「人に対して大地を呪うことは二度とすまい。人が心に思うことは、幼いときから悪いのだ。」       (創世記821より)

 ノアが、「すべて神が命じられるとおりに」(622)箱舟を造り、家族と一つがいずつの動物を乗り込ませると、雨が四十日四十夜降り続き、地上は大洪水となって、地上に残された人も動物もことごとく死んだ。神が地上に風(霊)を吹かせられると、水は引きはじめ、箱舟はアララト山の上に止まった。雨が降り始めてからちょうど1年が経って、地面が乾いた。だが、ノアはすぐには箱舟から飛び出さずに、神の指示を待った。約2ヶ月経って、神は「皆一緒に箱舟から出なさい」(16)と命じられた。ノアは生き延びることが出来た安堵感と、窮屈な船から解放される喜びを感じたであろう。しかし、同時に、外には食べる物があるのか、生きて行けるのか、再び洪水にならないのかという不安もあったに違いない。だがノアは、この時も神の命令に従って船を出る。そして船から出て最初にしたことは、祭壇を築いて献げ物をし、神を礼拝することであった。この行為にはノアの感謝と喜びの気持ちが込められていると同時に、自らと人間の罪を悔い改め、神の赦しを願うものであった。救われた者が生活を始めるに当たって、まずなすべき事は、神に礼拝を献げることである。
 神はこの礼拝を受け入れて、標記のように言われた。人間の罪の故に、大地を呪って洪水を起こすようなことは二度としないという、慰めに満ちた約束であるが、それに続いて、人間は生まれつき悪く、幼い子でも罪を免れないと言われる。確かに、洪水の後も人間の悪は続く。それなのになぜ「二度とすまい」と言われるのか。そこには、神の重大な決意が込められている。神は罪深い人間を滅ぼす代わりに、罪のない独り子イエス・キリストを十字架に架けることによって、人間の罪を赦すとの決意をされたのである。そして、主イエスを信じて洗礼を受ける者に新しい命を約束されることになる。ノアの洪水はキリスト者の洗礼を予表しているのである(Tペトロ32021)。

 米子伝道所主日礼拝説教<要 旨>     2010年8月1日  山本 清牧師 

 聖  書:創世記8:13−22
 説教題:「二度とすまい」
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