悪をもって悪に、侮辱をもって侮辱に報いてはなりません。かえって祝福を祈りなさい。祝福を受け継ぐためにあなたがたは召されたのです。                            (ペトロの手紙一 39 

 異教社会の厚い壁と戦わねばならず、内側にも問題を抱える教会、また、個人の生活の中でも、いざこざや、癒えぬ病との闘いなど、不安になったり、意気消沈しそうになるキリスト者に対して、ペトロはまず、「皆心を一つに、同情し合い、兄弟を愛し、憐れみ深く、謙虚になりなさい」と、教会内部の一致と愛の交わりを勧める。だがこれは、単なる仲好しの勧めではない。教会の群れを一つにするのは羊飼いのキリストであり、キリストに倣って仕え合うことによって、憐れみ深く、謙遜になることが出来る。
 次に、攻撃する者、敵対する相手のために、標記のように、祝福を祈るよう勧める。祝福とは、罪の赦しの恵みを受けることである。そうすることによって、自分が祝福を受け継ぐ者とされるのである。具体的には、詩編34編を引用して、「舌を制して、悪を言わず、唇を閉じて、偽りを語らず、悪から遠ざかり、善を行い、平和を願って、これを追い求めよ」と言う。私たちは、神に背いたために神との間の平和を失った者であったが、キリストの故に平和が回復された。だから、敵対する人たちとも争うのではなく、平和を願う者とされたのだ。更に、「主の目は正しい者に注がれ、主の耳は彼らの祈りに傾けられる」と。ここで「正しい者」とは祝福を祈る者のこと。その者に主は目を注ぎ、耳を傾けられるとの約束である。
 続いて、「善いことに熱心であるなら、だれがあなたがたに害を加えるでしょう」と言う。「善いこと」とは、悪に対しても祝福を祈ることである。そして、「心の中でキリストを主とあがめなさい」と勧める。キリストを礼拝することによって、恐れや心の乱れから解放される。
 最後に、「あなたがたの抱いている希望について説明を要求する人には、いつでも弁明できるように備えていなさい」と勧める。人々はキリスト者が困難な中でも希望を抱いていることを不思議に思う。だから、希望の根拠について説明しなければならない。それは信仰を告白することになる。そうすれば、敵対している人たちも「恥じ入るようになる」のである。こうして祝福は受け継がれて行くのだ。

主日礼拝説教<要 旨> 2013年6月23日  山本 清牧師 

 聖  書:ペトロの手紙一 3:8−17 説教題:「希望についての弁明」   説教リストに戻る