序.改革はどのようにして起こるか

先ほど歌いました讃美歌282番は宗教改革のことを覚えて歌う讃美歌とされています。宗教改革記念日は1031日ですから、1ヶ月先取りして歌ったわけです。なぜこの宗教改革の讃美歌を歌ったかと言えば、今日の聖書の箇所で登場するユダのヨシヤ王が、かつて(2600年位前)に宗教改革を行ったからであります。
 
今日与えられております列王記下22章には、神殿の修理を行っていた時に、律法の書が発見されたことが書かれているのですが、次の23章には、ヨシヤ王は発見された律法の書に基づいて宗教改革を行ったことが書かれています。今日はそこまで含めて見て行きたいと思います。
 
ヨシヤの行いました宗教改革は、主として祭儀の改革でありました。しかし、そこには祭儀の形式だけの改革ではなくて、当然、内面の信仰の改革(覚醒)が含まれる筈であります。今日は、このヨシヤの宗教改革を通して、私たちの信仰の改革(覚醒)、神様との関係の改革、更には、私たちの人生における生き方の転換や教会の改革のことを考えたいと思います。そして、そのような改革がどのようにして起こるのか、起こされるのか、ということを聴き取りたいと思います。
 
ところで、ヨシヤが宗教改革を行ったことで、ユダ王国はどうなったかというと、ハッピーエンドに至っていないのであります。宗教改革を行なったにも関わらず、ユダ王国は滅ぼされるのであります。神様がダビデ王に対して「とこしえの王座」を約束されたことは、結局、潰えるのであります。このことをどう受け止めたらよいのか、ということが最大の疑問でありますし、私たちの信仰改革の結果がどうなるのか、ということに絡むので、関心を寄せざるを得ないことであります。こうした問題を意識しながら、今日の箇所を読み進めて行きたいと思います。

1.主の目に悪とされること――歴代の諸王

列王記上下は、ダビデ王の晩年から始まって、南北分裂後の北イスラエル王国と南ユダ王国の各王の事績を記して、最後にエルサレムの陥落で終わっているのですが、列王記の記者は一人ひとりの王について評価を行っていまして、善い王様については、「主の目にかなう正しいことを行った」と記し、問題のある王様については、「主の目に悪とされることを行った」と記しています。お手元のプリントには南北の歴代の王の名前が書いてあって、その頭に○と×がついていますが、○は「主の目にかなう正しいことを行った」と評価されている王で、×は「主の目に悪とされることを行った」と評価された王であります。その評価基準は必ずしも明確ではありませんが、言えることは、王としての政治的な実績の評価というよりも、偶像礼拝を排除しようとしたのが善い王で、偶像礼拝を行う場所を築くなど偶像礼拝に協力した王を悪い王としているようであります。統一王国時代のダビデとソロモンは別にして、北王国19代の王のうち、○はイエフという王様一人だけで、他は皆、×がついています。南王国は20代の王のうち、○は8人で、残りの12人は×となっています。
 
ちなみに、今日取り上げるヨシヤ王の3代前のヒゼキヤ王について見てみますと、18章に書かれていますが、3節に、「彼は、父祖ダビデが行ったように、主の目にかなう正しいことをことごとく行い、聖なる高台(偶像礼拝の場所)を取り除き、石柱を打ち壊し、アシェラ像を切り倒し、モーセの造った青銅の蛇を打ち砕いた」と書かれていて、6節には、「彼は主を固く信頼し、主に背いて離れることなく、主がモーセに授けられた戒めを守った」と評価されています。ところが、その後のマナセという王のことは21章に書かれていますが、2節によると、「彼は主がイスラエルの人々の前から追い払われた諸国の民の忌むべき慣習に倣い、主の目に悪とされることを行った」とあって、その後、神殿の中に異教の祭壇を築いたり、アシェラ像を置くといった数々の罪を犯したことが書かれています。列王記と同様に歴代の王のことを書いてある歴代誌の方を見ると、彼は後にヤハウエ信仰に帰って、偶像を取り除いたと書かれていますが、ヨシヤ王の直前のアモン王は、偶像に仕えて、主の道を歩まなかった(22)のであります。このように多くの王が、主を捨てて偶像礼拝に走ったのであります。

2.右にも左にもそれなかった――ヨシヤ王

そうした王たちの中にあって、22章から登場するヨシヤ王は、18章で評価されていたヒゼキヤ王よりも優れた王とされていて、2節を見ると、彼は主の目にかなう正しいことを行い、父祖ダビデの道をそのまま歩み、右にも左にもそれなかった、と評価されています。ここに、「右にも左にもそれなかった」とありますが、この賞賛の言葉には意味があります。申命記1714節以下(p308)を見ていただきますと、そこに「王に関する規定」が記されていて、王の資格と王が守るべきことが記されています。どういうことが書かれているかというと、@同胞の中から主が選ばれるということ、A馬を増やしてはならない、つまり兵力を増強してはならないということ、B大勢の妻をめとって、心を迷わしてはいけないこと(これはソロモン王でさえ陥った過ちでした)、C銀や金を大量に蓄えてはならない、つまり財産の集中を行ってはならないということ、そして、一番大事なことは、C律法を自らの傍らに置き、生きている限り読み返し、神なる主を畏れることを学び、この律法のすべての言葉とこれらの掟を忠実に守らねばならない、ということであります。そして最後の20節に、「そうすれば王は同胞を見下して高ぶることなく、この戒めから右にも左にもそれることなく、王も子らもイスラエルの中で王位を長く保つことができる」と締めくくられています。ヨシヤ王はここに書かれている規定を守ったので、「右にも左にもそれなかった」という評価につながったということであります。

3.律法の書の発見

列王記下22章に戻って、ヨシヤ王の働きを具体的に見て行きます。
 
3節以下にありますように、治世18年目に、神殿の改修を行ったのでありますが、ある日、書記官のシャファンを神殿にいる大祭司のもとに遣わします。それは、神殿に納められた献金を集計して、それを工事担当者に賃料として渡したり、材料費に当てるためであります。その際に、大祭司ヒルキヤは書記官シャファンに、工事中の神殿で「律法の書」が見つかったことを知らせます。歴代誌の方の記述から考えると、神殿の金庫の献金を入れてある箱の底から発見されたと推測されます。シャファンは発見された「律法の書」を読んで、その重要性に気付いたのでしょう、王のもとに帰ると、献金の処理の報告をすると共に、それを王の前で読み上げます。するとヨシヤ王は、その内容に驚いて、衣を裂くのであります。「衣を裂く」というのは、悔い改めて神様に赦しを乞うことを表わします。そして、家臣のアサヤに言ったことが13節に書かれています。「この見つかった書の言葉について、わたしのため、民のため、ユダ全体のために、主の御旨を尋ねに行け。我々の先祖がこの書の言葉に耳を傾けず、我々についてそこに記されたとおりにすべての事を行わなかったために、我々に向かって燃え上がった主の怒りは激しいからだ。」この発見された「律法の書」というのは、現在の旧約聖書の申命記全体か、その一部かは不明ですが、先ほど見た申命記17章の「王に関する規定」も含まれていたと思われますし、「燃え上がった主の怒り」と言っていることや、このあと23章に書かれている、ヨシヤが行った改革の内容を見ると、申命記の2728章辺りに書かれている呪いや災いのことが含まれていたと考えられます。ともかくヨシヤ王は、この「律法の書」に神様の御心が示されていることに気付いたのであります。これまでにもヨシヤ王は神様の律法について伝え聞いていなかったわけではないでしょうが、改めて律法の書を読み聞かされて御言葉として受け取ったのであります。
 
この律法の書の発見ということは、私たちにとっては、聖書の御言葉の発見ということに当たります。今は、聖書は印刷されていて、読もうと思えばいつでも自由に読むことが出来ます。しかし、それを読むとか、教会で聖書の話しを聞くことがなければ、神様の御心に触れることが出来ません。また、聖書を読み、聖書の話しを聞いていても、そこに自分に対する神様の御心が示されていることに気付かなければ、御心を受け止めたことになりません。私たちも、聖霊によって目が開かれ、耳が開かれることによって、御言葉を発見するのであります。そしてその時、ヨシヤ王がそうであったように、自分たちの過ちに気付くのであります。
 14節以下には、ヨシヤ王が祭司ヒルキヤたちを女預言者フルダのところへ遣わしたことが書かれています。彼らが「律法の書」のことを話すと、フルダは主の言葉を伝えます。16節以下です。「主はこう言われる。見よ、わたしはユダの王が読んだこの書のすべての言葉どおりに、この所とその住民に災いをくだす。彼らがわたしを捨て、他の神々に香をたき、自分たちの手で造ったすべてのものによってわたしを怒らせたために、わたしの怒りはこの所に向かって燃え上がり、消えることはない」1617節)。厳しい宣告であります。しかし同時にフルダは、19節以下で、衣を裂いて悔い改めたヨシヤ王に対しては、「安らかに息を引き取って墓に葬られるであろう。わたしがこの所にくだす災いのどれも、その目で見ることがない」と伝えるように言うのであります。

4.ヨシヤの改革

23章に入りますが、祭司ヒルキヤから報告を聞いたヨシヤ王は、さっそく国中のすべての人々を集めて、律法の書を読み聞かせた上で、3節にあるように、改めて主の御前で契約を結び、主に従って歩み、心を尽くし、魂を尽くして主の戒めと定めと掟を守り、この契約の言葉を実行することを誓いました。「心を尽くし、魂を尽くして主の戒めと定めと掟を守る」ということは、申命記6章で、「聞け、我らの神、主は唯一の主である。あなたは心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい」と言われていることに通じるものでありますし、主イエスが律法学者から「律法の中で、どの掟が最も重要でしょうか」と質問された時に、「心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい」と答えられたことに通じる言葉で、信仰の要諦と言ってよいものであります。
 
続いて4節以下には、ヨシヤ王が実行に移した宗教改革の具体的な内容が記されています。まず第一は、4節から7節に書かれていることですが、エルサレムの神殿から異教的な要素を取り除くということであります。バアルやアシェラの祭具類を運び出し、香をたく者たちを廃止し、アシェラ像を焼き捨て、神殿男娼の家を取り壊しました。第二は、4節から18節に書かれていますが、ユダ全域の改革で、香をたく高台を取り壊し、息子や娘に火の中を通らせる犠牲の祭儀を止めさせ、太陽崇拝や天体礼拝に用いられたものを焼いたり壊したりしました。第三は、1920節ですが、北王国サマリアの町々にあった高台の神殿をすべて取り除き、その祭司たちを撲滅しました。第四は、それまでの三つとは違って、廃止するのではなく、復活することです。21節から23節にあるように、過越祭を復活したのであります。過越祭は出エジプトの際の恵みを記念する大切な行事であった筈ですが、聖書の中でも、シナイ山を去った時と、ヨルダン川を渡って約束の地カナンに入った直後に行ったことが記されているだけで、その後は忘れられていたようであります。この過越祭は主イエスの時代には毎年きっちりと行われていましたが、主イエスが十字架にお架かりになる前に弟子たちと最後の晩餐を行われたときにも行われて、それまでの羊の犠牲に代わって主イエス御自身の肉と血が献げられる聖餐式が制定されることになるのであります。

5.怒りの炎は収まらず――エルサレムの滅亡

こうして、25節にありますように、(ヨシヤ)のように全くモーセの律法に従って、心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして主に立ち帰った王は、彼の前にはなかった。彼の後にも、彼のような王が立つことはなかった、と記されるのであります。最高の評価です。
 
しかし、続いて列王記の記者は、26節以下で厳しい結末も記すのであります。しかし、マナセの引き起こした主のすべての憤りのために、主はユダに向かって燃え上がった激しい怒りの炎を収めようとなさらなかった。主は言われた。「わたしはイスラエルを退けたようにユダもわたしの前から退け、わたしが選んだこの都エルサレムも、わたしの名を置くと言ったこの神殿もわたしは忌み嫌う。」2627節)
 
先に、22章のところで、フルダという女預言者が、「神の怒りは燃え上がって消えることはない」と言った厳しい預言を聞いたのですが、ここでも同じことが繰り返し記されています。主は、北王国イスラエルだけでなく南王国ユダも滅び、エルサレム神殿もなくなるとおっしゃったのであります。実際、このあと列王記は25章で南王国ユダがバビロンによって滅ぼされたことを記しているのであります。
 
では、最高の評価がなされているヨシヤ王はどうなったのか。そのことは29節以下に記されていますが、エジプト王ネコがアッシリアを攻めようとして上ってきた時に、ヨシヤ王はこれを迎え撃とうとして出陣して、メギドというところで敢え無く戦死するのであります。これらのことを私たちはどう捉えたらよいのでしょうか。ヨシヤ王は発見された「律法の書」に従って、徹底的な宗教改革を行ないました。正しい礼拝が行われるようになり、神様の恵みを覚える過越祭も行われるようになりました。しかし、神様の激しい怒りの炎を消すことは出来ませんでした。そして、自らは敢え無く戦死し、南王国ユダは滅びを免れることなく、バビロン捕囚という結末を迎えるのであります。このことは私たちに何を告げているのでしょうか。

結.私たちの改革――十字架の言葉による改革

日本キリスト教会は改革主義を標榜する教会であります。御言葉によって改革され続ける教会であります。それは16世紀に行われた宗教改革の伝統を受け継ぐということでありますが、もっと遡るならば、今朝私たちが聞いてきたヨシヤの改革を現代においても進めるということだと言ってもよいのであります。王国史を学んで参りましたが、それは偶像礼拝との戦いでありました。それは様々な困難に遭遇する中で、真の神様に信頼を捧げ尽くすことが出来るかという戦いでありました。イスラエルの民は何度も失敗を繰り返しました。その中で、ヨシヤ王は、すばらしい改革を実施したのであります。それなのに、なぜ、ヨシヤ王は敢え無く死ななければならず、ユダ王国は滅亡するのでしょうか。改革をしても無駄だということなのでしょうか。私たちの改革の努力は実らないということなのでしょうか。私たちが礼拝生活を充実したり、教会のあり方を改善したりしても、無駄に終わるということなのでしょうか。
 
ここは、私たちが謙遜に自分たちの信仰の姿・教会の姿を振り返る必要があると思います。改革主義を標榜していることに間違いがあるということではないでしょう。しかし、本当に御言葉に耳を傾け、御言葉の前に身をかがめて、御心に従順に従っているのかどうか。一つの主義主張に終わってしまっていないかどうかを顧みる必要があります。礼拝生活を続けていると言っても、神様が備えて下さった恵まれた環境のもとで、キリスト者としての体裁を保っているだけではないのか。果たして御言葉による自分の生活・生き方の改革が行なわれているか、ということが問われるのではないでしょうか。私たちは他人のことは簡単に批難をいたしますが、自分のことについては弁解や正しさの主張だけがあって、御言葉に対する不従順や頑なさには気付かないことが多いのであります。ですから、自らの改革を行なうことは、極めて難しいのであります。
 
ですから、徹底的な改革が行なわれたかに見えたユダ王国に対して神様の怒りの火が消えなかったということを、私たち自身のこととして、また私たちの教会のこととして受け取る必要があるということであります。改革は私たちの反省や精進努力や表向きの信仰生活の改善だけで出来るものではありません。私たちは徹底的に罪深いのであります。
 
では、私たちはイスラエル王国・ユダ王国のように、滅ぼされるしかないのでしょうか。私たちはここまでの王国史を学ぶ中で何度も見て来たように、神様はダビデに約束された「とこしえの王座」のことを忘れてしまわれたのではありません。神様の救いの歴史は王国の滅亡で終わるわけではありません。確かに、ダビデ家の王が、二度とエルサレムを支配することはありませんでした。しかし、私たちは知っております。ダビデへの神様の約束は、イエス・キリストの御支配という形で成就するのであります。主イエス・キリストが十字架に架けられたとき、掲げられた罪状書きには「ユダヤ人の王」と書かれていました。それは、ユダヤ人の王でもないのに王であると自称したという罪でありました。しかし、それが本当の王の姿であったのであります。ユダヤ人に出来なかった改革、ヨシヤ王にも出来なかった改革、そして私たちに出来ない改革を主イエス・キリストは代わってなさって下さったのであります。そして、新しい神の王国、罪の赦しの王国を築いて下さったのでありました。
 
私たちの信仰の改革、私たちの教会の改革は、いつも中途半端であり、その中にさえ罪が入り込んで参ります。しかし、主イエス・キリストは今も、私たちに御言葉において働き続けて、御自身の血をもって改革を続けて下さっているのであります。私たちは、この主に信頼してわが身を委ねることによって、私たちの思いも及ばない改革を行って下さるのであります。
 
祈りましょう。

祈  り

救いの約束を成就し給う父なる神様!
 イスラエルの民も私たちも出来ない御心に適う改革を、主イエス・キリストによって行って下さったことを覚えて感謝いたします。
 
どうか、この私にも、この教会にも、御言葉による主イエス・キリストの改革が、礼拝ごとに行われますように。どうか、私たちの中にある偶像が取り除かれて、あなたの御前に喜んでぬかずく者とならせて下さい。どうか、ここに集っております者が皆、あなたの御国に凱旋することが出来るように、お計らい下さい。
 
主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。

米子伝道所 主日礼拝説教<全原稿> 2012年9月30日  山本 清牧師 

 聖  書:列王記下22:1−20
 説教題:「
御言葉の発見」         説教リストに戻る