「起きて、子供とその母親を連れて、エジプトに逃げ、わたしが告げるまで、そこにとどまっていなさい。ヘロデが、この子を探し出して殺そうとしている。」        (マタイによる福音書213 

 主イエスがベツレヘムで誕生した直後に、天使がヨセフに現れて、標記のように言った。ヘロデ王は、メシアとなる新しい王の誕生を占星術の学者たちから知らされて、自分の立場を守るために、ベツレヘム周辺にいた2歳以下の男の子を一人残らず殺そうとしていたからである。このように主イエスには誕生の時から、この世の権力者の暗い影が忍び寄っていた。しかし、この暗い影はヘロデだけのものではない。当時のエルサレムやベツレヘムの人々は主イエスの誕生に無関心であったし、彼らは、結局は主イエスを十字架に架けてしまうことになる。人は皆、自分が暴君になり、王様になって、自分の思い通りにしようとして、邪魔者を排除してしまう。私たち自身の中にヘロデがいる。
 
だが、エジプトへの避難とか幼児虐殺といった、主イエスを覆う暗い影は、「預言者を通して言われていたことが実現するためであった」と聖書は何度も語っている(122215,17,23)。つまり、すべては神の救いの御計画の一端であって、最終的には十字架の死において、主イエスはすべての人間の罪を背負って、苦しみを引き受けて下さることによって、救いの御業は完成するのである。
 
ここで、ヘロデと対照的なのがヨセフの姿である。彼は、天使の言葉に従って、聖霊によって受胎したマリアを受け入れ、天使の言葉に従って、エジプトへ旅立ち、ヘロデが死んだ後、天使の言葉に従って、ガリラヤのナザレに行った。ここに、神の言葉に自分と家族を委ねて生きたヨセフの信仰を見ることができる。ヨセフは、罪の中にある人々を救い出す神の御業の一端を担う者として選ばれたのである。私たちも、嘆きや苦しみの声が満ちているこの時代の只中にあって、年の初めに神の御言葉を聴かされた。この一年間、ヨセフと共に、御言葉に聴き続け、それに従って行動する者とされて、救いの御業の一端を担う者とされたい。

米子伝道所 元旦礼拝説教<要 旨> 2012年1月1日  山本 清牧師 

 聖  書:マタイによる福音書2:13−23
 説教題:「罪の中の救い」
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