イエスは十二人を呼び集め、あらゆる悪霊に打ち勝ち、病気を癒す力と権能をお授けになった。     (ルカによる福音書9:1)

 使徒(「遣わされた者」の意)として選ばれた十二人の弟子たち(612以下)は標記のように、驚くべきことに、「あらゆる悪霊に打ち勝ち、病気をいやす力と権能」を授けられ、事実、「至るところで福音を告げ知らせ、病気をいやした。」それは、彼らが特別な能力を備えていたからでも、篤い信仰を持っていたからでもなく、ただ、主イエスによって選ばれ、「呼び集め」られたからである。私たちキリスト者も、主によって呼び集められた者たちである。ただ、心や体の病気を自由自在に癒す力と権能を与えられているわけではない。しかし、私たちも主イエスが悪霊を滅ぼし、神の国(神の支配)を実現して下さったことを語ることは許されているし、心や体を病んでいる人のために祈ることは出来る。そうすることによって、神の力によって、悪霊の呪縛の中にある人を解放して、神の支配の中に移し変えることは出来る。神の国を宣べ伝えることと、病人を癒すことはセットになった使命であって(2節)、私たちが神の国を宣べ伝えることは、心や体の病からの解放につながるし、今、世の中に広がっている様々な不安の中で悪霊に付け入る隙を与えないことになる。
 主イエスは十二人を遣わすに当って、「旅には何も持って行ってはならない」と言われた(3)。これは、旅に必要なものは必ず与えられるから心配する必要はないという意味であるが、同時に、私たちが福音を携えて行くだけでは相手に受け入れてもらえないのではないかと不安で、他に魅力的なものを準備しなければならないと考えることの間違いを指摘しておられるのである。
 また主イエスは、「どこかの家に入ったら、そこにとどまって、その家から旅立ちなさい」と命じられた。これは、伝道がうまく行かないのを、その場所や条件や環境のせいにしてはいけないということである。主は一方、「だれもあなたがたを迎え入れないなら、その町を出て行くとき、足についた埃を払い落としなさい」とも言われた。これは審きを示す行為であるが、相手を切り捨てよということではなく、神の審きの厳しさを教えて、悔い改めに導くのが使命であることを示されたのであろう。
 このようにして、私たちのような者をも、神の国の福音を語り伝えることによって、神の栄光を現すことの出来る者とされるのだ(イザヤ493,6参照)。 

 米子伝道所主日礼拝説教<要 旨> 2011年1月30日  山本 清牧師 

 聖  書:ルカによる福音書9:1−6
 説教題:「神の国を宣べ伝える」
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