「医者を必要とするのは、健康な人ではなく病人である。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招いて悔い改めさせるためである。」          (ルカによる福音書5:3132 

 主イエスは標記のように言われたのだが、私たちは果たして健康な人なのか、それとも病人なのか。徴税人レビは収税所に座っていた。徴税人というのは、ローマ帝国の手先となって税を取り立てる仕事で、ユダヤ人からは嫌われ者であり、罪人扱いされていたが、金銭的には恵まれていた。レビはその立場から離れることが出来ず、収税所に座り続けていた。それは病的な姿である。私たちも、地上の幸せを確保する生き方に座り続けて、立ち上がれないでいるのではないか。一方、レビが主イエスに見出されて弟子となり、盛大な宴会を催したときに、主イエスや弟子たちと一緒に徴税人や罪人たちが席に着いているのを見たファリサイ派の人たちは、つぶやいた。つぶやきは神を信頼しない罪のあらわれであり、不信仰という病気のしるしである。私たちもこの病気にかかりやすい。
 ところで、主イエスはこのような病人にどのように向き合われるのか。レビが収税所に座っているのを見て(じっと見つめる、深く理解する)、「わたしに従いなさい」と言って、彼を立ち上がらせなさった。そして、罪人とされている者たちと一緒に宴会の席につかれた。そこには罪赦された者たちの喜びの交わり(=教会)がある。ファリサイ派の人たちはこれを見て、つぶやいたのだが、主イエスは彼らに標記のように言われた。これは、主イエスが罪人とされた人たちと交わっていることの理由を語られたものであるが、実は、自分を正しいとして他を非難することしかできないファリサイ派の人たちこそ病人であることを気づかせるために言われたのである。私たちも、同じ病に陥っていないだろうか。主イエスは、そんな私たちを見出し、立ち上がらせ、喜びの祝宴へと招いておられるのである。

 米子伝道所主日礼拝説教<要 旨> 2011年1月9日  山本 清牧師 

 聖  書:ルカによる福音書5:27−32
 説教題:「罪人を招く主」
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