「あなたは生まれ故郷、父の家を離れて、わたしが示す地に行きなさい。わたしはあなたを大いなる国民にし、あなたを祝福し、あなたの名を高める。祝福の源となるように。」    (創世記1212

 創世記12章でアブラム(後のアブラハム)が登場することによって、神の本格的な救いの歴史が始まる。アブラハムの第二の故郷となっていたハランにおいて、神から標記のような命令と約束が与えられた。この命令と約束は、今日、私たちにも与えられている。――「大いなる国民」とは直接的にはイスラエルの民であるが、神に選ばれた信仰の共同体(教会)を暗示している。
 アブラハムは、この命令に従うことを強制されたわけではないが、神を信頼して、自由な決断をして旅立った(→ヘブライ11:8)。アブラハムはカナンの地に入ると、まず祭壇を築いて礼拝をした。新しい生活は住む場所や家畜小屋を造ることから始まるのではなく、祭壇を築いて礼拝するところから始まる。これはイスラエルの民の礼拝の先駆けであり、やがてこの地で、救いの歴史の頂点となるイエス・キリストの救いの御業が行われ、祝福の約束は成就する。→使徒3:2526、ガラテヤ3:79
 だが、この救いの御業を知らない人、信じない人は今も大勢残っている。そのために神は、今も教会の礼拝を通して、新しい神の民を召しておられる。アブラハムから始まった救いの歴史を聴いて、祝福を受けた者たちが、更にその祝福を他の人たちに分け与えなければ、祝福の連鎖は途切れる。神は私たちをも「小さなアブラハム」として祝福の源となるように召されている。私たちはこの召しに応えて、新しい旅立ちを始めなければならない。それは自分のこれまでの生活に安住することではなく、神の言葉を信頼して、礼拝から始まる新しい生活に踏み出すことである。それはアブラハムの旅立ちに比べれば小さな旅立ちかもしれないが、神は必ず大きく用いて下さって、大きな祝福の連鎖を生み出して下さるに違いない。

 米子伝道所主日礼拝説教<要 旨>     2010年8月15日  山本 清牧師 

 聖  書:創世記12:1−9
 説教題:「祝福の源となる」
         説教リストに戻る