序.北王国の滅亡から見えてくるもの

ここしばらく、旧約聖書に書かれたイスラエル王国の歴史を通して神様の御心を聴いて参りました。イスラエル王国の初代の王はサウル王で、続いてダビデ王、ソロモン王の時代に領土も拡大し、繁栄するのでありますが、どの王様も神様に対して過ちを犯したため、結局、ソロモン王を継いだレハブアム王の時代に、北王国イスラエルと南王国ユダに分裂してしまったのでした。前回(99日)は、北王国イスラエルで活躍した預言者エリヤのことを学びました。エリヤがバール信仰(豊穣神)の預言者と戦って勝った物語を聞きました。先週は講壇交換でしたので、イスラエル王国の話は中断されましたが、カリキュラムでは、エリヤに続く預言者エリシャの物語が取り上げられることになっていました。それは、列王記下の5章に書かれている物語なのですが、今日の箇所はもう列王記下の17章まで進んでいます。南北に分裂したのが紀元前926年でしたが、それから既におよそ200年が経過しております。北王国の王は頻繁に交代して、19代目のホシェア王になっておりました。この頃には、北方の大国アッシリアの勢いが増しており、遂に北王国イスラルの首都サマリアが陥落して、北王国は滅びるのであります。
 
今日の箇所は、その北王国滅亡のことが記されているところであります。ここから私たちが聞かなければならないのは、まず第一には、北王国イスラエルがなぜ滅亡に至ったのか、その原因はどこにあったのか、ということであります。そこには、北王国と南王国が分裂した時と同じように、人間の罪があります。そのことを学ぶ中で、私たち自身の罪のことを思わざるを得ません。
 
今日の17章にはそこまでしか書いていないのですが、私たちの関心は、滅びた北王国(サマリア地方)がその後どうなったのかということに向かわざるを得ません。というのは、神様は北王国を滅ぼされたままにされたのかどうか、そのことはまた、私たち罪人が裁きを受けてどうなるのか、救いの道は閉ざされてしまうのか、という問題と関係があるからであります。
 
そこで、今日は、新約聖書の方にも目を向けて、その後のサマリア地方がどうなったのかということを見て行きたいと思います。そして、そこから私たち罪人の救いについて、神様がどのように考えてくださっているのかを聴き取りたいと思っています。

1.主を拒み、主に拒まれる

そこでまず、今日与えられている17章に書かれていることを見て行きます。1節にあるように、ホシェア王が王位に就いてから9年目になっていましたが、2節を見ると、彼の評価がこう書かれています。彼は主の目に悪とされることを行ったが、彼以前のイスラエルの王たちほどではなかった。「主の目に悪とされることを行った」という表現は、歴代の王について述べられていることですが、何を行ったかというと、偶像礼拝を行ったり、偶像礼拝に協力したということです。前にも述べましたように、北王国イスラエルは土地が比較的肥えていて、農業が盛んに行われていましたが、周辺の諸外国も同様に農業を営んでいて、豊作の神様であるバアルが拝まれていたのですが、その影響を受けて、イスラエルにもバアル信仰が入って来て、王様も真の神様であるヤハウエを信仰しながら、バアルを拝む場所を造ることに協力したり、自分もバアルの神様を拝んだりしていたのであります。こういうことは日本の政治家も平気で行いますね。仏教徒である人が伊勢神宮を拝むことを何とも思わないどころか、国の責任を負う立場になると、国の神様とされる伊勢神宮を拝むことで、責任を果たしているように見せかけるわけです。政治家だけではありません。多くの日本人は複数の神様を拝むことが間違っているとは思わないばかりか、その方が信心深いことで善いことだと考えます。神様を本当には信頼していなくて神様を馬鹿にすることになるとは思わないのであります。
 
では、ここに「彼以前のイスラエルの王たちほどではなかった」と書かれているのはどういうことでしょうか。3節以下に、北方の大国であるアッシリアの王が攻め上って来たときのことが記されていますが、ホシュア王は彼に服従して、貢ぎ物を納めるのですが、その後、謀反を企てて、当時のもう一つの大国であるエジプトの王に使節を派遣して、そちらに協力を頼んで、アッシリア王に年ごとの貢ぎ物を納めなくなったのであります。これは、エジプトの力を借りてアッシリアの圧力を弱めようとする政治的な意図であるとともに、宗教の面でのアッシリアの圧力と強制を排除しようとした試みであったとも言えるのです。その点を列王記の記者は評価したのかもしれません。
 
しかし、結局はアッシリア王の怒りを買うことになって、5節以下にありますように、アッシリア軍が北王国イスラエルの中心部であるサマリアに攻め上って包囲し、遂に、サマリアを占領するのであります。そして、イスラエルの人のうちの有能な人物を捕らえて、アッシリアに連れて行くという、いわゆる「捕囚」が行われたのであります。これが北王国の滅亡であります。紀元前722年のことであります。
 
このあと、列王記の記者は、イスラエルが滅亡に至った原因を、歴史の長い視点から記しております。7節以下にはこう書かれています。こうなったのは、イスラエルの人々が、彼らをエジプトの地から導き上り、エジプト王ファラオの支配から解放した彼らの神、主に対して罪を犯し、他の神々を畏れ敬い、主がイスラエルの人々の前から追い払われた諸国の民の風習と、イスラエルの王たちが作った風習に従って歩んだからである。78節)
 
イスラエルの民は、エジプトで奴隷状態にあって、自由に自分たちの神様を礼拝することが出来ませんでした。そこで神様はモーセという指導者を起こして、エジプトから脱出させて、苦難の旅の末、カナン(パレスチナ)の地に定着させて下さったのであります。カナンにも土着の宗教や風習がありましたが、それらを排除する形で、ダビデ、ソロモンの時代には神殿も建立されて、礼拝が整えられたのです。けれども、そのソロモンの時代から周辺国との交流を深める中で、異教の神々の礼拝や習慣が持ち込まれるようになって、代々の王が、周辺諸国の神々を礼拝する場所を提供したりして、偶像礼拝を容認して来たことが、遂には、北王国の滅亡につながった、というのであります。
 
神様はその間、手をこまねいておられたわけではなくて、13節にあるように、預言者、先見者と呼ばれる人たちを遣わして、警告を発せられたのであります。しかし、1415節にあるように、彼らは聞き従うことなく、自分たちの神、主を信じようとしなかった先祖たちと同じように、かたくなであって、彼らは主の掟と、主が先祖たちと結ばれた契約と、彼らに与えられた定めを拒み、空しいものの後を追って自らも空しくなり、主が同じようにふるまってはならないと命じられたのに、その周囲の民に倣って歩んだ、のであります。その結果、18節にあるように、主はイスラエルに対して激しく憤り、彼らを御前から退け、ただユダの部族しか残されなかった、のであります。
 
こまでは、北王国イスラエルは滅亡して南王国ユダだけしか残されなかったと書いているのですが、1920節には、残されたユダもまた、主の戒めを守らず、イスラエルの行っていた風習に従って歩んだために、主はイスラエルのすべての子孫を拒んで苦しめ、侵略者の手に渡し、ついに御前から捨てられた、と書いております。これは、少し先の出来事を先取りして書いてあるのですが、南王国もまたバビロンに滅ぼされて、捕囚の憂き目を見ることになりますが、その原因も、神様の戒めを守らず、偶像礼拝をしたからだ、と言うのです。
 
15節のところに「彼らに与えられた定めを拒み」という言葉がありますが、20節のところには、「主は・・・イスラエルのすべての子孫を拒んで・・・捨てられた」とあります。ここから今日の説教の題をとったのですが、<人々が主の掟を拒んで、偶像礼拝に走ったときに、神様はその人々を拒まれる>ということであります。

2.サマリアの町に入ってはならない

さて、ここまでだけですと、イスラエルの民にとっても、私たちにとっても、救いが見えて来ないのでありますが、神様の救いの歴史はここで終わらないのであります。今日はその後のイスラエルの長い歴史をお話しする時間はありませんが、バビロンに捕囚になったユダの人々は、その後に起こったペルシャによって、故国に帰ることを許されることになって、再びエルサレムに神殿や城壁を築き、信仰の復興も行われるのであります。しかし、アッシリアに滅ぼされたサマリアの人々は人種の混交が行われたこともあって、宗教の混交も行われて、真の神様への信仰の復帰が行われませんでした。そのために、ユダの人たちからは蔑視されるようになるのであります。そのことは、イエス様の時代にも引きずられておりました。サマリアの人たちはエルサレムの神殿で礼拝するのではなくて、シケムという町の南にあるゲリジム山というところに自分たちの神殿を建てます。そういうわけで、サマリアの人たちのことをユダの人たちは異邦人と同様の扱いをするようになるのであります。
 
このことについて、主イエスはどう考えておられたのでしょうか。マタイ福音書10章(p新17)に、十二人の弟子たちを派遣されるときのことが書かれています。そこを見ると、56節にこう書かれています。イエスはこの十二人を派遣するにあたり、次のように命じられた。「異邦人の道に行ってはならない。また、サマリア人の町に入ってはならない。むしろ、イスラエルの家の失われた羊のところへ行きなさい。」主イエスは、サマリアに行って福音を語る前に、イスラエルの人で差別されている人たち、困難を抱えている人たちのところに行くように命じられているのであります。これは、主イエスもサマリア人を蔑視されたということではありません。後で見ますように、主イエスご自身でサマリアや異邦人のところを訪れて、まことの信仰を呼び覚まされます。しかし、サマリア人の罪は大きいし、その人たちの悔い改めは、弟子たちの働きでは難しいと考えられたのでありましょう。偶像礼拝の罪から引き離すことは、現代の日本であっても極めて難しいことであります。主イエスが直接その人に出会って下さらなければ解決しない問題であります。

3.サマリアの女/フェニキアの女

では、主イエスはサマリア人や異邦人と、どのように関わられたでしょうか。新約聖書に出てくる二つの出来事のことに注目したいと思います。
 
一つは、先ほど朗読いただいたヨハネ福音書4章にある、サマリアの女との対話であります。イエス様が南のユダヤを去ってガリラヤへ帰られる時、最短ルートを通るとすれば、サマリアを通らねばなりません。このルートだとおよそ3日間で行けます。しかし、普通ユダヤ人はサマリアを避けて、わざわざ遠回りして、ヨルダン川の東側を通る1週間くらいかかるルートをとったそうであります。それは、サマリアの人たちを汚れた人たちと見做して、彼らと交わって自分が汚されてはいけないと考えていたからであります。しかし、主イエスは敢えてサマリアを通られたのであります。それは何か用事があって、急がなければならない理由があったからではありまぜん。40節を見ると、サマリアに二日間も滞在されるのです。4節に「サマリアを通らねばならなかった」と書かれているのは、急ぐので止むを得ず通らねばならなかった、ということではなくて、どうしても通らなくてはならない目的があった、ということであります。その目的というのは、この箇所を詳しく見て行くと分かるのですが、サマリアの人たちを救いたいという思いからであります。主イエスは町のはずれにあったシカルというところの井戸で、やってきた女の人に「水を飲ませてください」と話しかけられます。女の人の方は「ユダヤ人のあなたがサマリアの女のわたしに、どうして水を飲ませてほしいと頼むのですか」といぶかります。そこから主イエスは、水の話しから始まって、自分は永遠の命に至る水を与えることが出来るということを話されるのであります。そのサマリアの女は結婚生活がうまく行っていない人で、心に渇きを覚えていました。主イエスは会話を通して、その女の人に霊的な命をお与えになって、心の渇きを癒されたのであります。それだけではありません。この女の話を聞いて、多くの人がイエス様の言葉を聞きにやって来て、主イエスを救い主と信じたというのです。かつて神様によって拒まれたサマリアでありましたが、主イエスによって、救われることになったのであります。そこには、神様の長い間にわたる忍耐と愛を込めた熱心があったことを思わされるのであります。
 
もう一つの出来事は、マルコ福音書724節以下(p新75)(マタイ15章にも併行記事あり)に書かれていることで、ガリラヤ地方より北のティルスという地方に行かれた時のことであります。主イエスのもとへギリシャ人でシリア・フェニキア生まれの女の人がやってきて、汚れた霊につかれた娘を癒してくれるよう願うのであります。主イエスは最初、「まず、子供たちに十分食べさせなければならない。子供たちのパンを取って、小犬にやってはいけない」とおっしゃいます。それはユダヤ人を差し置いて、異邦人を助けるわけにはいかないという意味です。これは、先ほどの、弟子たちを派遣される時に言われたことに通じる考えです。しかし、その女は「主よ、しかし、食卓の下の小犬も、子供のパン屑はいただきます」と言いました。その言葉を聞かれた主イエスは、直ちにその女の娘に取り付いた悪霊を追い出されたのであります。これは、この女の熱心さと、巧みな頼み方に感心されたからということではなくて、そもそも主イエスがこの地方まで足を伸ばされたのは、異邦人にも救いを宣べ伝えたいと考えておられたからであって、この女の、娘の病を癒してほしいという願いに応えて、厳しい言葉を与えながら、この女の中に信仰を創り出されて、救いへと導かれたのであります。
 
このように、かつて偶像礼拝をするという大きな罪を犯したために、神様から拒まれたサマリアの人たちを救うために、主イエスはわざわざサマリアを訪れて、真の神様に対する信仰を甦らせなさいましたし、更には異邦人の地へも足を伸ばされて、異邦人にも救いの御業を行うことによって、信仰を創り出されたのであります。こうして、神様の救いの御計画はサマリア人たちの罪にもかかわらず、またユダヤ人に止まることなく異邦人へも広がって行くことになるのであります。

4.万人の救い

ここで、後にパウロが書きましたローマの信徒への手紙の中の言葉に耳を傾けたいと思います。
 
まず、3章の29節以下(p新277)を御覧ください。こう言っております。「それとも、神はユダヤ人だけの神でしょうか。異邦人の神でもないのですか。そうです。異邦人の神でもあります。実に、神は唯一だからです。この神は、割礼のある者を信仰のゆえに義とし、割礼のない者をも信仰によって義としてくださるのです。」2930)「割礼のある者」とはユダヤ人のことで、「割礼のない者」とは異邦人のことであります。神様はご自分を拒んだユダヤ人にも信仰を復活させて「義とされた」即ち、赦して正しい者と見做して下さいますし、神様を知らなかった異邦人にも信仰を創り出して、正しい者として扱って下さるのであります。
 
10章(p新288)を見ますと、「万人の救い」という小見出しがありまして、11節以下にはこう書かれています。「聖書にも、『主を信じる者は、だれも失望することがない』と書いてあります。ユダヤ人とギリシャ人の区別はなく、すべての人に同じ主がおられ、御自分を呼び求めるすべての人を豊かにお恵みになるからです。『主の名を呼び求める者はだれでも救われる』のです。」1113)このことは、主イエスによって実現したのであります。

結.拒んだ者をも救いへ

私たちは異邦人であります。神様は私たちにも救いの道を備えて下さいました。そして、私たちを教会に導いて、主イエスに出会い、信仰へと導き出して下さっています。しかし、私たちはかつての北王国サマリアの人たちと同じように、他の神々から離れられなかったり、神様を礼拝することよりもこの世の事柄に心を惹かれたり、自分の都合を優先したりして、神様を拒んでいる者たちであります。自分では拒んでいるつもりはなくても、神様に委ねきっていない自分があるのではないでしょうか。そんな私たちを神様は、イスラエルの人を拒まれたように拒まれるのであります。しかし、神様は拒む者を拒まれるだけではなくて、そんな私たちが悔い改めて救われるために、そして全ての人が救われるために、御子イエス・キリストを遣わされて、十字架の御業をもって、私たちの罪を担わせるという、限りない愛をもって、受け入れることの出来る道を開いて下さったのであります。神様はその救いの御計画をもって、今日も私たちをここにお招きになったのであります。
 
祈りましょう。

祈  り

憐れみ深い父なる神様!
 
あなたの救いの御心と恵みの御業を軽んじ、あなたに感謝して御前に跪くことを怠りがちな者であることを覚え、懺悔いたします。どうか、罪深い者でありますが、僕を拒まず、あなたの救いに招きいれて下さい。どうか、絶えず御言葉をお聞かせ下さって、救いから漏れることがないように、御国に入れるよう、信仰をお導き下さい。
 
主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。

米子伝道所 主日礼拝説教<全原稿> 2012年9月23日  山本 清牧師 

 聖  書:列王記下17:1−23
 説教題:「
主を拒み、主に拒まれる」         説教リストに戻る