「恐れることはない。ザカリア、あなたの願いは聞き入れられた。あなたの妻エリサベトは男の子を産む。その子をヨハネと名付けなさい。」                 (ルカによる福音書1:13 

 洗礼者ヨハネの誕生物語を3回にわたって聞くが、ヨハネの誕生の経緯の中に、既に神の救いの計画の一端を見ることができる。
 祭司ザカリアとその妻エリサベトは、二人とも神の前に正しい人で非の打ちどころのない夫婦であったが、エリサベトは不妊の女で子供がなく、既に年をとっていた。当時のユダヤでは子供がないことは神の祝福を受けていないと見做され、また祭司職は世襲制であったので、祭司職の家系が途絶えることになる。二人は子供が与えられることを祈り続けた。
 そんな中で、ザカリアが聖所に入って香をたく務めをしていると、天使が現れて、エリサベトが男の子を産み、その子は救い主の到来に備えて、「準備のできた民を主のために用意する」役割を果たす者になることを告げた。だが、ザカリアはその喜びの知らせを信じられずに、「何によって、わたしはそれを知ることができるでしょう」と言った。すると天使は、「あなたは口が利けなくなり、この事の起こる日まで話すことができなくなる」と答えた。神の福音を信じられない者は、喜びを語る口が塞がれる。
 だが、このことによってヨハネの誕生が御破算になったのではなく、ザカリアが悔い改めるまで一時お預けになったのでもない。妻エリサベトは天使の言葉どおり身ごもったのである。人間の不信仰があっても、神の救いの御業は揺らぐことなく、停滞もしない。ザカリアはエリサベトの妊娠を知って、人間の常識や理性で考えたことの愚かさを思わされると共に、人間の思いを越えた神の恵みを覚えて、信仰を前進させられたに違いない。そして、沈黙の期間を通して、やがて口がほどけた時に語るべき喜びと賛美の言葉を与えられたに違いない。
 私たちも、神の御言葉が納得出来ず、受け入れ難く思い、不信仰に陥ることがある。その時は沈黙せざるを得ない。だが、その間にも神の御業は留まることなく、計画どおりに進む。そのことを知らされて、やがて不信仰な者の口も開かれ、主イエスを指し示す言葉を語る者とされるのである。

米子伝道所 待降節主日礼拝説教<要 旨> 2011年11月27日  山本 清牧師 

 聖  書:ルカによる福音書1:1−25
 説教題:「喜びの知らせを聞く」
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