「わたしは主、あなたの神、あなたをエジプトの国、奴隷の家から導き出した神である。あなたは、わたしをおいてほかに神があってはならない。あなたはいかなる像も造ってはならない。」
               
(出エジプト記2024
 「さあ、我々に先立って進む神々を造ってください。」
 
                     (出エジプト記321
 主なる神は、シナイ契約で与えられた十戒の第1戒で、唯一の神を拝むべきこと、第2戒で偶像を造ってはならないことを命じられたが、その前提として、標記のように、「わたしは主、あなたの神、あなたをエジプトの国、奴隷の家から導き出した神である」と、先行する神の恵みの導きがあることを述べられている。
 しかるに、指導者モーセが山に登って四十日間帰って来ないと、民は目に見える神の像を造ることを求めた。モーセの兄アロンは金の指輪を供出させて、それで金の子牛を造った。それは、神に座っていただく台座のつもりであったかもしれないが、民はそれを「これこそエジプトの国から導き上った神々だ」と言って、いけにえを捧げて拝み始める。
 このように、偶像はいつのまにか私たちの間にも入り込んで来る。私たちは目に見える偶像に惑わされ勝ちであるが、目に見えないものでも、マモン(お金)や科学や、各種の幸福物語や、長年の習慣など様々なものを偶像化してしまう。
 民の騒ぎを見て、主は激しく怒られる。それに対してモーセは災いを下すことを思い直されるよう求め、自分は救いのリストからはずされてもよいとさえ言う。こうして、神は災いを思い直されたのであるが、「裁きの日に、彼らをその罪のゆえに罰する」と言われ、「しかし今、わたしがあなたに告げた所にこの民を導いて行きなさい」とも命じられる。神は罪を良い加減に扱うことはされないが、人の罪を超えて、人類を愛し続け、救いの御業を貫かれ、モーセが予示するイエス・キリストを送って下さった。
 私たちは、諸々の偶像に頼らなくても、御言葉を聴くことによって、神と出会うことが出来、キリストの執り成しによって、永遠に主と共にいることが出来る場所が用意されている。ここに、偶像を拝まない大きな恵みが備えられている。

米子伝道所主日礼拝説教<要 旨> 2011年10月2日  山本 清牧師 

 聖  書:出エジプト記32:1−35
 説教題:「偶像を造る罪」
         説教リストに戻る