「ここは人里離れた所で、時間もだいぶたちました。人々を解散させてください。そうすれば、自分で周りの里や村へ、何か食べる物を買いに行くでしょう。」これに対してイエスは、「あなたがたが彼らに食べ物を与えなさい」とお答えになった。(マルコによる福音書63537

 主イエスの十二人の弟子たちが二人ずつ組になって伝道に派遣され、一定の成果を収めて帰って来ると、主イエスは、「人里離れた所に行って、しばらく休むがよい」と言われた。これは、神に向き合い祈る時を持つことを勧められたのであろう。一同が舟に乗って、人里離れた所へ行くと、そこには既に多くの人々が駆けつけていた。主イエスは大勢の群衆を見て、飼い主のいない羊のような有様を深く憐れみ、教え始められた。
 そのうち、だいぶ時がたったので、弟子たちは主イエスに、標記のように提案した。そこは食料を調達できるような場所ではないので、自分たちには責任を負えないし、疲れてもいるので、解散して、各自で調達させるのが合理的であると考えたのであろう。
 ところが、主イエスは標記のように、弟子たちが彼らに与えるように命じられた。弟子たちはすぐに計算して、200デナリオンものパンを調達するのは不可能だと反論した。しかし、主イエスの思いは違った。主は「飼い主のいない羊」のような群衆が救いを求めて迫って来ているのを解散させようとは考えられない。主は、腰が引けてしまっている弟子たちに、「パンは幾つあるのか。見て来なさい」と命じられた。五つのパンと二匹の魚を差し出す弟子たちに、皆を組に分けて、青草の上に座らせるようにお命じになった。そして、主は五つのパンと二匹の魚を取り、神に祈って弟子たちに配らせると、すべての人が満腹したのである。
 私たちは今年、「喜びの礼拝」という目標を掲げているが、様々な問題や課題を抱えている人々や教会の現状を考えると、どうして実現できるのか、自分たちの非力を思わざるを得ない。しかし、主イエスは私たちに、「あなたがたが彼らに食べ物を与えなさい」と命じられる。私たちはわずかの物しか持ち合わせていない。しかし、主が弟子たちに人々を整然と青草の上に座らせるように命じられたように、私たちが、教会にやって来る人々を、主から恵みを受け取ることが出来るように整えるならば、私たちが差し出すわずかの物を用いて、全ての人々が満腹するものを備えて下さるのである。主が、彼らを深く憐れんでおられるからである。

米子伝道所 主日礼拝説教<要 旨> 2013年2月3日  山本 清牧師 

 聖  書:マルコ6:30−44 説教題:「あなたがたが与えなさいさい」         説教リストに戻る