わたしたちの主イエス・キリストの父である神が、ほめたたえられますように。神は豊かな憐れみにより、わたしたちを新たに生まれさせ、死者の中からイエス・キリストの復活によって、生き生きとした希望を与え、また、あなたがたのために天に蓄えられている、朽ちず、汚れず、しぼまない財産を受け継ぐ者としてくださいました。
                  (ペトロの手紙一
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 本日の聖句は、「ほめたたえられますように」(口語訳では「ほむべきかな」)で始まる。私たち信仰者の歩みは、洗礼を受けたときから、最後まで神をほめたたえる生涯である。礼拝も全体が神への賛美であり、そこから「生き生きとした希望」と喜びが与えられる。私たちは日々の生活の中で、希望や喜びを失うことがあるが、礼拝に招かれ、神に立ち返ることによって大きな力と励ましを与えられる。
 米子伝道所は17年前に奉仕していた頃に比べて、教会らしい会堂になり、そこに賛美が満ちていることをうれしく思う。私たちは自分の力では神を賛美することも出来ない。イエス・キリストの十字架と復活の「豊かな憐れみ」を受けて、希望が与えられて賛美する者とされる。その賛美は自分のうちにしまうだけでなく、周囲の人に証しとなる。教会ではまた、賛美だけでなく、祈り、御言葉を聞き、それを伝える働きをする。
 下館伝道所に、高齢で奉仕が出来なくなり讃美歌も殆ど歌えないが、大きな声で祈る人がいる。そういう人が交わりの中にいることで、賛美が起こり、喜びに満たされる。私も80歳になるが、下館伝道所に遣わされ、高齢者の教会に仕えることは喜びである。最近になって、一人の若い女性が来始めた。神様は私たちの祈りを聞いて、最もよい方法で回答を与えて下さる。だから、失望せずに祈り続ける。
 米子伝道所も、困難なことがあったが、ここまで来たことはうれしい。「今しばらくの間、いろいろな試練に悩まねばならないかもしれませんが、あなたがたの信仰は、その試練によって本物と証明され」とある。この言葉は決して口先だけの約束ではない。試練の後に、本当の希望と喜びに満ちた信仰が与えられる。聖書は単なる読み物ではなく、神の出来事の証言である。神は全世界の出来事の中で、御言葉を語り続けておられる。

米子伝道所 伝道所開設20周年記念礼拝説教<要 旨> 2012年4月22日 西橋直行牧師 

 聖  書:ペトロの手紙一 1:3−9
 説教題:「希望と喜びを新たにして」
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