「あなたに欠けているものがまだ一つある。持っている物をすべて売り払い、貧しい人に分けてやりなさい。そうすれば、天に富を積むことになる。それから、わたしに従いなさい。」 
                          (ルカによる福音書1822
 ある議員が主イエスに、「善い先生、何をすれば永遠の命を受け継ぐことができるでしょうか」と尋ねた。彼は、子供の時から律法を守り(2021)、財も成し、議員の地位にまで上り詰めながら、なお満たされない思いを抱いて、主イエスの教えを乞うた。これに対して主はまず、「なぜ、わたしを『善い』と言うのか。神おひとりのほかに、善い者はいない」と言われた。この議員は自分で積み重ねて来た「善いこと」の上に、さらに積み上げれば、永遠の命が得られる(=神の国に入れる)と思っていたが、主は絶対的な「善」を持っておられる神に出会うことによってしかそれは得られないことを指摘されたのである。彼は律法を誤解している。律法を守ることは救いを得るための条件ではなく、神に救われた恵みに留まるための道しるべであって、主イエスが山上の説教で示されたように、律法の表面的な行為を守っておればよいのではなく、人の思いの中にある罪に気づかせ、隣人を愛するという積極的な行動を導き出すものである。
 
掟を子供の時から守って来たことを誇っている議員に、主は標記のように言われて、彼の誤った自信を打ち砕いて、自分の罪を認めさせると共に、弱い自分を主イエスの許に投げ出して従って行くことによって、罪が赦され、救いに入れられる(永遠の命を受け継ぐ)ことが出来るという、新しい道をお示しになった。
 
だが彼は、自分で積み上げたものを捨てて主に従うことが出来ず、非常に悲しんだ。これを見て主は「財産のある者が神の国に入るのは、なんと難しいことか。金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい」と言われた。これを聞いた人々は、「それでは、だれが救われるのだろうか」と驚くと、主イエスは「人間にできないことも、神にはできる」と言われた。わたしたちが永遠の命を受け継ぎ、神の国に入ることができるのは、わたしたちが「善いこと」を積み上げることによってではなく、神の愛に基づく御計画によって起こされる奇跡の業によってなのである。「天に富を積む」とは、神との関係において豊かになることである。(ルカ122133参照)。

 米子伝道所主日礼拝説教<要 旨> 2011年3月6日  山本 清牧師 

 聖  書:ルカによる福音書18:18−30
 説教題:「天に富を積む」
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