「信仰の薄い者たちよ。あなたがたも、何を食べようか、何を飲もうかと考えてはならない。また、思い悩むな。それらはみな、世の異邦人が切に求めているものだ。あなたがたの父は、これらのものがあなたがたに必要なことをご存知である。ただ、神の国を求めなさい。そうすれば、これらのものは加えて与えられる。」
                  (ルカによる福音書
122831  私たちは日常生活で欠かすことのできない衣・食・住をはじめ、金・能力・知識・地位・名誉など、この世で大切とされるもののことで思い悩むことが多い。だが主イエスは、そのような私たちを「信仰の薄い者たち」と呼ばれ、「それらはみな。世の異邦人(神を知らぬ者たち)が切に求めているものだ」と言われる。それらのものを偶像化して、私たちにとって本当に必要なものを与えてくださる神を忘れてしまっているからだ。
 そして、私たちが積極的に求めるべきものは「神の国」だと言われる。「神の国」とは神の御支配のことである。私たちは自分が支配し、コントロール出来る範囲を拡大したいと思って思い悩む。だが、私たちの「命」や「体」を支配しておられるのは神である。神はかけがえのない独り子イエス・キリストを十字架に架けることによって、罪の世を支配してくださった。この神の恵みの支配を信頼することが「神の国を求める」ということなのである。
 主イエスは更に、「小さな群れよ、恐れるな。あなたがたの父は喜んで神の国をくださる」と約束される。神の民イスラエルも、主の弟子たちも、そして神によって選ばれた現代のキリスト者も、「小さな群れ」に過ぎない。だが、そんな者たちに「神の国」をくださるのだ。小さな私たちの教会も、神の国(神の御支配)の一端を担うことを許されているのである。
 では、このような約束を受けた私たちはどのように生きればよいのか。「自分の持ち物を売り払って施しなさい」と命じられる。これはハードルの高い要求のように思える。だが、地上の富を偶像化せずに、神の御支配を信頼する者は、この世の富に対する思い悩みから解き放たれて自由にされる。そして、朽ちない富を天に積むことが出来るのである。

主日礼拝説教<要 旨> 2013年8月11日  山本 清牧師 

 聖  書:ルカによる福音書 12:22−34 説教題:「思い悩むな」   説教リストに戻る