「これがあなたの子孫に与えるとわたしがアブラハム、イサク、ヤコブに誓った土地である。わたしはあなたがたがそれを自分の目で見るようにした。あなたはしかし、そこに渡って行くことはできない。」
                                   (申命記344 

 モーセの生涯を私たちや先に召された方々の人生と重ね合わせるとき、大切な示唆を受けることが出来る。
 モーセは、エジプト王が生まれてくるユダヤ人の男の子を殺すように命じていた中で誕生したが、王女に救われて育てられた。そこに既に神の特別な配慮が働いていた。同様に、私たちの誕生や成長の過程にも、神の特別な御計画と導きがあったことを思わなければならない。
 
モーセは成人すると同胞愛と正義感に目覚めたが、ユダヤ人をいじめるエジプト人を打ち殺してしまって、ミディアンの地へ逃れて40年を過ごすことになった。そんなモーセを主はイスラエルの民をエジプトから導き出す指導者に召し出された。私たちも、自分の思いが砕かれ、挫折を経験しなければならないことがある。それは、神の召しによって出直すためである。モーセは出エジプトの旅において、何度もイスラエルの民からつぶやきを受けたが、そのたびに神の手厚い導きと助けを与えられて、40年を経て、約束の地カナンが見渡せるところまで来た。しかしモーセは、「わたし()の聖なることを示さなかった」との理由で、そこに渡って行くことを許されなかった。モーセの振る舞いの端々に、人々がモーセを崇めることを受け入れる態度が見られたからであろう。神はモーセ教になることを防がれたのである。そして、モーセは高齢ながら活力は失せていなかったにもかかわらず、命を取られ、墓さえ分からないようにされた。そして、カナンの地へ導く使命はヨシュアに引き継がれることになる。
 私たちの人生の終わりを決められるのは神である。私たちがどんなにすぐれた働きをしたとしても、その使命を自分で完成することは出来ず、次の世代に引き継がねばならない。先に召された先輩たちが信仰を与えられた背後には、神の大きな救いの御計画があった筈であるが、先輩たちはその完成を見ないまま天に召された。だがその使命は、そのご遺族や教会に引き継がせようとしておられる。

米子伝道所召天者記念礼拝説教<要 旨> 2011年11月6日  山本 清牧師 

 聖  書:申命記34:1−12
 説教題:「使命の継承」
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