序.分裂はどこから?

今日、与えられております旧約聖書列王記上12章には、小見出しにもありますように、イスラエル統一王国が、サウル、ダビデ、ソロモンと3代続いたあと、南北に分裂してしまったことが記されております。そもそも、王という君主を立てるということは、真の王である神様を信頼しないことになりますから、当時の祭司であったサムエルは反対でありましたが、神様は王制の問題点について指摘されながらも民の要求を受けて、王制に踏み切ることをお許しになりました。そして、2代目のダビデ王に対しては、預言者ナタンを通じて、「王国の王座をとこしえに堅く据える」とまで約束されたのであります。ところがその王国は、3代目ソロモンのあと、北王国イスラエルと南王国ユダに分裂してしまうのであります。
 
なぜ、そんなことになってしまったのか。<分裂の原因は何か>ということを知りたく思いますし、<神様が約束されたのに、なぜそんなことになってしまったのか>という疑問も湧いて参ります。今日は、そのようなことについて、与えられた聖書の箇所の前後から聞き取って参りたいと思います。しかし、それだけでは、私たちの知識欲をある程度満たすことは出来たとしても、私たちに対して今日与えられる神様の御言葉を聴いたことにはなりません。
 
王国の分裂というのは、今から3000年も昔の、中東の一地域に起こった出来事に過ぎませんが、これに類することは、世界中で起こり続けて来たことであります。国が政治的に分裂したり、会社や組織が分裂いたします。教会も分裂することがあります。米子伝道所も、かつて分裂を経験しました。私たち自身の身の回りにおいても、色々な形で分裂が起こります。友人の間での仲間割れが起こります。兄弟や親戚との間でもいざこざが起こります。夫婦や親子の間にも亀裂が入ります。分裂というのは決して遠い世界のことではありません。私たちの身近に起こって、私たちを悩ましたり苦しめたりいたします。
 
ではなぜ、そんなことが起こってしまうのか。そのことに神様はどう関わって来られるのか。――今日は、そのことをイスラエル王国の分裂の出来事を通して聴き取りたいと思うのであります。

1.風土・環境の違い――生まれ・育ちの違い

イスラエルの国は、その広さは日本の四国くらいの面積です。そんなに大きな国土を有しているわけではありませんでした。でも、ガリラヤ湖のある北の方と、都エルサレムのある南の方とでは、地理的条件や気候に違いがあって、北の方には雨がよく降り、穀物やぶどう、オリーブが育って、豊かであったのに対して、南の方は雨が少なくて作物は育たないので、農民は少なく、羊飼いとして、羊の肉や毛皮を北の人々に売って生計を立てる人が多かったのです。また、北部の地域は古代世界の中で、エジプト地方とメソポタミア地方を結ぶ交通の要路に当たっていて、貿易を通じて他の地域の影響を受けやすいという宿命がありました。北側に隣接するフェニキアの影響を受けて、自然を崇拝し作物の多産を願うような宗教が入って来ました。一方、南部は交通の要路からはずれていたのと、農耕よりも遊牧が主体でありましたから、異教の習慣や考え方に触れることが少なくて、信仰を比較的忠実に守ることが出来ました。このように、北部と南部とでは風土や環境条件は違っていましたので、両者の間に不安定なところがありましたが、ソロモンの時代までは何とか統一を保っておりました。それは、ソロモンが諸外国との友好に努めて経済交流を活発にし繁栄を極めたことと、内政面でも強い指導力を発揮したといういこともありますが、何よりも、唯一の神様の約束の下にある一つの民であるという信仰が王の支配権を支えていたからであると思われます。
 
私たちも一人ひとり、生まれも育ちも違います。習慣やものの考え方が違います。そういう者が家庭を持ったり、共同体を築いたり、一緒に仕事をしたりすると、そこに必ず軋轢が生じます。それでも、互いの愛情があったり、共通の利害があったり、目的が一緒だったりすると何とか一緒にやって行けるのですが、そういう共通のものがなくなった途端に、関係が破綻してしまうのは、よくあることであります。そういう中で、宗教が一定の役割を果すことがあります。先祖を祀るということで家族の絆を深めます。お祭りをすることで地域の結束を固めようとします。しかし、そこに本当の信仰がなければ、形の上ではまとまっているように見えても、利害を超えた一致は生み出されません。その点で教会は、信仰による共同体であり、利害を超えた集団でありますから、一致できる筈でありますけれども、そこにも考え方の違いだとか名誉だとか生まれや育ちに違いといった人間的な要素まで加わって、分裂が起こってしまうことがあります。そこでは、肝心の信仰が置き去りにされて、共に神様につながっているという喜びが失われてしまいます。
 
ソロモンの時代も、ソロモンの知恵によって経済的には繁栄し、豪華な神殿も築かれて、表向きは立派な宗教共同体が築かれたように見えていましたが、一方では信仰の危機が迫っていたのであります。

2.政策の誤り――思い上がり

ソロモンの時代には諸外国との貿易などで莫大な富を得ましたが、一方、都市の建設や神殿などの造営のために大きな出費が必要でありました。そのために重い税金を課さなければなりませんでした。と同時に、一般人を強制労働にかり出すことも行われたようであります。また、王権を支える官僚機構や国家祭儀を担当する祭司階級、それに職業軍人等の、直接生産に携わらない特権的な階級が出現する一方、自営農民は重税や強制労働に悩まされるということで、富める者と貧しい者との階級格差も広がったようであります。ソロモンの出身部族であるユダ族を特別扱いする不平等な政策もとられました。そうしたことで、北部の住民たちに不満がたまって来ました。
 
そうした政策の過ちの背景にあったのは、ソロモンの思い上がりではないでしょうか。ソロモンは神様から、「何事でも願うがよい」と言われた時に、「聞き分ける心をお与えください」と願って神様を喜ばせ、すぐれた知恵を与えられて、イスラエルに繁栄をもたらすことが出来ました。立派な神殿が完成しました時には、会衆の前で、こう祈りました。「神は果たして地上にお住まいになるでしょうか。天も、天の天もあなたをお納めすることができません。わたしが建てたこの神殿など、なおふさわしくありません。」(列王上827)この祈りには神様に対するソロモンの謙遜な思いが現れていると言ってよいでしょう。
 
しかし、10章に書かれているように、外国からシェバの女王がやって来てソロモンの知恵と富に驚嘆したり、豪華な神殿の造営などの事業を次々と行うことによって、自信を深めて行って、神様の恵みによることを忘れて、思い上がりを高めるとともに、強権を発動するようになって、弱い立場の人々の苦しみが見えなくなり、不満の声が聞こえなくなって行ったのではないでしょうか。
 
誰しも、仕事や生活がうまく行っているときは、自分の判断や行動に自信が出来て、思い上がってしまいます。多くの人々の協力によって出来ていることも、自分の実力のように思ってしまったり、まして神様の恵みによることなど、頭から消え去ってしまいます。そして、その影で苦しんでいる人や不満を持っている人の声が聞こえなくなっていることに気づかなくなってしまいます。「聞き分ける心」を与えられるよう願ったソロモンですら、人々の声を聞き分けることが出来なくなったのですから、私たちは、人の声に耳を傾ける謙遜と、何よりも神様の御声を聞き分けるへりくだった信仰を与えられるよう、祈らなくてはなりません。私たちの身の回りに起こる分裂や行き違いや交わりの破綻の原因は、自分を正しいとする思い上がりであり、そのために人の声や神様の御心を聞き分けることが出来なくなったことにあることが多いのではないでしょうか。

3.背信の罪

 列王記の記述によりますと、10章まではソロモンの統治による繁栄と華々しい諸事業の進展、そして諸外国からの高い評価について書いてあるのですが、11章に至ると、「ソロモンの背信とその結果」という小見出しがつけられていて、先週学んだように、ソロモンが多くの外国の女性を王妃や側室に迎えたことから、彼女たちの国の神々を礼拝する施設を作ったりして、偶像礼拝を禁じる戒めを破ったことが書かれていて、その結果として、ソロモンに敵対する者として、エドム人ハダトを起こされたこと、ダマスコやアラムを支配下に置いたレゾンを起こされたこと、そして、ソロモンが有能な若者だと見込んでいたネバトの子ヤロブアムがソロモンに対して反抗するようになることが記されていて、今日の12章の王国の分裂の記事に至るのであります。つまり、列王記が語ろうとすることは、王国が分裂に至るのは、ソロモン自身の神様に対する背信行為に遠因があるということであります。
 
今日、ここまでで王国分裂の原因として見てきたことは、第一は北部の人たちと南部の人たちの間に風土や環境の違いがあって、そのような違いを越えて一致できる筈の信仰の一致に破れが出てきたこと、第二に、経済的繁栄と事業の成功の陰に、ソロモンの思い上がりが芽生えていて、御心に耳を傾けることが疎かになっていたことでしたが、それに加えて、そもそも、ソロモン自身の中に偶像礼拝を禁じる神様の掟を守らないという背信の罪があったことを見なければならない、ということであります。この三つのことは、いずれも信仰に関わること、言い換えれば神様との関係に関わる事柄、即ち罪に関わる事柄であります。神様との関係が軽んじるという罪を犯していることが、王国の分裂につながったということであります。ソロモンは罪を犯している意識はあまりなかったかもしれません。むしろ、神様のために神殿を造営しました。諸外国との関係も、戦争で勝利するのでなくて、平和のうちに経済交流を行うことによって国力の向上を図りました。外国の女性を多く招き入れたのも外国との関係を良好にするためでありました。支配体制を強化し、人々に増税や強制労働に課したのも、人々を苦しめるためではなくて、経済力を向上し、神殿建設や都市建設を行って、より強固で安定した国づくりをするためでありました。しかし、そのソロモンの知恵に罪が入り込んだのであります。知恵に溺れてしまって、神様を信頼して謙遜に御心に耳を傾けることが疎かにされたのであります。そこにソロモンの罪があります。
 
私たちの場合も同様ではないでしょうか。わざと罪を犯そうと思う人はいません。わざと人間関係を破壊しようとする人はいません。皆、家内安全を願い、豊かで平和な暮らしを築こうと努力し、住みよい街づくりに貢献し、そしてキリスト者であれば何よりも教会のために役立ちたいと願うのでありますが、そこで一生懸命になるほど、自分の考えたこと、自分のしたことが心を大きく占めるようになって、人の声に耳を傾けること、何よりも神様の御声に耳を傾け、神様の御心に聞き従うことが疎かにされてしまうのであります。そして、その結果、自分の望んだこととは違って、かえって家族の中に、共同体の中に、そして教会の中にさえ、思わぬ亀裂を生じることになるということが起こるのであります。そこに人間の愚かさがあり、罪があります。
 
このような人間の愚かさ、背信の罪に対して、神様はどのように対処されるのでしょうか。11章の後半には、先に触れた、ソロモンの有能な部下のネバトの子ヤロブアムがソロモンに対して反旗を翻したことが書かれています。神様はこのヤロブアムに30節後半で、こう言われます。「わたしはソロモンの手から王国を裂いて取り上げ、十の部族をあなたに与える。ただ一部族だけは、わが僕ダビデのゆえに、またわたしが全部族の中から選んだ都エルサレムのゆえにソロモンのものとする。」これは、王国を分裂させることを言明されたのであります。しかし、それを実行するのはソロモンの存命中ではなくて、その息子の代になってからだと言われるのであります。

4.分裂(=審き)――主の計らい

ソロモンはヤロブアムが反旗を翻したことを知って、殺そうとしますが、彼は直ちにエジプト王のもとに逃亡してしまいます。そして間もなく、ソロモンは生涯を終えるのであります。ここからやっと12章に書かれている、王国の分裂の記事に入ります。
 
ソロモンにはレハブアムという子がいて、エルサレムの北60キロほどのところにあるシケムにある聖所で王位継承の儀式を行うことになりました。レハブアムが王になるためには全12部族の賛成を得る必要があります。北部の人たちはエジプトに逃亡していたヤロブアムに使いを送って、呼び戻します。ヤロブアムは帰ってきて、レハブアムにこう言いました。4節です。「あなたの父上はわたしたちに苛酷な軛を負わせました。今、あなたの父上がわたしたちに課した苛酷な労働、重い軛を軽くしてください。そうすれば、わたしたちはあなたにお仕えいたします。」レハブアムはこの要求にすぐには答えずに、「三日たってからまた来るがよい」と言います。レハブアムはまず、ソロモンに仕えていた長老たちに相談しますと、彼らは「もしあなたが今日この民の僕となり、彼らに仕えてその求めに応じ、優しい言葉をかけるなら、彼らはいつまでもあなたに仕えるはずです」と答えます。しかし、レハブアムはこの長老たちの勧めを捨て、自分と共に育ち、自分に仕えている若者たちと相談しました。すると彼らは、北部の民にこう告げるように言います。11節です。「父がお前たちに重い軛を負わせたのだから、わたしは更にそれを重くする。父がお前たちを鞭で懲らしめたのだから、わたしはさそりで懲らしめる。」レハブアムは三日目にやってきたヤロブアムに、若者たちが勧めたとおりに答えます。ここにも過ちがあります。こうなると、北部の人たちが反発するのは当然であります。彼らはヤロブアムを王に迎えます。レハブアムには南部のユダとベニヤミン族だけしか残りません。こうして、王国は北のイスラエルと南のユダに分裂してしまったのであります。
 
このことについて、列王記の記者は15節でこう言っております。王は(北部の)民の願いを聞き入れなかった。こうなったのは主の計らいによる。また、22節以下では神様が神の人(即ち、預言者)のシェマヤを通してレハブアムと南部の民に語られた言葉が書かれています。その24節の最後の部分を見ますと、ここでも「こうなるように計らったのはわたしだ」と言っておられます。つまり、王国の分裂が起こったのは、神様の計らいによるというのであります。「計らい」という言葉が使われていますが、これは神様の厳しい審きであります。これはレハブアム一人に対しての審きというよりも、ソロモン王の政治全体、そして彼が犯した罪に対する審きであります。分裂が起こっただけではありません。やがて、北王国イスラエルは紀元前722年に大国アッシリアによって滅ぼされることになります。南王国ユダは賢明な王が現れたりして、しばらく命脈を保ちますが、紀元前587年、バビロンによってエルサレムを破壊されて滅ぼされ、捕囚となります。こうして両王国とも滅びることになるのであります。

結.審きを越えた計らい

しかし、このようなことは単にソロモンやレハブアムの失政に対する審きではありません。神の民イスラエル全体の背信の罪に対する審きであります。しかし、先週に述べましたように、神様はただ、イスラエルの民を罰することで、決着をつけられるお方ではありません。神様はダビデに対して言われた、「王国の王座をとこしえに堅く据える」という約束を反古にされるお方ではありません。王国の分裂は、ただの審きではなくて、審きを越えた神様のお計らいなのであります。ここで、後に預言者エレミヤがエルサレムの復興について語った主の言葉を聴きたいと思います。エレミヤ書3310節以下(p旧1241)を読みます。
 
主はこういわれる。この場所に、すなわちお前たちが、ここは廃墟で人も住まず、獣もいないと言っているこのユダの町々とエルサレムの広場に、再び声が聞こえるようになる。そこは荒れ果てて、今は人も、住民も、獣もいない。しかし、やがて喜び祝う声、花婿と花嫁の声、感謝の供え物を主の神殿に携えて来る者が、『万軍の主をほめたたえよ。主は恵み深く、その慈しみはとこしえに』と歌う声が聞こえるようになる。それはわたしが、この国の繁栄を初めのときのように回復するからである。万軍の主はこう言われる。人も住まず、獣もいない荒れ果てたこの場所で、またすべての町々で、再び羊飼いが牧場を持ち、羊の群れを憩わせるようになる。山あいの町々、シェフェラの町々、ネゲブの町々、ベニヤミン族の所領、エルサレムの周辺、ユダの町々で、再び、羊飼いが、群れをなして戻って来る羊を数えるようになる。見よ、わたしが、イスラエルの家とユダの家に恵みの約束を果す日が来る、と主は言われる。その日、その時、わたしはダビデのために正義の若枝を生え出でさせる。彼は公平と正義をもってこの国を治める。その日には、ユダは救われ、エルサレムは安らかに人の住まう都となる。その名は、『主は我らの救い』と呼ばれるであろう。(エレミヤ331016

これは、直接的には、バビロン捕囚後にエルサレムの復興が行われることの神様のお計らいの預言でありますが、神様のお計らいはそれだけに止まりません。まだその先があります。神様はやがて、ダビデ、ソロモンの子孫にイエス・キリストを生まれさせ、罪からの救いの御業をなさるのであります。そして、罪深い私たち全てが自らの罪を知って悔い改めて、もう一度神様の救いの王国に入ることが出来るように計らって下さるのであります。それは先ほど司式者によって朗読された新約聖書のエフェソの信徒への手紙にありましたように、異邦人にも救いが及ぶという、神様の永遠の御計画でありました。そこに歴史を貫いた神様の大きな計らいがあるのであります。
 
祈りましょう。

祈  り

永遠のお計らいをもって救いの御業を成し給う父なる神様!
 
王国分裂の出来事を通して、私たちの身の回りに起こる様々の分裂や行き違いの原因に、あなたに対する私たちの罪があることを覚えて、御前に赦しを願う者でございます。私たちはあなたの永遠のお計らいによるイエス・キリストの十字架の赦しに頼るほかありません。どうか、身の回りの問題の一つ一つが、あなたの御心を聞き分けることによって、解決に導かれますようにお願いいたします。まだ、あなたを知らないために、分裂から解放される道を知らない方々にも、どうか罪の赦しの福音が届きますようにお計らいください。
 
主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。

米子伝道所 主日礼拝説教<全原稿> 2012年9月2日  山本 清牧師 

 聖  書:列王記上12:1−24
 説教題:「
主の計らい」         説教リストに戻る