを招いた人が来て、『さあ、もっと上席に進んでください』と言うだろう。そのときは、同席の人みんなの前で面目を施すことになる。」
                             (ルカによる福音書1410 

 主イエスは、神の国における喜びを、しばしば婚宴や宴会の譬えを用いて話された。標記の譬えでは、宴会に招かれた客は末席に座っている方が、後で面目を施すことになると教えられている。主イエスは続けて、もう一つの譬えによって、招く側の人に対して、<金持ちを招待すると、お返しをされるかもしれないから、むしろ、貧しい人や体の不自由な人など、お返しの出来ない人たちを招く方が幸いである>と教えられた。(1214)
 主イエスはこれらの譬えによって、私たちの心に潜んでいる、自分を誇りたいという醜い根性や、お返しを期待する利己的な思惑を浮かび上がらせ、私たちは自分の栄誉や利益だけを求めている罪人であって、神の国の末席にも座る資格のない者であることに気付かせようとしておられる。
 
だが主イエスは、「へりくだる者は高められる」、「あなたは幸いだ」、「正しい者たちが復活するとき、あなたは報われる」とも語っておられる。では、主の言われる「幸い」とか「喜び」とは何なのか。――主イエスはこれらの譬えを、十字架の死が待っているエルサレムへ向かう途中で語られた。また、すぐ前には、主が安息日に病気を治したら訴えようと様子をうかがっている人たちの前で、御自分が不利になるのも厭わず、水腫の人を癒されたことが記されている。これらのことは、私たちは神の国の末席にも着くことが出来ない者であるにもかかわらず、主が十字架という大きな代償を担われることによって、私たちを神の国の宴席に招き入れようとされていることを示している。
 
この譬えは、謙譲の美徳の教えではないし、自分が誉れを受けるための礼儀作法の心得でもなく、また、困っている人に親切にすれば、結局は報われるという愛の勧めでさえない。そうではなくて、主イエスこそ、末席にいて、私たちを神の国へと押し上げようとしていてくださることを示している。「末席に座りなさい」と勧めておられるが、そこには主イエスがおられるのである。そして、主イエスとともに、神の国の祝宴にあずからせていただけるのである。

主日礼拝説教<要 旨> 2013年9月1日  山本 清牧師 

 聖  書:ルカによる福音書14:7−14 説教題:「末席に座れ」 説教リストに戻る